『とらいあんぐるがみてる』



第5話 「綺麗な薔薇は優雅に咲き誇る」






HRが終わるやいなや、2年松組の教室前の廊下には、一年と三年の生徒が溢れ出す。
この生徒たちに共通しているのは、一年生は姉が、三年生は妹を持っていないという事である。
中には、同学年の者もいたりするが、その殆どが一年生だった。
一年生は美影を見ると、その美しさや凛とした佇まいに、うっとりとした表情を浮かべる。
そんな人の群れを見ながら、美影と祥子は教室を出るために扉を開ける。
途端、この二人のツーショットという光景に、知らず吐息にも似たものが洩れる。
そんな群集の中を掻き分けるようにしながら、美影と祥子は薔薇の館へと足を向けるのだった。
薔薇の館では、既に先に来ていた蓉子たちが美影たちを出迎える。

「遅かったわね、祥子」

蓉子の言葉に、祥子と美影は苦笑し合う。

「ええ、教室の前がちょっと大変な事になってまして」

「令から聞いたけど、本当に凄い事になってたみたいね」

祥子の言葉に、江利子が口を挟む。
それに頷きながら、美影が答える。

「ええ、結構大変でした。それにしても、祥子はとても人気があるのね」

美影の言葉に、祥子は呆れたような顔をして、

「あの子たちは皆、美影目当てよ」

「私?」

美影は驚いたような顔をした後、人差し指を口元に当ててを小首を傾げる。
その姿は、普段の大人びた顔とは違い、年相応よりもやや幼い感じで、とても可愛らしく映った。
そんな美影の姿に、聖は思わず美影の後ろから抱き付く。

「いやー、可愛いわ。祐巳ちゃんも捨てがたいけど、このギャップはたまらないわ」

「せ、聖さま」

無理矢理引き離す事も出来ず、美影は少し困った顔をする。
そんな美影を助けるように、蓉子が聖の頭を軽く叩く。

「ほら、聖。美影さんが困っているでしょ。いい加減にしときなさい」

「ちぇ〜」

聖は渋々といった感じで美影を解放する。
それに安堵の息を洩らす美影を見て、祐巳はその横顔に見惚れるのだった。

(はー、美人さんは何をしても絵になるな…)

そんな祐巳の胸中は兎も角として、聖が声を書ける。

「さて、それじゃあ、そろそろ行きますか」

その言葉に全員が頷くと席を立つ。

「さて、まずはどこから行きますか」

「外を一通り案内してから校舎内で良いんじゃない」

蓉子の言葉に従い、まず外から見ていくことにする。

「まず、ここが武道館になります」

先導する三薔薇たちの後ろを歩きながら、志摩子が美影の横で説明をする。

「私やお姉さまが所属している剣道部はここで部活動してるわ」

「まだ始まってないみたいだけどね」

「中は、良いわよね。じゃあ、次に行きましょう」

祥子の言葉を切っ掛けに再び歩き始める。
その後、第一、第ニ体育館、温室と案内されていく。

「そして、ここが聖堂になります」

「聖堂……ですか」

「はい。後、週一回、お聖堂朝拝というのがあります」

美影は微かに顔を不安気に顰めるが、本当に微かな変化だったため、誰も気付かなかった。

「後、今日はやっていないかもしれないけど、放送朝拝があるから」

志摩子の言葉に続けるように言った祥子の言葉に、はっきりとした変化ではなかったが再び顔を顰める。
それに気付いた聖が、声を掛ける。

「大丈夫だって。そんなに堅苦しいものじゃないから」

「そうですか」

どこか安心したような顔を見せる美影を、少し複雑そうな表情で見ながら、聖は口を開く。

「神様なんて信じない?」

「はい、いえ、そうじゃなくて」

「ははは、気にしない気にしない」

そう言って聖は美影の肩を叩く。
それに対し、美影は何ともいえない顔をして曖昧な返事をするのだった。

「さて、校舎の外はこんな所ね」

「じゃあ次は、校舎内ね」

蓉子の言葉に聖が答える。そこへ、江利子が加わる。

「そうね。じゃあ、行きましょうか」

江利子の言葉に頷くと、三人は校舎へと向って歩き始める。
校舎内の案内を順次していく祥子たち。
現在、美影たちは二階にいた。
その案内の途中で美影は、自分たちを陰からみている者がいる事に気付く。

(殺意はないみたいだし、放っておくか)

美影は先程から案内される先々で多くの生徒から好奇の視線を向けられており、今度もそれだろうと考え放置する事にする。
だが、一応の用心は怠らず、何かあればすぐに動けるようにする。

「どうかしましたか?」

「いえ、何でもありませんよ」

志摩子の問い掛けに美影はそう答える。

「そうですか。では、次の場所へ」

「と言っても、ここも上の階と大して違わないけどね。各教室と特別教室があるぐらいだし」

「確かに令の言う通り、大した違いはないわね」

令の言葉に相槌を打ちながら祥子も言う。

「そうですね。では、特別教室だけ教えてもらえますか」

「はい、こちらになります」

美影の言葉に志摩子は美影を連れて歩き出す。

「それにしても……」

どこか呆れたような口調で何か言いたそうな聖の言葉を由乃が続ける。

「どこからわいて来たんだか」

「よ、由乃さん。わいて来たってそんな」

「だって、事実じゃない」

由乃と祐巳は周りには聞こえないように声を押さえて話す。

「確かに、これは凄いわね」

「ええ。でも、あまり面白い事は起こりそうもないわね〜」

蓉子の言葉に江利子は残念そうに呟くと、改めて周りを見る。
そこには、美影たちを遠巻きに囲むように人だかりが出来ていた。

「何故、こんなにも人が来るのよ」

人込みのあまり好きでない祥子が吐き捨てるように言う。

「お、お姉さま、落ち着いてください」

「私は充分落ち着いているわよ。ええ、落ち着いていますとも」

本当に落ち着いているのか疑わしい声で祥子は言う。
それを必死に取り成す祐巳。
そんな二人を見ながら、美影はしみじみと呟く。

「流石、山百合会の方々ですね。校舎を案内して頂いているだけだというのに、こんなにも人が集まるなんて」

美影は事前に、リスティより聞いていたリリアンの山百合会の事を思い出しながら言う。
曰く、山百合会のメンバーは全校生徒の憧れの存在である、という奴を。
その美影の言葉に、山百合会の面々は祐巳も含め、呆れ混じりの溜め息を吐く。

「ここまで鈍感だと、ある意味凄いわね」

面白そうに言う聖に他の面々も頷く。

「でも、その方が面白いじゃない」

「確かに黄薔薇さまの言う通りですけど…」

「由乃」

江利子の言葉に同意する由乃を令が軽く窘める。
が、それが気に喰わなかったのか、由乃は令に喰ってかかる。

「何よ。先に言ったのは黄薔薇さまでしょ。何で私だけ注意するの」

「よ、由乃、落ち着いて」

何とか宥めようとする令の横で、祥子はもう一つ溜め息を吐くと、美影へと話し掛ける。

「美影、この人たちは皆、貴女を見に来てるのよ」

「え、私を…?」

「ええ」

「何で?」

再び首を傾げる美影。
先程見た祥子たちですら、可愛いと思ってしまうのだから、今まで美影に付いて来ていた生徒たちにとっては言うまでもない。
途端、あっちこっちから悲鳴に近い声が上がる。

「か、可愛い〜。あんな子を妹にしたかったわ」

とか、

「はぁ〜。普段のお姿も素敵ですけれど、今の仕草もたまりませんわ。ぜひとも妹に…」

とか、である。
そんな反応に戸惑いつつも、美影は訳が分からないという顔をするのだった。
美影の態度を見ながら、そっと笑みが浮ぶ面々に、美影が尋ねる。

「どうかされましたか?」

「いえ、別に」

「ただ感心してただけよ」

蓉子は苦笑しながらもそう答え、聖は心底、感心した様子で告げる。
それらを見ながら江利子はただ笑っているだけだった。
そんな薔薇さまたちを眺めていた祐巳は、ふと視界の隅に見知った顔を見つけて、近づく。
向こうも祐巳に気付いたのか、軽く手を振る。

「ごきげんよう、蔦子さん」

「ごきげんよう、祐巳さん」

祐巳は、クラスメートにして写真部のエース、武嶋蔦子と挨拶をする。

「所で蔦子さんは何をしているの?」

「私?私は噂の転入生を撮影しようかなと。でも、人が多すぎて中々撮れないのよね」

そういう割には、結構機嫌のいい顔をしている蔦子に、祐巳は尋ねる。

「その割には何か嬉しそうだけど、どうしたの?」

「ふふふふ。だって、さっきの美影さまの仕草をばっちり収めたからね。これだけでも、かなり価値があるわ」

そう言って蔦子は、カメラのボディーをそっと撫でる。

「そう」

蔦子らしいと言えばらしい台詞に、祐巳も苦笑を浮かべる。
そんな祐巳に、蔦子が頼み事をするように言う。

「それで、祐巳さん。後日、美影さまにこの写真の提示の許可を頂きに行くから、その時は宜しくね」

「ええ、そ、そんな…」

「だって、流石の蔦子さんも、あんなに凛とされた方といきなりお話する勇気はないわよ」

「でも、美影さまはとても優しいですよ」

祐巳の言葉に、蔦子は頷く。

「それは見てれば分かるわ。それでもよ。いきなり初対面の人と会うよりも、間に知っている人が居る方が良いでしょ」

蔦子の言いたいことが分かるので、祐巳は頷く。
そんな祐巳の肩に手を置き、

「そういう事でお願いね」

「ちょっ、待って。まだ引き受けるなんて…」

そんな祐巳に構わず、蔦子は祐巳の後ろを指差すと、

「ほら、祐巳さん。早く皆さんの所に戻らないと、待たせてはいけないでしょ」

蔦子の言葉に後ろを向くと、祥子たちが祐巳を待っている所だった。
それを見て、祐巳は急いで祥子たちの所へと向う。
その背中に、蔦子のお願いね、という声が聞こえたけど返事をする余裕はなかった。

「祐巳、どこに行ってたのよ。ほら、さっさと次に行くわよ」

「は、はい。すいません」

とりあえず祥子に謝る祐巳。
そんな祐巳に対し、祥子は仕方がないといった笑みを浮かべつつ、やんわりと注意する。

「祐巳、待たせたのは私だけじゃないんだから」

「は、はい。皆さん、お待たせいたしましてすいません」

そんな祐巳と祥子のやり取りを見ながら、蓉子は笑みを浮かべる。

「くすくす。祥子も大分お姉さまらしくなったわね」

「本当に。随分と頼もしくなった事」

「本当、本当。これで、私が祐巳ちゃんに抱きついても、何も言わなくなれば言う事なしなんだけどね」

江利子に続き、聖までが祥子をからかうように言う。
その聖の言葉に対し、祥子は言葉を返す。

「それとこれとは別でしてよ、白薔薇さま」

祥子の言葉に、聖は方を竦める。

「はいはい。それよりも、校舎案内に戻ろうか」

誤魔化すように言うと、聖は先に立って歩き出す。
その背中を、おかしそうに笑みを浮かべながら志摩子が眺める。
そんな志摩子へと祥子が声を掛ける。

「志摩子も笑ってないで、妹なんだから少しは止めなさい」

祥子の言葉にも、志摩子はゆっくりとした口調で告げる。

「私が止めて、やめられるような方ではないですよ。それに、あの方がお姉さまらしいと思いませんか」

「………あなた達、やっぱり姉妹ね。お似合いだわ」

「ありがとうございます」

祥子の言葉に、志摩子は笑みを浮かべながら答える。
そして、付け加えるように言う。

「祐巳さんと祥子さまもとてもお似合いですよ」

何かを言おうとして、何も言えない祥子を残し、志摩子は聖の後を追うように歩き出す。
その背中を見詰めながら、祥子は吐息を洩らす。
そんな祥子の傍で、祐巳が不安そうに祥子を見上げる。

「お姉さま…」

「祐巳、私たちも行きましょう」

「はい!」

祥子の言葉に嬉しそうに頷くと、祐巳は祥子と並んで歩き出す。
そんな二人の様子を見ていた聖は、横に並んだ志摩子にそっと話し掛ける。

「志摩子も中々やるわね」

「…私はただ、思った事を言っただけですけど」

「ははは。そういう事にしておいてあげるよ」

そんな聖と志摩子の後ろでは、令と由乃が楽しそうに話をしながら歩いて行く。
そんな三組の姉妹を優しい眼差しで見詰めていた蓉子に、江利子が声を掛ける。

「では、あぶれた者同士行きましょうか。おかーさん」

「誰がおかーさんよ、誰が」

蓉子の抗議の声に、江利子は蓉子を指差して、

「蓉子に決まってるじゃない。山百合会のおかーさん」

「あのね。それはあなた達がちゃんとしないからでしょ。
 それで、仕方がなく私がフォローをしてるだけなんだから」

「あら、それだけで言ったんじゃないわよ。いつも皆の事を見守っているでしょ。だから、おかーさん」

江利子の言葉に、蓉子は少し照れたような顔をする。

「よくもそんな恥ずかしい事を、臆面もなく言えるわね」

「たまには口に出して感謝しないとね。その為に言葉があるんだし。
 それに、これからも蓉子には色々とフォローをしてもらわないといけないんだもん」

江利子の言葉に頭を抱えるような仕草を見せる蓉子。

「つまり、これからも貴女たちのフォローをしろと」

「別にしなくてもいいわよ?」

そんな事が出来ないと分かっていて言う江利子に対し、蓉子は笑みを見せる。

「はいはい、分かったわよ。でも、せめてお姉さんにしなさい」

「はいはい。と、美影さんも行きましょう」

「はい」

一連のやり取りを微笑ましげに眺めていた美影は、江利子と蓉子に連れられ歩き出す。
その後、薔薇の館へと戻り、それぞれが帰宅へと着いたのだった。
こうして、概ね平和に美影の転校初日は幕を降ろしたのだった。





つづく




<あとがき>

時流さんの43万Hitリクエスト〜!
美姫 「大分、まりとらとも違う個所が出始めてきたとらみてよね」
うむ。まあ、話の大筋は似たような物だから、流れは似るけどね。
今回は、満遍なく山百合会の面々を書けたかな?どうだろ。
美姫 「美影お姉さまが徐々に勢力を広げつつある今回の話…」
そんな話だったか?
美姫 「まあまあ。とりあえず、次回もどうなる事やら」
では、また次回で。






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