『とらいあんぐるがみてる』



第13話 「いざ、ショッピング」






よく晴れた土曜日。
美影は自室の窓を開け放ち、空を恨めしそうに見詰める。
やや曇っているようにも見えるが、雨は降っていない。
それを確認すると、深々と溜め息を吐き出し、鍛錬の準備を始める。
こうなったら、もう腹を括るしかないと。
鍛錬を終え、シャワーも浴びて祥子と一緒に朝食後のお茶を楽しむ。
祥子は楽しそうに美影へと話し掛けてくる。
その笑顔を見ながら、まあ良いかと思い始める美影だった。
それから程なくして、二人は出掛ける準備を整える。
ジーパンを穿いている美影を見て、スカートだった祥子は少し考える。

「美影がジーンズなら、私もそうすれば良かったわね。
 てっきり、ロングのスカートかと思ったから合わせたのに」

「ごめんなさい。でも、私は家では殆どスカートは穿いてなかったと思うけれど?」

「ええ、家ではね。でも、出かけるときはスカートだったでしょう」

言われて思い返すも、学園へ行く以外に出かけた覚えがなく、美影がそう告げると祥子は納得したように頷く。

「そう言えばそうだったわね。そのせいね。
 だから、美影は外ではスカートだと思ってしまったのね。
 どうしようかしら。今から着替えようかしら」

「別に私は待つのは気にならないから良いけれど、時間は良いの?」

「ええ。別に急いで行く必要もないから。でも、これで良いわ。
 また着替えるのも面倒だもの。それじゃあ、行きましょか」

「ええ。ああ、祥子」

歩き出した祥子を呼び止めると、美影はその全身を軽く上から下へと見て口を開く。

「うん。その格好、よく似合ってるわよ。とても綺麗」

「あ、ありがとう。美影もよく似合っているわよ。
 凛々しい感じがして」

「そう、ありがとう。それじゃあ、行きましょう」

美影の言葉にやや照れつつ祥子も同様に返す。
この辺り、母や姉代わり、最近では高校時代の親友も加わり、徹底的に仕込まれた成果である。
尤も、この仕込んだうちの二人に関しては、自分に向けて言って欲しいという願望もあったのだが。
ともあれ、二人はようやく出掛けるのだった。





  ◇ ◇ ◇





祥子に連れられ、女性の服を専門に扱う店へとやって来る。
こういう所は当然ながら初めての美影は、物珍しそうに店内を見渡す。
そんな美影の手を引き、祥子は店の奥へと連れて行く。

「それじゃあ、まずはこれとこれを試着ね」

言って祥子は嬉しそうに服とスカートを手に取る。

「小さかったりしたら、言ってね」

祥子はそう言うとやや強引に美影を試着室へと押し込む。
仕方なく美影は渡されたそれを身に付ける。
暫くして祥子が外から声を掛ける。

「どう?」

「えっと、一応、着替え終わったけれど…」

「ちょっと待ってね」

言ってカーテンを開けると、そこには確かに着替えた美影が居た。

「どう、小さくはない?」

「上は問題ないけれど、下がちょっとぶかぶかで。
 こうして押さえていないと、ずれてきて…」

「…本当に細いわね」

腰をじっと見詰めて呟くと、祥子は小さ目のスカートを渡す。

「それじゃあ、こっちは…」

次に渡されたスカートはぴったりとサイズが合っており、祥子は満足そうに頷く。

「これでサイズは分かったわ。それじゃあ、適当に2、3着見繕ってくるから」

言って祥子はカーテンを引くと、その場から離れて行く。
それを中から感じながら、護衛なのにと胸中にぼやく。
祥子は楽しげに次々と服を渡しては、その姿を見て満足そうに頷く。
いつの間にか、その周りに数人他のお客さんも集まり出し、同じように美影を見ていた。
カーテンが開く度、感嘆や溜め息が漏れる。
その度に美影は照れるのだが、それがまた見ている者に愛らしさを与えていることに、美影は気付いていなかった。
ちょっとしたファッションショーもようやく終わりを迎え、美影はほっと胸を撫で下ろす。
ようやく試着室から出る事を許された美影に、祥子は笑みを見せる。

「どれか気に入ったのあった?」

「えっと…。よく分からないから、祥子が選んでくれない?」

「そう? じゃあ、これとこれ。あ、それからこれも」

「そ、そんなにいらないって」

「そんなにって、まだ三着よ。だって、美影はこういうの一着も持っていないんでしょう」

「そうだけれど…。せめて、ズボンも入れて」

「そう。じゃあ、これとは別にそれも入れて。うん、まずはこんなものね」

「ええ。……って、まずは? 祥子、それってどういう…」

美影が言葉の真意を尋ねる前に、祥子は選んだ服を持ってレジへと行ってしまう。
その背中を呆然と見遣りつつ、美影は背筋に一筋汗が流れ、嫌な予感がしたとか。
買ったものを一つずつ手に歩きながら、祥子は美影へと話し掛ける。

「そろそろお昼だし、何か食べましょう」

「ええ、そうね」

「何が良いかしら。これから本番だから、しっかりと食べないとね」

「やっぱり、まだあるのね」

「当たり前じゃない。お昼からが本番なんだから。
 それよりも、何か食べたいものはない?」

「何かと言われても、私も外食は少ないから。
 それにこの辺りは初めてだもの。祥子はこの辺でどこか知らないの?」

「そうね。そうだわ、あそこにしましょう」

「どこ?」

「ここから少し言った所にある喫茶店よ。
 喫茶店なんだけれど、マスターが何処かで修行したとかで、食べ物系のメニューも豊富なの」

「へー。でも、祥子がそういう所を知っているとは、ちょっと意外かも」

そう言った美影に、祥子は拗ねたような顔をして見せる。

「失礼ね。私だって、少しぐらいなら知っているわよ。
 …と言いたい所なんだけれどね。その店は祐巳に教えてもらったのよ」

言って小さく笑う祥子へと、美影も微笑み返す。

「祐巳ちゃんからか。なるほどね。納得だわ」

「あら、失礼ね。さっきも言ったけれど、私だって少しぐらいは知っているんですからね。
 今回は偶々、祐巳に教えてもらった所がこの近くなのよ」

「はいはい、分かってますって」

「その言い方、少し怪しいけれどまあ良いわ」

美影の物言いに少し疑うような眼差しを向けるも、すぐに機嫌を取り直して美影をその店へと案内するのだった。
こうして昼食のメニューも決まり、二人は近くの喫茶店へと入って昼食を取る。
昼食時の会話から、祥子は美影が逃げないように店を出るなりその手を掴む。

「それじゃあ、今日メインのお店に行きましょう」

そう言って自分を引っ張っていく祥子に、美影は仕方がないなといった感じで笑みを見せる。
それを見て、祥子は機嫌を更に良くする。
そうして連れて行かれた店は、さっきよりも落ち着いた感じのする店で、
美影はそれを見ただけで入るのを気後れする程だった。
祥子はそんな美影を気に止めず、手を握ったまま中へと入って行く。
仕方なく、美影もその後へと続く。
店に入るなり、一人の女性が祥子に気付いてすぐさまやって来る。

「いらっしゃいませ、小笠原様。本日はどのような」

「今日は私じゃなくて、彼女のをお願いしたいの」

言って美影を前に出す。
美影を見た女性は、その全身を上から下まで見詰めるとやや驚いた顔を見せる。

「これはまた、美しいお方ですね」

「そうでしょう。でも、今までこういった服を着たことがないみたいなの」

「それは勿体ない」

「でしょう。だから、彼女の為に服を数着お願いできるかしら」

「そういう事でしたら、お任せください」

「ああ、ついでに下着もお願い。彼女、さらしなのよ」

「それは駄目ですよ、お嬢様」

祥子の言葉に女性は目を鋭く光らせたかと思うと、美影へと説教めいた言葉を掛ける。

「そもそも女性の胸というものは繊細でして…。
 下着とはそういった……」

「え、えーっと」

戸惑う美影に祥子は肩を竦めると、女性の肩を軽く揺する。

「森田さん、ちょっと」

「はっ。すいません、小笠原さま。つい。
 それでは、お嬢様こちらへ。まずは正確なサイズをとります。恵美ちゃん、ちょっと」

呼ばれて新たに一人の女性が現れる。
その女性へと何かを指示すると、森田は美影を奥の部屋へと連れて行く。
当然のように祥子も後に付いていき、部屋に三人となる。
暫くして、メジャーを持った恵美と呼ばれた女性が入ってくる。

「それではサイズを測りますので、お召し物を。失礼しますね」

言って美影の服を捲り上げる。
顔を赤くしながらも、美影は大人しくする。

「あら、本当にさらしですね。では、失礼して」

恵美は一言断ってからさらしを解いていく。
ぷるんと弾力ある膨らみが、窮屈なさらしから解放されて自己主張するように小さく揺れる。
それをすぐ目の前で見て恵美は、同性なのに顔を僅かに赤らめて羨ましそうに見る。

「こんなに大きくて形も綺麗なのに、さらしを巻いているなんて勿体無い!
 ああ、本当に何て事かしら。でも、まだまだ艶も形も申し分ないですわ。
 これなら、今からちゃんとあったブラをすれば…」

言って森田は呆然としている恵美に声を掛けてサイズを取らせる。
横で見ていた祥子も森田に同意するように頷いていた。
サイズを測り終えた美影の下へ、森田が幾つかの下着を持ってくる。
丁寧に付け方を説明し、美影自身に付けさせる。
それをしながら、美影は大変複雑そうな顔を見せるも、諦めたのかさっさとブラを付けていく。
美影の好きな色と言う事で最初は黒の上下にガーターベルトという格好になった美影に、祥子は思わず見惚れる。

「普段は凛々しいけれど、そうやって見るとやっぱり綺麗ね」

「……祥子、そんなにじろじろ見ないで」

「ご、ごめんなさい」

照れる美影にドキドキしながら祥子は顔を背ける。
森田は他にも用意していた下着に着替えさせ、満足そうに頷く。

「本当に素晴らしいですわ。どれを着てもお似合いですよ。
 胸だけでなく、背中から腰に掛けてのラインといい、引き締まったお尻に細い足。
 本当に羨ましい。小笠原のお嬢様と言い、美影さんと良い、本当に元がいい方は何でも似合いますわ」

「も、森田さん。とりあえず、今着ているのはそのままで。
 後は、さっきのを全部頂くわ」

「はい、ありがとうございます」

森田の言葉に照れつつ、祥子がそう言う。
それに頷き、祥子へと尋ねる。

「それで、お召し物の方は」

「そうね。動きやすいものが好きらしいから、そういったものを数点お願い。
 後、それとは別のを何点か」

「はい。では、すぐに」

言って部屋から笑みを連れて出て行く森田を見遣りつつ、美影は息を吐き出す。

「はぁー。何かかなり疲れたわ」

「くすくす。でも、まだまだよ。森田さん、相当美影の事を気に入ったみたいだから。
 きっと、かなりの数の服を持ってくるわよ。私も色々と着せられたもの。
 でも、今ならその気持ちも少し分かるわ」

そう言って笑う祥子に返す言葉がなく、美影はただ沈黙するのだった。
それから暫くして、森田と恵美が両手に服を抱えてやってくる。

「さあ、どれから着ます?」

「そ、それ全部ですか?」

「勿論ですわ。本当なら、もっともっと着せてみたいのだけれど、流石に店の服全部は時間的に無理ですもの」

時間があったらするのかと突っ込みたくなるのをぐっと堪え、美影はまずはズボンを手に取る。
ズボンを穿いた美影を見て、森田は目を輝かせる。

「やっぱり思った通りだわ。
 そのパンツなら、美影さんの細い足がさらに強調され、その長さも際立ちますわ。
 それにしても、股位置が高いですわね。本当に羨ましい」

言いつつ、森田は次の服を取り出す。

「ズボンは同じようなものを後、2、3着用意してますから。
 今度はこちらを」

言って下着姿に戻った美影に、恵美と二人掛りで服を着せていく。
抵抗する間もなく次の服へと着替えさせられた美影は、鏡に映る自分の姿に思わず天を仰ぐ。
黒を基調にした裾がふわりとした上下一体のワンピース。
スカートの裾部分には白いヒラヒラの縁取りが付いており、
両横は腰から下へとこれまた白いリボンが等間隔で並ぶ。
少し長めの袖は掌の半分を隠す程にあり、手首辺りに白い刺繍に黒くて小さなリボン。
肩から胸元に掛けても白いケープのようなものが付いており、胸元は少し大きめのこれまた黒いリボン。
その中央部分には白い薔薇のコサージュが控えめに付いていた。
自分の格好に照れて顔を赤くして俯く美影からは、清楚な雰囲気を醸し出されており、
その場にいる誰もがその姿に見惚れて言葉を無くす。

(…美影、とっても可愛いわ。美影なら…)

はやる鼓動を押さえつけるように、祥子は左胸に手を置いて気付かれないように大きく深呼吸する。

(っ! 美影は女の子なのよ。な、何を考えているの。こんなんじゃ、優さんの事をとやかく言えないわ。
 でも、美影には祐巳とは違う意味で、一緒に居ると楽しいのよね)

祐巳ならば、ころころと表情が変わっているのだろうが、そこは流石と言うか祥子。
全く表情を変えず、しかも短い時間で次々と考える。
平静を装いつつ、未だに沈黙を続ける森田へと声を掛ける。

「それ、頂くわ」

「あ、はい。そ、それでは次のを…」

祥子の声に我に返った森田は、次の服を美影へと着せる。
その後も、何十着と着せられた美影はぐったりと肩を下ろして疲れたように椅子に座る。
その横で、祥子が気に入ったものを購入していた。
その数は大よそ十着にも及び、最初に見せられたあの服装は勿論入っていた。
流石にそれだけの量は持てないので、配送してもらう事にする。
美影を気に入った森田が、美影と祥子に一着ずつプレゼントするという事もあったが、
兎に角、どうにか買い物を済ませて二人が店を出る頃には、すっかり空も紅くなっていた。

「水着も買う予定だったのに、これじゃあ今日は無理ね」

祥子の言葉に胸を撫で下ろしつつも、また違う日に行くんだろうなと考えていると、
その考えを読んでいたかのように、祥子が言う。

「水着は明日ね」

「……やっぱり」

「何か言った?」

「いいえ、何も。あ、どうせなら、祐巳さんも誘ってあげれば?
 喜ぶんじゃないかしら」

「そうね。それじゃあ、家に帰ったら電話してみるわ」

祥子の言葉に、これで祥子の注意が自分一人だけじゃなく、祐巳にも行って二分されると喜ぶ美影。
そんな内心を知らず、祥子は祐巳と美影とで出掛けられるという事実に楽しそうに笑みを浮かべるのだった。





つづく




<あとがき>

という訳で、ショッピング一日目終了〜。
美姫 「祥子と祐巳は既にデートしていたのね」
まあ、そういう事だな。
美姫 「次回は、翌日のお話?」
どうかな? まだ不明という事で。
美姫 「ふーん。まあ、いいわ」
それじゃあ、また次回!
美姫 「ごきげんよう」







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