『Moon Heart』








  27/その名はロア





深夜、既に日課となりつつあるパトロールを終えた恭也とアルクェイドは、海鳴公園へと戻って来ていた。

「今夜も死徒をやったから、これであいつの所には、もう殆ど残っていないはずよ」

「死徒の数を減らす事と、そいつを見つけることはどう繋がるんだ」

「簡単な事よ。あいつは私が追っている事を知っているから、まず姿を見せようとしないわ。
 でも、食事は必要でしょう。力を取り戻すためにもね」

「力を取り戻す? どういう事だ」

ここに来て、恭也はアルクェイドの追っている人物に付いて何も聞かされていないことに思い至る。

「それに、アルクが追っているのは、誰なんだ」

「話してなかったっけ?」

アルクェイドの言葉に恭也が頷くのを見ると、アルクェイドは少し困ったような顔をする。

「ん〜、何か今更って気がしないでもないんだけどな〜」

「しかし、少しは知っておかないと、何も出来んぞ」

「うーん、まあ、話しても良いか。
 でも、本当に良いの? もし聞いたら、本当に後戻りできないわよ」

「それこそ、今更だな。充分、後戻り出来ない所まで来ている」

「それもそうね。それじゃあ、教えてあげるわ」

恭也の言葉に、アルクェイドは神妙な顔付きになると、訥々と語り出す。

「私が追っている奴の名前は、ロア。
 ミハイル・ロア・バルダムヨォンと言って、別名、アカシャの蛇とも転生無限者とも呼ばれているわ。
 元々は教会の神官だったんだけどね…」

そこまで呟いたアルクェイドは、苦々しいような、忌々しそうな顔付きに変わる。

「簡単に言うと、あいつは私を騙して、血を吸わせたのよ。
 そして、あいつは力を持った死徒となったの」

「アルクが血を…」

「ええ、そうよ。今、思い出しても何で騙されたのかしら。本当に、腹が立つわ。
 と、私のあいつに対する感情は、今は置いておくとして、こいつの厄介な所はやっつけても、それはロア自身の死を意味しないの。
 それは、あくまでもロアの転生体の死であり、ロアはまた別の時代の別の国の人間へと転生するだけ。
 決して、滅ぼす事が出来ない存在。それがロアよ」

「…だったら、どうやって倒すんだ」

「だから、倒せないと言っているでしょう。
 今の転生体を倒して、次に転生するのをひたすら待つしかないの。
 で、また新たにロアが転生すれば、そこへと行って私がまた狩る。ただ、それだけよ」

「それだけって、お前、ずっとそんな事を繰り返してきたのか」

「ええ。次に転生するのが何十年、何百年先か分からないけれど、ロアが転生すれば、私にはそれを感じ取れるからね。
 その度に、眠りから覚めて、ロアを探しては狩る。これの繰り返しよ。今までも、これからもね。
 もしかしたら、恭也の能……、ううん、何でもないわ」

アルクェイドの最後の呟きは聞こえなかったのか、恭也はただアルクェイドの言葉を茫然と聞いていた。
それを気にせず、アルクは話を戻すように続ける。

「で、転生した先でロアが目覚めたとしても、その体に完全に馴染むまでには多少の時間が掛かるのよ。
 その為には血の力があればあるほど、早く力を取り戻せるって訳。
 でも、あまり大きな事をすると、教会に嗅ぎ付けられるから、自分の死徒を使って、食料を調達するって訳。
 だから、その死徒を滅ぼしてしまえば、嫌でもロア自身が動かないといけなくなるって訳よ」

「成る程な。所で、教会というのは?」

「んーっと、恭也は退魔士って知ってるわよね」

「ああ、まあな」

「日本で言う退魔士の西洋版みたいな連中が集まった組織よ。
 まあ、そのやり口はかなり違うでしょうけれどね。
 良い、恭也。教会の連中なんかと仲良くなったら駄目よ。連中は寝首を掻く事なんて簡単にするんだからね」

よっぽど教会が嫌いなのか、アルクェイドは吐き捨てるようにそう告げる。
その勢いに押され、恭也は考える暇も無く頷いてしまうが、特に問題ないだろうと、そのままにしておく。
それよりも、と恭也は別の事を口にする。

「ここ数日で、かなりの数の死徒を倒したよな。
 最近では、死徒を見つけることすら、希だという事は、もう殆ど滅ぼしたと見なしても良いのか」

「うーん、そうね、そう見て間違いないと思うわ。
 となると、いよいよね」

「そうか」

アルクェイドの言葉に、気を引き締めなおす恭也へと、アルクェイドは少し俯き加減で上目遣いに見遣ると、

「あ、あのね、恭也。恭也には今までかなりお世話になった思うの」

「どうしたんだ、突然? それに、当たり前だろう。
 俺の所為で、お前の力が弱まっているんだから」

「良いから、黙って聞いて。で、ロアはかなりの力を持った死徒よ。
 だから、恭也はこの辺りで…」

「手を引けなんて言うなよ、今更」

アルクェイドの言葉を遮るように言った恭也の台詞に、アルクェイドは驚いたような顔を見せる。
それを見遣りつつ、恭也は続ける。

「さっきも言ったが、俺自身も既に後戻り出来ない所まで来ていると思うし、アルクェイドの力の事もある。
 だけど、それだけじゃない。知ってしまった以上、このまま放っておく訳にもいかないだろう。
 いつ、その牙が何も知らない人たち、或いは、俺の周りの者たちへと向かうかもしれないんだから。
 それに、アルクの事も心配だしな…」

照れたように呟いた恭也へと、アルクェイドが聞き返す。

「え、何々? 何て言ったの、今。最後の部分だけ、聞き取れなかったから、もう一回言って」

「…何でもない。大した事じゃないから、気にするな」

「えー、何よそれ。そんな事を言われると、余計に気になるじゃない」

「良いから、気にするな」

「もう」

「ほら、とりあえず、今日はここまでだろう」

「ええ、そうね。それじゃあ、そろそろ戻りましょうか」

「だな」

「恭也、明日からは今まで以上に危険かもしれないから、本当に気を付けてよね」

「ああ、分かっている。お前もな」

自分の言葉に頷く恭也へと、アルクェイドも頷き返す。

「それじゃあ、お休み、アルク」

「ええ、お休みなさい、恭也。……それと、ありがとうね、恭也」

挨拶をして、別れたその背中へと、アルクェイドは小さく聞こえないようにそっと呟くのだった。




  ◆◇ ◆◇ ◆◇



翌日、翠屋へと向かっていた恭也は、前方に見知った顔を見掛ける。
向こうもこちらへと気付いたらしく、軽く頭を下げた後、恭也の元へと少し早足でやってくる。

「こんにちは、高町くん」

「こんにちは、シエルさん」

「お出掛けですか?」

「ええ、ちょっとそこまで」

「そうですか。でも、幾ら学校が休校とは言っても、自宅で勉強しないと駄目ですよ」

「えっと、まあ、検討しておきます」

「はい、是非、そうしてください。それと、休校の理由が理由なんですから、例え昼間とは言え、あまり出歩くのは」

心配そうに言うシエルに、恭也は分かっていると頷く。

「まあ、これから向かう先も自宅みたいなもんですし」

「…ああ、翠屋さんに行かれるんですか」

「ええ。少し手伝おうかと」

「それは良い心掛けですね。お母さんの事を、たくさん手伝ってあげてくださいね」

そう言ったシエルの目に何かを感じた恭也だったが、次の瞬間にはいつもの顔になっているシエルを見て、
勘違いだったかと、首を捻る。
じっと見詰められたシエルは、わざとらしく頬を両手で押さえると、

「高町くん、そんなに見詰められたら、照れちゃいますよ」

「す、すいません」

そんなシエルの態度に、恭也は慌てて目を逸らす。
それを可笑しそうに眺めた後、シエルは再び話し掛ける。

「それはそうと、もうそろそろ休校が解かれるそうですよ」

「そうなんですか」

「ええ。最近は事件も鳴りを潜めてますしね。そもそも、夜にしか事件が起こっていませんでしたから」

「成る程」

納得する恭也に、シエルが悪戯っ子のような笑みを見せる。

「高町くん、学校が休みだからって、夜遊びしているんだったら、そろそろ普段通りの生活に戻しておいた方が良いですよ」

「してませんよ、夜遊びなんて」

「本当にですか?」

「え、ええ」

「それだったら、良いんですけれどね。でも、本当に夜中はまだまだ危険ですから、外に出ないようにしてくださいね」

「ええ、分かってますよ」

シエルの言葉に平然と答えると、恭也は挨拶を交わしてシエルと別れる。
一度も振り返らずに歩いて行く恭也は、だから気付かなかった。
背を向けて歩き出した恭也の背中を、シエルがどんな顔で見ていたのかを。





<to be continued.>




<あとがき>

終盤へと入って、ようやくシエル先輩に出番が〜。
美姫 「でも、またしても出番が少ないわね」
あ、あははは。それはこれからだよ。
美姫 「本当に〜」
ピュ〜、ピュ〜♪
美姫 「いや、今時、口笛で誤魔化すのって」
なはははは〜。
美姫 「にしても、今回は本ッッッッッ当に久し振りの更新なのに、短いわね」
あ、あはははは〜。ま、まあ、次回の展開もあるから、今回はここまでという事で。
美姫 「で、次回はいつの更新なのかしら?」
で、出来る限り、早く上げますから。
美姫 「じと〜」
ほ、本当だってば。
美姫 「まあ、その言葉を0.000000001%は信じてあげましょう」
うわぁ〜、信じてね〜。
美姫 「あら、0ではないわよ」
って、それが言いたかっただけだろう!
美姫 「くすくす。それよりも、早く書け!」
え、笑顔で……。
美姫 「何よ。文句でも?」
い、いえ。が、頑張ります。
美姫 「努力なんかどうでも良いのよ。結果よ、結果。私が欲しいのは、結果なの」
う、うぅぅぅぅ。上司に恵まれなくなったら…。
美姫 「上司じゃないわよ〜」
シクシク〜。
美姫 「さて、これぐらい言っておけば、次は大丈夫でしょう」
ふっ、それはどうかな。
美姫 「って、そこだけは威張るな!」
ぐぎゃろっぴょ〜!!
美姫 「全く、本当に馬鹿なんだから。さて、それじゃあ、また次回でね」
で……ではでは。








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