『とらいあんぐるがみてる』



第18話 「放課後の集い」






放課後、山百合会で何処か機嫌の良さそうな祐巳の様子に聖がからかうように話し掛ける。

「なーに、祐巳ちゃん。やけにはしゃいじゃっているけれど、良いことでもあったの」

「ふぇっ?」

「まあ、祐巳ちゃんがそこまで浮かれる理由となると限られてくるか。
 ずばり、祥子絡みとみた」

「駄目ですよ、白薔薇さま。そんなの分かりきっているじゃないですか」

びしっと指を突付ける聖に、由乃がダメダメと肩を竦めて見せる。
それに気を悪くする事もなく、聖はそれもそうねと大きく笑う。
一方、由乃と聖に言われたい放題の祐巳は少し拗ねて見せるも、それが余計に愛嬌をかっている事に気付いていない。

「それで、何があったの? ほらほら、私にちょろっと話してみなさい」

言いながら両手をワキワキと握ったり開いたりしながら祐巳へと近付く。
本能的に何かを感じ取ったのか、祐巳は助けを求めるように周囲を見渡すが黄姉妹は揃って傍観を決め込み、
令だけは少しだけ申し訳なさそうにするもやはり聖を止めるような事はせず、
頼みの綱とばかりに聖の妹である志摩子へと視線を向けるも、じゃれていると本気で思っているのか、
柔らかな笑みを浮かべたまま、お姉さまと祐巳さんは仲が良いわねとまで言い出す。
祥子や蓉子の姿はなく、完全に四面楚歌状態の祐巳へ殊更ゆっくりと聖は近付いていく。

「んふふふふふ〜。助ける人は誰も居ないみたいね〜。
 それじゃあ、思う存分抱きつかせてもらうわ」

「だ、抱きつくって。は、話を聞くんじゃなかったんですか」

「勿論、祐巳ちゃんが話してくれるってのなら、どんな話だって聞くわよ。
 でもね、まずはこの手の中に祐巳ちゃんを抱かないと」

「わ、私なんて抱っこしても楽しくも何ともないですよ。
 し、志摩子さんの方が綺麗ですし、きっと楽しいですってば!」

必死になって言う祐巳からちらりと志摩子へと視線を移せば、何も言わずにただ笑みを浮かべているだけ。
お姉さまがお望みでしたらどうぞと言わんばかりの、聖母のような笑みに聖は笑い返すと祐巳へと視線を戻す。

「うーん、志摩子は嫌がらないからな」

「嫌がっている人にするのが間違っているんです」

「でも、祐巳ちゃんの方が反応が面白いし、何よりも抱き心地が良いしね。
 志摩子はちょっと細すぎて、こうぷにょぷにょ感が足りないというか」

「そ、それって私がぷにょぷにょしてるって事ですか! う、うぅぅ、体重は気にしてるのに…」

「あははは〜。別にそうじゃないって。祐巳ちゃんは今のままが一番って事だよ。
 という訳で、いざ!」

言って聖が祐巳へと抱きつこうとしたその時、扉がゆっくりと開かれる。

「……何をなさっておいでですか、白薔薇さま」

両手を広げて困惑する祐巳へと迫る聖という現状を見て、祥子は大まかな事情を理解する。
理解して、冷たい声で聖に尋ねる。
祥子の言葉に苦笑して広げた手で頭を掻く聖を横目に、祐巳は祥子の傍に駆け寄るとその背中に隠れる。

「あらら、祐巳ちゃんに嫌われちゃった」

言って笑う聖へと厳しい眼差しを飛ばす祥子と怯えたように聖を見る祐巳。
その後ろから美影が中へと入って来る。

「悪戯が過ぎたという所ですかね」

「うーん、美影にまでそう言われるなんてね」

「ええ、祐巳ちゃんは私のお気に入りでもありますから」

「あらら。しっかし、祐巳ちゃんね〜。
 いつの間にそんなに仲良くって、祥子と仲が良ければ、自然とそうなるか。
 つまり、祐巳ちゃんのご機嫌な理由は祥子だけでなくって所かな」

「どうなんでしょうね。祐巳ちゃんの機嫌が良いのと私とはあまり関係ないような気がしますけれど」

本当に分からないと首を傾げながら席に着く美影。
祥子も席に着くと、祐巳は二人の為にお茶を入れるためにキッチンに立つ。

「今日は蓉子さまは?」

「ああ、蓉子は今日はお休み」

美影の疑問に聖は答えつつ、その背後に回っていきなり美影を抱きしめる。

「うーん、祐巳ちゃんは逃しちゃったから美影で我慢しよ〜っと」

「白薔薇さま、お戯れが過ぎませんか! それに祐巳の代わりだなんて失礼ですよ」

「そんなに深い意味はないんだから、そこまで怒らなくても良いじゃない。
 それとも、祥子もこうしたいとか?」

「なっ! 何を仰っているんですか!」

女性化が進んでいるためか、聖に抱きしめられても必要以上に緊張する事無く、美影はただされるがままである。
だが、やはり多少の照れはあるし、祥子が怒っているようなのでできれば離して欲しいとは思う。
とは言え、力尽くで引き離す事も出来ず、結果美影は少し困ったような表情をするのである。
一方、そんな美影を置いてけぼりにして、先程の言葉に照れたためか怒りのためか、
赤くなった顔で聖へと文句を並べる祥子を、聖は適当に流す。
が、ふと真剣な顔付きになる。
その事に口論していた祥子も、傍観を決め込んでいた者たちも何かあったのかと思わず聖を見る。
皆の視線を感じているのかいないのか、聖は一人真剣な顔付きで唾を飲み込み喉を鳴らす。
それからおもむろに……。

「えい♪」

「えっ!? あ、ちょっ、聖さま!?」

おもむろに美影の胸を掴むとその両手に包み込む。
思わず声を上げる美影に構わず、聖は両手を動かす。

「むむ。やはり、大きい。一瞬、偽乳かと思ったのにこの弾力は本物ね。
 可笑しいわ。初日ではここまで大きくないと思ったのに」

「ちょっ、や、やめっ……。あんっ、ふっ。
 も、もう良いでしょう。そ、そろそろは、離し…」

今までに感じた事のない感覚に思わず声を上げつつ、僅かに涙を滲ませて懇願する美影。
その言葉に顔を赤くして思わず事態を眺めていた祥子が動く。

「白薔薇さま! 流石にそれはやり過ぎですよ!」

言って聖の手をはたいて美影を聖から引き離す。
その力の強さに美影は椅子からずり落ちて祥子の前に倒れるように座り込む。
慌てて声を掛ける祥子に、美影は安堵した顔を見せる。

「大丈夫、美影?」

「はぁぁぁ。う、うん、何とか。ありがとう、祥子」

「お、お礼なんて良いのよ」

紅潮して潤んだ瞳で見上げられながらお礼を言われ、祥子の顔が更に赤くなる。
その笑顔に思わず聖が抱き付く気持ちを理解しそうになり、慌てて誤魔化すように聖を睨む。

「あははは。ごめん、ごめん。流石に今のは私が悪かったわ。本当に反省してます」

言って二人から遠ざかり、これ以上は何もしないと両手を上げる。

「いや、本当にごめん。でも、ちょっときになったから。
 でも、初日に会った時は気付かなかったけれど、美影ってば結構胸あるよね。
 なのに腰はこんなに細いし」

言って両手で美影の腰の細さを作る。それを見た江利子が聖に尋ねる。

「ちょっと、それ本当なの」

「ええ。本当に細いのよ。あれだけ食べているのに。ひょっとして、栄養が全て胸にいってるのかも」

「胸はどれぐらいだったのよ」

「うーん、これぐらい」

聖の手付きに眉を顰める祥子だったが、他の者たちは思わず美影の胸や腰を見てしまう。
思わず後退る美影に、祐巳は苦笑を浮かべてしまう。
自分も昨日の買い物で水着姿を見てなければ、皆と同じ反応をしただろうなと。

「うーん、それはちょっと許せないわね。美影さん、ダイエットか何かされているの?
 いえ、あれだけ食べてるという事は、何か特別に運動でも?」

「いえ、特には」

実際は御神流の鍛錬があるのだが、それは言うべきことではないので黙っておく。
だが、江利子に答えたはずの美影の返答を聞いた由乃が大げさに机に突っ伏す。

「うぅ、秘訣があるんだったら教えてもらおうと思ったのに」

その不用意な発言を江利子が見逃すはずもなく、由乃をからかうために動き出す。
机に突っ伏していた由乃は、江利子を見ていなかったために気付かなかったが、
それを見ていた面々は、これから江利子が由乃をからかうであろう事と簡単に想像できてしまう。

「由乃ちゃんは、体重増えたんじゃない?」

「っ! な、何を根拠にそんな事を仰るんですか黄薔薇さま?」

動揺を隠しながら尋ねる由乃に、江利子は別に〜と楽しげに答える。
その態度を見て、由乃は自分をからかうつもりだと悟る。
用心深く江利子を見つめながら、慎重に口を開く。

「私は別に体重が増えたりはしてませんけれど」

「あら、そうなの。
 偶々、昨日ダイエットに関して書いてた記事を見たんだけれど、由乃ちゃんには必要ないわね」

「……ええ、必要ないですね。でも、どうしてもと仰るのでしたら、聞くだけは聞いても構いませんよ?」

「いえいえ、必要ないのに聞かせるのも悪いしね」

言ってニヤニヤと笑う江利子から視線を一瞬だけそらし、睨み付けるように手元を見ながら性悪と小さく呟く。
隣に居る令にははっきりとその言葉が聞こえ、思わず江利子を見てしまう。
が、江利子には聞こえていないようで、勿論、聞こえないように由乃が呟いたのだから当然だろうが、
それでも令は内心かなりハラハラする。
思わず助けを求めて祥子へと視線を向ける。
その意味を余す事無く正確に読み取り、姉と妹の間で板挟みになっている親友へと助け舟を出してやることにする。

「白薔薇さまがそう思われるのも仕方ありませんね」

そう祥子が話し出すと、由乃と江利子も思わず祥子の方へと顔を向ける。
が、すぐに祥子が何を指してそう言ったのか分かり、祥子の話を聞こうとする。
一方、祐巳だけは話が飛んだことに付いて行けずに首を捻っているが。

「美影ってば、私が気付くまでずっと胸にさらしを巻いていたんですよ。
 ですから。初日に見た時は今とは違ったんです」

ようやく祥子の言葉の意味を分かり祐巳は納得するが、逆にさらしという言葉に思わず美影を見てしまう。
あんなに綺麗な胸をさらしで…。
よく潰れたりしなかったものだと。
半分感心したようにじっと美影の胸を注視する祐巳の視線に、美影は流石に居心地が悪そうに身じろぎする。

「あの、祐巳ちゃん?」

「ふぇっ!? あ、あああ、す、すいません、すいません。
 あの、その、別に美影さまの胸に興味があった、いえ、全くない訳ではないのですが、その…」

「分かったから落ち着いて、ね。別に怒っている訳じゃないから。落ち着いて」

「あ、は、はい。……はぁ、もう大丈夫です」

「そう、それは良かったわ。それじゃあ、ほら深呼吸して」

美影に言われて数度深呼吸をして落ち着いた祐巳の頭を、美影はそっと撫でてあげる。

「ふふ、本当に祐巳ちゃんは素直ね」

「……あ」

落ち着いてから深呼吸をさせられたという事に気付き、祐巳はからかわれたと拗ねたように美影を見るも、
優しい眼差しで見つめられて微笑まれて祐巳は何も言えずに口を噤む。
そんな様子を楽しそうに見つめながら、からかおうとしていた聖は祥子に睨まれて肩を竦めて言葉を飲み込む。
代わりに美影へと普通に疑問を投げる。

「でも、何でさらしなんてしてたの?」

「えっと、まあ色々ありまして…」

言葉を濁す美影に、聖たちもそれ以上の追求は止める。
その事にそっと安堵の息を洩らしつつ、美影はすっかり冷めてしまった紅茶に口を着けるのだった。





  ◇ ◇ ◇





その日の深夜、鍛錬を終えてシャワーも浴びて後は寝るだけとベッドに入った美影は扉の前に立つ気配に気付く。
やや遠慮したような気配を感じ、美影はベッドから降りるとそっと扉を開ける。
開けた向こうでは、今しもノックしようと手を振り上げた状態で驚いて固まっている祥子の姿があった。

「どうかしたの、祥子? もう結構、遅い時間よ」

「こんな時間にごめんなさい。ちょっと良いかしら」

「ええ、どうぞ」

言って部屋に招き入れた美影は、静かに祥子が話を切り出すのを待つ。
やがて、祥子はおずおずと口を開く。

「ほら、私って小さい頃からこういった生活をしてきたじゃない」

突然、関係ないような事を言い出す祥子に、しかし美影はただ黙って頷く。

「だから、お泊まり会とかってやったことないのよ。
 お正月にはお姉さまや祐巳たちが来てくれて一緒に寝たりしたけれどね。それまではね。
 でも、同じ年の子とは令以外にそういうのもないし。
 令が泊まりに来る事はあっても、一緒に寝る事はなかったわ」

言って少し恥ずかしそうに俯いたかと思うと、気後れするように上目遣いで美影を見てくる。

「それでね、良かったら一緒に…」

何で急にそんな事を言い出したのかは祥子自身にも分からない。
今言ったような理由もあるが、それが何故今なのかと。
今日、家に帰ってきてからずっと言おう、言おうとしていたのだがタイミングが掴めずに今になったのだが。
それにしても、日を改めるとかもあるだろうが。
ただ放課後の聖との出来事を思い出すと不愉快で、気が付いたら行動に出ていたのである。
そんな祥子の不安や葛藤など知らず、美影はただ頷く。

「別に構わないわよ。だったら、早くベッドに入りましょう。
 室内とはいえ、このままだと身体が冷えるわよ」

実際、廊下で暫く躊躇っていた祥子の手足は冷たくなっていた。
だから美影は祥子をさっさとベッドに入れると、後から自分も入る。

「お邪魔するわね」

「お邪魔しているのは私の方なんだけれどね」

「ふふ、そうだったわね。それじゃあ、遠慮なく」

二人して同じ布団に入ると肩を並べる。
と、美影の足が祥子の足に当たる。

「祥子、随分と長いこと廊下に居たから、すっかり足が冷たくなっているじゃない」

「あ、ごめんなさい。これじゃあ、美影が寒いわよね」

言って足を遠ざけようとするが、それよりも早く美影は身体を祥子の方へと向けて横にすると、
両足で祥子の足を挟んで温めるように擦る。

「美影、良いわよ。これじゃあ、貴女まで冷えてしまうわ」

「これぐらい大丈夫よ。ほら、手も」

言って祥子の手も取り、自分の両手で包み込むと足同様に擦ってあげる。

「どう?」

「ええ、温かいわ」

「それは良かったわ。それじゃあ、そろそろ寝ましょうか」

「あ、もう離……いいえ、何でもないわ」

名残惜しそうにする祥子に美影は微笑む。
窓から入って来る月明かりを背後に背負い柔らかく笑う美影に思わず祥子は見惚れる。

「ふふ、祥子は意外と甘えん坊なのね。
 良いわ、今晩はこうして手を繋いで寝ましょう」

祥子の片手を握ったままの美影の言葉に、祥子は少し照れつつも嬉しそうに笑う。

「また一緒に寝ても良いかしら」

「ええ、別に良いわよ。でも、すぐに部屋に入ってらっしゃい。
 身体を冷やすといけないから」

「そうね。今度からはそうするわ。それじゃあ、おやすみなさい」

「ええ、おやすみ」

そう挨拶して目を閉じると、祥子はすぐに寝息を立て始める。
その寝顔を暫く眺めながら、美影は頬にかかった髪をそっと指で後ろへと流し、自身もまた横になる。
すぐ傍で規則正しい祥子の寝息を聞きながら、美影もまた眠りにつくのだった。





つづく




<あとがき>

まだ休日ではありませんでした。
美姫 「にしても、完全に女性化してるわね」
何の事だ? 美影は女性だぞ。
美姫 「そうだったわね。だから、この一行が削除されたんだものね」

翌日、自分の取った行動に自分自身が一番驚き、軽い自己嫌悪に陥る美影の姿があったとか、なかったとか。

そういう事だ。
もう、これは既に別物の作品だからな!
美姫 「とはいえ、襲撃という本来の目的を忘れてない?」
いやいや、忘れてませんって。ただ、もう暫くは忘れていたい。
美姫 「って、アンタの希望なの!?」
ぶべらっ! す、すぐに手を出すのはやめれっ!
美姫 「はいはい。分かったからさっさと続きを書いてよね」
へいへい。
美姫 「返事は一回!」
ぶべらっ! ……うぅ。
美姫 「分かった?」
へい!
美姫 「はい、でしょう!」
ぶべらっ! ……ま、まとめて注意しろよ。
美姫 「そんな事をしたら、一回分殴れないじゃない」
殴るの前提だったのかよ!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
お願いだから、少しは俺の話も聞いてよ(涙)







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