『とらいあんぐるがみてる』



第16話 「穏やかな休日の午後」






水着を購入した美影たちは、店を出ると時間を確認する。
見れば、昼を少し過ぎた頃であった。

「そうね、午後からも少し見て回るつもりだから、この辺りで昼食を取りましょうか」

「私はそれで良いわよ。祐巳ちゃんは?」

「あ、はい。私も構いませんけど」

祥子の提案に残る二人も特に反対もなく、三人は昼食を取る事にする。
問題は、何処に行くのかだが。
祐巳は目にとまったファーストフードの店を指差す。

「あそこで適当にすませますか」

祐巳の言葉に美影が同意したのを見て、祥子も同意する。
だが、店に入って辺りを珍しそうにきょろきょろと見渡す祥子へ、祐巳が不思議そうに尋ねる。

「ひょっとして、お姉さまは初めてでしたか」

「ええ、そうね。席に案内されるのではなくて、自分から注文を伝えるのね」

納得する祥子を間に挟みながら、美影と祐巳は本物のお嬢様だと改めて認識する。
二人ともお互いに考えていた事が分かったのか、小さく笑いあって意志を疎通する。
そんな二人に挟まれた祥子は、何か面白くなさそうな顔をする。

「悪かったわね、世間知らずで」

「わわわ、ごめんなさい、お姉さま。別にそんな事は思ってなんて…」

「はいはい、拗ねないの祥子。それに、これぐらいで世間だなんて大げさよ」

慌てて謝る祐巳とさらりと流す美影。
祥子も本気で怒っている訳でないのは、その顔に浮かんでいる笑みで間違いはないだろう。

「でも、これで一つ勉強したわ」

「…小笠原の一人娘にこんな事を教えてしまって良かったんでしょか、美影さま」

「良いんじゃないの? まあ、もし駄目だとしても、言い出したのは祐巳ちゃんだしね」

「え、えぇぇっ! わ、私一人の責任ですか。美影さま、幾らなんでもそれは酷いですよ〜」

「冗談よ、冗談。いざという時は、小笠原の追っ手から一緒に逃げましょうね、祐巳ちゃん」

「はい。絶対ですよ、見捨てないで下さいよ」

お願いしてくる祐巳に笑みを一つ見せて約束する美影。
そんな怪しい約束を交わす二人の間で、祥子は額に手を上げてて呆れたような、
疲れたような声を上げる。

「あのね。この程度の事で文句をいう訳ないでしょうが。
 大体、追っ手って何よ、追っ手って」

「冗談よ。
 ちゃんとその時は祐巳ちゃんと二人だけじゃなくて、祥子も一緒に連れて逃げるから」

「そうじゃなくて…」

そんな他愛も無い話をしている間に祐巳たちの番が回ってくる。
祐巳や美影はさっさと自分の分の注文を済ませると、戸惑う祥子へと助けを入れる。
助けを入れるのだが…。

「もう、美影さま。嘘を教えるのはいけませんよ」

「ごめんなさい、祐巳ちゃん。まさか、信じるなんて思わなくて」

笑いを堪えながら言う美影を祐巳が可愛らしく、何処かお姉さんぶって注意する。
意外な美影の一面に親しみを覚えつつ、
戸惑う祥子を世話するといういつもとは逆の立場に満足感を感じながら。
一方の祥子は、からかわれたと知り、小さく美影を睨む。

「初めてなんだから、嘘かどうかなんて分からないに決まっています」

その仕草が可愛らしく、隣で美影を注意していた祐巳も思わず小さく笑いそうになり、慌てて口を塞ぐ。
見れば美影も背中を向けて、肩を小さく震わせていた。
祥子は背を向ける美影へと腕を伸ばし、その背中を軽く抓る。

「もう、意地悪なんだから。祐巳、こんな人は放っておくわよ」

美影に背を向けて注文を済ませると、祥子はさっさと歩いていってしまう。
その背中を見ながら、祐巳は商品を受け取らない祥子に気付き、本当にこういう店が初めてだと改めて実感する。
祥子を呼び止めるかどうか迷う祐巳の背中を、美影がそっと押す。

「良いわ。これは私が運ぶから。祐巳ちゃんは祥子の機嫌を直す役目ね」

さらりと難しい方の仕事を与えられた祐巳は困ったような顔を見せるも、
本当に怒っている訳ではないと分かっているので、美影の言葉に頷くと祥子の横に並ぶ。
美影は祐巳の分と合わせて三人分の商品を二つのトレーに分けて両手に持つと、
二人から離れて後を付いていく。
空いている席を見つけて祥子たちが座って程なく、美影がそのテーブルの隣に立つ。

「お待たせ致しました。こちらがご注文の品になります」

慣れた手付きでトレーをテーブルの上に乗せると、そのまま祥子の隣に腰を降ろす。
目の前に置かれたトレーを見て、祥子は気付いたのか祐巳と美影へと視線を向ける。

「もしかして、自分で運ぶものだったの?」

「ええ、まあ」

「まあ、良いじゃない。これぐらいはね」

言い辛そうに返す祐巳と、軽く返す美影に祥子は小さく肩を竦めるだけだった。

「そうね。翠屋さんの看板娘に運んでもらえたんだしね」

言って笑う祥子に美影も笑い返す。
それに向かいの席で見惚れながら、祐巳は小さな幸福感を噛み締めるのだった。

その後も、手で持って食べる事に驚いたりとあったが、概ね何事も無く昼食を終えた一行は、
再び通りをゆっくりと歩いていた。

「それで、次は何処に行くの?」

「何処、とは決めてないのよね。祐巳、貴女は何か見たいものとかあって?」

「わ、私ですか。え、えっと…」

突然話を振られて困った祐巳は、同じような質問を美影に投げる。

「うーん、私は特にこれと言ってないのよね。
 服や下着は昨日、誰かさんが私で遊びながら結構な量買ってくれたから、当分は困らないし。
 そうね、本屋があれば少し覗いてみたいわね」

「美影は本屋ね。で、祐巳は?」

「えっと。それでしたら、デパートとかはどうですか。
 確か、この近くにあったかと思うんですが」

「そうね、そうしましょうか」

こうして、祥子たちはデパートへとその場所を移す。





  ◇ ◇ ◇





上から見て行こうという祐巳の提案に従い、上の階から下へと降りていく。
婦人服のフロアへと来た祥子は、思い付いたように口を開く。

「そうだわ。祐巳、ちょっと」

言って祐巳の手を取って引っ張る。
祥子に手を握られて嬉しそうな顔をする祐巳と、それを引っ張っていく祥子を見て、
美影は祥子の考えている事を悟り、自分も祐巳の反対の手を取ると引っ張る。

「み、美影さま!?」

驚く祐巳の声に振り返った祥子は、美影と視線が合うと分からないぐらいに小さく笑みを見せて頷く。
二人が交わした意志の疎通に気付く事無く、祐巳は引かれるままにその場所に辿り着く。

「え、えっと、何を?」

ことここに至り、ようやく祥子たちが何かをするつもりだと感じる祐巳だったが、
時既に遅く、祥子の手にはいつの間にか握られた一着の服が。
そして、美影の手にもこれまたいつの間にか握られた服が一着。

「えっと〜〜」

「昨日、美影の服を買ったからね」

「今日は祐巳ちゃんにしようと思ったわけ」

「いえ、ですが、私は服を買う予定も予算も…」

「あら、それはお姉さまである私からのプレゼントよ」

「勿論、私と祥子からね」

「いいえ、そんな事をしてもらう訳にはいきませんから」

断固として首を縦に振らない祐巳に、祥子と美影も諦めるが、

「それじゃあ、それはなしとして試着だけでもしてもらったら」

「あら、それは良いわね、美影。
 それに、今のうちにサイズを知っておけば、祐巳の誕生日にプレゼントできるしね」

「え、ええっ」

あらゆる意味で驚きつつ、祐巳の頭は忙しなく動く。

(プレゼントって、お姉さまが私にですか。でもでも、その為に身体のサイズを知られるのはちょっと。
 ああ、その前に、私は誕生日まで、ううん、今日から体重や身長などを変化させる訳には…。
 って、そんなの無理無理! ああ、でもでも、折角のお姉さまからの誕生日プレゼントだし……)

例によって例の如く百面相をする祐巳に呆れつつ、祥子は現実世界へと祐巳を引き戻す。
そして、祐巳の考えていた事を聞き、小さく笑う。

「祐巳はまだまだ成長するんですもの。そんなの当たり前でしょう」

「で、ですが、さっき」

「ああ、そう言えばそんな事を言ったわね。でもね、何をあげるかはまだ先でしょう。
 それに、本当に服をプレゼントするのなら、その時の祐巳のサイズを調べるわよ」

「そ、それもそうですね。あ、あははは」

「祥子は単に、色んな服を着た祐巳ちゃんを見たいだけなのよ。
 まあ、そのついでに楽しもうとしているんでしょうけどね」

「美影、その言い方では私だけが悪いみたいじゃない。
 貴女だって、楽しそうにしてたくせに」

「ふふふ、ごめんね。まあ、そういう訳だから、少しの間だけ付き合ってね」

美影にそう言われた上に、祥子にまで期待するような目を向けられては、祐巳に断れるはずも無く。
それから一時間ほど、祐巳は祥子と美影の着せ替え人形と化すのだった。
ただ、祐巳の為に二人が服を選んで持ってきてくれるのは、
何となくお嬢様みたいだと祐巳自身が楽しんだのは、
そして、使用人のほうが華麗だという事実に少しへこんだのは秘密である。


洋服売り場を後にした三人が次のフロアへとやってくる。
ここは小物やアクセサリーなどを扱っているフロアで、祐巳たちもアクセサリーを扱う店にいた。

「はぁー、綺麗ですね」

祐巳の洩らした呟きに祥子は頷く。
だが、祥子はそういった類の物を付けておらず、美影はその事を聞いてみる。

「そうね、別に必要だと感じないもの。
 勿論、パーティーや何かがある時は、嫌でも付けさせられるけれどね。
 そういう美影こそ、普段から付けてないわね」

「ええ。ちょっと苦手だから」

「それは美影が? それとも美影のお兄さんが?」

「どうしてそこで兄が出てくるの?」

「いいえ、別に。ただ、お兄さんが嫌いだから付けてないのかなって」

「学生で付けている人の方が少ないんじゃないの」

話をそらすようにしてその質問をはぐらかす美影だったが、祥子はすぐに話を戻す。

「それもそうかもね。で、お兄さんはどうなの」

「はぁ。確か、兄もそんなに好きではないみたいですけどね。
 言っておきますけれど、それと私が付けてないのは関係ありませんからね」

美影の言葉に祥子は信用しているのかどうかいまいち分からない感じで返事を返す。
そんな二人のやり取りを見ながら、祐巳は美影の兄がどんなのか想像してみる。
美影に似ているという事だから、顔立ちは良いのだろう。
が、そう簡単に想像できず、考え込む祐巳の思考を中断させるように祥子に呼ばれる。

「祐巳、次行きましょう」

「はーい」

何よりも優先される祥子の言葉に、祐巳は今まで考えていたものを霧散させて祥子の後に続く。
その後も軽く流す感じでフロアを回り、下に降りようとした時、祐巳がいない事に気付く。

「あら、祐巳ちゃんは?」

「本当だわ。もう、あの子ったら何処に行ったのかしら」

「うーん、呼び出してもらう?」

「まだそこまでしなくても良いんじゃないかしら。このフロアにはいるだろうし」

祥子の言葉に頷くと、もう一度フロアを回る事にする。
さっきとは逆の順に回っていくうち、すぐに祐巳を見つける。
どうやら、店員に捕まり、何やら化粧を施されているようだった。

「多分、断れなかったって所かしら」

「全く、あの子は」

苦笑いを浮かべる美影に、無事に見つかった安堵を誤魔化すように呆れた溜め息を吐く祥子。
そんな二人の元へ、程なくして複雑な顔で祐巳がやって来る。

「うぅ、すいませんお姉さま、美影さま」

「まあ、別に良いわ」

「そうそう。変な人に連れて行かれたって訳じゃなかったみたいだしね」

「祐巳」

「は、はははい」

「中々似合ってるわよ」

「……あ、ありがとうございます」

祥子の言葉に、初めはぽかんと呆けていた祐巳だったが、すぐにその言葉を理解すると、
嬉しそうに破顔して頭を下げるのだった。
それから更に下へと降り、美影の目的地である本屋へとやって来る。

「それじゃあ、適当な時間が経ったらここに集合ね」

祥子の言葉に、二人は頷くとそれぞれに散っていく。
念のため、美影は祥子の気配だけは逃さないようにしながら、目的の場所まで進むと、
それを手にして開く。
暫くして、祥子と祐巳は集合場所へとやって来る。

「美影はまだみたいね」

「みたいですね」

「まあ、時間とかは決めてなかったものね。
 祐巳、一緒に見て回りましょうか」

「はい」

祥子の言葉に返事を返すと、二人は美影を探して店内を歩く。
そう時間を掛けることも無く、祥子たちは美影を見つける。
美影の居るコーナーには女性は少なく、いや居らず、どちらかと言えば、年配の男性が居るようだった。
美影も祥子たちに気付いたのか、読んでいた本を戻すと振り返る。
その際、何となく興味を持った二人はその背表紙へと視線を向ける。

「「盆栽?」」

揃って口に出す二人に、美影は少し苦笑して頷く。

「ええ、そうよ」

「また渋い趣味ね」

からかうように言う祥子に、これ以上からかうネタを与えてはならないと、咄嗟に照れた風を装って口早に言う。

「私じゃなくて、あ、兄の趣味なのよ」

「ふーん、お兄さんのね」

が、逆にお兄ちゃん子だという事実を強調されて、余計にからかわれる事となるのだった。
そんなこんなで午後を潰した三人は、デパートを出て駅への道を歩く。

「今日は楽しかったわ、祐巳、美影」

「私もよ」

「勿論、私もです。お姉さま」

三人は顔を見合わせて笑い合うと、穏やかな空気が流れる。。
夕暮れを背に、並んだ三つの影は足取りも軽く帰路に着くのだった。





つづく




<あとがき>

ふぅ〜。これで休日はお終いだな。
美姫 「所で、襲撃者たちの姿がまだ見えないわね」
あ、あはははは。こっちはもう、パロの世界だからな。
一体どうなるか。
美姫 「今回は420万ヒットを踏まれたゼファーさんからのリクよね」
ああ。ゼファーさん、ありがとうございました〜。
美姫 「だからか。前回のアップからやけに早いのは」
そ、そんな事は…………。
美姫 「はいはい。それじゃあ、また次回でね〜」
そんな事はないぞ〜〜……多分。







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