『とらいあんぐるがみてる』



第23話 「何でもないようで何かあるような日々」






三奈子がイベントの企画を持ってきた翌日の放課後。
美影の姿はいつものように祥子の傍ではなく、校門へと続く道の途中、マリア像の近くにあった。
祥子は現在、三奈子と他の薔薇のつぼみたちと共に薔薇の館でイベントの打ち合わせをしているのである。
その為、美影たちは中に居る事もできず、また特に仕事もないので祐巳や由乃は一緒に帰宅していた。
だが、美影はそういう訳にも行かず、かといって薔薇の館の近くに居る訳にもいかずにこの場で祥子を待っていた。
寒い中、それなりの時間外で待っていた美影の身体は冷えきっている。
手をコートのポケットに入れつつ、校舎の中で待つという選択肢もあったかと思い直す美影。
そうと決まればと行動を起こすよりも先に、こちらへと向かってくる目当ての人物が視界に入る。
向こうもこちらに気付き、軽く驚きを見せると少し足早に向かってくる。
マリア様に手を合わせ、美影の元へとやって来た祥子は開口一番少し怒ったような声を出す。

「美影、寒いのにこんな所で何をやってるのよ。
 ああ、もう手もこんなに冷えてるじゃない」

コートの中に入れていた美影の手を取り、息を吹きかけながら少しでも熱を分け与えんとばかりに両手で擦る。

「いや、大丈夫だから。それよりも終わったの?」

「ええ。でも、流石に内容は教えれないわよ」

「分かってるわよ。それに当日の楽しみが減っちゃうもの。
 とりあえず、終わったのなら帰りましょう」

近くに令や志摩子の姿はないのだが、どうやら二人はまだ残っているらしい。

「全く、私を待つなら待つで中で待っていれば良いのに」

「私もさっき気付いたのよ。で、場所を移そうとしたら祥子が来たから」

「もっと早く気付きなさい。本当に美影ってば時々、うっかりしている所があるわよね」

「そんな事はないと思うけれど……」

美影の反論の言葉など聞く耳持たないとばかりに歩き出す祥子に慌てて追いつき、
横に並ぶ美影へと祥子は顔を向ける。

「明日も同じような形で残ると思うけれど……」

「だったら、明日は校舎の中で待ってるわ」

美影が待っていてくれると言った言葉に祥子は嬉しそうな顔を見せるも、それを見られまいと顔を正面に戻す。
が、ふと何かが気になったようにもう一度美影へと顔を戻し、その違和感を察知する。

「美影、袖の所のボタンが外れかけてるわよ」

「え、どっち?」

「左側よ。ほら、ここ」

「あら、本当」

祥子が腕を掴んで美影へと見せると、そこには確かに外れかけたボタンが一つ。

「帰るまでに落ちると困るから、取っちゃいましょう」

言ってボタンを掴む美影の手を止めると、祥子は鞄から何かを取り出し、その鞄を美影へと渡す。

「ちょっとだけお願い」

「ええ、良いけれど……」

「これぐらいならすぐに付けられるわよ」

言いいながらも既に糸を針に通し、祥子は美影の取れかけていたボタンを鋏で丁寧に取るとすぐに付け始める。
その手際の良さを目にしつつ、美影は何気なく呟く。

「良いお嫁さんになれるわね」

その言葉に何故か顔を赤らめ、どこか慌てた様子で視線を逸らす祥子。

「いたっ」

動揺からか、針を指に刺してしまった祥子の手を美影は掴むと、僅かに指先から滲む血を見てそのまま口に咥える。

「ちょっ、美影!?」

少し声のトーンを上げて慌てたように名前を呼ぶ祥子を気にせず、
美影はようやく指から口を離すと、コートのポケットに入れっ放しになっていた絆創膏を貼る。

「これで大丈夫よ。って、祥子どうかしたの?
 ちょっと顔が赤いような気がするけれど」

「な、何でもないわ」

気遣わしげに見てくる美影に何とかそう返すと、祥子はさっさとボタンを付ける。

「こっちもこれで大丈夫よ」

「ありがとう、助かったわ」

「別にこれぐらい大した事じゃないわよ。それより、こちらこそありがとう」

言ってさっきの事を思い出したのか、また頬を紅くしつつ誤魔化すように美影の腕を取る。

「さ、寒いから早く帰りましょう」

「そうね、早く帰りましょうか。
 こうやってるとさっきよりもましだしね」

美影もよく美由希と那美がこうやっているのを思い出し、自分からもじゃれ付くように祥子の腕に腕を絡める。
流石に驚く祥子であったが、特には何も言わずに二人はそのまま下校するのだった。





  ◇ ◇ ◇





その翌日、殆どの生徒たちは何処か浮き足立っていた。
それは、新聞部が何かをするらしい。それも、それは今週末の予定だとか。
という噂が既に大半の生徒たちの間を巡っていたからである。
そして、その噂はその日の昼休みに新聞部が発行したかわら版によって肯定される事となる。
これにより、表面上は落ち着きを取り戻すも、やはりこの話で持ちきりとなるのだった。
また、それとは別にある噂が一部の生徒の間でのみ囁かれていたのだが。



その日の放課後、祥子を待つために校舎の中を何となく歩いて時間を潰していた美影の前に、
数人の女子生徒が現れ、少しお話をと話し掛けられる。
下級生数人は人気のない場所まで美影に来てもらうと、その中の一人が聞きづらそうに口を開く。

「あ、あの、昨日の放課後、私見てしまったんです」

「見たって何をかしら?」

思い当たる節のない美影はごく自然にそう返す。
返しながらも、その頭の中では祥子の事を考えていた。

「その、美影さまと祥子さまが……」

(既に結構な時間が経っていたから玄関口に戻ろうと思っていたのに。
 祥子も私が待っていると知っているから、先には帰らないと思うのだけれど)

それでも万が一という可能性もあるし、と美影は目の前の少女の話を聞きながらも、
その意識の殆どはそちらへと向かっていた。
故に、ほぼ条件反射的に頷いてしまったのは、ある意味仕方ないと言えなくもないかもしれない。

「もしかして、美影様は女性がお好きなんですか?
 もし、そうなら、その……」

「ええ」

殆ど生返事となってしまっていたが、目の前の生徒たちはそれに気付かない程に盛り上がる。
美影の喋り方や、クールにも見えなくもない態度、ふとした仕草に憧れる多感な年頃の少女。
ましてや、女子校という閉鎖された、また殆どの者が幼稚舎からずっとそういった環境にいるのだ。
美影の返事を聞いて俄かに興奮し出す。
凛々しい美影が相手なら、なまじ下手な男よりも格好良く見えても仕方ないのかもしれないが。
突如騒ぎ出した少女たちを前にして、ようやく美影も何か可笑しいと思ったのか、
さっきの会話のやり取りを思い返し、すぐに失敗に気付く。
薬により内面まで女性化しつつあるとは言え、やはり無意識での返答では男の部分が出てしまったのか、
それとも単に生返事だった事から、質問自体気にしていなかったのか。
一瞬だけ真剣に考えそうになるも、それよりもまずは目の前の事態を収めなければと口を開く。
下手をすれば、明日にはあっというまに噂が広がり兼ねない。
とは言え、こんな場合の上手い切り抜け方も分からず、咄嗟に美影は口走る。

「ごめんなさい。さっきのは質問に驚いて咄嗟に言葉が上手く出てこなかったの。
 そうじゃなくて、わ、私は……えっと、その……、お、お兄ちゃんが好きなの!」

言ってから、これでブラコンという言われもない濡れ衣が更に広まるなと後悔したが時既に遅く、
少女たちは別の意味で盛り上がりを見せ始める。
その隙を付くように美影は用事があるからとその場を立ち去るが、頭を抱えて蹲りたくなる。

(ああ、よりにもよって何て事を。でも、他に何も思い浮かばなかったんだから仕方ないわよ)

心の中で自分で自分に突っ込みつつも弁護もするという事をしながら、美影は足早に玄関口へと向かう。
そこへ丁度、祥子もやって来て軽く挨拶を交わす。
その後、帰宅に着く二人であったが、祥子は美影の様子が少し違う事に気付き、それを尋ねる。
美影も特に隠す事もないかと、いや、寧ろ明日になって噂という形で知られるよりはとさっきの出来事を全て話す。
結果、祥子はお腹に手を当てて身体を振るわせる。
その様子から懸命に笑いを堪えている事が分かるだけに、美影は憮然となるのだが。

「ご、ごめんなさい。でも、今更だって気もするけれどね。
 美影と親しくなった人たちなら、既に美影が相当のお兄ちゃんっこだって分かってるし」

「だ〜か〜ら〜、それは誤解だって言ってるじゃない!」

「はいはい、誤解ね、誤解。分かってるわよ」

「その言い方、全然分かってないでしょう、ねぇ」

そんなやり取りをしながら帰宅する二人は、何処にでもいる女子学生にしか見えないものであった。



翌日以降、飛び交った噂に関して美影はどうしたものかと頭を抱える事となるが、
祥子の言った通り、親しい人たちからは何を今更と言うような反応をされ、逆の意味で頭を抱える事となる。
因みにその時、必死になって何かを弁解する美影の姿が見られたとかないとか。





つづく




<あとがき>

690万ヒットで、ゼファーさんからのリクエストです〜!
美姫 「前回もだったわよね」
うっ、それを言われると辛いな。
えっと、頑張って更新していきますよ。
美姫 「ジト〜」
う、無言のプレッシャーが……。
美姫 「次こそは早く更新できる事を祈ってるわ」
あ、あははは。どうなる事やら。
美姫 「自分で言うな!」
ぶべらっ!
美姫 「こんなバカですが、見捨てずに最後まで付き合ってやってください」
う、うぅぅ。ま、また次回で……。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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