『とらいあんぐるがみてる』



プロローグ 全ての始まり






巨大なオフィスビル。その最上階の一室で今、一組の男女が会話をしている。
男性──高齢だが、その目は未だ鋭さを失っていない──が女性へとやや高圧的とも取れる物言いで言葉を放つ。

「おぬしがリスティ槙原さんか」

その物言いにも腹を立てる事もなく、男性の向かい側に座ったリスティと呼ばれた銀髪の美しい女性は応える。

「Yes。で、僕をここに呼んだのはどういった用件で?あいにくと、こんな堅苦しい所は苦手なんでね。手短に頼むよ」

リスティの言葉に男性──小笠原グループの会長──は用件を切り出す。

「詳しい事は言えんが、今うちのグループの一つで、あるプロジェクトを進めようとしておる。
 このプロジェクトの噂をどこから嗅ぎ付けたのかは分からんが、中止しろと言ってきている者がいる」

「ふーん。で、その相手は何者なんだい?」

「分からん。ただ、警告と称して脅迫めいた手紙を送ってきよった」

「つまり、その相手を掴めば良いのかい」

「そうだ。それともう一つ。……君を紹介してもらったのはこっちが本命だ」

先程よりも更に厳しい顔つきをして、一息つくと再び口を開く。

「奴らが送ってきおった手紙には、こう書かれていた。
 『この手紙が到着後、しばらくしても中止の意図が見られなければ孫娘の安全は保障しかねる』とな。
 ご丁寧なことに祥子の写真も同封してな」

「つまりは、そのお嬢様の護衛ってことかい?」

「そうだ。聞いた所によると、護衛の仕事があった場合、その殆どがおぬしの元にいくらしいな。
 幾らおぬしが本職の刑事と違ってかなり自由がきくからといって、この割合はかなりの多さだ。
 つまり、それだけおぬしの護衛能力が優れているという事だろ。だから、おぬしには祥子の護衛をしてもらいたい。
 転入手続きなどの必要な事は全てこちらでするし、個人的に報酬も払おう。どうだ、やってくれんかね」

「あー、別に引き受ける事についてはやぶさかじゃない。ただ、一つだけ勘違いしている事がある」

「なんだね?」

「それはね…………、確かに僕の所には良く護衛の仕事がくる。けど、それら全てを僕の知り合いに任せているんだ。
 元々、僕は攻撃は得意なんだが、何かを守るというのは苦手でね。たまたま知り合いにそういうのに滅法強い奴がいてさ。
 護衛の仕事は全てそいつにやってもらってるって訳さ。
 調べれば分かると思うが、僕の所に護衛の仕事がよく来るようになったのは、ここ最近一年ぐらいの事だと思うよ」

「そんな事は問題あるまい。そのおぬしの代わりに護衛をしているという者を、護衛として祥子につけてくれれば良い。
 それだけだろう」

「うーん。それはそうなんだけどね。実際、僕もそうするつもりだったし…………」

「だったら、問題はあるまい。では、頼むぞ」

「あー、いや、だからさ。そうなると今度はもう一つ問題が出てくるんだな、これが」

「その問題とは、何だね?」

「あー、そのお嬢さんに護衛としてつくという事は、四六時中一緒にいるってことだろ?それが問題なんだけど」

「安心しろ。別に夜中の間ずっと外で見張れとは言わん。うちでしばらくの間、預かる事になったとして家に連れて行くし、
 昼間はリリアン女学院の理事長や校長に私から事情を説明して、祥子のクラスに転入してもらうようにしよう。
 これでもまだ問題があるかね」

最早、問題がないだろうと言わんばかりに言い放つ会長に、ため息を吐きながらリスティは話をする。

「はぁー。そういう事じゃなくて、もっと根本的な問題さ。そのお嬢様が通っているのがリリアン女学園というのに問題があるんだよ」

「年齢的なものか?それはそちらで何とか誤魔化してくれ」

「それもあったな。でも、それは大して問題にならない。あんたも言ったように誤魔化せばいいからね。
 問題なのは、その護衛する者が女性だと思っているあんただよ」

「!それは……」

「そういう事。そいつは男なんだよ。大体、なんで護衛って聞いて女だと思ったわけ?普通は男だと思うだろ?」

「いや、おぬしが女性だったからてっきりな。そうか、そいつは男性か」

「そういう事。だから夜はそいつ、恭也って言うんだがそいつに任せて、昼間は違う護衛を使った方がいいと思うよ」

「誰か女性で腕利きの護衛者を知っているか?」

「女性でね〜」

目を瞑って考えるリスティの脳裏に二人の女性が浮かぶ。
一人は、一度恭也に負けたとはいえ、恭也と互角以上の実力を持つ女性。
もう一人は恭也には劣るが、それでもかなりの腕前をもっている女性である。

(うーん、美沙斗は年齢的になー。いや、でも美沙斗なら違和感ないか。
 でも、いますぐ連絡はつかないし、ついたとしてもあっちでの仕事が忙しいだろうから却下だな。
 と、なるとあとは美由希になるんだが………………。実戦不足の上に、日頃はあの那美と同じレベルでどじを競ってるからなー)

しばらくして瞑っていた目を開けると、リスティは口を開く。

「すまないが、心当たりがない……」

「そうか。なら、仕方がないな。
 ……所で、聞きたい事がある。その恭也をいう者、腕は確かなのか?そして、どんな性格をしておる」

「腕は保証するよ。僕の知ってる中であいつ以上に腕の立つ奴はいないからね。性格の方はそうだな……。
 くそ真面目過ぎるって所かな」

「そうか、分かった。…………仕方があるまい。多少、強引だがこういう手でいこう」

そう言うと、小笠原グループの会長はリスティに少しだけ顔を寄せ、密談をするかのように小声で自身の考えを話し出す。
それを聞いていくうちにリスティの顔に小悪魔的な笑みが浮かんでいく。

「それはいいね。ぜひ、そうしよう。お嬢さんを守るためにはそれしか手は無いだろうしね。
 それに、それなら四六時中傍にいることも可能だし」

「そうだろ。これなら大丈夫だろ。それに、その恭也という者の性格がおぬしの言うとおりの奴だとしたら…………」

「そうだね。それも保証するよ。間違いなく面白い事になるだろうね。それに恭也は…………」

「ほうほう。なるほどの〜。これは、おぬしの言うとおり面白くなりそうだな」

「まさか、あんたもこういうのが好きだとはね」

「おぬしほどではないわい。じゃが、これから一大プロジェクトで忙しくなるんじゃから、これぐらいの楽しみはないとな」

「「っくっくっくくく」」

「事務手続きなどは全て私がやっておこう。だが、くれぐれも護衛はちゃんとな」

「分かってるって。それにその為にも色々と準備が必要だからね」

「では、準備が出来次第、連絡を取るようにする」

「ああ、連絡を待っている」

最後に真面目な表情をして握手を交わす。しかしその目はこれから起こであろう事に対して笑っていた…………。





  ◇ ◇ ◇





あのリスティと小笠原グループ会長との会合から3日後の土曜日の夕方。恭也はリスティに呼び出され、翠屋まで来ていた。
その席で恭也はリスティから護衛の仕事を依頼される。

「恭也、どうだい?引き受けてくれるかい」

「はぁ。別にそれは構わないのですが、一体誰を護衛すれば良いんですか?」

「その前に言っておくことがある。今回の護衛期間はかなり長いからね」

「どれぐらいですか?」

「それは分からない。言うならば、こっちで黒幕を見つけて捕まえるまでだね」

「はぁー、だったらその間、大学は休むしかないですね」

「まあ、そうなるね。むしろ休むいい口実ができたと思えばいいじゃないか」

「いや、確かにそんなに勉学に励む方ではないですけど、そこまではちょっと」

「相変わらず硬いね〜。まあ、いいさ。とにかく、今回の依頼は引き受けてくれんだね」

「はい。俺に出来る事でしたら力になりますよ」

「よし!決まった。明日、すぐに現地へ向うから準備は今晩中に頼むぞ」

「あの、今回はどこまで行くんですか?」

「うん?言ってなかったか。東京だよ」

「で、護衛の対象者は誰ですか?」

「それは向こうに着いてから教えるよ。今回の仕事は結構、大きいんでね。もっと人の少ない所でないと話せないんだ」

「そういうことなら分かりました。では、明日は何時にどこに行けばいいんですか」

「ああ、駅前に…………」

この後、簡単な打ち合わせをしてリスティと恭也は別れた。
後日、恭也は語る。この時にもっと詳しく仕事の内容を聞いておけば良かったと…………。





  ◇ ◇ ◇





「ごきげんよう」

そんな挨拶が行き交うここは、純粋培養の乙女たちが集う私立リリアン女学園。
制服を翻らせないようにゆっくりと歩くことがここでのたしなみ。
ここに幼い頃から通っていれば、汚れをしらず、温室育ちのお嬢様が箱入りで出荷されるという今どき珍しい学園である。
ここには清く正しい学園生活を受け継いでいくため、高等部には「姉妹(スール)」と呼ばれるシステムが存在していた。
ロザリオを授受する儀式を行って姉妹になることを誓うと、姉である先輩が後輩の妹を指導するのである。



そんなリリアン女学園には、週初めの月曜日だからといって遅刻寸前で駆け込んでくる様な生徒は一人もいない。
そんな学園の敷地内。
銀杏並木が二股に分ける場所に立っているマリア像にお祈りをする髪の毛をリボンで二つに縛っている女子生徒がいた。
その女子生徒、福沢祐巳はお祈りを終えると顔を上げる。その瞬間、祐巳の顔をフラッシュが照らす。
そして、祐巳の横の茂みから一人の縁なし眼鏡をかけた女子生徒が現れる。

「もうー、蔦子さん。また、いきなり撮るし。撮るなら撮ると言ってから撮ってよ」

「いいじゃない、祐巳さん。それに私は女の子のありのままの自然な状態を撮りたいの。断ってから撮るなんて無理よ」

そう笑いながら言う。彼女の名は武嶋 蔦子(たけしま つたこ)。
写真部に所属しており、女子高生を写すのが趣味と言って憚らない。

「それよりも、祐巳さん聞いた?」

「へっ、聞いたって何を?」

「そっか。まだ知らないのね。さっき真美さんから聞いたんだけど、なんでも転校生が来るらしいわよ」

「へぇー、そうなんだ」

「何か思ったよりも驚かないわね」

祐巳の驚く顔を期待して、カメラを構えていた蔦子はその反応の乏しさに少し肩を落とす。

「そ、そんな事言われても……。第一、それって驚くほどの事なの?」

「……言われてみれば、そんなに驚く事も無いわね。ただ、リリアンって結構、幼稚舎からの人が多いじゃない。
 それに転入してくるのも中等部からってのはちょくちょくあるけど、高等部に転入ってここ数年聞かなかったし」

「そう言われれば、そうかもしれないけど」

「まあ、いいわ。祐巳さんの関心のある事といったら祥子さまのことだけだもんね」

「そ、そんな事ないよ。私だっていつもいつもお姉さまのことばかり……」

そんな二人の後ろから更に声がかかる。

「祐巳、私がどうかしたの」

「ふぇ、あ、お、お姉さま」

「ごきげんよう、祥子さま」

「ごきげんよう、蔦子さん。で、祐巳、私がどうかしたの」

「い、いえ別になんでもないです」

「本当に?」

「は、はい」

「そう、なら良いけど……」

言いながら、さも今気付いたみたいに、祐巳の制服のタイに手を伸ばし直す。

「ありがとうございます」

その祥子の行動に、尻尾があったら千切れんばかりに振りまくっているだろうぐらいに喜びを顔に出しながら礼を述べる。
そんな二人を見ながら、蔦子が祥子に今までの話の内容を教える。

「なんでも、今日転入生がくるらしいんですよ」

「そうなんです。それ蔦子さんと珍しいなって話をしていたんです。お姉さまはご存知でしたか?」

「ええ、知っているわよ。確か、ニ年生のクラスに転入してくるはずよ」

祐巳の問いにすらすらと答える。その祥子の言葉に蔦子が少し驚きの声を上げる。

「そうなんですか?でも、どうして学年までお分かりに?」

「どうせすぐに分かると思うけど、まあいいわ。その転入生は私の知り合いなのよ。正確に言うと祖父と、なんだけどね」

「それは本当なんですか?お姉さま」

「ええ、本当よ。最も私も昨日会ったばかりなんだけどね」

「はあ、そうなんですか」

(お姉さまと知り合いという事は、転入生は正真正銘のお嬢様ってことよね。
 それにお姉さまと知り合いという事は、いずれ私もお会いするってことで。ど、どうしよう……)

祐巳はまだ見ぬ転入生に既に気後れのようなものを感じ、緊張しだす。
その様子を蔦子は面白そうに、祥子は眉を少し顰めて見る。

「祐巳、そろそろ行かないと遅れるわよ」

「は、はい。今、行きます」

祐巳に一声だけかけると祥子はそのまま歩いて行く。その後は慌てて返事を返しながらも追う祐巳。
そんな姉妹の後ろ姿をシャッターにきり、蔦子も後を追うように歩き出す。





つづく




<あとがき>

マリアさまはとらいあんぐるのもう一つのバージョン!とらいんぐるがみてる。
美姫 「何、これ。何処が違うの!ほとんど一緒じゃない」
そう、このプロローグまでは殆ど一緒!……だが、この先、かなり違う展開になるぞ。
美姫 「どう違うのよ」
簡単に言えば、『マリとら』は結構シリアスでいきますが、この『とらみて』の方はその『マリとら』のパロ?みたいなもの。
早い話、キャラの何人かには性格変わってもらいます。その第一号が祥子のじいちゃん。
美姫 「でも、原作の方でも登場してないキャラだし」
むぅ、そうなんだが、一応『マリとら』とはちょっと違う性格になってると言う事で。
美姫 「そ、そうなの?出番があまりないから違いがよく分からないわ」
………………………………。さて、時間もない事だし。
美姫 「いや、時間も何もないと思うんだけど」
では美姫さま、ごきげんよう。
美姫 「あ、はい、ごきげんよう浩さま。……って、逃げるんじゃないわよ。
    では、皆さん私はこれから浩を捕まえて締め上げ……じゃなかった、説教をしてきますので。このへんで、ごきげんよう」




ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ