『とらいあんぐるがみてる』
第9話 「展示会始まる」
写真の展示を行う事を告知した途端、その話は瞬く間に校内へと知れ渡る。
その噂の速度に感心しつつ、美影は一人窓の傍に立ち、そこから外を眺める。
(襲撃者らしきものの姿は、今の所はなしね)
胸中でそんな事を考えているなど、他のものには分かるはずもなく、見ようによっては、
どこか愁いを帯びたように見える眼差しと、差しこむ光の加減により、まるで完成された絵画のような雰囲気を醸し出す。
誰一人、それを壊す事が出来ずに立ち尽くす中、そこへと勇敢にも飛び込む者がいた。
「美影、何か悩みでも」
「ああ、祥子。ううん、別になんでもないわ」
「本当に?」
「ええ、本当よ」
気遣わしげに声を掛けてくる祥子に、笑みを返しつつ、美影はさっきまでの考えを片隅へと追いやる。
そんな美影へと、祥子は微かに顔を曇らせつつ尋ねる。
「もしかして、写真の展示の事で悩んでいるとか」
「それはないわ。自分から話を聞いて、納得した事ですもの」
「それなら良いけど」
そう言って微笑を浮かべる祥子が加わる事で、先程の絵画が壊れるところか、更に壊し難いものへとなる。
当の二人がその事に気付く事もなく、そのまま他愛もない話を始める。
祥子の屋敷へと居候している事もあり、話す機会の多い二人はすっかり打ち解けており、傍から見ても仲睦まじいものだった。
「そう言えば、一体、いつからいつまで展示するのかしら」
「展示期間が二週間程度とは聞いたけれど、いつからというのは聞いてなかったわね」
祥子のふと漏らした言葉に、美影もそう言えばと記憶を辿るが、やはり正確な期間は聞いていなかったと今更に気付く。
「放課後にでも、蔦子さんに聞けば良いわね」
「ええ」
祥子の言葉に、美影も頷いて答えたところで、授業開始を告げるチャイムが鳴り、二人は席へと着くのだった。
◇ ◇ ◇
放課後になり、祥子と美影は連れ立って薔薇の館へと向う。
薔薇の館へと着くなり、二人は目の前の光景に、思わず足を止めてその場に立ち尽くす。
「ちょっと、何よ、この騒ぎは」
「何かあったのかしら」
茫然と呟く祥子の言葉を受けつつ、美影も首を傾げつつ不思議そうに呟く。
そうして立ち尽くす二人の背後から、少し遅れてきた令がやって来る。
「祥子に美影さん、どうしたの? こんな所で立ち尽くして。中へ入らないの?」
「丁度良かったわ、令。あの騒ぎは何なのかしら」
「何って、何を言ってるのよ、祥子」
不思議そうに聞き返してくる令に、祥子は前方を指差す。
「あれの事に決まっているでしょう」
「ああー、あれの事か。何を今更…」
そこまで口にして、令はある事に気付く。
「ひょっとして、二人とも写真の展示が今日からだって知らなかったの」
「今日からなんですか」
「そんなの聞いてないわよ。一体、いつの間に決まったのよ」
尋ね返す美影に、強い口調で問い詰める祥子。
対照的な二人に、令は鞄から一枚の紙を差し出す。
「ほら、これが今日のお昼休みのうちに、発行されたかわら版なんだけどね。
ここの所に」
確かに、令が指差す先には、その旨の告知が書かれていた。
「ちょっと、いつの間に決めたのよ」
「詳しくは知らないけれど、今朝、蔦子ちゃんがお姉さまたちに報告したみたいよ。
それに、お姉さまたちが同意して、昼にはこのかわら版が刷られたみたいね」
全く知らなかった二人は、もう一度、薔薇の館へと目を移す。
そこには、大勢の生徒たちの姿があった。
「とりあえず、薔薇さま方もいらっしゃるだろうから、私たちも行きましょう」
令に促がされ、祥子と美影は薔薇の館へと歩き出す。
すると、先程からこちらを伺っていた入り口付近にいた生徒たちが、一斉に三人が通れるように場所を開ける。
その空いたスペースを通りながら中へと入る三人に、あちこちからごきげんようという挨拶が降って来る。
それに応じつつ、祥子たちは二階へと上り、部屋の中へと入る。
そこには、既に全員が揃っており、祥子たちにも座るように勧める。
それに大人しく従い、腰を降ろすなり、祥子は姉の蓉子へと視線を向け、
いつの間にか、展示会の日付が決められていた事に関して、文句の一つでも言おうと口を開くよりも早く、蓉子が口を開く。
「ありがとうね、祥子」
いきなり礼を言われ、出鼻を完全に挫かれた祥子は、どういう意味か分からず、蓉子をじっと見詰める。
それに気付いたのか、それとも元から話すつもりだったのか、蓉子はそのまま続ける。
「私の在学中に、一度で良いからこの光景を見てみたかったの。
この薔薇の館が、一般の生徒で溢れ返る所をね」
そう言って本当に嬉しそうに笑う蓉子を前にしては、祥子も何も言えずに口を紡ぐしか出来なかった。
そんな蓉子を横目で見ながら、聖が頭を軽く掻きつつ立ち上がる。
「お姉さま、お茶のお代りでしたら私が」
「それじゃあ、お願い。ただし、数人分ね」
聖の言葉に首を傾げる志摩子。
さっき来たばかりの祥子たち三人の分は、今、祐巳がいれているのにという顔をする志摩子に、聖は笑みを見せつつ、
「たまには、人の世話ばかりを焼く親友のために何かをしてあげないとね」
そう言い置くと部屋を出て行く。
意味は分からなかったが、志摩子はとりあえず言われたとおりに数人分のカップに紅茶を用意する。
紅茶を淹れ終る頃に、丁度、出て行った聖が戻ってくる。
ただし、その後ろに数人の生徒を引き連れて。
「聖、そちらの方々は」
そう尋ねてくる蓉子に、聖が笑いつつ答える。
「ん、下でナンパしてきた子たち。っと、まあ、それは冗談だから、そんなに睨まないんでよ。
でも、お茶に誘ったのは本当よ。ただ写真を見るだけじゃ面白くないでしょう。
だから、こうしてお茶に誘ったって訳。ほらほら、座って」
遠慮している生徒たちを促がし、聖は空いている席へと座らせる。
「確か、使っていない椅子があったわよね」
聖の言葉に、いつの間にか立ち上がっていた蓉子が椅子を手に戻ってくる。
「流石、蓉子」
「はぁー。結局、私がフォローするのよね」
「あはははは。まあまあ、そう言わない。ちゃんと感謝してるわよ」
人数分の椅子を用意し、生徒を座らせると、その前にティーカップが置かれる。
山百合会のメンバーに囲まれて緊張する生徒たちに、蓉子が優しく語り掛ける。
「そんなに緊張しなくても良いのよ。もっとリラックスして頂戴。
ここは、リリアンの生徒なら、誰でも気楽に訪れてもいい場所なんだから」
そう言ってお茶を勧め、その言葉に頷くと、何処かぎこちないながらも、カップを手に持つ。
「可哀相に。蓉子に睨まれて、固まってしまってるわ」
「江利子、人聞きの悪い事言わないでくれる」
「あら、睨んだのは本当でしょう」
「私は、馬鹿な事を言った聖を睨んだんであって、その子たちを睨んだ覚えはないわよ」
「おおー、怖い、怖い」
口で言うほど怖がっていない聖に、蓉子は呆れたような顔を見せる。
そんな様子に戸惑っている生徒たちに、祥子もそっと話し掛ける。
「ほら、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。別に、誰も取って食べたりはしないわよ」
「おお、紅薔薇は姉妹揃って怖いね〜。唯一、可愛いのは祐巳ちゃんだけか〜」
わざとらしくぼやく聖に、祥子が言い返す。
「祐巳は私の妹ですから、可愛がりたいのであれば、ご自分の妹を存分に可愛がって差し上げれば?」
「うーん、志摩子かー。志摩子は抱きついても喜ばないだろうしな〜。
何より、反応が一番良いのは、祐巳ちゃんだしね」
「白薔薇さま…」
「ほら、祥子も落ち着いて。皆、戸惑ってるじゃない」
「何よ、令。まるで、私一人が悪いみたいじゃない」
「別に、そうは言ってないでしょう」
拗ねたように言う祥子に、令は軽く返す。
そんなやり取りを見ているうちに、始めは緊張していた生徒たちも、少しは落ち着いてきたのか、少しずつ話しはじめる。
まだ幾分の緊張を見せるものの、最初の頃よりも話が弾んでいると、遠慮がちに扉がノックされる。
真っ先に美影が立ち上がって扉を開けると、そこには、三人の生徒たちがいた。
生徒たちはモジモジとしていたが、やがて中にいる生徒たちを見て、思い切った様子で口を開く。
「あの、私たちもご一緒してよろしいでしょうか」
そう言って尋ねてくる生徒に、美影は笑みを見せながら答える。
「勿論、どうぞ。蓉子さま、新しいお客様です」
「いらっしゃいませ。薔薇の館へようこそ」
一年生の三人が新たに椅子を用意しているのを見ながら、美影は新しいカップを取り出してお茶の準備を始める。
「本当に、今日はいい日だわ」
嬉しそうに言う蓉子に、江利子が笑みを見せながら言う。
「確かに、こんなにも一般の生徒で溢れ返る薔薇の館というのは、今までなかったわね」
「うんうん。これも私のお陰だね」
「別に聖のお陰ではないでしょう。これは、祥子と美影さん、そして、あの蔦子ちゃんのお陰ね」
「そんな〜。私が、ここにお茶に誘ったのよ〜」
「はいはい。感謝してるわよ。それを口に出さなければ、もっと感謝してたのにね」
「ちぇ〜」
軽くあしらう蓉子の言葉に、わざとらしく聖が拗ねた素振りを見せる。
そんな聖を見ながら、胸中ではとても感謝する蓉子だった。
その間にお茶を入れ終えた美影も席へと戻り、お茶会がまた再会される。
その様子を改めて眺めつつ、蓉子は改めて、この場にいる全員に感謝の気持ちを表すのだった。
つづく
<あとがき>
本当に久し振りの更新だな。
美姫 「分かってるなら、もっと早くに更新すれば?」
ふっ。それが出来ていれば、冒頭の台詞は出てこないさ。
美姫 「いや、偉そうにいう事じゃないんだけど」
…それもそうだな。
美姫 「さて、とりあえず始まったはね、展示会が」
だな。さて、この後はどうなるのか。
美姫 「どうなるって、考えてるんでしょう」
……まあ、多少は。
美姫 「その間がちょっと気になるんだけど」
気にするな。したら負けだぞ。
美姫 「それも違うと思うけど」
あはははははははは。
美姫 「はいはい。笑って誤魔化すのも良いから。で、次回はどんなお話に」
うん、次回はな、○○××……、という訳だ。
美姫 「いや、それじゃ分からないって」
ここで言ったら、駄目じゃん。
美姫 「それも一理あるわね」
とりあえず、また次回で。
美姫 「ごきげんよう」