『とらいあんぐるがみてる』



第14話 「美影と紅薔薇妹姉妹」






日曜の朝、まだ十時前だと言うのにそれなりに賑わいを見せる駅前。
そのがやがやと騒然とした賑わいの中に、それらとは種の違う騒がしさが一部で展開されていた。
駅前に設置された大きな時計を支えるデザインも何もない無骨な金属の柱。
そこを中心に何故か、人の動きが鈍くなるのだ。
その場を通ろうとする者の足並みが揃って遅くなり、その顔が一箇所へと向かう。
連れの男性が振り返るも、それは女性の方も同じで、共に一点を見詰めるカップル。
鼻を伸ばす男性の腕を思いっきり抓る女性というカップル。
家族連れのお父さんやお母さんまでもが思わず振り返るその先には、二人の美女が。
祥子はシンプルなデザインのセータに下はロングのスカート。
上から下までを白で統一し、上に羽織っているコートとマフラーも白である。
対する美影は似たようなデザインの服にロングスカート。
ただし、こちらの色は黒である。コートを上から羽織り、マフラーはしていない。
落ち着いた感じの二人の美女は、周りの視線にも気付かずに楽しげに会話をしている。
時折、笑い声も零れているようなのだが、大口を上げて声も大きく笑う事は無く、
小さく開かれた口に手を添え、まさにクスクスといった感じで笑う二人。
無骨な柱の前に立っているというのに、それさえも一つの芸術品か何かに変え、
まさに一枚の絵画のようにその場に近寄りづらいものを醸し出す。
声を掛けようとする男も居たが、二人に近づくだけで実際に声を掛けれた者はいなかった。
そして、それは約束の時間五分前に来た二人と待ち合わせをしていた祐巳も同様で、
人だかりが出来ている訳ではないが、道行く人の殆どが歩く速度を落として眺め、
また暇を持て余した人が、二人に何とか声を掛けようと機会を窺っている数人の男性が遠巻きに窺う中、
祐巳はそれらの視線を感じて、二人に声を中々掛ける事が出来ないでいた。
そうこうしている内に時間は約束の時間となる。
流石にお姉さまをこの寒空に待たせる訳にはいかない、と意を決して声を掛けようとして、
またしてもその場に留まる。
駅へと着いてから、既に同じような事の繰り返しである。
が、流石に時間になったのだ。
同じように躊躇していたら、遅刻という事になる。
祐巳は強張った両足に活を入れると、深呼吸を数度してから、ようやく駅から一歩外へと出る。
途中、そのまま反転して逃げ出しそうになる足に無理矢理言うことを聞かせ、
ただお姉さまとの約束を繰り返し、頭の中に反芻する。
お姉さまと楽しい時間が待っている。周りの事は気にしない、気にしない。
それだけで、祐巳の足は少し軽くなる。
しかし、周りの視線はやはり少し気になるのか、つい周囲を見てしまう。
二人は気付いていないようだが、かなりの人が二人に注目している。
そこへ自分が入っていく事を思うと、祐巳は少し憂鬱になる。

(あぁー、マリア様。
 せめて、せめて、お姉さまや美影さまとまでいかなくとも、もう少しだけでも私も可愛く…)

そんな益体もない事を考えている祐巳の足はいつしか止まっていたが、
かなり二人へと近づいており、また、視界に入る位置だったため、美影がまず気付く。

「祥子、祐巳さんが来たみたいよ」

「あら、本当だわ。でも、どうしてあんな所で立ち止まっているのかしら」

「ふふ、また百面相してるわ」

「本当に。全く、あの子ったら、顔も落ち着きがないんだから」

呆れつつも祥子は何処か楽しそうな顔を覗かせる。
そんな祥子に気付きつつも、美影は何も言わずに祥子を促して祐巳の元へと向かう。

「祐巳、あなた、何をしているの」

「ふぇっ!? あ、お、お姉さまに美影さまっ!?
 ご、ごきげんよう」

「ごきげんよう、祐巳さん」

「ごきげんよう、祐巳。それよりも、私の質問に対する答えがまだよ」

「え、えっと、ですね、これは」

祥子の問い詰めに困り始める祐巳を見かねたのか、美影が祥子と祐巳の間に入る。

「まあまあ、祥子。
 時間に遅れた訳でもないのだから、そんな怖い顔をして詰め寄ったら、祐巳さんが可哀想よ」

「怖い顔とは失礼ね。私は元々、こういう顔よ。悪かったわね」

「ふふふ。拗ねないの。それに、そんな嘘を言っても駄目よ。
 私は祥子の顔が綺麗なのを知っているんだから。勿論、祐巳さんもね。ね」

ウィンクを飛ばしながらの美影の言葉に、祐巳はコクコクと同意する。
その言葉に異論などがないに決まっているのだから。
一方、そうはっきりと言われた祥子は、祐巳をからかうつもりが逆に自分がやられた事と、
恥ずかしさで赤くなった顔を隠すように二人に背を向ける。

「ほら、二人ともさっさと行くわよ」

上手く誤魔化したつもりなのかもしれないが、如何せん、ここに居るのは祥子の妹と、
一週間ちょっととはいえ、同じ家に暮らしている美影なのだ。
二人は顔を見合して小さく笑いあいつつ、ただ返事を返して祥子の横へと並ぶのだった。





  ◇ ◇ ◇





電車に乗り、目的の場所へと向かう中、祐巳は少しだけ美影に違和感を覚える。
何処がと言われれば、はっきりと口に出来ないのだが。
また百面相でもしていたのか、美影が祐巳に声を掛ける。

「どうかしたの、祐巳さん」

「いえ。ただ、何か美影さまがいつもと違うような気がしたので。
 あ、ごめんなさい。ただの勘違いだと思いますから」

「うーん、私は特にいつもと変わらないと思うんだけれど。
 どう、祥子」

「そうね。……うん、いつもと同じよね。
 でも、祐巳が感じたのなら何かあるのかも」

祥子は一度、美影の姿を確認するように見た後、何かに思いついたような顔をする。
が、その頬を少しだけ染める。

「どうかしたんですか、お姉さま」

「祥子、大丈夫?」

「え、ええ」

二人に心配されるも、大丈夫だと返事をすると少し落ち着かせるように一拍置いてから口を開く。

「多分、胸が大きくなっているからよ」

祥子が小声で祐巳の耳にそっと告げる。
言われ、祐巳は手すりを掴んだまま、吊り革をもつ美影を見上げる。
確かに、背すじを伸ばして綺麗に立つ美影の胸の膨らみが、いつも制服の上から見ていたのよりも大きい。
と言うか、大きすぎる。パッド?
そんな疑問を感じ取ったのか、祥子が苦笑しながら事情を説明する。
今まで、さらしを巻いていたという事を。

「はぁ、それでですか。それにしても……」

美影と祥子を交互に見た後、祐巳は自分の身体を見下ろして溜め息を吐く。

「神様は本当に不公平です。お姉さまや美影さまばっかり……」

「あら、祐巳さんも充分に可愛いわよ」

「ええ、美影の言う通りよ。祐巳はもう少し、自分に自身を持った方が良いわね」

美女二人に挟まれて、そのような事を言われても、祐巳は素直に納得できないものを感じるのだった。
だが、美影と祥子は祐巳の可愛らしさで盛り上がっているようで、間でそれを聞かされる本人としては、
嬉しい事は嬉しいのだが、居心地が悪く、無性に照れくさいものである。
話を逸らすため、祐巳は話題を探し、前から気になっていた事をこの際だからと口にする。

「美影さま」

「なあに、祐巳さん」

「それです。その、さん付け」

「あら、これがどうかしたの? 何かおかしかったかしら」

「いえ、おかしくはないんですが…。出来れば、さん付けではなくて…」

単にお姉さまと仲の良い人に、さん付けで呼ばれると何か疎外感を感じるなど言えるはずもなく。
ましてや、今は三人だけで出掛けているのだ。一人だけ、さん付けである。
その辺りを説明したいのに出来ないもどかしさに身悶えていると、祥子と美影は顔を見合わせて小さく頷く。

「そうね。それじゃあ祐巳、じゃ祥子と一緒になっちゃうし、
 祐巳さんも愛しいお姉さま以外からは、そう呼ばれたくないでしょうから…」

「み、美影さま、からかわないでくださいよ」

「ふふふ、ごめんね。ついつい、祐巳さんが可愛くって。
 聖さまの気持ちが少しだけ分かるわ」

「美影、だからと言って白薔薇さまのようなセクハラはやめてよ」

「分かっているわよ。祥子の大事な祐巳さんにそんな事はしないわ」

祥子と祐巳の姉妹をからかうと、美影は文句を言われる前に祐巳の顔を見詰める。

「な、なんでしょうか、美影さま」

「ううん、何でもないわよ、祐巳ちゃん」

美影の呼称に、祐巳は笑顔になると元気良く返事をし、
ここが電車の中で、今ので数人の客がこちらを見たのに気付いて顔を赤くさせる。
祥子は少し呆れたように息を吐きながらも、その口元には小さな笑みを刻む。
美影もそんな祐巳の反応に好ましそうな笑みを見せる。

「元気なのは良いことよ」

「あ、あう」

美影の言葉に祐巳はただ小さく俯くが、やはりその顔はどこか楽しげであった。





つづく




<あとがき>

さて、ショッピング二日目開始〜。
美姫 「次回はいよいよショッピングね」
ああ。
美姫 「って言うより、久しぶりの更新ね」
ぐっ。ゼ、ゼファーさん、400万ヒットおめでとうございます!
美姫 「誤魔化したわね。おまけに短いし」
リ、リクエストありがとうございました。
美姫 「お仕置き、やっとく?」
つ、次はすぐに更新するから…。
美姫 「じ〜」
……………(大汗)
美姫 「お仕置き決定ね♪」
何故、そんなに嬉しそうに……って、やめて!
つれてかないで〜〜!!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」







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