『Moon Heart』








  26/約束、当日、不機嫌?





アルクェイドと約束を交わした日の夜、死徒は見つけることが出来なかったが、アルクェイドは始終ご機嫌だった。
そんなアルクェイドを見て、恭也はそんなに明日が楽しみなのかとぼんやりと考えつつ、夜中の街中を歩いていた。
やがて、いつもと同じ時間となり、二人は別れることにする。

「それじゃあ、また明日ね、恭也」

「ああ、明日な」

「楽しみにしてるからね〜」

そう言って手を振りながら走り去って行くアルクェイドを見つつ、恭也は苦笑にも似た笑みを浮かべる。

「本当に、ああしてるのを見ると、吸血鬼だなんて信じられんな」

恭也はそうひとりごちると、自分もまた帰路に着くのだった。




  ◆◇ ◆◇ ◆◇



翌日、駅へと赴いた恭也は、アルクェイドを見つけ、軽く手を上げる。

「悪い、待たせたみたいだな」

「ううん、そんな事ないわよ。私も今、来た所だから」

約束の時間の五分前に来ている恭也よりも早く来ていたアルクェイドは、そう言って笑ってみせる。

「そうか、なら良いんだが」

「うんうん」

「やけに上機嫌だな」

「だって、前にテレビで見た台詞を、まさか使えるなんて思ってなかったもんね。
 やっぱり経験するのって楽しいね」

始終笑みを浮かべているアルクェイドに、恭也はまあ、機嫌が良いのはいい事だと納得する。
次いで、思い出したかのように、少し離れた所にいた者たちを呼ぶ。

「お前らも、さっさと来い」

恭也に呼ばれ、美由希たちが現われた途端、アルクェイドの機嫌が目に見えて悪くなっていく。
それに美由希たちは気付いたが、恭也は気付かないのか、一人、話し始める。

「一応、自己紹介は終っているという事だから、改めて紹介する必要もないだろう。
 ……って、アルク? どうかしたのか」

「べっつに〜」

それが別にという顔か、と突っ込みたかったが、アルクェイドの雰囲気がソレをさせない。
仕方なく、恭也は大人しく口を噤むが、アルクの視線が恭也と手を繋いでいるなのはへと向う。

「恭也。私、そっちの子は知らないんだけど。確かにあの時、店に居たとは思うけれど」

「ああ、なのはか。これは俺の妹のなのはだ」

「高町なのはです。いつも兄がお世話になっています」

そう言って頭を下げて挨拶をするなのはに、アルクも相好を少し崩して挨拶を返す。

「こんにちは、なのは。私はアルクェイドよ。宜しくね」

「はい」

「すまないな。小さい頃から、俺や美由希が修行、修行で構ってやれなくてな。
 で、今日出掛けると聞いて、どうしても一緒に来たいと言ったんで、連れて来たんだ。
 まあ、後ろのは、そのおまけみたいなもんだ」

「おまけは酷いよ、恭ちゃん」

「そうですよ、師匠。今日のために、腕によりをかけて弁当を作ったんですから」

「そうです、お師匠。このおサルは兎も角、うちまでおまけ扱いはちょっと」

「何だと、このカメが!」

「ほほう、やるか」

今にも掴みかからんばかりに睨み合う二人に、じっと視線を向ける一人の影。
その人物──なのはの視線を受け、二人はすぐさま肩を組み合うと、わざとらしい笑みを浮かべる。

「あはははは。いやー、いい天気だな」

「そうやな〜。本当にいい天気やな〜」

二人が喧嘩を止めたのを見て、なのはも二人から目を離す。
しかし、そんな二人の行動を後ろから見ていた美由希は、お互いに背中を抓り合っているのを見ており、ただ苦笑していた。
一方のアルクェイドは、なのはの事を気に入ったのか、頭を撫でたり、その周りをぐるぐる周っていた。

「あー、アルク。うちの妹は愛玩動物ではないんだが」

「そんな事は分かてるわよ」

そう言いつつも、アルクェイドはなのはの手を掴み、上に持ち上げたり下ろしたりしており、説得力の欠片もない。

「おい、アルク。そろそろ…」

「あ、そうね。そろそろ、本日の目的地へと行きましょうか」

既に気持ちを切り替えたのか、先程の不機嫌さも無く、アルクは屈めていた腰を伸ばす。
それに待ったを掛けるよりも早く、もう一組の待ち合わせ人がやって来る。

「やっほー、恭也。所で、そっちの美人な人はだ……」

恭也の傍に駆け寄ってくるなり、からかうように、だけど目だけは鋭く探りを入れようとした忍だったが、
すぐさま表情を引き締めると、その場から数歩跳び退く。
油断無くゆっくりとアルクェイドを見遣る忍の後ろから、秋葉が現われ、その横にそっと並ぶ。
二人の様子に何かを感じたのか、秋葉の斜め後ろすぐには琥珀が、忍の横にはノエルがいつの間にか並ぶ。
そんな忍たちの様子に、アルクェイドは少しだけ面白そうな顔になりつつ、油断無くそっと足に力を入れて身構える。

「ふーん。夜の一族に、そっちは……、鬼種との混血かしら。
 かなり、血は薄まっているようだけれど、力はなかなかのものね。
 そっちの子は、ただの人間のようだけど、そっちは自動人形ね。
 驚いたわ、まだ稼動しているのがあるなんて。で、何でこんな所に貴女たちみたいなのがいるのかしら」

あっさりと正体を見破ってくるアルクェイドに対し、忍を制するように秋葉が一歩前へと進み出る。

「そういう貴女こそ、何故このような所に? 真祖の姫君ともあろう方が」

「勘違いしないでよ。私の標的はあくまでも、死徒たちなんだからね。
 別に、貴女たちを追ってやって来たわけではないわ。尤も、どうしてもやるというのなら、話は別だけどね」

まさに一触触発の空気が漂い始めた時、不意にその空気を破る音が響く。

「ほら、馬鹿な事をやってないで、さっさと行くぞ」

恭也がアルクェイドの頭を軽く叩き、皆を促がす。
叩かれたアルクェイドは、唇を尖らせ、当然の如く恭也へと抗議の声を上げる。

「何をするのよ〜」

「何をするじゃない。お前はすぐにそうやって、誰彼構わずに喧嘩を売ろうとする」

「今のは、私が悪い訳じゃない……」

「ほら、ぐずぐずしていると時間が勿体無いだろう」

「分かったわよ。と、とりあえず、私は貴女たちと敵対する気はないんだからね」

一応、忍たちにそう言ったものの、今ので完全に毒気を抜かれた忍たちは、ただ頷くだけだった。
そこへ、切符を買ってきた美由希たちが戻ってくる。
それを受け取り、恭也たちは移動を始める。
そんな恭也の元へと忍と秋葉が駆け寄り、恭也を挟むようにして小声で話し掛ける。

「恭也、あのアルクェイドさんがどんな人なのか知ってるの」

「そうですよ、恭也さん。彼女は、真祖の中でも…」

「あー、大体の事は知っているから。二人が心配するような事はない。
 大丈夫だ。あいつは嘘は言わないから。それに、あいつは例の吸血鬼事件の犯人を追ってやって来たんだ」

「あ、そうなんだ。まあ、恭也がそう言うのなら、信用しても良いかな。
 そんなに悪い人にも見えないし」

「まあ、悪い人には見えないだろうな、何せ、善悪の基準が…」

忍の言葉に、恭也は小さく呟くが、別段それを改めて言う気もなく、ただ口を閉ざす。

「まあ、それは良いとして。恭也さんはどうして、真祖の姫君と知り合ったんですか。
 まさかとは思いますけれど、何か危ない事に首を突っ込んでいるんじゃ。
 いいえ、無理矢理、突き合わされているんじゃ…」

「いや、秋葉。恭也を引きずり込んだ貴女が言っても、説得力がないわよ、それ」

秋葉の言葉に、忍がすぐさま突っ込むが、それを聞き流し、秋葉は恭也の様子を伺うように見上げてくる。
何と言って誤魔化すか考えていた所へ、美由希が声を上げる。

「忍さんに秋葉さん、何をしてるんですか」

美由希の言葉に、忍は悪戯っ子のような笑みを見せると、

「ん〜、何って、何かな〜」

言って、恭也の腕を取る。
それを見て大声を上げる美由希たちに顔を顰めつつ、恭也は離すように忍へと言おうとするが、
それよりも先に、忍が秋葉へと声を掛ける。

「ほら、秋葉もやりなさいよ」

「おい、忍」

「し、忍。わ、私は、その…」

「ほら、さっさとしないと。美由希ちゃんたちには、こんな話聞かせられないでしょう」

忍のその台詞に、やめさせようとしていた恭也は言葉を止め、秋葉は免罪符を得たとばかりに反対の腕を取る。
それを見て、琥珀が囃し立てるが、それを目だけで黙らせる。
騒ぎ出す美由希たちを眺めながら、恭也は疲れたようにこっそりと息を吐く。
と、一行の中から、特に強い視線を感じ、そちらを見れば、身も凍るような視線を投げてくるアルクェイドがいた。
不機嫌そうな顔を見せるものの、その理由は分かっていないらしく、ただ恭也を睨みつけると、なのはと手を繋いで先に歩き出す。
何故、機嫌が悪いのか分からないまま、恭也も慌ててその後を追う。
ホームへと出た所で、忍と秋葉から解放された恭也は、胸を撫で下ろしつつ、アルクェイドの元へと向う。

「アルク、何処か調子でも悪いのか」

「別にそんな事はないわよ」

「そうか。しかし…」

あいも変わらず鈍い兄の言動に溜め息を吐きつつも、今回は自分にも原因があるため、それを口に出さないなのは。
そんななのはの様子に気付く事も無く、アルクは続ける。

「本当に体調は何ともないわよ。
 ただ、ちょっとよく分からないんだけれど、胸の辺りがムカムカするだけでね。
 うーん、恭也を殴れば、すっとするような気もするんだけど。何だろうね、これ」

「お前の事を俺に聞かれても、分かるはずもないだろう。
 だが、本当に体調は悪くないのか。胸がムカムカするんだろう」

「うーん、そうなんだけれど。今は少し楽だし」

真顔で交わされる会話に、なのはは驚いたような目で恭也とアルクェイドを見遣る。

(お兄ちゃんと同じような人がいたんだ…)

分かっていない二人に、なのはしょうがないなとばかりに肩を竦めると、恭也たちに話し掛ける。

「ごめんなさい、アルクェイドさん」

「うん、どうして?」

「折角、お兄ちゃんとのお出掛けだったのに、なのはたちまでお邪魔しちゃって」

「あー、別に良いわよ、そんなの」

そう言って笑うアルクェイドに、しかしなのはは続ける。

「という訳で、お兄ちゃん。また今度、違う日にアルクェイドさんを誘ってお出掛けしてください」

「どういう訳なんだ」

「良いから!」

「まあ、俺は別に構わないが…。アルクはどうだ」

「えっ!? それって、また何処かに連れて行ってくれるって事」

「ああ。まあ、無理にとは言わないが」

「う、ううん。行く、行くわよ。えっと、何処にしようかな」

「そんなに慌てる必要もないだろう。ゆっくりと考えておけ」

「あ、そうだね」

「今度は、なのはたちも一緒しませんから、二人で楽しんできてくださいね」

「うん、ありがとうね。……あれ?」

なのはに礼を言った後、アルクェイドは不思議そうな顔をする。

「どうかしたのか」

「うん、何かムカムカが無くなってる」

「理由は分からないが、良かったじゃないか」

「だね。さーて、それじゃあ、今日は一日楽しもうっと」

「まあ、程々にな」

急に元気になったアルクェイドに苦笑する恭也を眺め見て、なのはも同じように苦笑を浮かべていた。




  ◆◇ ◆◇ ◆◇



鷹笛プレイランドへと着いた一行は、早速あっちこっちの乗り物を順番に制して行く。
今も一つのアトラクションを終えたばかりで、次の獲物を見定めながら移動する。

「さ〜て、次はどれに乗ろうかな」

「し、忍、少し休まない」

「えー、私はまだまだ大丈夫だよ」

忍の言葉に、他の者も頷く中、恭也が口を開く。

「俺も、少し休憩したいから、お前達だけで行ってきたらどうだ」

「うー、じゃあ、休憩にしようか」

恭也の言葉に、忍が休憩を言い出し、他の者もそれに従う。
そんな中、なのはが恭也の手を引く。

「お兄ちゃん、休憩が終ったら、アレに乗ろう」

そう言ってなのはが指差す先を見て、恭也は言葉を失う。

「…あー、なのは。兄はかなり疲れているみたいだから、アレには一人で乗ってきなさい」

「えー」

なのはは唇を尖らせ、恭也をじっと見詰める。
そんななのはに、恭也は少しだけ身を引き、他のものはどう返事をするのか興味深そうに眺めていた。
しかし、なのはに甘い恭也も、流石にメリーゴーランドには乗るという選択肢の前には、首を横に振るのだった。
残念そうな顔になるなのはに、アルクェイドが笑いながら話し掛ける。

「だったら、私が一緒に行ってあげるよ」

「本当!?」

「うんうん。恭也たちは休憩しているみたいだから、その間に行こうか」

「うん」

アルクェイドの言葉に笑顔で答え、なのははアルクェイドと手を繋ぐとメリーゴーランドへと歩いて行く。
その背中を眺めつつ、恭也は立ち上がる。

「あれ、恭ちゃん。もしかして、なのはのお願いを聞いてあげるの」

言いつつ、その姿を想像したのか、美由希は必死で笑いを堪えている。
同じような事を忍たちも想像したのか、あのノエルまでもが笑い出すのを堪えている。
そんな美由希たちを憮然と見渡した後、

「幾ら、なのはの頼みでも、アレばっかりは無理だ。
 俺は、ただ何か飲む物を買ってこようと思っただけだ」

「それでしたら、私もお供いたします」

そう言ってノエルも立ち上がり、次いで翡翠も立ち上がる。

「秋葉様は、何になさいますか」

「翡翠に任せるわ」

「畏まりました」

三人がその場を離れて暫らくした頃、美由希たちに声を掛けてくる者たちがいた。

「お嬢さんたち、今、暇?」

「俺たちも、男同士で来て、少し暇だったんだよね。
 良かったら、一緒に遊ばない?」

三人の知らない男たちに声を掛けられても、忍は面倒臭そうにそちらを見ることもなく、
手を振って向こうへと行くようにという仕草を見せる。
それにも係わらず、男たちはしつこく声を掛ける。
やがて、あまりのしつこさに、秋葉がキッと男たちを睨みつける。

「いい加減にしてくださいませんか。私達、ここで人を待っているんです。
 分かったら、さっさと何処へなりともお行きなさい」

こう言われて、大人しく引き下がるような連中なら、最初の時点で引き下がっていただろう。
案の定、男たちは引き下がる事もなく、逆に笑みさえ見せる。

「聞いたか。お行きなさいだって」

「いやいや、何処のお嬢様かねー、一体」

「まあまあ、そんなに怒ったら、可愛いお顔が台無しだよ。
 それよりも、その連れも含めて、一緒に遊ぼうよ」

全く懲りた様子のない男たちに、秋葉の怒りが頂点へと達する前に、琥珀が笑いながら秋葉と男たちの間に入る。

「あはははは。皆さんもそれぐらいにしておいて下さいな。
 あんまりしつこいと、みっともないですよ。聞こえてますよね? ちゃんと分かってますか?
 分かったら、さっさとこの場から立ち去ってくださいね。それとも、日本語が分かりませんか?
 かと言って、英語が分かるようにも見えませんし。どう言えば、そのお頭で理解してくれるんでしょうかね」

笑みを浮かべながらも、言っている事は秋葉以上の琥珀に、男たちも少しの間、動きを止める。
やがて、その意味を理解すると、顔を真っ赤にして怒鳴り出す。
それを笑みを浮かべたまま聞き流し、琥珀は秋葉へと振り向くと、

「秋葉様、この方たち、何か怒り出したんですけど」

「…そりゃあ、怒るでしょうよ」

「ああ、カルシウムが足りてないんですね。
 見るからに、何も考えずに食べてそうですもんね」

「本当に、人を怒らせることに掛けては、天才的ね」

「失礼ですよ、秋葉様。私はただ、正直に言っただけなのに。
 それで怒るという事は、この方たちに思い当たる節があるという事ではないですか。
 まあ、言葉を理解するのに、少し時間が掛かってらしたみたいですけど。
 きっと、鈍いんですね。可哀相に。
 カルシウム不足の上に、耳まで遠くて、おまけに言葉を理解しているのかどうかも怪しいんですから。
 その上にきて、理解力も乏しいだなんて…」

琥珀の言葉に、益々憤る男たちを前に平然と構える秋葉たち。
そんな秋葉たちの態度を可笑しいと考える事も無く、男の一人が琥珀へと手を上げる。
しかし、その手が振り下ろされる事はなかった。
琥珀の後ろから、言いようの無いプレッシャーを感じた男は、手だけでなく、全ての動きを止める。
いや、自分の意志に反して、止まる。
琥珀の後ろから、秋葉の声が聞こえてくる。
その声は、先程と何ら変わる事ないはずなのに、男たちはそこに冷たいものを感じ、全身を振るわせる。

「私の使用人に手を上げるというのなら、それなりの覚悟をしてくださいね。
 それ相応の報復は受けてもらいますから」

秋葉にじっと見られ、男たちは舌打ちをすると、逃げるようにその場から走り去る。
まあ、実際に逃げた訳だが。
そんな男たちをつまらなさそうに見た後、再び前を向く秋葉に琥珀が声を掛ける。

「ありがとうございます、秋葉様」

「別に、私は何もしてないわよ」

「そうですか。では、そういう事にしておきますね」

「本当に、何もしてないでしょう」

照れたようにそっぽを向く秋葉を、琥珀はただ笑みを浮かべて見詰めていた。
そこへ、男たちを入れ違いになるように、恭也たちが戻って来る。
それぞれへと飲み物を渡しつつ、恭也が不思議そうに尋ねる。

「何かあったのか? 男たちがここから逃げ出したようだったけれど」

「別に、何でもありませんわ。ただ、声を掛けてきたので、丁重にお帰り願っただけです」

「そうか」

秋葉の言葉に、恭也もこれ以上は聞かず、とりあえずは腰を落ち着ける。
そんな恭也たちの耳に、アルクェイドの声が聞こえてくる。

「あははは〜。動きはそんなに早くもないし、激しくもないけれど、ちょっと面白いわね、これ。
 ね〜、恭也も来れば良かったのに」

そう言って手を振ってくるアルクェイドを見ながら、恭也は頭を押さえるのだった。

夕方になるまで遊び倒した一行は、ようやく帰路へと着く。
その前にという事で、忍が話し出す。

「じゃあ、最後にアレに乗りましょう」

そう言って指差す先にあるのは、どこの遊園地にでもありそうな観覧車だった。

「という訳で、恭也、行こう」

言うが早いか、忍は恭也の腕を掴み歩き出す。
その行く手を美由希たちが塞ぐ。

「忍さん……」

「あ、あははは。冗談よ、冗談。ここは公平にじゃんけんで決めましょう」

忍の言葉に、じゃんけんを始める女性陣を、恭也は少し離れた所で見ていた。
で、結果から言えば、今、目の前に座っている秋葉が勝ったとういう事なんだろう。
恭也は、つい先程の出来事を思い返しつつ、そんな事をぼんやりと考える。
秋葉は秋葉で、さっきからずっと下を向いたままだった。
沈黙が狭い空間を包む中、恭也はなんとなしに外へと目を向ける。
そこに広がる景色に思わず息を止め、秋葉へと声を掛ける。

「秋葉、外」

「外、ですか」

恭也の言葉に促がされ、秋葉は外を見て、息を飲む。
観覧車から見る風景は、夕暮れの紅に染まり、とても美しかった。
遠くに見える海までも紅に染め上げ、水面が沈む光を受けてキラキラと反射している。
その光景に魅入られたようにじっと見詰める秋葉の横顔に、恭也は思わず見惚れてしまう。

「綺麗ですね」

「…ああ、本当に」

秋葉の言葉に、恭也はそちらを見たまま答える。
恭也の言葉を耳にしながら、秋葉は恭也へと顔を向け、そこで二人の目が合う。
何故か、お互いに目を逸らす事も出来ず、そのままただ黙って夕暮れに染まったお互いの顔を見詰める。
秋葉は、先程の自分の言葉に同意した時、恭也がこちらを見ていたと分かり、激しく脈打つ胸を必死に押さえる。
何度も、そんなはずはない。偶々、こっちを見ていただけと言いきかせる。
一方の恭也は、先程のやり取りを思い出し、気付かれていない事をじっと祈る。
お互いに言葉もないまま、頂上へと着く。
すると、示し合わせたかのように、お互いに再び外へと目を向ける。
夕日によるものとは違う赤くなった顔を、まるで隠すように。
お互いに緊張したままの二人を乗せ、ゆっくりと下降していく。
と、どちらともなく、その口から笑い声が出てくる。
始めは小さかったソレが、時間が経つにつれ、段々と大きくなっていく。

「きょ、恭也さん、何が可笑しいんですか」

「そういう秋葉こそ」

お互いにそう言いつつも、やはり笑みは浮かべたまま。

「何か、変な緊張感があったな」

「ええ、確かに」

そう言って微笑み合うと、二人はいつもと変わらない状態へと戻る。

「たまには、こういうのも悪くないな」

「そうですね。偶には悪くないですね」

徐々に近づいて来る地面を感じつつ、秋葉はもう一度だけ外へと視線を飛ばす。
それを追うように、恭也も外を眺め、それっきり二人は沈黙する。
しかし、先程とは違い、何処か落ち着いた空気が漂うっており、二人は極自然に景色を楽しむ。
やがて、地上へと戻った二人は、後から降りて来る美由希たちを待つ。
静かな空気が二人を包む中、同じように地上へと戻ってきた美由希たちが恭也たちを見つけて近寄ってくる。
それに伴い、静寂が破られ、途端に騒がしくなった事に、二人は微笑を漏らす。
こうして、合流した恭也たちは、今度こそ帰路へと着くのだった。





<to be continued.>




<あとがき>

またもや久し振りの更新となってしまいました、はい。
美姫 「ぶ〜、ぶ〜」
あはははははは。
えっと、と、とりあえず、遊園地編という事で。
美姫 「アルクェイドとの約束だったはずなのに、秋葉の方が目立っているような」
むむむ、確かに。
と、とりあえず、そろそろ事件の方も決着が…。
美姫 「本当に?」
えっと、どうでしょう。
美姫 「じと〜」
あ、あはははは。
そ、それでは、また次回で〜。
美姫 「次はいつになるのかしらね」
グサグサグサ。








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