『Moon Heart』








  25/約束、前日、そして…





とりあえず機嫌を直したアルクェイドを見送り、恭也はもう一度翠屋へと戻る。
本来なら、ほとぼりが冷めるまで戻りたくはないのだが、いかせん、腹が減りすぎており、自分で作る程の元気もない。
そういう訳で、恭也はこっそりと入り口から中を覗く。
どうやら、美由希たちは仕事に戻ったらしく、それぞれに忙しそうに動き回っている。
それを確認すると、恭也は中へと入って行く。

「いらっしゃいませ〜。あ、恭也さん」

先程出て行った恭也が、すぐさま戻ってきた事に多少驚きつつ、そのアルバイトの女の子は、恭也をカウンターへと案内する。
恭也が席についた途端、ドンッ、と少々乱暴に水が置かれる。

「で、恭ちゃん、説明してくれる気になったのかな?」

何処か引き攣って見える笑みを浮かべた美由希が隣に立つ。

「一応、客なんだが……」

美由希の態度に、恭也は少し呆れつつメニューを開いて言うが、そんな事を気にも止めず、美由希はその場に立つ。
いつの間にか、左側には晶が、後ろにはレンが来ていた。

(ふむ。美由希に気を取られていて気付かなかったとは、相当疲れているみたいだな。
 やはり、食べ終えたら、早々に休む必要があるか)

一人納得する恭也に対し、それをだんまりと受け取った美由希たちは怒りを爆発させる。

「恭ちゃん、黙っていたら分からないじゃない。
 大体、昨日は昨日で帰ってこないし」

「そうですよ、師匠。幾ら、休校になったとはいえ、家にも帰ってこないというのはちょっと…」

「お師匠、昨日は一体、何処にいたんですか!?
 あのアルクェイドさんという人と一緒だったんですか」

「いや、アルクとは一緒じゃなかったぞ」

未だに少し考え事をしていた所為か、もしくは、疲れてぼーっとしていた所為か、恭也はそのまま特に意識せずに続ける。

「昨日は忍の所にいたからな」

この言葉を聞き、美由希たちの動きが止まる。
それに気付く事もなく、恭也はメニューから顔を上げる。
ここに来て、恭也は美由希たちが動きを止めている事に気付くが、その理由が分からず、
いや、自分が何を言ったのか気付いておらず、首を傾げると、そのまま近くにいた子を呼ぶ。

「ああ、すまないがOLTBホットサンド、オニオンコンソメスープ、塩味ボンゴレのホットパスタ、後何かサラダを」

「はい、分かりました」

美由希たちの背後から、少し遠慮しつつも注文を繰り返すと、その少女は奥へとオーダーを通す。

「恭ちゃん! そんな事よりも、忍さんの家に居たってどういう事なの」

「どうもこうも、そのままの意味だが?」

本当に不思議そうに言う恭也に、美由希は思わず2、3歩後退する。

「そんな……。師匠が無断外泊、それも女性の所になんて」

「うぅ、お師匠。うちは信じていたのに…」

ここにきて、ようやく美由希たちが何か勘違いしている事に気付くが、事実を説明する訳にもいかず、恭也は暫し考える。

「あー、詳しい事は言えないが、簡単に言うと……」

恭也の言葉に、美由希たちが一斉に耳を大きくする。

「あー。そう、忍の実験に付き合っていたんだ。
 ちょっと手強い迎撃システムで、沈黙させるのに時間が掛かったんで、昨日はそのまま忍の家に邪魔をしたんだ」

恭也の言葉を疑わしそうにじっと睨むように見詰める。

「それ、本当ですかお師匠」

「ああ。それとも、信じられないのか」

「そ、そんな事ないよ恭ちゃん。私は、恭ちゃんの言う事、信じるよ」

私の部分をやけに強調しつつ言う美由希に、晶もずるいとばかりに頷く。

「勿論、俺も他ならぬ師匠の言葉ですから、信じてますよ」

その言葉に混じって、美由希が舌打ちしたような気もしたが、多分気のせいだろうと恭也はそのままレンを見る。
恭也の視線を受け、レンは何度も頷く。

「勿論、うちも信じるに決まっているじゃないですか」

「そうか。なら、皆もそろそろ仕事に戻れ。他の子たちが忙しそうにしているだろう」

「「「はーい」」」

三人は元気に返事をすると、仕事へと戻っていく。
その背中を見送った後、恭也はそっとため息を吐くのだった。
それから暫らくして、注文した品が届き、それらを食べ終えた後、コーヒをゆっくりと飲む。

(はぁー。後は家に戻って、ゆっくりと休むか)

半分ほど飲み終えたカップをソーサーへと置き、恭也は疲れを取るように軽く首と肩を動かす。
そこへドアベルが鳴り、恭也は反射的に接客しようとするが、今日は客である事を思い出し、再びカップを手に取る。

「あ、いたいた。恭也〜」

店中に聞こえるほどの声で名前を呼ばれ、恭也は思わず口を付けていたコーヒを噴出し、咳き込む。

「ゴホッ、ガッ。ア、アルク、ゴホゴホ……。な、何で、ここに」

「もう、恭也ったら、何慌ててるのよ。仕方ないな」

そう言って、咽る恭也の背中を擦る。
それに片手を上げて答えつつ、恭也は何とか落ち着かせると、改めて尋ねる。

「で、どうしたんだ」

「うん。ひょっとしたら、恭也ここにいるかと思ってね。
 で、来てみたら、本当に居たって訳」

「いや、そうじゃなくて、さっき別れたばかりなのに、どうかしたのか?」

「ああ。約束の件を確認しておこうと思って」

「ああ、その事か」

「うん。実は、さっき通りかかった店先のテレビを見たのよ。
 そういう訳だから、明日、そこに行くわよ」

「そこって何処だ。いや、その前に明日なのか!?」

「そうよ。こう言うの、ほら、えーと……。
 そうそう。善は急げって言うんでしょう」

「いや、まあ、別に明日でも良いが、何処に行く気なんだ」

「えへへ〜。遊園地」

「はぁ?」

「何よ、駄目なの」

まるで怒られる前の子供のように、上目遣いでこちらの様子を伺ってくるアルクェイドに、恭也が断われる訳もなく。
恭也が了承したのを見て、アルクェイドは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「それじゃあ、明日の何時に何処に行けば良い?」

「そうだな。って、その前にどこの遊園地に行く気なんだ?」

「えっとね、鷹笛プレイランド!!」

「だったら、八時に駅前だ」

「分かったわ! それじゃあ、明日ね」

そう言い残すと、アルクェイドは店を飛び出していく。
そのあまりのはしゃぎ振りに、恭也は知らず笑みを零し、それから何かに気付いて呟く。

「いや、明日じゃなくて、今夜も会うだろう」

だが、そんな事はアルクェイドの笑顔の前には些細な事に思われ、恭也も特に何も言わずにアルクェイドを見送るのだった。
さて、このままほんわかしたまま終るほど、世の中は甘くなく、そして、ここは店内だった。
つまり、美由希たちが今のやり取りをしっかりと耳にしていたのである。

「恭ちゃん〜♪」

どこか薄ら寒いものを感じさせる笑顔を浮かべ、猫なで声で呼んでくる美由希に、恭也は多少警戒しつつ尋ね返す。

「何だ。そんなひき蛙の潰れたような顔をして」

「……(ひくひく)」

恭也の言葉に、美由希は顔を引き攣らせ、レンと晶は笑いを堪える。

「さっきのアルクェイドさんとの会話はどいういう意味かな〜?」

「どうもこうも、聞いた通りだが」

それがどうしたと言わんばかりに恭也は告げる。
その言葉に、美由希の何かが音を立てて切れたのか、不意に表情を引き締めると、何か口に出そうとする。
しかし、それよりも早く、

「お兄ちゃん、明日、鷹笛プレイランドに行くの?」

恭也の腰にしがみ付き、恭也を見上げながらなのはが問う。
目は口程に物を言うとは上手い事言ったもので、なのはのその目は、純粋に連れて行けと語っていた。

「お兄ちゃんと殆どお出かけした事ないな〜」

呟くように、だけどしっかりと告げるなのはに、恭也は暫し考え込み、その頭に手を置く。

「なら、一緒に行くか?」

「良いの?」

「ああ」

「でも、デートだったんでしょう」

遠慮がちに言うなのはに、恭也は笑みを見せると、

「別にそんなんじゃないさ。あいつはそういった所に今まで行った事がないから、俺に連れて行って欲しいだけだろう。
 だから、なのはが一緒でも構わないぞ」

「本当に?」

「ああ」

恭也の返答を聞き、なのはは嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

「だったら、私も一緒に行ってもいい」

「ああ、別に構わないが」

なのはに便乗するように、同じ事を尋ねる美由希に、恭也もまた同じように返す。
何か言いたそうな顔をしている晶とレンにも頷くと、二人は腕まくりをして、

「なら、明日のお弁当は任せてください」

「腕によりを掛けますさかい」

珍しく喧嘩する事もなく、同じ事を口にする。
それに頷きながら、恭也はそろそろ家に戻ろうと席を立とうとする。
そこへ、またもドアベルが鳴る。

「あ、恭也、まだここにいたんだ」

「ああ、忍か」

忍に続き、秋葉たちも店内へと入ってくる。
それに挨拶を交わしていると、美由希たちの顔がまた不機嫌に変わっていく。
その一方で、忍は機嫌の良いなのはに気付き、声を掛ける。

「なのはちゃん、何かいい事でもあったの」

「はい! あったというか、これからあると言うか」

「何々」

なのはの言葉に、忍が詳しい説明を求め、それに対してなのはが答える。
それを聞いた忍は、

「恭也〜、私も行っても良い」

「ああ、別に構わないが。そうだ、秋葉たちも来るか」

「え、でも、お邪魔したら…」

「いや、構わないさ。大勢の方が楽しいだろうし。
 それに、もう一人来るから」

「うん? 那美も来るの?」

恭也の言葉に忍が尋ねるが、それに恭也は首を振ると、

「ま、明日にでも紹介するよ。それはそうと、那美さんも誘った方が良いだろうな」

そう言って美由希の方を見るが、美由希は首を振る。

「それが駄目なんだよ、恭ちゃん。那美さん、今日の朝、実家に呼ばれたらしくって、鹿児島に帰ってるの」

「そうか、それは残念だったな」

「うん」

恭也の言葉に、美由希も残念そうに言う。
しかし、その顔もすぐに一転すると、まるで誤魔化されないと言わんばかりに詰め寄る。

「それはそうと、恭ちゃん、こちらの方々はどなた?
 忍さんの知り合いの方みたいだけれど」

「ああ、そうだった。こちらは遠野秋葉さん。で、こちらが琥珀さんに、そちらが翡翠さんだ」

「遠野秋葉と申します。恭也さんには、何かとお世話になっております。
 以後、お見知りおきを」

「あ、いえ、こちらこそ」

丁寧な秋葉の物言いに、美由希たちは緊張しつつも返事を返す。
そこへ、琥珀と翡翠が話し掛ける。

「私は琥珀と申します。秋葉様にお仕えする使用人です」

「同じく、翡翠と申します」

似たような顔の二人が、片や笑顔で、片やノエルのように表情の起伏に乏しく挨拶をする。
こちらにも同じように挨拶を返すと、美由希は恐る恐る口を開く。

「もしかして、遠野さんって物凄いお嬢さま」

「ああ」

美由希の言葉に恭也は頷き、美由希はぽかんと口を開ける。

「はぁー。本物のお嬢さまなんて、初めて見た」

「おーい、美由希ちゃ〜ん」

そっと呟いた美由希の言葉に、忍が手を上げる。

「あ、べ、別に忍さんがお嬢さまらしくないなんて思ってませんよ」

「いや、それ言ってるって」

苦笑しつつ言う忍に、美由希は益々慌てる。

「だ、だから、忍さんは何と言うか、その、付き合いやすいと言うか、親しみ易いと言いましょうか……」

「あははー。分かってるから大丈夫だって。
 まあ、別にお嬢様に見られたい訳じゃないしね。
 それに、秋葉は確かに見るからにお嬢さまって感じだしね」

「そんな事は…」

「まあまあ。別に良いじゃない」

何か言いかける秋葉を制し、忍は恭也へと視線を向けると口を開く。

「それで、明日は何時に何処に行けば良いのかな?」

「ああ。駅前に八時だ」

「了解〜。あ、ノエルも連れて行って良い?」

「ああ、構わないぞ」

「それじゃあ、ノエルにお弁当作ってもらって…。
 あ、晶たちも作るんでしょう」

「勿論です!」

「期待してて下さい!」

晶、レンの言葉を聞き、琥珀も口を開く。

「それでは、私も作りますね」

「そう言えば、琥珀も料理上手だったわね。
 これは、楽しみだわ〜」

忍が嬉しそうな笑みを見せる。
一方、晶とレンはその言葉を聞き、琥珀と料理の話を始める。
それを横目に、忍は美由希に話し掛ける。

「えっと、美由希ちゃん。注文良いかな。
 お昼を食べに来たんだけれど…」

「ああ、すいません。どうぞ」

忍たちは美由希に注文を言う。
それを聞いた美由希は奥へとそれを伝えに行き、何となく帰りそびれた恭也はそのまま席に腰を落ち着ける。
美由希たちもこちらを気にしながらも、何とか今度こそ本当に仕事に戻り、表面上は何事もなく時が流れていく。
その事にほっと胸を撫で下ろしつつ、何故か嫌な予感のする恭也だったが、それを気のせいだろうと首を振って追い払う。
そう。明日、また一波乱が起こるかもしれないという漠然とした予感を……。





<to be continued.>




<あとがき>

あははは。久し振りだぞ〜。
美姫 「……………………」
む、無言で睨むなよ。
無言が痛い……。
美姫 「はぁ〜」
かと思ったら、今度はため息かよ。
しかも、何だよ、その目は。
美姫 「べっつに〜〜」
うぅぅぅ。俺が悪いのか?
美姫 「じゃあ、他に何が悪いのよ? まさか、私なんて言わないでしょうね」
い、言わない、言わない。
全て、俺が悪かったです。
美姫 「分かってるのなら、さっさと、さっさと、さっさと書きなさいよね」
うぅぅ……。とりあえず、反省。
美姫 「とりあえずって何よ! とりあえずって」
いや、まあ、どうどう。
美姫 「馬じゃないわよ。全く。この馬と鹿のハーフが」
……………………?????
え〜っと、…………馬と鹿、つまり、馬鹿?
美姫 (コクコク)
誰が馬鹿だーー!
美姫 「その遅さが」
馬鹿と言うなー! 誰が虎だー!
美姫 「いや、誰もそれは言ってないって。良いから、少し落ち着きなさい!」
ぐげっ!
……はっ! ここは誰? 私はどこ?
美姫 「ああ。やっと元に戻ったわ」
……えっと、突っ込みはなしですか(泣)
美姫 「えぇー。今の本気でしょう?」
んな訳あるかー!
美姫 「嘘!」
いや、そんなに真顔で本気で驚かれても。
美姫 「あははは。それじゃあ、また次回でね〜」
いや、ちょっと……。
美姫 「ばいば〜い」
シクシク……。








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