『とらいあんぐるがみてる』



第15話 「いざ、水着購入」






目的地に着いた三人は店内を見渡す。
特に美影は女性用の水着のみのコーナーなど初めてなので、戸惑ったように視線の位置が落ち着かない。

「えっと、やっぱり水着はいらないんじゃないかしら。
 夏が来てからで」

冬なのに、何故売っているのかという疑問や文句をうちに、最後の抵抗とばかりに悪あがきをする美影。
しかし、祥子はそれをあっさりと切り捨て、自分の方が正しいとばかりに少しだけ胸を張って告げる。

「今更何を言っているのよ。それに、前にも言わなかったかしら。
 温水プールに行くって」

「だから……」

「えっ。お姉さまと美影さまはそんな約束を……」

初耳だった祐巳が驚いた顔で二人を見ると、祥子は安心させるように笑いかけながら、

「勿論、祐巳も誘うつもりだったのよ。まだ日程は決めていないけど、どうかしら」

「も、勿論、行きます!」

元気に返事を返す祐巳に祥子は笑いかけながら、今度は美影へと視線を移す。

「確か、黒が好きなのよね」

「ええ、そうだけど」

「じゃあ、どんなタイプにしようかしら。やっぱり、ビキニ? それともワンピースにする?」

「出来れば大人しい感じので」

「うん、ビキニにしましょう」

「祥子、お願いだから人の話を聞いて」

「祐巳はどう思う」

「え、私ですか。そうですね。美影さまはスタイルも良いですし……。
 何でも似合うでしょうから。…………うん、ビキニも良いですね」

少し想像してから答える祐巳の言葉を聞き、祥子も嬉々としてビキニを手にする。

「うぅ、だったら、祥子や祐巳ちゃんもお揃いよね」

「わ、私は良いわよ」

「わ、私も遠慮しておきます。ほら、私はお姉さまたちと違って、その幼児体型ですから」

「駄目よ。私だけがそんなのを着るなんて。
 だから、着るのなら皆でお揃いにしましょう。
 私は黒、祥子はそうね、赤かしら。祐巳ちゃんは白……ううん、薄い桃色が良いかしら」

美影が指差したそれぞれの水着を見て、祥子と祐巳は困った顔になる。

「ちょっと、あの赤は強すぎない?」

「えっと、色以前に私はあのデザインが心許ないのですが……」

かなり際どいラインを描く水着を前に、祐巳は顔を引き攣らせる。
その反応を眺めつつ、美影は何処か楽しそうに祐巳の肩に手を置く。

「あら。あのデザインは、祐巳ちゃんが私に薦めたものと同じだけど?」

「い、いえ、ですから、ああいったのは美影さまやお姉さまのような方なら問題はないんですよ。
 でも、私では……」

「あら、何事も試してみないと分からないわよ」

「あ、その、それは……」

祥子へと助けを求める祐巳だったが、祥子は自分に被害が及ばないようにと、そっと視線を逸らす。

(そ、そんなぁ、お姉さま助けて下さいよ〜〜)

泣きそうな顔で見詰める祐巳に罪悪感を覚えつつも、祥子は見て見ぬ振りをする。
そんな祥子の肩をも掴むと、美影は優雅な笑みを見せる。

「勿論、祥子も試着するのよ」

「何故、私まで」

「当然でしょう。最初に言い出したのは、祥子なんだから」

「っ、……私が悪かったわ。もう少し、美影の意見を聞くべきだったわ」

祥子の言葉に、祐巳も何度も首を縦に振る。
二人の反応を見て、ようやく美影も二人から手を離す。

「分かってくれれば良いのよ。自分が着ないようなものを、人に着せようとしては駄目よ」

「確かに悪かったわ。でも、弁解させてもらえるのなら、私は純粋に美影には似合うと思ったのよ」

「そうね、その言葉は信用するわ。でも、ああいうのはちょっと苦手だから」

「そうだったわね。美影は肌を晒すのを極端に嫌がるものね。
 ごめんなさい、忘れていたわ」

「ま、まあ、それは色々とあるというか、あったというか」

真剣に謝られて、美影は誤魔化すように笑うと、これまた誤魔化すように店内を見渡す。

「あ、あれぐらいなら大丈夫かも。ほら、祥子も祐巳ちゃんも行きましょう」

反省する二人の手を取り、美影は少し強引に引いていく。

「ほら、二人とも元気だして。さっきのは、ちょっとした悪ふざけなんでしょう。
 だったら、そんなに真剣に悩まないでよ。
 二人が落ち込むと、その後に私がした事で私自身が落ち込まないといけないじゃない。
 あんなのは、友達同士なら珍しくもないでしょう。ねえ、祐巳ちゃん」

美影の言葉に二人も顔を見合わせて頷き合うと、ようやく元気を取り戻す。

「これなんか、祐巳ちゃんに似合いそうなんだけれど」

言って美影が取り上げたのは、薄いピンクのワンピースタイプの水着だった。
背中が少し開いたそれを見て、祐巳は心許なさそうに尋ねる。

「あの、背中が開き過ぎてませんか」

「そう? これぐらいなら大丈夫でしょう」

美由希が着ていたのを思い出してそう告げる美影に、祐巳は確かに大人しいデザインであると感じる。
それを手に取り、祥子へと顔を向ける。
祥子は笑みを浮かべて小さく頷く。
そんな祥子の様子に、祐巳は嬉しそうに笑うと美影が選んだ水着で自分に合うサイズを探す。

「で、祥子は、これなんてどう」

上下の分かれたタンキニを持ち出す美影に、祥子は少し考え込む。

「確かに、大人しいデザインではあるけれど。
 そうね、美影も同じタイプにするのなら、別に良いかしら」

祥子の言葉に、美影は少しだけ考えてから了承する。
白地に薄いブルーのラインが入ったものを祥子へと渡すと、
祥子は美影へと黒に小さく白いアクセントの入ったものを渡す。
互いにそれを受け取ると、自分のサイズのものを手に試着室へと入る。
美影と祥子の行為を見ていた祐巳も、遅ればせながら試着する事にした。
試着室に入り、服と下着を脱いだ美影は、そこで手をはたりと止める。

(って、私は何をやっているの!?
 …………じゃない、やっているんだ、俺は)

がっくりと肩を落とし、両手を目の前の姿見に着いて俯く美影。
今までの行動を思い出し、軽く自己嫌悪に浸るもすぐにその思考は女性のそれに戻る。

(段々と違和感を覚えなくなっている私がいる…………。
 もしかして、あの薬の所為? あれって、外見だけを変えるんじゃなかったの。
 でも、あの薬の影響としか……。そんな事は何も書いてなかったのに…………)

既に内心で考える言葉使いもまた戻っている事に、美影は気付いていない。
だが、美影の想像通り、そこまで大きくはないが、多少の違和感を消し去るために、
内面もある程度変えてしまう効果があるのだった。
そもそも、あの薬が作られた経緯を考えれば、少しは納得できるし、
鋭い者なら予想でき得る範囲なのかもしれない。
ともあれ、落ち込むのは後にしようと、美影は着替えを再開する。

「美影、着替えた?」

「ええ。やっぱり、肌が出るというのは、何か落ち着かないわね」

何処か心許ないという感じの美影の声に、祥子は小さく苦笑してから、
断りを入れてカーテンを開ける。

「あら、似合っているじゃない」

「そういう祥子こそ。やっぱり、肌が綺麗ね」

「な、何を言うのよ。それを言うのなら、美影だって綺麗じゃない。
 それに、肌を晒すのが恥ずかしいのなら、これを腰に巻いて、このパーカーを肩から羽織れば良いのよ。
 折角、似合っているんだから、それにしなさいよ」

「うーん、確かにそうかもしれないけど。
 じゃあ、祥子もそれにする? 祥子と一緒なら、私はこれを買っても良いかも」

その言葉に照れつつも、祥子は頷く。

「良いわ。同じのを着ていれば、それだけ注目もされにくくなって、お互いに良いものね」

「じゃあ、決まりね。って、祐巳ちゃんはまだかしら」

「そうね。祐巳?」

そう言って呼びかけられた試着室の中。
既に着替え終えて、カーテンをそろっと開けた、その小さな隙間から二人のやり取りを見ていた。

(お姉さまも、美影さまも一人一人のレベルが高いんですから、例え同じタイプの水着を着けても、
 注目こそされ、その反対はありえないですって。まして、お二人が一緒となれば、その効果は倍以上ですよ)

まるで真珠のような肌に、しなやかな身体。
かと言って、必要な所はしっかりと出ている二人の身体を見て、次いで祐巳は自分の身体を見下ろす。

(う、うぅぅぅ。あのお二人の横や間に私が並ぶんですか。
 罰ゲームだよ〜〜)

泣き言を唱える祐巳を、美影と祥子の目が捉える。
落ち込む間に、カーテンの隙間が広がっていたのに祐巳は気付かず、更に思考は落ちていく。
が、祥子がそんなのを許す時間など与えるはずもなく。

「祐巳、着替え終わっているんなら、さっさと出てきなさい。
 自分だけ見せないなんて、ずるいわよ」

「そうよ、祐巳ちゃん。ほら、早く」

と、二人して急かし出す。
それを聞いた祐巳は慌てて奥に引っ込み、カーテンを閉めると、

「とてもじゃないですけど、
 お二人の前で私のような幼児体型の狸は肌を見せるなんてできませんーー!!」

断固として拒否権を発動させる。
が、この二人にそんなものが通用するはずもなく、祐巳は程なくして外へと引っ張り出される。

(ひぃぃぃん)

泣きたくなりそうな顔で二人の視線に目を閉じる祐巳。
二人は祐巳の姿をゆっくりと見た後、口を開く。

「思ったとおり、祐巳ちゃん可愛いわ」

「ええ、本当に。何よ、祐巳ったら。あんな事を言いながら、可愛いじゃない」

何処か拗ねたような祥子に、美影は笑いかける。

「確かに、祥子は可愛いよりも綺麗って感じだものね。
 でもね、そうやって拗ねたり笑ったりしている時なんかは、充分に可愛いわよ」

「ちょっ、美影、冗談はやめ……」

「冗談なんか言わないわよ。ねえ、祐巳ちゃん」

「は、はい!」

「もう、祐巳まで」

美影の言葉に照れつつも、祐巳にまで賛成されて祥子はやっぱり拗ねたような顔を見せる。
それが照れ隠しだと分かっている二人は、またしてもこっそりと顔を見合わせると小さく笑みを交わす。

「祐巳ちゃんはそれにする? とっても似合っているわよ」

「そ、そうですか」

美影と祥子に再び褒められて、祐巳も満更ではない様子で自分の姿を鏡に映すのだった。
結局、三人は他の水着を見る事もなく、それぞれに試着したものを購入すると店を後にするのだった。





つづく




<あとがき>

ふぅ。水着の購入はこれで終わりかな。
美姫 「でも、まだ一日終わってないのよね」
まあな。次がどうなるのかは、まだ分からないけれど。
美姫 「にしても、完全に女性化しつつ……」
あ、あははは。そ、それじゃあ、また次回〜。







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