『Moon Heart』






  28/事態急変?





「はぁっ、はぁー」

荒い息を上げながら、恭也は人の居なくなった深夜の公園で前方を信じられないように見詰める。
上着の中、背中に背負うようにして差している小太刀へと無意識に伸びようとする手を何とか止め、
恭也は息も荒く、次に起こり得る事態に対して動けるようにだけ足に力を込める。
一つの影が闇より飛び出し恭也へと襲い掛かる。
それを恭也は寸前で避けると、そのまま地面を転がるようにして距離を開ける。
前方の影へと視線を飛ばしながら、恭也はどうしてこうなったのかと思いを馳せる。




  ◆◇ ◆◇ ◆◇



いつもと同じように深夜の街を巡回し、怪しい人影を見つけた恭也とアルクェイドはその後を付ける。
その人影が連日の事件の所為で少なくなったとは言っても、数人人の居る駅前を歩いている事もあり、
その場では後を付けるだけにする。
後を付ける二人に気付く事無くフラフラと歩く人影を視界に入れながら、恭也は隣のアルクェイドへと話し掛ける。

「あれは死徒だよな」

「ええ、そうよ。ようやく新しい死徒を見つけられたわね。
 どうやら、本当に残り僅かって所ね。にしても、よく分かったわね」

「ああ。何となくなんだが見分ける事が出来るようになったみたいだな」

「ふーん」

大して興味もないのか、アルクェイドはそう返事を返しながら、その視線はじっと死徒の背を見詰める。

「人の居ない所へ着いたらやるわよ」

「分かっている。……所でアルク」

「うん、何?」

真剣な表情で他人には聞かせられないような事を小声で話をしながら、
恭也は会話が一区切り着いた所で不思議そうに尋ねる。
それに対し、アルクェイドはこれまら本当に不思議そうに首を傾げて恭也を見上げる。
そんなアルクェイドに少し戸惑いつつも、恭也は右手の人差し指で「これ」と指差す。
恭也が指差す先、恭也自身の左腕をアルクェイドも暫し見詰めると、またしても首を傾げる。
恭也は通じていないと分かると、自分の疑問を言葉に出す。

「何で、俺の腕はお前の腕に拘束されているんだ?」

恭也の指摘通り、アルクの両腕が恭也の左腕へと絡み付いている。
まあ、早い話が腕を組んでいる状態なのだが。

「だって、前にあの夜の一族の子がこうしてたじゃない」

「忍の事か」

「その時、聞かれたくない話をしてたからね。
 で、後で妹に聞いてみたら、人前でこっそり話す時にこうすれば確かに怪しまれないって言ってたし。
 それに何となくこうしてみたかったし…。駄目?」

「いや、別に良いんだが…。と言うか、妹って美由希に会ったのか!?」

「うん。平日、翠屋で」

休校中、美由希は手伝いをしているので、それ自体は珍しいことはないのかもしれないが、
恭也は何ともいえない顔を見せる。
まあ、特に問題は起こっていないみたいだから、まあ良いかと思う事にする。
話をしながらも二人の注意はしっかりと死徒へと向けられており、死徒が曲がった角を少し送れて曲がる。

「このまま行けば、公園の方へと出るな」

「公園…。ああ、あそこね。だったら、そこで」

「このまま行けばな」

逸るアルクェイドを押さえつつ、二人は変わらぬ距離を取って後を付ける。
運良くと言うのか、死徒は公園へと足を踏み入れる。

「まだだぞ。出入り口に近いと、目撃される可能性もあるからな」

「分かってるわよ」

恭也の言葉に唇を尖らせつつ、公園の深くへと進むまで待つ。
それから数分して、アルクェイドは恭也の腕をそっと離す。

「もう、ここまで来れば良いでしょう」

「ああ」

恭也の言葉を聞くと同時、アルクェイドは背中を向けたままの死徒へと駆け出す。
その動きは正に風のようで、異変を感じた死徒が振り返った時には、既にアルクェイドの姿は死徒の目の前だった。
死徒が何らかの動きを見せるよりも早く、振り上げられた腕が振るわれ、死徒の体が刻まれる。
処理を終えたアルクェイドの元へと恭也は向かいながら、周りに誰も居ない事を確認する。
ここの所、見つかる死徒は単体が殆どで、恭也のする事と言えば、周囲を警戒するだけだった。
今日もいつもと同じ内容を終え、アルクェイドへと近づいた恭也だったが、いつもと違う様子に眉を顰める。

「どうかしたのか、アルク」

「はぁー、はぁー」

アルクェイドはそれに答える事無く、先程まで死徒が倒れていた地面をじっと見詰めている。
まさか、また傷が開いたのかと近づく恭也へ、アルクェイドの腕が振るわれる。
咄嗟に後ろへと跳んで躱したものの、腕に掠って一条の血の筋が出来上がる。
自分の行動に驚いたアルクェイドは慌てて謝る。

「ご、ごめん、恭也」

「いや、大丈夫だから良い。それよりも、お前は大丈夫なのか」

「う、うん。私も大丈……」

恭也に答えている途中で言葉を区切ったアルクェイドの視線は、先程傷付いた腕へと注がれていた。
そこから血の雫がツーと垂れ、ぽたりと地面へ一滴落ちる。
またしても息が荒くなって身体を抑え込むアルクェイドへ恭也が心配そうに声を掛ける。
しかし、今度は恭也の声が聞こえていないのか、地面へと染み込んだ地の跡と恭也の傷付いた腕をじっと見詰める。
段々激しくなる呼吸と体の震えに気付いた恭也が一歩踏み出したその時、アルクェイドの腕が風を切って振るわれる。
それをしゃがみ込んで躱しながら、

「アルク、なに馬鹿な真似を。危ないから止めろ」

そう叫ぶが、そこへとまた腕が振るわれる。
恭也は後ろへと跳んでそれを躱すと、目の前に立つアルクェイドを眺める。
その瞳は瞳孔が開いて金色に輝き、口を開けて浅く何度も呼吸を繰り返す。

「お前、アルクだよな…」

身に纏う雰囲気の違いに恭也は思わず呟くが、アルクェイドはそれに答えず恭也目掛けて襲い掛かる。
一撃目を身体を捻って躱し、そこへ襲い来た逆の腕からの攻撃を仰け反って躱す。
態勢が崩れた所へ迫る三撃目を、そのまま地面を蹴って後ろへと倒れながらやり過ごすと、
両手を地面へと叩きつけるようにして着け、その反動で身体を起こして足から着地する。
そこへ迫る四撃目を、ここまでの一連の動作の勢いを殺さずに利用して後ろへと跳んで躱す。


「はぁっ、はぁー」

荒い息を上げながら、恭也は人の居なくなった深夜の公園で前方を信じられないように見詰める。
小太刀へと無意識に伸びようとする手を何とか止め、息も荒く前方を見詰める。。
アルクェイドは闇から飛び出すように恭也へと襲い掛かる。
それを寸前で避けると、そのまま地面を転がるようにして距離を開ける。
未だに何が起きたのかはっきりと分からないまま、自分の攻撃が通じるかどうかすら怪しい相手ではあるが、
それでも、アルクェイドへと攻撃する訳にもいかず、恭也はただアルクェイドの攻撃を躱し続ける。




  ◆◇ ◆◇ ◆◇



九州の奥地に広い敷地を持つ屋敷がある。
今、その屋敷の一角でこの家に関係する者たちによる話し合いが行われていた。

「本当ならもっと早くにこの場を設けたかったんじゃが、諸々の事情で遅うなってしもうた。
 そういう訳ではないが、いきなり本題に入らせてもらうぞ」

全員が揃ったのを見て、一番上座へと腰を降ろした年配の女性、神咲和音が口を開く。
それに誰も異を唱えず、語られる内容を待つ。

「少し前、現当主である薫の下に教会の者が接触して来おった」

その一言に周囲がざわつく。
それを静めると、和音は薫から聞いた教会の人間の言葉を皆に伝える。
聞いて憤慨するものもいたが、和音は手を上げてそれを収める。

「相手は二十七祖にも匹敵すると言われとる吸血鬼じゃ。
 正直、向こうさんが退治してくれると言うのなら任せれば良いと思うとる。
 じゃが、傍観するという訳ではない」

和音の言葉に異を発しかけた者たちを続く言葉で抑えると、和音は那美へと視線を向ける。

「丁度、海鳴におった那美もこうして呼び戻しておる。
 那美、海鳴の様子とそこで起きている事件について知っている事を話してくれ」

和音の言葉に頷くと、那美は現在海鳴で起きている連続事件に関して話をする。

「この件に関して、警察の方からは何も言われていません。
 恐らく、警察側は人間の仕業だと考えていると思われます」

最後にそう締めくくると那美は口を閉ざす。
その後を継ぐように和音が再び口を開く。

「元々、日本の退魔は個人で行っているか、
 血族関係や同じ技術を持つ者たちが一族として結成された退魔組織しかない。
 その為、情報の交換が非常に難しい。まして、わしらは外からやって来るものには監視が甘いからの。
 今回はその所が見事に後手へと回る結果となってしもうた。
 じゃが、まだ終わった訳じゃない」

和音の静かだが強い口調に全員が空気を張り詰める。

「教会側は手出し無用と言うてきておるが、当主は防衛する分においてはその権限を預けてはおらぬ。
 吸血鬼の退治は専門家に任せ、わしらは街に住む者たちを守ることとする。
 ただ、あまり大人数で動くといらぬ刺激を与えるやもしれん故、少人数で事に当たる。
 既に薫を始めとして、その者たちは海鳴へと向かっておる」

和音の言葉に全員が頷くものの、それならばこの会議は何かと疑問を浮かべる。
それを分かっていて、和音は続ける。

「ここに集まってもらったのは、事後処理のためじゃ。
 教会側も恐らくは事後処理をするじゃろうが、わしらもわしらでせねばならん事も出てくるじゃろうからな。
 それと、もう一つは教会の目じゃ…。
 こうして、主だった面々がこの地に集えば、海鳴の件での会議じゃと思うじゃろうからな。
 もしくは、別の事件と思うか。まあ、どちらでもええ。
 要は、教会の人間で事に当たる者ではなく、監視する者がいた場合、その注意をこちらへと引き付けるためじゃ。
 防衛の件は了承したとは言え、わしらの邪魔をせんとも限らんからの。
 薫の話では、実働は一人らしいが監視がいるかどうかまでは分からんという事じゃったからな」

そう言って小さく笑う和音に釣られるように、その場の者たちも声に出さずに笑う。
その中で一人の年配の男が楽しそうに和音へと話し掛ける。

「では、我々は少しでもこの場でこうして教会の監視者の目を引くとしますか」

「遅かれ気付くやもしれんが、それまでは引き付けておくとしましょう」

「まあ、そんなに意気込む事もなかろう。それに、本当に監視者が居るのかも怪しいんじゃしの。
 何せ、海鳴に派遣されたのは埋葬機関でも指折りの七位の『弓』じゃからな」

和音の言葉に一同はまたしても沈黙する。
それでも、自分たちに出来ることがあるのなら、それをするだけとすぐに気分を切り替える。
そんな者たちを眺めつつ、和音は海鳴へと向かっている者たちの安否をそっと祈るのだった。





<to be continued.>




<あとがき>

やあ、久しぶり(キラン)
美姫 「って、この馬鹿は何をやってるのよ!」
ぐげっ! ……い、いきなりは酷いぞ
美姫 「どっちがいきなりよ!」
あれは、久しぶりの更新で恥ずかしさを誤魔化すために…。
美姫 「煩いわよ!」
ぐほっ!
美姫 「まったく、この馬鹿は!」
う、うぅぅ……。
美姫 「とりあえず、245万ヒットおめでとうございます、フィンさん」
あっ! こいつは、めでてぇぇぇなぁぁぁぁぁ〜。
美姫 「それではまた次回でね〜」
おいこら、流石に無視はやり過ぎだろう……、と思う今日この頃なんですが、いかがなもんでしょうか……。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
シクシク。







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