『とらいあんぐるがみてる』



第22話 「新聞部の企み?」






転入してきてから一週間少しという短い期間ながらも、
既に一員であるかのように薔薇の館の面々にすっかり溶け込んでいる美影。
今日もいつものように薔薇の館へと集った美影たちであったが、今日は三年生の姿はなかった。
特に行事が控えている訳でもないので、それぞれに寛いでいた所へと来客を告げるノックが鳴る。

「ごきげんよう、皆さん」

そう言って入ってきたのは、新聞部部長築山三奈子であった。
山百合会の面々は嫌な予感を覚えると同時に、知らずつい身構えてしまう。
そんな一同の様子を気にした風もなく、三奈子は祥子へと話を持ちかける。

「いきなりの訪問で申し訳ありません」

「別に気にしなくても良いわよ。ここはリリアンの生徒なら誰でも訪れても良い場所だもの。
 それで、今日はどういったご用件かしら? 生憎と、今は新聞部に提供するようなネタはございませんことよ」

「それは非常に残念ですわ。でも、今日はそういった事ではありませんから」

そこまで言って三奈子はこの場に居る者たちを見渡す。
やがて、もう一度祥子へと視線を戻して顔を固定すると、やや目を細める。

「ところで、この間は写真部が何やら楽しい事をなさったようで」

「あら、その件でしたらこちらではなくて下ですわよ。
 今日も何人かの生徒がいらっしゃってると思いましたが。
 どうぞ、遠慮なさらずに見学していってくださいな」

一ミリたりとも表情を変えずにそう返す祥子に、言われた三奈子ではなく祐巳が思わず身を竦ませる。
次いで心配そうに三奈子の様子を窺うが、こちらにも特に目立った変化は見られない。

「それはもう遠慮なく見学させてもらってますよ。
 それで本題なんですが…」

「あら、ようやく本題に入るの? てっきりもう用件は済んだものと思ってたわ。
 まあ良いわ。出来れば手短にお願いね」

流石に僅かに顔を引き攣らせる三奈子であったが、すぐに何事もなかったかのように話し始める。

「私たちの部も今度の土曜日、ちょっとしたイベントをやろうと考えているんですが……」

「その許可が欲しいのなら、どんなイベントをするのかといった詳細を記した書類なりを提出してください」

「ええ、それは勿論。ですが、その前に協力をお願いしたいんです」

三奈子の言葉に、祥子以外の者が顔を見合わせて疑問を浮かべる。
祥子は一人、何かを探るように三奈子をじっと見つめる。

「それで、今度は何を企んでいるのかしら?」

「企むだなんて人聞きの悪い。今回は本当に協力して欲しいだけですよ」

笑顔を浮かべて軽くそう言うも、祥子はやはり表情を動かさずにじっと三奈子を見つめ続ける。
多少たじろぎつつも、三奈子は祥子へと説明する。

「明々後日の土曜日、世間ではこの日はヴァレンタインです。
 ですので、この日に合わせて我が新聞部ではちょっとしたイベントを開こうと考えています。
 そのイベントに薔薇のつぼみの方々にも参加して頂きたいのです」

『イベント?』

三奈子の言葉に全員の興味がそのイベントに向かう。
その様子に我が意を得たりとばかりに三奈子はテーブルに乗り出すような格好も気にせず続ける。

「その通りです。その名もずばり、薔薇のつぼみを探せ!」

それを聞いた途端に全員から、何を言ってるんだ、みたいな視線を浴びる三奈子であったが、
当の本人は気にせず、いや、気付かずに気持ち良さそうに尚も話し続ける。

「薔薇のつぼみであるお三方には隠れて頂き、それを参加者に探して頂くというものです」

「それは参加というよりも主催者側に協力と言わないかしら?
 それに何故、私たちがそのような事をしないといけないのかしら?」

「新聞部には協力したんですから良いじゃないですか」

「それとこれとは全然違います。あちらは偶々取った写真の展示の許可を取りに来られただけです。
 その際、一階の空き部屋をお貸ししただけ。
 ですが、新聞部の方はイベントとして主催するのに、私たちをメインにされてますよね」

祥子の反論に三奈子も流石に口を噤むが、その顔にはまだ余裕が窺えた。
まるで勝利を確信しているかのようなその表情に、祥子の機嫌が悪くなる。
瞬間、祐巳は周囲の温度が二、三度下がったように感じられたが、三奈子はまだ余裕のままである。
流石に令や志摩子も渋った感じの中、三奈子はゆっくりと口を開く。

「ですが、既に三薔薇様からの許可は頂いてます」

その言葉は確かに強力で、三人は思わず黙り込むと互いに何か聞いているかと顔を合わせる。
だが、それを聞いた者はいないらしく三奈子の嘘かとも思われたが、その自身満々た態度が嘘ではないと現している。
困惑する祥子たちの耳に、上へと上がってくる足音が聞こえ、次いで扉が開かれる。

「あー、皆揃ってるみたいだね」

挨拶もなしに入ってくるなり、聖は部屋を見渡して第一声を発する。
その皆には三奈子も含まれているようであると美影はすぐに察したが、
祥子たちはそこまで見る余裕もなく、すぐさま聖へと詰め寄るのを堪えつつ、三奈子の話の真偽を確かめる。

「うん、そうだよ。私だけじゃなく、蓉子や江利子も賛成したよ」

「何故ですか!?」

「何故と言われても……。うーん、面白そうだから?」

聖の言葉に癇癪を起こす寸前の祥子を美影が何とか落ち着け、少し温くなった紅茶を差し出す。
それを礼と共に受け取り、少し頭を冷やすように深呼吸して口に含む。
祥子に冷静になるように促す一方で、今まで黙っていた美影がようやく口を挟む。

「聖さま、流石に部外者の私が口を出すのはどうかと思うのですが、
 こういった事は普通はまず本人に確認するべきでは?」

「確かに美影の言う通りなんだけれどね。江利子が面白そうだって飛びついちゃったからね。
 そうなると、もう令の参加は決まりでしょう」

そう言いながらこちらを見てくる聖に令をはただ頷く。
実際、江利子が興味を持ってしまったのなら余程の事がない限りは止める事はできない。
そして、姉として令の参加を命じてくるだろう事も。
その場合、令が逆らえるはずもなく。
全員がここまでの流れをあっという間に想像できてしまい、由乃は一人怒ったような顔になる。
そんな由乃の様子を楽しそうに見遣りながら、聖は今度は志摩子へと告げる。

「という訳で、令一人じゃ可哀想だから志摩子にも参加してもらおうかなと思ってね」

「それは姉としての命令ですか?」

「うんにゃ。私は志摩子に命令なんかしないよ。
 だから、志摩子が自分で考えて答えを出したら良い。
 本当に嫌だったら断ったって良いよ」

「……お姉さまはずるいですね」

「そうかな?」

「はい」

小さく笑い合うと志摩子はいつものような穏やかな表情を見せる。

「分かりました。協力します」

「良いのね、志摩子」

「はい」

確認する聖にもはっきりと返事を返す志摩子に聖は笑いかけると、最後とばかりに祥子へと顔を向ける。

「で、志摩子と令の二人は協力するって言っているけれど祥子はどうする?」

「どうもこうも二人が賛成している以上、私が何を言っても無駄なんでしょう」

「まあ、山百合会としてはそうなんだけれどね。
 流石に私や蓉子も本当に嫌なら無理強いはさせたくはないし」

聖の言葉に祥子は少しだけ考え込むと、確認するように尋ねる。

「お姉さまはこの事を了承なさったんですね」

「ええ、そうよ。蓉子は薔薇の館を一般の生徒が訪れる光景を見たいと願ってたからね。
 それは写真部のお陰で叶えられたでしょう。
 でも、まだ私たち山百合会と生徒たちの間に遠慮みたいなものがあると思ってるのよ。
 まあ、その辺りはすぐには無理かもしれないけれどね。
 今回の新聞部のイベントに参加する事で、少しでもそれが埋めれないかってのが蓉子の考えよ」

「そこまでお聞きしてしまったら断れるはずないじゃないですか」

聞くんじゃなかったという顔で祥子は渋々と納得する。
それを見て三奈子はとても嬉しそうに席を立つ。

「詳しい事は明日にでも資料に纏めて持ってきますので。
 と言っても、薔薇のつぼみたちには当日はこちらで用意した場所にて隠れて頂き、
 後は見つけた方への賞品として後日デートして頂くだけですが」

その言葉に賛成した三人だけでなく妹たちまで反応を見せる。
途端に反対する妹二人と祥子であったが、聖に上手く言い包められ、
ましてや既に協力すると言ってしまった手前、引き下がるしかなかった。
そこへ美影が遠慮がちに三奈子へと尋ねる。

「当日、隠れる祥子の傍に誰か居た方が良いんじゃないかしら?
 ずっと隠れているのなら、何かと不都合も出てくるだろうし」

「その辺りは新聞部の方でフォローするから大丈夫よ」

「ですが……」

まだ何か言いたそうな美影であったが、これ以上は無駄だと引き下がる。
実際問題として、護衛対象と引き離される形になるので学校内とはいえまずい事はまずいのである。
だが、その辺りを言う訳に行かないと違う方法を模索する。
出来れば近くで見張っていたいが隠れる場所を教えてくれたりはしないだろう。
となれば、当日は祥子の後を付いて行くしかないかと考える。
そんな美影に、いや、美影を含めたこの場に居る者に聖からこんな発言がされる。

「祐巳ちゃんたちは参加者として参加してね。
 もしも誰も参加しなかったら格好がつかないしね。
 最低でも三人いれば問題ないでしょう。勿論、勝った場合の商品は有効だからね」

そう言って祐巳へとウィンクする聖。
気を使ったつもりなのだろうが、美影にとっては逆に困った事態となる。
参加してしまうと見つけるまで祥子の傍を離れる事になるからだ。
だからこそ、美影は聖の申し出を断る。

「あの、私は別に参加するつもりはないんですけれど…」

「あら、美影は私一人にだけ参加させて自分は何もしないの。冷たい人ね。
 私たちと違って、ゲームに参加するだけだというのに。
 それとも景品に興味がないのかしら?」

何故か怒ったような口調の祥子に困惑してしまう。
そんなに参加したくなければ断れば良かったのにと思うものの、あの状況では無理かと思い直す。
とはいえ、この状況で拗ねた祥子を宥めるには美影自身も参加するしかなく、

「分かったわ。私も参加します」

「あら、無理に参加しなくても良いのよ?」

「別に参加したくないという訳じゃないもの。だから、やっぱり参加する事にしたわ」

「だったら、やっぱり賞品に興味がなかったのかしら」

「別にそういう訳じゃないわよ。祥子とのデートなら何としても手に入れたいもの」

美影の言葉に思わず何と返して良いのか分からず赤くなる祥子へと、美影は更に追い討ちを掛けるように言う。

「でも、そんな何かのゲームの景品としてじゃなくても、普通に約束すれば良いのよね。
 そう思ったから今回は参加を見合わせたんだけれど、ゲーム事態も楽しそうだしね。
 だから、参加する事にしたのよ」

「な、何を言ってるのよ」

美影の言葉に照れつつも何処となく嬉しそうに、何とかそれだけを返す。
そんな祥子の横顔を眺めつつ、美影はさっさと祥子の傍に行けるように全力でゲームにあたる事にする。
その為にも、と三奈子へと問い掛ける。

「明日に詳しい事を仰っていたけれど、ある程度は既に出来ているのかしら?
 私たちが聞いても問題ない範囲で教えてもらえるかしら。その方が、こちらからの意見も出せるでしょう。
 ねぇ、祥子」

「そうね、美影の言う通りだわ。
 協力する以上、こちらからも意見があるかもしれないし、時間もあまりないものね」

「まあ、別に構いませんが。
 ただ、美影さんたちは参加者としてゲームに参加するので、隠れる場所などは教えれませんが。
 これに関しては、祥子さんたちだけになった時にでもお教えします」

「ええ、それで構わないわ」

立ち上がっていた三奈子を再び座らせ、話せる範囲でゲームの概要を尋ねる。

「簡単に言えば障害物競走のような感じですね。
 幾つかの障害を乗り越えてもらい、その先にそれぞれ赤、白、黄のカードを配置しておきます。
 そのカードにはそれぞれが隠れている場所へと繋がるヒントが書かれています。
 ヒントは一つだけじゃなくて幾つかあります。
 障害の難易度に応じてヒントの難易度も変化しますから、難しい障害ほどヒントも簡単になっています。
 行き成り難しい障害から挑むも良いですし、簡単な障害を幾つかクリアしてヒントを複数集めても良いです。
 ようは、得られたそのヒントを元に、お三方の元へと最初に着いた人が優勝となります。
 つまり、優勝者はそれぞれ紅、白、黄から一人ずつの計三人。ざっとこんな所ですね。
 後は優勝賞品となるデートに関してですが、これは完全にその二人に任せる形になります。
 ただ、後でレポートを書いてください」

「何故? それは流石にプライベートの問題じゃない?」

「ですが、それを後日かわら版に掲載して…」

「あー、流石にそれはまずいかもね」

流石の聖も三奈子の言葉に待ったを掛ける。
ここで聖にまで反対されては、折角取り付けたイベントの参加という約束そのものがなくなるかもしれない。
だから三奈子は多少焦りつつ妥協案を提示する。

「でしたら、何処へ行ったかだけでも。その上で、書いても問題ないと思った事柄なんかがあれば…」

お願いするように拝む三奈子に、それぐらいなら良いだろうと祥子たちは了承する。
頭を下げて掌を合わせる三奈子が笑ったのには、流石に誰も気付かなかった。
それを見ていたら、尾行する気だと殆どの者が気付いたであろうが。
ともあれ、こうして薔薇のつぼみたちはそのイベントに協力することとなったのであった。





つづく




<あとがき>

630万ヒットで、ゼファーさんからのリクエストです〜!
美姫 「ありがとうございます」
さて、お約束のヴァレンタインイベント。
美姫 「やっぱりやるのね」
まあな。写真部のをやったからなしにしても良かったんだがな。
次の展開に進めるために利用する事にした。
美姫 「ふーん。という事は、あってもなくても同じ展開だったのよね」
まあな。そこに至る経緯が変わるだけだから。
という訳で、やることに。ただ、ゲーム内容は違うけれど。
美姫 「一体どうなるのかしらね」
という訳で、また次回で。
美姫 「まったね〜」







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