『とらいあんぐるがみてる』



第7話 「写真部の企み?」






「すいません、ちょっと宜しいでしょうか」

扉を開け、そう切り出したのは写真部の蔦子だった。
祐巳は蔦子の姿を見ると、声を上げる。

「あ、蔦子さん」

蔦子は祐巳に向って一度視線を投げると、全員を見渡して挨拶をする。

「皆さん、ごきげんよう」

蔦子の挨拶に全員が答え終わると、志摩子が開いている席を進める。
そこに腰掛ける蔦子を見ながら、祐巳が不思議そうに尋ねる。

「蔦子さん、お昼は現像してるんじゃ」

「昨日のうちに少しやってたからね。尤も、昼は昼でさっきまでやってたけど」

蔦子はそう言いつつ、何枚かの写真を取り出す。
それを手に持ちつつ、蔦子は山百合会、特に薔薇さま三人に向って言う。

「今日はこの写真の展示公開の許可を頂こうかと思いまして…」

蔦子はそう言って、手にした写真を振る。
それを眺めながら、蓉子が口を開く。

「わざわざ私たちに言いに来たという事は、その写真に写っているのが私たちのうちの誰かって事よね。
 もしくは、全員か」

「ええ、そうですね。で、ご返事の方は?」

「まだ何とも言えないわね。だって、その写真を見せてもらってないんだもん」

蓉子は優雅に微笑みながら、蔦子に言う。
それを受け、蔦子はそうでしたと呟くと、その写真を蓉子へと手渡す。
蔦子から受け取った写真を眺める蓉子の口から、感嘆の声が上がる。

「これは、蔦子さんの腕もさることながら、被写体が良いわね」

「ええ、そうなんですよ。被写体あってこその写真ですね」

「謙遜を。確かに被写体もだけど、蔦子さんの腕があってこそでしょうね」

「それはありがとうございます」

そんなやり取りを見つつ、気になった聖と江利子が横から覗き込む。

「へー、これはこれは」

「本当に綺麗に撮れてるわね」

聖と江利子の言葉に、蔦子は益々嬉しそうな顔を見せる。

「もう今年最高の出来と言っても過言ではないですよ」

蔦子の言葉に、祐巳は内心で、

(蔦子さん、まだ今年に入って一ヶ月しか経ってないよ)

と突っ込んでいたが、そんな事に気付かず、いや、気付いていたのかも知れないが、敢えて触れずに話を進める。

「それでですね、私としましては、これを独り占めして楽しむなんて趣味はない訳で。
 やはり、こんなにも綺麗なものは皆さんに見てもらわないと、と思う訳です」

「なるほどね。でも、それは当事者たちに頼まないとね。私たちが勝手に許可する訳にはいかないわ」

「ええ、それはもう分かっていますとも」

蓉子と蔦子の話を聞いていた由乃が、我慢できずに口を出す。

「その写真、私たちにも見せてください」

「と、それもそうね」

由乃の言葉に聖は頷くと、見ていた写真をテーブルの中央に置く。
全員の視線がそれに集まる。

「なっ!」

「こ、これって!」

事前に知っていた祐巳を除き、美影と祥子から声が出る。
二人、いや山百合会の面々の前に出された写真は、朝の出来事を収めた物と美影が昨日、校舎案内されている時の物だった。
それ以外にも、祥子と美影のツーショットが数枚あり、そのどれもが二人の普段の凛とした姿ではなく、
親しい者に向ける柔らかな表情だったり、微笑み合っていたりしていた。
祐巳など、この写真を見て顔を赤くして物欲しそうに見ている。

(ああ〜、お姉さまの笑顔の写真が…)

二人の反応を見ながら、楽しそうに蓉子が切り出す。

「で、二人ともどうするの?」

「どうするって?」

美影が蓉子に尋ね返し、それに答えるよりも早く祥子が声を上げる。

「こんなのを展示してどうするんですか」

「祥子と美影さんのファンが喜ぶわよ」

「何故、私がそんな事をして喜ばせないと」

「ファンサービスだと思えば良いじゃない。別にヌード写真って訳じゃないんだし」

「白薔薇さまは黙っていてください!」

聖の言葉に、祥子が怒鳴り返す。
それを受けて、聖はふざけたように肩を竦めて見せる。

「落ち着いて祥子。別に大した事じゃないでしょう?文化祭の時に、祐巳ちゃんと二人の写真を展示したじゃない。
 あれと一緒よ」

「それはそうですけど」

「何でそんなに嫌がるのかしら?」

蓉子が不思議そうに祥子に尋ねる。
その言葉に、祥子自身、何故嫌がっているのか不思議に思う。

「意外と、美影さんのこういった表情を他の生徒に見せたくないとかいう理由だったりして」

江利子が冗談混じりに呟く。
それを聞き、祥子の顔が赤くなる。
それを見て、江利子が驚いたような顔をする。

「え、まさか本当に?」

「ち、違います!私はただ、美影があまり目立つ事を好まないのを知っているから」

「じゃあ、美影さんが良いって言ったら、祥子は良いのね」

蓉子の言葉に祥子は頷く。
それを確認すると、蓉子は美影へと視線を向ける。

「蓉子はそう言っているけど、美影さんはどう?」

全員の視線が美影へと向う。
それを受け止めつつ、美影は暫し考え込む。

「えっと、展示するとしてその期間はどれぐらいに」

「せいぜい2週間でしょうね。後は、リリアン瓦版に載る位ですね」

「えっと、瓦版の方はやめて頂けるのなら、展示ぐらいなら別に構いませんけど」

「分かりました。それで構いません」

美影の意見に蔦子は頷く。
そんな蔦子に、蓉子が確認するように尋ねる。

「所で、展示するにしても、どこにするのかしら?」

「そうよね。文化祭とは違って、展示する場所がないわね」

蓉子の言葉に江利子も相槌を打つ。
そんな二人を眺めながら、蔦子は笑みを浮かべる。

「そこなんですよ。そこで、空き教室の使用許可を」

「はぁー。そんな事だと思ったわ。
 ………そうね。聖、確か一階の倉庫、まだスペースあったわよね」

「うん?……ああ、あるね。幾つか物があるけど、端に寄せればかなりスペース空くし」

「そうね。そうすれば、壁三面は使えるわね。一層の事、板で壁を作れば、小さな部屋が出来るわよ」

聖の言葉に続け、江利子が答える。
それを聞き、蓉子は頷くと蔦子に答える。

「そういう訳だから、薔薇の館の一階を開放するわ」

「薔薇の館ですか」

「ええ。それとも、それじゃ嫌かしら」

「いいえ、そんな事はありません。ありがとうございます。では、早速放課後にでも。
 あ、荷物を端に寄せたら、本当に板を使って四面を使った展示室にしても宜しいんですか」

「ええ、別に構わないわよ。ただし、ちゃんと元に戻してくれるならね」

「分かりました。では、これで失礼致します。皆さま、ごきげんよう」

蔦子はそれだけを言うと、返事もろくそこに待たず部屋を出て行った。





  ◇ ◇ ◇





放課後、蔦子を先頭に写真部数人が薔薇の館へとやって来て、早速作業に取り掛かっていた。
蓉子たち山百合会の面々も特に仕事がなかったので、手伝いを申し出る。
倉庫の中は荷物があまりないとは言っても、やはり多少はあり、まずそれを入り口から最も遠い端へと運んでいく。
重たくて丈夫なものを下に置き、その上に軽いもの置いていく。
そんな中、蔦子と同じ一年生二人が一つの荷物を持ち上げるのに苦労していた。
それを見た令が、そんな二人に声を掛ける。

「ああ、それは重たいから後で私たちが運ぶわ」

令の言葉に戸惑いつつも、自分たちでは持ち上げれないと分かっているので頷く。
そんな令に由乃が声を掛ける。

「そんなに重たいんだったら、先に運ばないと駄目じゃない?後から運んだら、上に重ねる事になるわよ」

「それもそうだね。じゃあ、私と…」

令の言葉に、蓉子が続ける。

「聖お願い」

「ほい、きた」

「後は祐巳ちゃんに手伝ってもらおうかしら」

「はい」

蓉子の言葉に祐巳は頷く。そんな祐巳に祥子が声を掛ける。

「祐巳、大丈夫なの」

「任せてください」

心配そうな祥子に対し、祐巳は腕をまくってみせる。
そこへ、荷物を運んで戻ってきた美影が来る。

「良いですよ、私が運びますから」

「え、でも」

言い淀む祐巳を制して、美影はその荷物を一人で持ち上げる。

「確かに少し重いかもしれませんね。で、どこに運べば良いのかしら?」

話の途中しか聞いていなかった為か、美影はこの荷物を祐巳一人で持つと思っていたらしい。
それで代わりを申し出たのだが。
美影の言葉に、蓉子があそこに運んでと頼む。
美影は頷くと、その場所に荷物を置き、再び戻ってくる。
そんな美影に令が話し掛ける。

「意外と力あるんだね」

「そんな事はないですよ。それよりも、早く終らせましょう」

美影の言葉に、全員がそれぞれに作業を開始する。
そんな中、先程の一年生二人が美影の下へとやって来て、御礼を言う。

「ありがとうございました」

「別にお礼を言われるような事じゃないわ。それに、皆で手分けしてやってるんだから。
 それと、あんまり無理しようとしないでね」

「はい!」

その一年生二人は元気よく返事をすると、自分たちの作業へと戻っていた。
それから暫らくして、荷物を端へと寄せ、板を固定する事で簡単な展示室が出来上がった。

「ふー。これで後は写真を飾るだけなんだけど、それは明日ね」

蔦子は額の汗を拭きながら、そう言う。
それを合図としたかのように、全員も一息入れる。

「じゃあ、今日はここまでにしておきましょうか」

蓉子の言葉に、写真部たちは礼を言った後、薔薇の館を後にする。
それを見届けると、祥子たちも帰り支度を整え、帰路に着く。
校門を出た所で、美影は一人の人物が立っていることに気付く。
用心深く観察しながら、ゆっくりと門を出ようとした所で、隣を歩く祥子が声を上げる。

「優さん」

祥子の言葉を聞き、美影は目の前の相手が祥子の従兄妹、柏木優だと分かる。
柏木は祥子たちに気付くと、軽く手を上げて答える。

「やあ、さっちゃん」

「何の用だ、柏木」

聖が近づいて来る柏木に真っ先に言い放つ。

「用がないと来てはいけないのかい?」

柏木がそう言うと、聖の横から蓉子が答える。

「別にいけない事はありませんわ。ただ、うちの学校は男子禁制ですので、あまりよろしくもありませんけど」

蓉子の言葉に、柏木は軽く肩を竦める。
そんな柏木に祥子が質問をする。

「それで、どういったご用件かしら?」

「つれないな。まあ、良いけどね。
 なに、暫らく旅行に行くんで会えなくなるから、一言挨拶にと思って家に伺ったら、誰もいなかったんでね。
 そういう訳だから、おば様に宜しく。あ、お土産楽しみにしてて下さいと伝えといてくれるかな」

「分かりました。伝えておきます」

柏木の言葉に祥子は頷く。
少し素っ気無いような受け答えに、苦笑を浮かべるが何も言わない。
そこで、柏木は隣にいる見覚えのない美影に気付く。

「そちらの方は?見覚えがないんだけど」

「彼女は高町美影さんですわ。つい先日転校されて来ましたの」

「へー。僕は柏木優。そっちの祥子の従兄妹です。よろしく、美影さん」

そう言って差し出してくる手を、美影は受け取るかどうか悩む。
見るからに女性に慣れていそうな柏木と握手をする事で、ばれるんじゃないかと。
ばれなくても、不思議に思うかも知れない。
その苦悩を勘違いしたのか、柏木が困ったような顔で祥子を見る。
それを見て祥子は笑みを浮かべると、ゆっくりと話す。

「美影は少し人見知りをする上に恥ずかしがりなんです。
 ですから、男性と手を合わせることも苦手なんですよ」

「なるほどね。よっぽど大切に育てられたんだね。いや、これは僕が悪かった」

柏木は手を引っ込めると、頭を下げて謝る。
そんな柏木に美影が慌てたように弁解する。

「そ、そんな謝らないで下さい。こちらこそ、すいません。
 悪気はなかったんですけど…」

「あ、良いよ、気にしてないから。だから、君も気にしないで」

「はい。ありがとうございます」

そう言って美影は微笑む。
その笑みに柏木は一瞬だけ見惚れる。
そんな柏木に気付かず、祥子は美影の手を引き歩き出す。

「では、これで失礼しますね優さん」

その後を、祐巳たちも追って行く。
残された柏木は戸惑いつつ、美影の後ろ姿を見詰める。
そんな柏木に聖が声を掛ける。

「柏木〜、どうかしたのか」

「!君はまだいたのか」

「いたら悪いか?」

「別に」

柏木はそう言うと、話を打ち切ろうとする。
しかし、聖はそんな柏木に話し掛ける。

「柏木、様子がおかしいな」

「そんな事はないさ」

「ふーん……」

聖はじっと柏木を見た後、徐に口を開く。

「まさか、美影に見惚れてたとか?」

聖の言葉に柏木は言葉に詰まる。
その様子を見て、聖が驚きの声を上げる。

「な、本当にそうなの!」

「ち、ちが………」

柏木は言葉を途中で区切り、黙り込む。

(ま、まさか…。この僕が…)

柏木自身驚きを隠せないようで、尤も少し変わった驚き方ではあったが、考え込む。
そんな柏木を驚きに満ちた目で見詰める聖。
それに気付いたのか、柏木は話し掛ける。

「どうかしたのかい」

「それはこっちの台詞だ。まさか、本当に」

「さあ、それはどうかな」

いつもの笑みを何とか浮かべ、柏木は誤魔化すように言うと、その場を立ち去る。
その背中を見送り、聖は肩を竦めると、先に行ってしまった祥子たちを追いかけるのだった。

(まさかね。こればっかりは多分、私の勘違いだろうな)

聖はその考えを打ち消すと、綺麗に忘れ去るのだった。





つづく




<あとがき>

とらみて7話をお送り致します。
美姫 「今回は、銀杏王子こと、柏木が……」
マリとらでは出番のなかったキャラにも光を…。
美姫 「って事は、まだ出番が?」
……多分、ない。
美姫 「………まあ良いか。で、次は?」
次のお話は……。まだ秘密。
美姫 「今後、一体どうなるのか。今の私にそれを知る術はない……」
と、まあそんなこんなで、また次回!
美姫 「皆さん、ごきげんよう」






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