『とらいあんぐるがみてる』



第19話 「小笠原家の朝」






美影は徐々に覚醒していく意識の中、違和感を覚える。
いつもよりも心地良い布団の温もりに、思わず再び眠りについてしまいそうになるのを堪えて、
何とか目を覚まし、心地良さの原因が隣で静かな寝息を立てている祥子だと知る。
起こさないように注意しつつ布団から身体を起こそうとした美影は、隣で眠る祥子の横顔に見惚れる。
呼吸しているのかさえ怪しい程に殆ど動かずに眠る祥子。
思わず耳を近づけて呼吸を確認してしまい、普通に呼吸している事に当然かと苦笑を浮かべる。
このままではまた見惚れそうになりそうだったので、美影は視線をそそくさと外してそっと布団から出る。
素早く着替えを済ませて装備一式を手にすると、美影はこれまた静かに部屋を出て鍛錬へと向かうのだった。



鍛錬とその後のシャワーを終えた美影が部屋へと戻る途中、清子と出会う。

「おはようございます」

「おはよう。美影さんは早いのね」

「いえ、私はいつもこれぐらいですよ。そういう清子さんもお早いですね」

「ええ。今日はね。とは言っても、もう七時を過ぎてるから、普通じゃないかしら」

「それもそうですね」

言って笑い合うと、二人はそれぞれ分かれようとして、去り際、清子が思い出したように美影へと声を掛ける。

「最近、美影さんが祥子を起こしてくださっているんですってね。本当に、あの子は朝が弱くて」

「そんなに大した事じゃありませんから」

「あんまり寝起きが悪いようだったら、鼻を摘むぐらいはしても良いわよ」

冗談なのか本気なのかいまいち分からない声で言うと、清子は自室へと戻って行く。
それを見送ると美影もまた自室へと戻り、祥子を軽く揺さ振る。

「祥子、朝よ。起きて」

「う……うーん。もう少しだけお願い。朝はいらないから」

「駄目よ。いつも言っているでしょう。朝食は身体の資本なんだから、しっかりと食べないと駄目だって。
 ほら、早く起きなさい」

眉間に皺を寄せて小さく呻きながらも、まだ眠り続ける祥子に美影は拗ねたような声を上げる。

「祥子はそんなに私と一緒に朝食を食べたくないのね。だったら良いわよ。
 私は一人で寂しく食べるから」

「……分かったわよ。起きます。起きるから、もうちょっと待って」

「それって起きてないのだけれど? もう、今日はいつになくしぶといわね」

原因は昨夜は美影が戻ってくるまで起きていた事だろう。
だからと言って、自業自得の部分もあるので甘やかすような事をする美影ではない。

「このまま起きないと大変な事になるわよ」

「…………」

美影の言葉にしかし祥子からの反応は何もない。
また眠りそうになっていると判断し、美影は小さく溜め息を洩らす。

「これが学園で多くの生徒から憧れらているお嬢様だものね。
 さーて、忠告はしたわよ」

言ってもう一度脅すも祥子は起きる素振りを見せない。
何をするか考えていた訳ではない美影は困ったように周囲を見渡し、
ベッドの上に乗ると祥子の傍で手を着いて、その顔を見下ろす。
美影の長い髪が肩から零れ落ちて祥子の髪に触れる。

「ねぇ、祥子。起きない子を起こすのにはどうすると思う?
 それはね…」

言って祥子の身体を跨ぎ、両手を祥子の横腹へと持っていくと…。
そのままくすぐり始める。

「っ! み、美影っ! や、やめてっ! お、お願いだか…ら。
 お、起きる、起きるわ。ふふふ、だ、だからもうやめて」

流石の祥子もすぐに目を覚まして美影の腕の中で暴れ回る。
ベッドシーツがぐちゃぐちゃになり、祥子の目から少し涙が浮き上がる。

「ほ、ほら、起きてるでしょう。ふふふ、だ、だから、も、もうやめ…」

完全に祥子が起きたのを確認すると、美影はくすぐるのを止めて祥子の横に座り込む。
微笑んでさえ見せる美影に、祥子は涙を指で拭いながら拗ねた顔を見せる。

「もう、何て起こし方をするのよ」

「すぐに起きない祥子が悪いのよ。それに、ちゃんと忠告したじゃない。
 それと、朝はおはようよ」

「…おはよう美影。もう、最悪の目覚めだわ」

「うふふふ、ごめんなさい。流石に少しやり過ぎたわね」

「本当に反省しているのか疑わしいわよ」

楽しげに笑う美影を睨む祥子の先程の件で乱れた髪をそっと手櫛で整え、

「でも、思った以上に効果があるみたいだから、次からもこうやって起こそうかしら」

「美影!」

「冗談よ、冗談。でも、祥子がすぐに起きれば問題ないのよ」

正論だけに言い返せず、ただ怒っていますという顔で睨む祥子に美影は一言謝り、
額に掛かっている前髪をそっと掻き揚げてあげると、そこにちゅっと軽く口付ける。

「み、美影!?」

赤くなりつつ不機嫌な顔から驚き、照れへと瞬時に変わる祥子の表情。
美影は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ゆっくりとベッドから降りて背中越しに祥子を振り返り、

「祥子は拗ねた顔も可愛いけれど、いつまでもそんな顔じゃつまらないでしょう。
 ほら、良い子だからベッドから降りて」

「かわっ…こら、美影。からかうのもいい加減にしなさいよね。
 小さな子供じゃないんだから、その言い方はよしてくれる」

文句を垂れつつもベッドから降りる。

「ほら、早く着替えないと時間がなくなるわよ」

「はぁ、分かったわよ」

着替え始めた美影にこれ以上の文句を言うのを止め、祥子は自分の部屋へと戻る。
それを見送りながら制服へと着替えた美影は、最後にタイを結ぶと部屋を出る。
部屋の前で少し待っていると、すぐに隣の祥子の部屋が開く。

「お待たせ、美影」

「じゃあ、行きましょうか」

連れ添って食堂へと向かい、二人が席に着くと朝食が並べられていく。
揃って頂きますをすると、食事を始める。

「美影、明日はあの起こし方は本当にやめてよ」

「分かったわ。流石にあれはやり過ぎたわ。と言うよりも、明日も私が起こすのかしら?」

「あ、これは別にそういう意味じゃなくて…」

「ふふふ、それじゃあ明日は一人で起きれるのね」

「失礼ね。美影が来るまでは一人で起きていたのよ。
 ただ、もうちょっと遅くまで寝ていただけで」

言い訳のようにそう呟きつつカップを手にする祥子。
美影もカップを手にし、しかし口には運ばずに香りを楽しむように手の中で遊ばす。

「はいはい、分かってます。祥子を早く起こしているのは私の我侭です」

「そこまでは言わないけれど…」

「良いのよ、無理しなくても。仕方がないから、明日は一人で寂しく朝食を頂きます」

「もう当てこするように言わないでよ」

「冗談よ、冗談。でも、明日はどうやって起こそうかしら」

「今までのように普通に起こしてよ」

疲れたように言う祥子へ、ようやくカップを口元に運び、一口飲んでから美影は言う。
それはもう、楽しそうに。

「うーん、でも今日のでちょっと味を占めちゃったわ」

「まさか、明日もあの起こし方なの?」

「そうね、同じじゃ面白みもないし、明日は眠り姫を起こす伝統的な方法でどうかしら。
 勿論、おでこにだけど。あ、でもそれだと起きないかしら?」

瞬間、祥子は耳まで赤くする。

「美影!」

「きゃぁ、怖い。紅薔薇のつぼみ、怖いですわよ」

「もう、本当に今日は朝から何て日なのかしら」

「私は祥子をからかえて楽しいけれどね」

「私は疲れるだけだわ」

からかう立場の楽しさを発見した美影と、聖に弄ばれる妹祐巳の苦労を少しだけ理解した祥子。
だが、祥子は同時に少しだけ嬉しくも思っていた。
自分の立場を知っても尚、普通の少女を相手にするように接してくれる美影に。
そして、普段の美影を知っているからこそ、こういった事をするのは極限られた、
それもかなり親しい者に対してだけだと分かるからこそ。

「今日はいつもよりも少し遅かったから、ちょっと早めに行動しないとね」

「そうね。これで遅刻なんてしたら、本当に堪らないわ」

美影の言葉に軽く返し、二人は朝食を食べ終えるとさっさと学校に行く準備をする。
その辺りはそつなくこなす二人であるからして、それからの行動は早いものである。
結局二人が家を出たのは、いつもより一、二分遅いだけで充分に間に合う時間だった。





つづく




<あとがき>

ふっ。最早、美影に関しては何も言うまい。
美姫 「もう完全に別人…」
後書きでも毎回、似たような事を言っていますが、既に別物!
美姫 「このまま驀進!」
さてさて、今回は前回の翌日って所かな。
美姫 「遅々として時間が経過しないわね」
まあまあ。とりあえず、今回の没ネタは。
美姫 「また出たのね」
いや、まあ、ほら。
美姫 「とりあえずは、これね」
朝食シーンだ。



準備が済むまでの間、美影は新聞を広げてそれを読み、祥子はただじっと待つ。
やがて朝食の準備が済むと、祥子は食べ始めようとして隣の美影がまだ新聞を読んでいるのを注意する。

「ほら、美影。いつまでも新聞を読んでないで」

「うん…」

生半可な返事を返しつつ、美影の手はテーブルの上に置かれたカップへと伸び、
しかし、何も掴む事が出来ずに指が空を掴む。
何度か手を閉じ開きするも、そこには何もない。
それもそのはずで、祥子が美影のカップを手にして遠ざけたのだから。

「もう、食べながらは行儀が悪いでしょう」

「うん…」

「本当に聞いているのかしら」

「うん…」

「祐巳がそこに居るわよ」

「うん…」

「私の話を全く聞いてないわね」

「うん…」

「美影〜?」

「うん……。う、うん? どうしたの、祥子?」



とまあ、こんな感じ。
美姫 「行儀悪い事を美影がするかどうかということで没に」
そういう事〜。
さてさて、今回は朝の風景だったし、次は何にしようかな。
美姫 「次回も待っていてくださいね」
ではでは。







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