『A night comes to twin sword dancer 第1話』
────もしあの日、美由希が体調を壊して鍛練を一人でする事にならなかったら。
────もしあの日、鍛練の後いつもと違う道を歩こうと思わなければ。
────もしあの日、あの悲鳴を聞き逃していたら。
────もしあの日・・・・・・
────・・・・・・彼女に会わなかったら
そう、あの出会いは本当に偶然のものだった。
俺はいつもの日課である深夜の鍛練を終え、美由希もいない事もあって少し海鳴臨海公園へとロードワークも兼ねて足を伸ばした。
そして公園内を軽く流しながらランニングをして、そろそろ帰ろうと思ったとき、どこからともなく女性の悲鳴が聞こえてきた。
俺は悲鳴のしたと思われる方へと駆け出した。
というのも、ここ海鳴では何故かここ最近になって通り魔的な犯罪がよく起こっているからだ。
一説によると夜空に浮かんでいる真月がその原因だとも言われているらしいが。
正直、どこまで本当か分かったものではない。俺は走る速度を落とさず空に浮かぶ真月を見上げる。
この真月と名付けられたもう一つの月は、いつの間にか空に現われた。
最初、人々は不思議に思い、またその異質な存在に恐れにも似た感情を持っていたはずだ。
だが、このふたつめの月もいつしか日常に溶け込み、誰も何とも思わなくなった。
今では月が二つある事に疑問を感じる者さえいないだろう。
だが、俺はどうもこの真月に何か違和感を感じる。もっと言えば、恐怖にも似た何かを。
今ではあって当たり前のようになっているが、何故急に現われたのか、そもそも一体どこから現われたのか。
美由希にこの事を話したら、
『恭ちゃんはまだ慣れてないの?そんなに深く考えたって分からない物は分からないよ。要は慣れだよ。
そこにある物を否定してもしょうがないし。あれがあるからって困らないんだから良いじゃない』
などと言われた。これは美由希だけに限った事ではないんだが。
それでも俺はやっぱりあの真月に違和感を感じてならない。
本能の部分であの真月があってはならない物だと訴えているような気がする。
まあ、本当に危険な物なら那美さんや薫さんたちが気付くだろうから、俺の取り越し苦労だとは思うんだが。
そんな事を考えながら走っていると、少し開けた広場のような場所に出る。
そこでは一人の男が女性の両腕を上方で掴み、押し倒していた。
女性の方の服が所々破れており、先程の悲鳴はこの女性があげた物に間違いはなさそうだった。
「おい、貴様。そこで何をしている」
俺は極力女性の方を見ないようしながら、男の動きに即座に反応できるように腰を少し落とし声をかける。
「た、助けてください!」
女性は俺に必死に助けを求める。
俺はそれに軽く頷いて応えると再度、男に声をかける。
「その女性から離れろ」
男は再度の呼びかけに反応するとゆっくりとこちらを振り向きながら立ち上がる。
女性は解放されるや否や、すぐさま男から離れるように後退る。
男はそれを一瞥しただけで興味を失ったように俺の方を向く。
俺は少しずつ摺り足で移動をする。男もそれに合わせるかのようにゆっくりと移動を始める。
しばらくして、男と女性の距離が充分に離れた事を確認すると、俺は女性に声をかける。
「早く!今のうちに逃げてください」
女性はその言葉に頷くとすぐに背を向けて走り出す。
俺は万が一、男が女性に向った時に備え、いつでも飛びかかれる様に態勢を整える。
だが、男は女性の方を追う素振り所か一度も見ようともしなかった。
それどころか男は俺に向って走り寄ってくる。
男が全力で繰り出してきた拳を横に躱す。
男は躱されたと分かると腕を引き、浮いた上半身を戻し、同時に蹴りを放ってくる。
これを後ろに跳んで躱し、空を切らせる。
中々上手い連携だが、いかせん動作が遅すぎる。
俺は男の足が地面に着くより速く、身体を沈め前に踏み込み未だ空中にある足を肩に乗せ、腕で抱え込む。
そして、男の軸足を払うと同時に身体を上方へと伸ばす。
この時、上半身を回転させながら男の足を投げるように前方へと放す。
男は受身を取れずに頭から地面へと落ちると、そのまま意識を失った。
「ふぅー。さて、後は警察に連絡をいれるか」
ポケットから携帯電話を取り出そうとした時、背後から殺気を感じる。
考えるよりも先に体が反応し、前方へと転がる。
と、同時にさっきまで俺の頭のあった位置を何かが通り過ぎていく。
2、3度転がり距離を取り背後を見るがそこには何もなかった。
いや、倒れた男の身体から靄みたいな物が一瞬だけだが出てくるのが見えた気がする。
そこを注視していると、一瞬だが空気がぶれた様に歪みのような物が見える。
それと時を同じくして、その場から俺に向ってくる気配を感じ身を捻る。
ぶんっ!
空を切る音がして、何かがすぐ傍を通過したのが分かった。
だが、やはり敵の姿は見えない。これが那美さんたちが言う霊という物なのか?
だとしたらどう闘えばいいんだ?
また殺気を感じて身を翻す。今度は耳元を何かが通過していく。
気配だけで避けるのにも限度がある。何とか速い所、他の手を考えないといけない。
また、気配を感じ身体を動かす。今度は完全には避けきれずに左肩に少し攻撃をくらう。
そこを見ると爪か何かで切り裂かれたように3本の引っかき傷で服が破られていた。
ふむ、直撃は避けれたみたいだな。殆どかすり傷程度だ。
しかし、どうしたもんか・・・・・・。
☆ ☆ ☆ another's view ☆ ☆ ☆
こんな事を幾度繰り返しただろうか、恭也の息があがり始める。
徐々にだが見えない敵の攻撃を完全に避けきれなくなってきていた。
「はぁー、はぁー、はぁー」
(そう言えば昔、こういった目に見えない敵との闘い方を教えてもらった様な気がするな。あれは誰だったか。
静馬さんではないな。一臣さんだったか。いや、女性だった様なきがする。琴絵さんだったか)
恭也は少し昔の事を思い出そうとする。
(いや、今はそれ所じゃないな。誰だっていい。必要なのはどうやって闘うかだ。・・・思い出すんだ)
ズキッ!
「くっ!」
突然、頭痛が走り考え事を中断させられる。
「何だ、突然!」
恭也はあまりの痛みに大声を上げる。すると不思議な事に頭痛は嘘のように消えていく。
その事に戸惑いを見せる恭也。
「何だったんだ、今のは・・・」
しかし、恭也の思考はまたも中断される。見えない敵が恭也の隙を逃す筈がなかった。
恭也は全身の毛穴が引き締まるのを感じた。直感でこの攻撃が敵の全力を込めた一撃だと悟る。
「くそっ!」
恭也は毒づくと駄目元で小太刀を取り出し、眼前に構える。
知らず拳に力が入る。その時──。
「高町くん!」
「なっ!」
不意に恭也の背後から声があがり、恭也は慌てて怒鳴りながら後ろを振り向く。
「危ないからここに近づくな!早く逃げろ!」
恭也が振り向いた先には恭也と同じ様に上から下までを黒一色で包んだ一人の少女が立っていた。
恭也はその少女に見覚えがあった。
「確か・・・火倉さん」
恭也と同じ大学の通う少女で恭也も何度か話をしたことがある。
咄嗟に名前が出てこなかったのは月光に照らされて佇む彼女が眼鏡をしておらず、普段のおっとりとした雰囲気が無かった事と、
その手に長大な鎌を持っていたからだろう。
恭也は再び声をかけようとして、背後から襲い掛かってくる気配にとりあえず回避行動を取る。
「くっ」
次の攻撃に備えて構える恭也を嘲笑うかのようにその敵は火倉へと向っていく。
恭也はそれをなんとなく感じると急ぎ火倉の元へと駆け出す。
「火倉さん!避けて!」
だが、火倉は目を細めると手にした鎌を構え、何も無い空間を薙ぐ。
Gruuuuuuu!
その途端、人ではない物の雄たけびが当たりに響く。
「な、まさかアレを斬ったのか」
恭也は現状から火倉が見えない何かを斬ったと判断し、茫然と火倉を見詰める。
「高町くん、避けて!」
火倉の言葉と同時に身体が危険を察知して殆ど反射的に動く。
「倒せていなかったのか」
何も見えないが何かがいるであろう空間を睨みつけながら恭也は言葉を洩らす。
その恭也の視界に何かが飛んでくるのが見える。
「それを取って!」
火倉の言葉に従い、火倉が投げた物をとる。
それは不思議な紋様の描かれたペンダントだった。
「それを握って前を見て!」
「何を言って・・・・・・な、なんだあれはっ」
恭也は言葉を途中で止めると驚きの声を出す。
恭也の目の前に人とは異なる、いや、他の動物とも似ても似つかない異形な姿の怪物の姿があった。
「まさか、これがさっきまで戦っていた奴か」
「そうよ。詳しく説明してる時間が無いわ」
いつの間にか恭也の横に並んでいた火倉が恭也に話し掛ける。
「姿が見えてなかったのに、あいつの攻撃をあそこまで躱す事ができたんなら、姿が見える今なら逃げれるでしょ。
早く行って」
「火倉さんはどうする気ですか?」
「私はアレを倒す。それが私の使命だから」
「だったら俺も戦いますよ。一人よりも二人の方が良いでしょ」
恭也の言葉に火倉は驚いた顔で恭也を見る。
「駄目よ。高町くんはアイツの姿は見えても攻撃できないでしょ。だから、ここは私に任せて・・・」
「危ない!」
火倉が恭也の方を向いた一瞬の隙を突いて怪物が襲い掛かってきたのを、恭也が気付き火倉を抱えながらその場から跳んで躱す。
怪物との距離を一定以上取ったのを確認すると抱えていた火倉を降ろす。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。あ・・・ありがとう」
「い、いいえ、気にしないで下さい」
何となくお互いに気恥ずかしくなり黙り込む。が、再び怪物が襲い掛かってくる。
恭也と火倉は左右に分かれこれを回避するが、火倉の着地した所に丁度少し大きめの石が転がっており、火倉は態勢を崩す。
それを見て怪物は火倉へと襲い掛かる。
「火倉さん!」
恭也は脳内のスイッチを切り替え、神速の領域へと入る。
(くそっ、火倉さんの所まで間に合わないか。俺にこの怪物を攻撃できる手段があれば)
目の前に迫った怪物の背中を見ながら臍を噛む。
と、恭也の手から青白い光が浮かび上がる。恭也は自分の手元を見て、火倉から渡されたペンダントが光っている事を知る。
そして、その光は恭也が見ている中、二つに分かれ恭也の両手の中へと移る。
その途端、両手に使い慣れた感触と慣れ親しんだ重みが加わる。
光は恭也の手の中で2本の小太刀へと形を変える。
恭也は何故かこの小太刀なら、あの怪物を攻撃できると直感しその背中へと小太刀を振り下ろす。
──小太刀二刀御神流奥義、雷徹
重なった二刀の小太刀が怪物の背中に当たると同時に神速の領域から抜け出す。
怪物はその場に倒れ、その姿が消えていく。
火倉は急に目の前に現われた恭也に驚きの表情を浮かべるが、目の前に倒れている怪物と恭也の手に握られた小太刀を見て、
恭也がこの怪物を倒した事を理解する。
「大丈夫ですか?火倉さん」
そう言って恭也は火倉の顔を覗き込む。
「えっ!あ、はい。大丈夫です。それよりも、それは・・・」
「え、これですか?よく分からないんです。火倉さんに渡されたペンダントが突然、小太刀に変わってしまって。
これはこういう物なんですか?」
そう言う間に小太刀は再び一つの光となり、ペンダントに形を戻す。
「いいえ。それはそういう物ではないですよ。それよりも高町くんのあの動きは一体・・・」
「えーと、あれはうちに伝わる流派の奥義の一つです。痛っ!」
「あ、どこか怪我でもしたんですか?」
「あ、いえ。そういう事ではないんですが・・・。ただ、ちょっと昔、右膝を砕いてましてちょっと激しく動き過ぎただけですよ」
「そ、そうですか。じゃあ、大丈夫なんですね」
「はい」
「でも、幾つかの細かい傷がありますね。治しますからそこのベンチにでも腰掛けてください」
「治す?」
「はい。さあ」
火倉に促され恭也はベンチに座る。その横に火倉も座り、恭也の怪我をしている部分に手をかざす。
火倉の手から柔らかな光が溢れ出す。その光に触れた所の傷がたちまち塞がっていく。
(那美さんの治癒と一緒だな)
「ふぅー。こんなものでどうですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございました。所で、火倉さんは退魔士か何かですか?」
「退魔士・・・ですか。ちょっと違いますね。私は・・・火者と呼ばれる一族です」
「火者?」
「はい。光狩を倒す者です」
「光狩・・・?」
「そうです。高町くんは不思議に思ったことがありませんか?あの真月と呼ばれるもう一つの月がどこから来たのか」
恭也は内心驚きの声を上げる。今、火倉が言った事は常々、恭也自身が考えていたことと同じだったから。
「ええ。不思議に感じます。でも、周りの人たちはそこにあって当たり前みたいな反応をしますから。
だから、火倉さんみたいな人もいるんだって知って安心しましたよ。
そんな風に考えてるのは俺だけじゃないって分かりましたから」
「そうですか。あの真月を不信に思っている人が火者以外にもいたんですね」
そう言ったきり火倉は黙って何かを考え込む。恭也もそれを邪魔しないように大人しく待つ。
やがて、火倉は顔を上げると、
「高町くん。・・・・・・火者になる気はありませんか。そして私と一緒に戦ってください」
「ち、ちょっと待って下さい。火者や光狩って一体、何なんですか?まずはそれを教えて下さい」
「そうですね。では、今からそれを説明します」
火倉はそこで一息吐くと、ゆっくりと語り出した。
「まず、あの真月ですが。簡単に言うと私たちの世界とは別の世界に存在していた物です」
恭也は驚きの声を上げそうになるが、とりあえずは黙って聞く事にする。
それを見て、火倉も再び話を始める。
「私たち火者と呼ばれる一族は代々、あの真月の封印を守ってきました。所が、約三年前その封印が破られたんです。
と言っても完全に破られた訳ではないんですが。それでも、大きな封印の幾つかは破られました。
そして、真月はその姿を私たちの前に現したんです」
そこまで話すと火倉は恭也を見る。恭也は無言で頷くと続きを促す。
「そして、光狩というのは先程の人ならざる怪物たちの事です。私たち火者はその光狩を倒す事もその使命のうちなんです。
今まではこんなに頻繁に光狩が現われる事はなかったんですが・・・。
あの真月が現われてから光狩はその数を増しているんです。つまり、光狩たちはあの真月からやって来ているんです」
恭也は軽く息を飲む。火倉は更に話を続けていく。
「光狩は普通の人たちには見えません。例え退魔士といえども見えるかどうかは分かりません。
そして、光狩は人にとり憑くんです。とり憑かれた者はその人の持つ欲望のままに暴走してしまうんです。
これが、真月の夜に異常犯罪が多発するようになった原因です。
そして、とり憑かれた人々はそのまま放っておくと光狩になってしまうんです。
でも、火者の人数に比べて光狩は圧倒的な数を誇ります。とても全国中の光狩を退治する事はできないんです。
だから、光狩と戦うことの出来る高町くんに・・・・・・」
そこで火倉は言葉を切るとベンチから立ち上がり、数歩歩く。
恭也は彼女の背中を眺めながら、何かを考え込むようにじっとしている。
やがて、火倉はゆっくりと口を開ける。
「正直言って命の保証はありません。だから、今日の出来事は全て夢と思って忘れてくれても構いません。
でも、・・・・・・・・・お願い、私と一緒に戦ってほしいの」
火倉は振り返ると真っ直ぐに恭也を見詰める。恭也も視線を逸らさず真っ直ぐに受け止める。
やがて、恭也がその口を開く。
「俺は・・・、俺の振るうこの刀は大切なものを守るためのものだから。
俺にその光狩と戦う力があると言うのなら、少しでも力になれるなら・・・。俺は火倉さんと一緒に戦おうと思う」
恭也の返事を聞いて火倉は嬉しそうに微笑む。
「ありがとう高町くん」
「いいえ。俺は出来る事をするだけですから」
「じゃあ、そのペンダントは高町くんにあげるね」
「でも、これは」
「いいから。私が持っていても何の役にも立たないし。それに、それがないと光狩とは戦えないでしょ。遠慮しないで」
「では、遠慮なく貰いますね、火倉さん」
「うーん、私の事はいずみでいいよ。これから一緒に戦う仲間なんだしね」
「分かりました。では俺も恭也でいいですよ」
「うん、分かったよ恭也くん」
「はい。じゃあ、今日はもう帰りましょうか。かなり遅くなりましたから」
「そうだね。もっと詳しい事はまた明日にでも」
「そうですね。では、送っていきますよ」
「え、いいよ。そんなの悪いし」
「いいですから。夜道の一人歩きは危険ですから」
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
「はい。じゃあ、行きましょうか」
「と、その前に」
いずみはそう言うと光狩にとり憑かれ倒れたままになっている人に近づく。
「良かった。まだ完全にとり憑かれる前だったみたい。ただ、気を失っているだけみたい。だとしたら、後は警察の仕事だから。
じゃあ、恭也くん帰りましょう」
「はい、いきましょう」
二人はそのまま夜道を歩いて行く。やがて、その姿は闇に隠れ見えなくなる。
二人の去った場所を真月の光がただ照らしていた。
<to be continued.>