『とらいあんぐるがみてる』



第10話 「遭遇!?」






深夜、美影は一人、小笠原邸の庭で小太刀を手に鍛練をしていた。
それもようやく終わりに差し掛かり、最後に大きく小太刀を打ち合わせると、静かに鞘へと納める。
暫らく、その態勢でじっとしていた美影は、閉じていた目をゆっくりと開くと、大きく息を吐き出す。
冬場とは言え、かなり激しい運動をしたお陰で、汗を掻いた美影は、
持って来ていたタオルで汗を拭くと、荷物を片付けて屋敷へと戻る。
一旦、部屋にそれらを置くと、代わりに着替えなどを持って風呂場へと向かう。
勿論、住人を起こさぬように足音を立てずに。
やがて、風呂場へと辿り着いた美影は、深夜という事もあり、確かめもせずに扉を開ける。

「えっ!?」

短い言葉を洩らし、美影はそのまま動きを止める。
美影の視線の先では、丁度、全てを脱ぎ終えていた祥子が、これまた驚いたような顔を見せていた。
しかし、入って来たのが美影だと分かると、肩の力を抜く。

「驚かさないで頂戴、美影。全く物音がしなかったのに、急に扉が開くからびっくりしたじゃない」

美影は言葉を失い、口をパクパクさせる。
それをどう受け取ったのか、祥子は薄っすらと笑みを浮かべると、

「ごめんなさい。美影も驚いたようね。ちょっと寝付けなくて、シャワーでも浴びようと思ったのよ」

そう笑いながら言う祥子の身体を思わずじっくりと見てしまい、顔を真っ赤に染め上げると、美影は後ろを向く。
そんな美影を訝しげに眺めながら、祥子はいい事を思いついたとばかりに、手を軽く合わせる。

「そうだわ。美影、折角だから、一緒に入りましょう」

「わ、私は遠慮しておくわ。祥子が上がってから頂くから」

「そう? それは残念ね」

そう言いながら、祥子はそれ以上は無理強いせず、浴室へと入って行く。
背後から、シャワーの流れる音が聞こえてきても、美影は暫らくそのままで動けずにいた。
ようやく、身体をゆっくりと動かすと、廊下へと出て、後ろ手に扉を閉める。
まだ火照る顔を擦りながら、脳裏に今見た光景が浮かんでくるのを、首を振って追い払うと、リビングへと向かう。
頬を叩き、暫し瞑想をして気を落ち着かせる。
やがて、落ち着きを取り戻した美影は、祥子が上がるのを待つ。
祥子がリビングへと顔を出し、美影に上がった事を伝えると、美影は浴室へと向かう。
お休みと挨拶をする祥子を見て、また少し顔を上気させつつも、美影も挨拶を返すのだった。





  ◇ ◇ ◇





翌日も、同じように祥子と二人で家を出て、学校へと向かう。
いつもと変わらない風景。
しかし、美影は家を出て駅へと向かう途中から、何者かの視線を感じていた。
それでも、それを一切に感じさせず、祥子と普段通りに会話をしながら歩いて行く。
その間も、ずっとその視線の主は二人の後を付けて来ており、美影は益々、その視線の主へと注意を払う。
やがて、人気の少ない場所に通り掛かった時、その視線の主が意を決したのか、二人へと走り寄ってくる。
足音に気付き、二人は後ろへと振り返る。
その際、美影はそっと祥子の前へと歩み出ると、祥子を庇うように立つ。
視線の主は、二人の前で歩みを止めると、手を懐へと潜り込ませる。
はっと息を飲む美影の前で、その男は、手を引き抜き、それを祥子へと差し出す。

「あ、あの、良かったら、これを読んでください」

そう言って男が取り出したのは、一枚の手紙だった。
呆気に取られた美影だったが、すぐに気を取り戻すと、祥子を見る。

「どうするの?」

「ごめんなさい。申し訳ないのですけれど、見ず知らずの方から、そのようなものは受け取れませんから」

「そ、そんな事を言わずに、お願いします。
 毎朝、見かける貴女を見て、どうしてもこの気持ちを伝えたくて、こうして手紙にしたんです」

なおも食い下がる男に、しかし、祥子は首を振る。

「申し訳ございませんが、私は貴方の事など、存じておりませんし、はっきり申し上げて、興味もありません。
 ですから、そのようなものを受け取る気もありません。
 用件は以上ですか。それでしたら、私たちはこれで失礼させて頂きます」

それだけを告げると、茫然となっている男には目もくれず、隣の美影に声を掛けると、祥子は歩き始める。
その後を、美影も追う。
二人が背を向け、歩き始めた途端、後ろで男が叫ぶ。

「どうしてだよ! 読むだけ、読んでくれても良いじゃないか!
 馬鹿にしやがって。お前なんか、お前なんか…」

男はそのまま祥子へと掴みかからんと走り寄ってくる。
その行動に恐怖を感じつつも、気丈にも祥子は男を真っ直ぐに見詰め、尚且つ、美影を庇うように前へと進み出る。

「これは、私の問題だから、美影は逃げて」

そう言う祥子に好感を抱きつつ、美影は祥子の肩に手を置くと、自分が前へと出る。
すれ違いざま、祥子だけに聞こえるように、そっと呟く。

「そんな事、出来る訳がないでしょう」

そう告げながら、美影は向って来た男の手を取り、その勢いを利用して投げ飛ばす。
ろくな受身も取れずに地面へと叩きつけられた男へと、美影は冷徹に言葉を投げる。

「断られたからといって、力に頼るのは感心できませんね。
 貴方も男だったら、潔く引けば良いものを。何を考えているんですか」

しかし、そんな美影の言葉も伸びている男の耳には届いていなかったが。
人通りが少ないと言っても、朝の通勤時間帯ということもあって、誰かが通報したのだろう、警察官が駆けつけてくる。
その警察官に事情を話し、男の身柄を渡すと、二人は学校へと向かう。
その道中で、祥子が感心したように美影に話し掛けてくる。

「お兄さんに剣術を習っていたと言ってたけれど、強いのね」

「そんな事はないですよ。上には上がいますから」

「それは、お兄さんとか?」

「え、ええ。まあ、兄と私は、殆ど互角なので。
 どちらかと言うと、他の人ですけどね」

「そうなの」

「ええ」

そんな事を話しながら、美影は内心で、さっきの男が脅迫とは関係ない事に、ほっと胸を撫で下ろしていたのだった。





つづく




<あとがき>

久し振りです。ええ、久し振りですとも。
美姫 「何を言ってるの」
いや、言われる前に言っておこうと。
美姫 「まあ、分かってるのなら、良いんだけどね」
あははは〜。と、とりあえず、出来るだけ早く、次を書くように努力します…。
美姫 「本当よ。さて、今回のあとがきは短いけれど、この辺で」
ではでは。






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