『とらいあんぐるがみてる』



第3話 「美影の初登校日」






「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

美影にとっては聞きなれない挨拶が行き交う。
マリア様のお庭に集う乙女たちの汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーじゃ翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るといった、はしたない生徒など存在していようはずがない。
リリアン女学園。
それは、明治34年に創立され、元は華族の令嬢を育成をするカトリック系の学園である。
ここに在学しているのは、皆、お嬢様ばかり。
幼稚舎から中高、大学とあり、今、現在でもここに通っていると箱入りお嬢さまが出来上がるという珍しい学園である。



その同じ制服に身を包み、特別な許可を貰い、足首近くまであるスカートが足元に纏わりつくのを気にしながら、
美影はそっと溜め息を吐く。
そんな仕草すら、まるで一枚の絵の様で周りを囲む生徒から羨望の視線が飛び交う。

(やっぱりどこか変なんだろうか?)

美影はそっと自分の姿を見下ろすが、これといって分かる所はなかった。

(そんなに変な所はないと思うんだが。何故、こんなに人が集まってくるんだ?)

休み時間に入る度、クラスメイトたちがやってきては一方的に話し掛けてくる。
それに対し、美影は一言、二言返事を返すだけなのだが、
その度にその生徒だけでなく、周りにいる生徒たちまでがうっとりとした表情を浮かべていた。
その理由に思い当たらず、美影は自分の変装がどこか可笑しいのかと、今日何度目かになるチェックを入れる。

(リスティさん、やっぱり変装に無理があるんですよ。俺なんかに女装が出来るはずないじゃないですか)

美影本人は気付いていないが、実はかなりの美人になっているのである。
更にその凛とした雰囲気とその口調が相俟って、憧れに似た想いを生じさせていた。
それに思い当たらず、美影はちらちらと自分の様子を見ては首を捻っていた。
そんな美影の様子を見て、祥子はつい小さく笑い声を上げてしまった。

「どうかされましたか?」

「いいえ。大したことじゃないのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。ただ、美影さんったら、ご自分の服装がどこかおかしいのかと考えているでしょ?」

「はい」

「それが、ね」

訳が分からないといった顔をする美影に、祥子は言葉を続ける。

「別におかしい所はないから、大丈夫よ」

「そうですか。じゃあ。やっぱりこの口調の所為ですか?」

「それも違うわ。別に美影さんにおかしい所なんてないわよ。気にしなくても良いわ」

「そうですか」

いまいち腑に落ちないようだったが、チャイムと同時に教師が入って来たので、それ以上の追求は止める。
そして、午前最後の授業が始まった。







チャイムが鳴り、午前最後の授業に終わりを告げる。
美影は軽く伸びをし、体を解す

(ふ〜。疲れたな)

そんな美影の傍にクラスメートたちが群がる。

「美影さん、お昼はどうするんですか?」

「良かったら、一緒に食べませんか」

「い、いや、私は……」

女子生徒に囲まれ困っている美影に、祥子が近づく。

「皆さん、申し訳ございませんが、美影さんとは私の方が先に約束がありまして。
 では、参りましょうか」

祥子の言葉に大人しく引き下がる生徒たちに、美影も精一杯の笑みを浮かべ、

「そういう事ですので、申し訳ありません」

そう告げると祥子の後に付いて行く。
この後しばしの間、美影の笑みを見た松組の生徒たちの動きが止まったとか。
そして、その静寂の中、誰かがポツリと漏らした言葉に全員が頷くのだった。

「あぁ〜、美影さんが3年生だったら……。妹に立候補するのに……」

この後、松組の生徒数人によって、『美影さんに一年生を近づけさせない会』なるものが発足したとかしなかったとか。
そんな事とは露知らず、美影と祥子は廊下を歩いて行く。

「祥子さん、どこに行かれるんですか?」

美影の問いに、祥子は眉を微かに顰めるが、何事もなかったように話す。

「薔薇の館よ」

対し、美影は記憶を引っ張り出し、薔薇の館が何だったのかを思い出す。

「所で、私、何かしましたか?」

「別に何もしてないわよ?けど、どうして?」

「いえ、祥子さんのさっきの顔が…」

「ああ。別に大した事じゃないのよ。ただ、敬語は直したのにさん付けはどうかなって思っただけよ」

「じゃあ、祥子」

「そうね。その方が良いわ。じゃあ、美影、でいいかしら」

「ああ」

二人して顔を見合わせると小さく笑みを浮かべる。
と、その背後から声が掛けられる。

「祥子、今から薔薇の館に行くんでしょ。一緒しよ」

振り向いた二人の視線の先には、長身で、ベリーショートの髪型をした生徒が少し驚いたような表情で立っていた。

「ええ、良いわよ。私も今から行く所だから。丁度良いわ。令、こちら高町美影さん。今日、転入して来た方よ。
 で、こちらが支倉令、”黄薔薇のつぼみ”よ」

「高町美影です」

「支倉令です。そうか、あなたが噂の転入生だね」

「「噂?」」

二人同時に令に聞き返す。
それを目を細め、可笑しそうに見ながら、令は答える。

「ええ。学校中で噂になっているわよ。二年松組に美人の転入生が来たって」

「そんな噂になってたの」

「知りませんでした」

「しかし、その噂の転入生と祥子が一緒とはね」

「ちょっと色々と事情があるのよ」

「まあ、良いけどね。えーと、美影さんで良いのかな」

「はい、えーと、令さん」

「よろしくね」

令は気さくに右手を差し出す。
美影は一瞬躊躇ったが、令の手を握り返す。
一瞬だけ、令が不思議そうな顔をするが、何事もなかったかのように美影へと話し掛ける。

「美影さんを連れて行ったら、白薔薇さまと黄薔薇さまは喜ぶかもね」

「そうね。お二人も噂は聞いてられるでしょうからね」

「噂通りじゃなくて、がっかりさせるのでは?」

「何故かしら?」

「いえ、私は美人なんかないですから」

令はぽかんと呆けた様に美影の顔を見た後、祥子に耳打ちする。

「本気……みたいだね」

「くすくす。ええ、本気よ美影は」

「はぁ〜、ある意味凄いね。それにしても、祥子が名前を呼び捨てにするなんてね」

「そうね、その辺も後で詳しく教えるわ」

「そう。じゃあ、早く行こうか」

「そうね。もう皆、集まってるわね」

祥子と令は美影を連れ、薔薇の館へと向った。





つづく




<あとがき>

美影バージョン第三弾!
美姫 「こっちも次回は薔薇さま方の登場ね」
その通りです。
美姫 「こっちはかなり久しぶりね」
うん。
まあ、一応向こうが本編みたいな扱いだしね。
でも、途中で展開が変わるから、こっちはこっちで独立した話になるんだよ。
美姫 「早く分岐点まで行かないとね」
おう!
美姫 「じゃあ、今回はこの辺で」
ごきげんよう。
美姫 「ごきげんよう」






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