『とらいあんぐるがみてる』



第17話 「新しい約束」






三人で買い物をした翌日の月曜。
いつものように二人揃って登校した美影と祥子はマリアさまへと手を合わせ、
そこで後ろからやって来る祐巳に気付く。
向こうもこちらに気付いたようで、走り出すことはなかったがかなり早足で近づいてくる。
他の生徒の邪魔にならないように端によりつつ、やって来た祐巳に祥子はまず姉として言う。

「ごきげんよう、お姉さま、美影さま」

「ごきげんよう、祐巳ちゃん」

「ごきげんよう、祐巳。でも、私たちへの挨拶よりも先にマリアさまにお祈りをなさい。
 ここで待っていてあげるから。急いで手を抜くんじゃないわよ」

「はい、分かっています」

祥子の言葉に元気に挨拶をするとマリアさまの前で目を閉じて祈りを捧げる。
その様子を微笑ましく見守る祥子。
二人の雰囲気に美影は知らず小さな微笑を浮かべる。
やがて、祈りを終えた祐巳がやって来ると三人は一緒に歩き出す。

「お姉さま、美影さま、昨日は楽しかったです」

「そう、なら良かったわ。私も楽しかったわ、祐巳」

「勿論、私もよ。本当に祥子は幸せ者よね。
 こんなに可愛い妹がいて」

「ふふ、良いでしょう」

美影の言葉に祥子は照れもせずにそう返すとそっと祐巳の肩に手を置く。

「そんなに羨ましいのなら、美影も妹を作れば?」

「祐巳ちゃんみたいな子なら考えてみても良いかもね」

元々作る気がない美影はそう軽く返す。
何となく美影の気持ちを見抜いた祥子は小さく微笑むと、

「そう。でも、祐巳みたいな素直でいい子はなかなか見つからないわよ」

祐巳を褒める。
褒められた祐巳は照れつつも二人からそこまで言われてむず痒そうに身を捻る。
そんな祐巳の様子が愛らしく、美影は更に言葉を続ける。

「それもそうよね。だったら、祐巳ちゃんをもらおうかしら」

「あら、駄目よ。祐巳は私の妹なんですからね」

「あら、祥子ってば意外にけちね」

「けちとかの問題じゃないわ」

まるで自分を取り合っているような状況に、祐巳はからかわれていると分かっていても慌てふためく。
そんな様子を楽しげに眺める二人に、最後は祐巳が頬を膨らませて拗ねる。
だが、そんな仕草も愛嬌があり、二人の笑みを更に深めてしまう結果となっているのだが。

「ごめんなさい、祐巳。ちょっとやりすぎたわね」

「本当に。でも、祐巳ちゃんを妹のように思っているのは本当よ」

「あ、いえ、私も本気で怒っている訳ではないので。
 それに美影さまにそこまで言って頂けるなんて…」

自分たちの謝罪に必死で言い募る様にまたしても小さく噴き出す二人に、祐巳がまた小さく怒る。
それを宥めつつ、美影はまたしても悪戯っ子のような顔で祐巳にお願いをする。

「祐巳ちゃんがそうまで言ってくれるのなら、そうね、一度だけ私の事をお姉さまと呼んでもらおうかしら」

「え、えぇっ! で、でも、私のお姉さまはお姉さまだけで…」

「くすくす、冗談よ祐巳ちゃん」

「…あ、も、もう美影さま!」

そんな二人のやり取りを楽しそうに見ていた祥子は、ふと思い立ち二人の間に割って入る。

「そうね。一度ぐらいなら良いかもね」

「お、お姉さままで…」

自分はいらないんですか、と訴えるような瞳で見つめてくる祐巳に、祥子は微笑を返す。

「バカね。本当に美影の妹にしようとしている訳ではないわよ」

「あら、私は本気よ」

「あら、そうなの? だったら、何をしてでも祐巳を渡さないわよ」

二人とも冗談だと分かってて言っている事を祐巳も理解し、ほっと胸を撫で下ろす。
だが、祥子はもう一度同じような事を口にする。

「一度だけ、美影にもお姉さまと呼ばれる気分を味わってもらおうと思ってね。
 祐巳なら、美影も喜ぶと思ったのよ」

「本当は祥子が祐巳ちゃんがお姉さまと呼ぶ所を横で見てみたいだけなんじゃないの。
 嫌よ、それで後になって拗ねられたら」

「確かに、ちょっと美影に八つ当たりするかもね。
 でも、それぐらいなら安いものじゃなくて?」

「うーん、確かに魅力的な取引よね。聖さまなら喜んで飲むわね」

「あら、あの方には絶対に言わないわよ。美影だからよ。
 祐巳も美影なら良いでしょう」

本人を前にして断れるのだろうかと思いつつも、祐巳も確かに美影なら大丈夫かなと思う。
祥子がここまで冗談を言い合っている相手だし、後で何か文句を言われることもないだろう。
それに、この流れでいくと呼んでしまう方が良いのかと思い始める。
祐巳の心の動きを正確に読み取り、祥子は祐巳へともう一度催促する。

「一度だけなら良いわよ」

「あら、いつの間にか祥子が許可を出す位置になってるじゃない。
 祥子が言うように言ってたはずなのに。これじゃあ、まるで私か祐巳ちゃんが呼ばせてと頼んだみたいね」

その言葉を否定も肯定もせずに祥子はただ微笑を見せるだけである。
美影も祥子へと微笑を返すと、二人揃って祐巳へと視線を転じる。
美人の上級生二人に挟まれ、無言のプレッシャーが掛かる中、祐巳は覚悟を決めたようにその単語を口にする。

「お、お姉さま」

言った後に二人の様子を窺えば、祥子はどこか憮然とし、美影は何とも複雑な顔をしている。
何か悪かったかな、詰まったのがいけなかったのかな、
などと色々考える祐巳を間に挟んだまま、二人は軽く肩を竦める。

「やっぱり私以外の人をそう呼ぶのは面白くないわね」

「私もちょっと違和感というか…。やっぱり呼ばれ慣れてないからかしら。
 やっぱり、祐巳ちゃんは祥子の妹だという事を再確認できたわ」

「ええ、私もよ。全く、何をやらせるのかしら」

「本当に、祐巳ちゃんにも困ったものね」

「え、え、えぇぇ。わ、私が悪いんですか!?」

いつの間にか自分の責任になっている事に驚きつつも、そんな理不尽なと思う祐巳。
その様子をまたしても楽しそうに見つめている二人を見て、祐巳はまたからかわれたのだと知り、
二人に背中を向ける。

「もう、お二人とも反省するまでしりません」

そんな反応もまた二人には微笑ましいものに映っているのだが、祐巳はあくまでも真剣である。
今回はそう簡単には許さないぞと心に誓い、ずんずんと歩いていく祐巳のすぐ横を、
二人は静々と歩きながら何事も無かったかのように話し掛ける。

(うぅ、お姉さまも美影さまも二人揃うと何で意地悪になるのかな)

そんな祐巳の心のぼやきに気付かず、祥子が祐巳へと今思い出したかのように話を振る。

「そうそう、祐巳。今度の日曜日、空いているかしら。
 流石に二週続けてだと無理かとも思うんだけれど」

それだけでさっきまで拗ねていたはずなのに、顔を輝かせて祥子へと振り返る。

「また何処かにお出掛けですか?」

「ええ。前にも言ったと思うけれど、温水プールにね。
 折角、新しい水着を買ったんだもの。それで、どう?
 無理しなくても良いのよ。駄目なら、日を改めれば良いだけなのだし」

よっぽどの事が無い限り、祥子の誘いを断る祐巳ではなく、その日は特に予定もないから祐巳は一も二もなく頷く。

「行きます! 全然、予定なんてありませんから!」

「私もご一緒しても良いのかしら? 二人だけの方が良いんじゃないの?」

護衛の関係上、絶対に離れるわけにはいかないが美影はそう言ってみる。
が、案の定、美影の言葉を祥子は否定する。

「確かに二人だけも良いけれど、美影とも約束したでしょう。
 それに、祐巳も美影なら喜びこそすれよ。ねえ、祐巳」

「はい、勿論です! 美影さまも一緒に行きましょうよ。
 また三人で」

そう言って笑う祐巳に、祥子と美影も微笑み返す。

「それじゃあ、お言葉に甘えてご一緒させてもらうわ」

「ええ、それじゃあ詳しい事はまた後にでもしましょう」

「はい」

玄関へと着いた三人はそう言ってそれぞれの下駄箱へと向かう為にここで別れる。
別れ際、祥子は祐巳を呼び止めてタイを直しながら、

「お詫びって訳ではないけれど、朝の件は許してもらえるのかしら」

「勿論です!」

ちょっと悪戯っぽく笑う祥子に、祐巳は満面の笑みで強く頷くのだった。





つづく




<あとがき>

うーん、益々襲撃とかから離れて行くな。
美姫 「いや、しみじみと言われても…」
このまま何事もなく終わるのが一番だよ、うんうん。
美姫 「それはそうかもしれないけれど、それで良いのかしら?」
まあまあ。ともあれ、新たな約束を交わした三人。
美姫 「次はプール?」
いや、いきなり飛ばない……と思うけどな。
美姫 「その間は何よ、その間は」
あははは。
そ、そう言えば、今回は最後どうするかちょっと悩んだんだよな。
美姫 「何よ、それ」
いや、祐巳が美影をお姉さまと言ったのを目撃されてて、
祐巳が教室に行くと大勢に囲まれて質問攻めに、とかいうオチもあったんだが。
美姫 「祐巳ちゃんばっかり可哀想ね」
まあ、そんな訳で綺麗に終わってみたと。
美姫 「ほうほう」
うんうん。まあ、そういう事だよ。
さーて、それじゃあ、続きを頑張ってやりますか。
美姫 「もっと早く書ければね〜」
それは言わないで、本当に(泣)
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。







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