『とらいあんぐるがみてる』



第12話 「本当に女の子」






祥子と買い物の約束をさせられた美影は、まあ仕方ないと半分諦めたように下校する。
隣で祥子は嬉しそうな笑み全開で、美影に明日の事を話す。

「あ、ついでだから下着も見ましょう」

「っ! いや、それは本当に良いから!」

「何でよ。女の子同士なんだから、そんなに恥ずかしがらなくても良いでしょう」

「いや、服だけで良いから、本当に」

「い・や」

「いやって、そんな事を言われても」

頑固に主張する祥子だったが、こればっかりは美影も譲ることが出来ないと言い張る。

「それじゃあ、水着はどう?
 去年、都心の方に温水プールが出来たんだけれど、一度、行ってみたかったのよ。
 どうせだから、祐巳も誘って。きっと喜ぶわ」

確かに、喜ぶだろうなと思いつつも、美影は思いっきり首を振る。

「だ、だだだ駄目だって!」

「何で? 水着なら良いじゃない。
 ひょっとして、スタイルを気にしてるとか?
 大丈夫よ、太ってないわよ」

「ち、違います。えっと、その…。
 そ、そう、ほら、私ってあまり胸がないから」

必死で思いついた言い訳に、言って恥ずかしくなったのか顔を紅くする。
それが、丁度いい感じで恥ずかしがっているように見え、祥子は思わず笑みを浮かべる。

「馬鹿ね、そんな事を気にしていたの。そんな事、気にする必要はないわよ。
 大体、見かけだけで判断するような人なんて、気にしなければ良いのよ。
 美影は今のままでも充分に魅力的よ。だから、そんな些細な事は気にしないで」

「えっと、ありがとう。それじゃあ、水着は…」

「勿論、買うわよ」

一縷の望みを抱いて問い掛ける美影の言葉を、コンマ数秒で粉々に粉砕する。
勿論、祥子にはそんなつもりは毛頭ないのだが、美影は心底困った顔を見せる。

(水着や下着だけは何とかしないと…)

しかし、悩んだ所でどうしようもなく、楽しそうに話す祥子に相槌を打ちつつ、
美影は何かないかと必死で考えていた。
で、結局、出てきた案と言えば、明日の当日、体調が悪いといって断るという、
先延ばしの策以外、何もなかったのである。
そんなこんなのうちに屋敷へと辿り着いた美影と祥子に、一人の使用人が一辺が30センチ程の箱を持ってくる。

「お嬢様、こちらが届いております」

「誰からかしら?」

「いえ、美影さま宛てなんですが」

「私? 誰かしら?」

首を傾げつつ、美影はその箱を受け取る。
ここの居場所を知っているのはリスティと、万が一のために美由希に告げただけ。
美由希にしても、東京とだけ教えてここの住所は教えていない。
また、美影宛てだという事から、美由希ではないだろう。
となると、リスティさんか、と箱の差出人を見て、その通りだと納得する。

「リスティ? 海外の方? あら、でも都内から送られてるわね。
 って、ごめんなさい、勝手に見てしまって」

「いいえ、気にしないで、祥子。
 兄経由での知り合いなの。私がこっちに居るって聞いて、何か送ってくれたのかも」

「そう。いい方なのね」

「……え、ええ。概ねでは、ね」

微妙な言い回しが気になりつつも、祥子はそれ以上は何も聞かずにいてくれる。
お互いに着替えるために部屋へと入り、美影はすぐさま箱を開ける。

「これは?」

中からは何か液体の入った小瓶と、ペンダントが一つ。
それと、手紙が入っていた。
美影は小瓶とペンダントを一先ず置いておき、手紙に先に目を通す。
そこにはリスティの文字で、次のように書かれていた。

『親愛なる恭也、もとい美影へ』

この時点で思わず手紙を破って捨ててしまいそうになるが、
事件に関する事だと困るので、何とか堪えて続きを読む。

『まあ、流石に何かと困っているだろうね。
 本当は、そのままで居てもらいたい所なんだけれど、こっちも全然進展がなくてね。
 このままだと、いずれは美影の事がばれるかもしれないと、心優しい僕は心配になったという訳さ。
 そこで、さくらは知ってるよね。忍の親戚の。
 彼女に事情を説明して、何とかならないかと聞いてみたんだ。
 いやー、言ってみるもんだね。彼女の親戚で、海外にいる子が丁度良いものを持ってるんだってさ。
 夜の一族の今は失われたロストテクノロジーと、古の魔術の複合作品らしいよ。
 それを送るから。元々は、子供が出来難いという夜の一族を補うためのものだったらしい。
 その考え方は至って簡単で、出来難いなら、生む個体を増やそうって事だったらしいけれどね。
 いやー、賢い人の発想ってのは、時として面白いね。と、ここまで書けば分かるよね。
 という訳で、その小瓶の中身をぐーっと飲んじゃって。
 で、男と女の変体はそのペンダントで行うらしいから。
 付ければ、どうすれば良いのかは分かるらしいよ。
 それじゃあ、護衛の件、宜しくね。

 P.S. この手紙は読み終えたら、消去すること』

美影は深々と溜め息を吐きながら、ライターで手紙を燃やす。
炭となって消えていく手紙を呆然と見遣りながら、視線を小瓶とペンダントへと向ける。

「そこまでするのなら、どうして護衛交代という案がないんですか」

ぼやくものの、そんなのは分かりきっているだろうという幻聴が聞こえた気がした。
そう、その方が面白いからさ、という続く言葉と共に。
自分の考えが間違っていないだろうと思いつつ、狙われている祥子を放っておくことは既に出来なくなっている。
ならば、自分が取る道は一つしかない。
美影は小瓶を手にとると、蓋を外す。
口を付けて傾けつつ、ひょっとして最初からこういう計画だったんではないかと疑うのだった。



全て飲み終えた美影は、ペンダントを身に付ける。
女性となる事を念じると、身体に変化が現れる。
女装していた時と外見は変わらず、ただ髪が伸びて身体が丸みを帯びる。
声も若干高くなったものの、そんなに大きな変化はなかった。
だが、美影は自分が正真正銘に女になっている事を理解する。
何故なら、下を見ると地面だけでなく違うものが見えたから。

「…本当に女になってしまった」

既に諦めてなりきっていた恭也だったが、こうして完全に美影になった事で、
何故か溜め息が零れてしまうのを防ぐ事は出来なかった。

「とりあえず、着替えよう」

美影は制服から私服へと着替えるために服を脱ぐ。
途中、その腕が止まる。

(自分の胸、自分の胸…)

言い聞かせるように唱えつつ、いきなり大きくなったのでは目立つとさらしを巻いていく。
その途中で、美影はふと気付いてその手を止める。

「そういえば、身体の傷も消えてるし…」

不思議そうに身体を見渡すが、傷がなかった。
どうやら、変体前と後では、それぞれに別の身体のようだった。
ためしに、女の状態で軽く指を傷つけて男になってみるが、やはり傷は付いたままだった。

「あの薬を飲んだ以降に出来た傷は共有されるって事か」

納得したように呟いた後、不意に思いたってすぐさま女に変わる。
女になった美影は、何度か屈伸を繰り返す。

「やっぱり、右膝が痛くない。……って、何を考えてるのよ、私は」

このままでも良いかもと一瞬思ってしまい、美影は慌てて首を振ると、着替えを再開する。
少しきついぐらいにさらしを巻きなおす。
と、そこへ扉がノックされる。

「美影、良い?」

「はい、どうぞ」

着替えの途中だったが、最早完全に女となっているため、美影はそう返事を返す。
美影の許可を貰った祥子は、部屋へと入って来て、何かを言おうとして動きを止める。

「美影、なにしてるの?」

「なにって、今、着替えているところよ」

「そうじゃなくて、何を胸に巻いているのって聞いてるの」

「さらしよ。それがどうかしたの?」

「どうかしたのじゃないわよ。どうして、そんな事を。
 ひょっとして、今までそうしていたの?」

「えっと、ええ」

祥子は美影の腕からやや強引にさらしを取り上げる。
と、目の前にある美影の胸を直視し、視線を逸らす。

「全然、小さくないじゃない」

「えっ? なにか言った?」

「全然、小さくないじゃない。大きすぎないけれど、小さくもないし。
 おまけに、何よ、この腰の細さは」

祥子は美影の腰を両手で掴む。

「気付かなかったけれど、美影ってもの凄くスタイル良いんじゃ…」

「祥子だって、スタイル良いじゃない」

美影にそう言われて祥子は、この前風呂場で見られていた事を思い出して顔を紅くする。
言った美影も思い出したのか、思わず無言になり、気まずい雰囲気が漂う。
それを打ち払うように、祥子は殊更大仰に言う。

「これを隠しているなんて、勿体無いわよ」

自分で言った言葉に、妙に納得したように頷く祥子に、美影は何を感じ取ったのか、
恐る恐るといった感じで、祥子へとそっと声を掛ける。

「えっと祥子?」

「決めたわ。明日は上から下まで、下着も含めて揃えるわよ」

美影の呼びかけが切っ掛けとなったのか、
不意に何かに突き動かされるような気迫で迫る祥子に、美影はただ頷くしか出来ないでいた。
それを肯定と受け取った祥子は、にっこりと微笑んで告げる。

「明日が楽しみね」

「……はぁ、分かったわ」

最早、説得は無理と感じたのだろう。
それに加えて、問題がなくなったという事もあり、美影は素直に祥子の言葉に従うのだった。





つづく




<あとがき>

という訳で、恭也には本当に女の子になってもらいました。
美姫 「遂に、ここまで…」
いや、初めの頃は、マリとらのパロで女装した恭也でいこうと思ってたんだが。
もう、こっちはこっちで別物として話を進めて行こうかなと。
美姫 「その為に、今回のアイテムなのね」
おう。これで温泉イベントとか、プールイベントも可能に。
美姫 「それがやりたかっただけなんじゃ?」
あははは〜。そして、本当に女の子になってもらった以上、アレを!
美姫 「ああ、もう良いわ、言わなくても」
い、言わせてくれよ〜。
美姫 「いや。だって、もう分かったもん。でもって、却下」
のぉぉぉぉ〜!
美姫 「そんなこんなで、また次回でね〜」
せ、せめて一行だけでも…。
美姫 「しつこい!」
ぐげっ。







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