『とらいあんぐるがみてる』



第24話 「イベント前夜」






新聞部主催のヴァレンタインイベントを明日に控え、
美影は事前に配布されたルールに関して書かれたプリントに目を落とす。
明日の二時にスタートし、終了はつぼみ全員が見つかるか、三時半になったら。
三時半の時点でつぼみが一人も見つけられていない場合は、三十分の延長。
後、参加者は一時半には会場に集合する事と注意書きされている。
恐らく、この時間に祥子たちが隠れるのだろう。
とすれば、少なくとも三十分以上は祥子の護衛から離れることになるわね。
そこまで考え、美影は左上がホッチキスで止められたプリントを捲り、二枚目へと視線を落とす。
そこには学園の簡単な見取り図が書かれており、ヒントの置かれた場所とそのレベルが書かれている。
レベルが高いヒントほどスタート地点からは遠く、障害も多い代わりに、かなり貴重なヒントとなっている。
その注釈と共に、赤く斜線で区切られた区域は立ち入り禁止区域とされている。
その個所を除いても、学園の校庭から校舎内、クラブ棟の一部などかなりの広範囲となっている。
少なくとも、祥子たちの隠れている場所はヒントのない場所だろうから……。
幾つかのポイントに目星をつけ、美影は明日動く手順をシュミレートする。

「美影、随分と難しい顔をしてるわね」

はい、と美影の前にティーカップを置き、隣に腰掛けた祥子は美影が見ているプリントに目を落とす。

「それ、明日の?」

「ええ、そうよ。やっぱり、一番遠いヒントを取りに行くのが良いかと考えていた所なの」

「でも、辿り着くのはかなり困難だって三奈子さんが言ってたわよ。
 運動部の方でもそう簡単には突破できないぐらいにしたって。
 幾ら美影の運動神経が良くても難しいんじゃないかしら?」

「とは言っても、分かりづらいヒントを集めるのは正直、私にはね。
 情けない話だけれど、頭を使うよりも身体を使う方が楽なのよね。
 それに、レベル1のヒントで分からなかった場合、レベル2とレベル3はそこからだとちょっと離れてるのよね」

美影の指がすっとプリントの上をなぞり、指摘した場所を指す。
ヒントが置かれているのは全部で二十数ヶ所あり、満遍なく散らばっているのである。
美影から見取り図を見せてもらい、祥子はとある一点を指差す。

「なら、このレベル6ぐらいならどう?」

「確かに、中級ぐらいだからヒントも……。って、祥子は隠れる側なんだから、私にアドバイスして良いの?」

「隠れる場所を教えなければ構わないでしょう。
 第一、私たちはどんなヒントがあって、どんな障害があるのかすら聞かされていないんだもの」

「まあ、幾つかの行動パターンを考えたから、後は当日の状況次第かしら」

言って美影はカップを手にとり口をつける。
同じようにカップに口をつけた後、祥子は美影へと再び視線を戻す。

「それで、美影はヒントが書かれたボードの何色を見るのかしら?」

「あら? 別に三色とも見ても良かったんじゃなかったかしら?
 勿論、目当ての色はあるでしょうけれど、途中で他の色のヒントを解読できるかもしれないのだから」

今回のゲーム、ヒントレベルは全部で10まであり、違いは先に述べた通りである。
他には、低いレベルほどヒントの数も多く用意されており、レベル8〜10は一ヶ所だが、
後はレベルが下がる程にヒントの数も増えている。レベル1になると、全部で四ヶ所にヒントが置かれている。
それぞれ違うヒントとなっているが、簡単なレベルのヒント同士は場所が僅かに離れて設置されている。
祥子の言う色というのは、それぞれのつぼみに対応した赤、白、黄のボードの事で、
三色のボードが同じ場所にあり、参加者はそれぞれ目当てのつぼみのヒントを見るという訳である。
ただし、美影が言ったように全部の色を見てもそれはそれで構わないのだ。
故に美影はそう口にしたのだが、祥子は不機嫌そうな顔付きになる。
その様子をおかしそうに眺めながら、美影はご機嫌を取るように言う。

「冗談よ。勿論、赤一色狙いに決まってるでしょう」

微笑みながら言う美影に、なんだか子供扱いされているようで不機嫌だとアピールしようとするも、
頬は勝手に笑みを浮かべそうになり、結果、少し可笑しな表情になる。
それを隠すように顔を背けると、美影は機嫌を損ねたのかと少し焦る。

「祥子、機嫌直して」

「別に不機嫌になんかなってないわ」

「うーん、それだったら良いんだけれど」

声の調子から不機嫌ではないと悟り、美影も大人しく引き下がる。
その後、二人はいつものように話をし、ふと気付けば結構いい時間となっていた。

「そろそろ寝る時間ね」

「もうそんな時間なのね。それじゃあ、寝ましょうか」

「ええ。おやすみ、美影」

「はい、おやすみなさい。明日は頑張ってね」

先に席を立つ祥子の背中にそう声を掛けると、祥子はおかしそうに振り返る。

「頑張るも何も、隠れたら後は、誰かが見つけてくれるか、時間が来るまでただ待っているだけよ。
 それよりも、実際に参加する美影の方が頑張らないといけないんじゃないの?」

「それもそうかもね。頑張ってお姫様の下に一番に馳せ参じる事にするわ」

「期待してるわ」

美影の言葉に軽く返し、祥子は部屋へと戻って行く。
それを見送り、美影もまた部屋へと戻る。
ただし、こちらは寝るためではなく鍛錬の準備をするために。
支度を整え、いつもの庭にある人目のつかない所へと向かう。
軽く身体を動かし、相手がいないのでいつものように基本の型から始める。
小太刀を一刀抜き、軽く素振りを行う。
徐々に速度と鋭さを上げ、足運びも入り始める。
一刀がニ刀に、また一刀。二本とも納めて抜刀から再びニ刀を振るう。
一時間ほど動いてゆっくりと小太刀を鞘に納める。
物足りなさを感じつつも、そっと右膝に触れる。
あれだけ動いたというのに、やはり痛みは全く感じられない。
これは美影になった時に分かっていたが、やはりこうして連夜の鍛錬にも何ともないのを確認すると、
ついつい口元が緩む。

「とは言え、右膝を庇う癖があるから、やはりバランスが少し可笑しいわね」

そう一人ごちるが、かと言って右膝を使う戦いに切り替える事はしない。
本来の姿だと右膝は壊れたままなのだ。
ここでそれを矯正してしまうと、元に戻った時、今度は右膝に負担が掛かるので出来ない。

「これは仕方ないわね。それにしても、身体が軽くなった分、速さは増したけれど一撃の重さが落ちているし。
 これは徹などでカバーするとしても、問題は……」

呟いて美影は自分の胸を見下ろす。
今まで筋肉で覆われていた部分に出来た、脂肪を。

「背筋も落ちているし、全体的に筋肉が減っているのよね。
 逆に髪が伸びた分、激しい動きでは少し邪魔だし。
 ……この状態で髪を切ったらどうなるのかしら」

前の時点での傷などは共有されないが、この状態になってからの傷は共有される。
初日に確認した事を思い出し、流石に試す気にはなれない美影であった。
今のところ、鍛錬の時は髪を一纏めにして紐で括っているが、
それでも長い分激しい動きをする際には、後ろに引っ張られるような感じがあり落ち着かない。
これに関しては、大分慣れてきているので、鍛錬していけば大丈夫だろうが。
ここ最近、美影の身体に慣れるように鍛錬を繰り返しきたが、少しは慣れてきた所である。
その事を実感しつつ、美影はもう少しだけ鍛錬を行うのだった。





  ◇ ◇ ◇





翌日、イベントの日という事もあってか、多くの生徒がどこかソワソワした空気の中、
いつものように授業が進められていく。
やはりと言うか、放課後が近付くに連れ、朝から感じられた空気も大きくなっていく。
先生方もそれを感じつつ、黙認するようによほど酷くない限りはそのまま授業を進めていく。
そして、ようやくと言った感じで放課後を迎えるのであった。
放課後になるなり、急いで昼食を取るもの、
友人たちとつぼみたちが隠れている場所を予想するものなど、様々な動きが見られる中、
美影はいつものように薔薇の館での昼食を終える。
祥子たちつぼみは既に新聞部の部室に行っており、説明が始まると同時に隠れるらしい。
なので、この場には薔薇さまお三方とつぼみの妹二人のみである。

「ゆ〜み〜ちゃ〜ん」

「ふぎゃぁっ!」

幾分、緊張からか固くなった祐巳を背後から抱き締める聖。

「ロ、白薔薇さま、何を? は、離してください」

「何よ、そこまで嫌がらなくても良いじゃない。
 緊張をほぐしてあげようという、折角の親切心を」

言って祐巳を放さないままに拗ねたように頬を膨らませる聖。
そんな聖に江利子は楽しそうに尋ねる。

「そんな事言って、本音は?」

「勿論、鬼のいぬ間に、ってやつに決まってるじゃない。
 という訳で、もう少し抱き心地を堪能するのじゃ〜」

「や、やめ……」

「ほら、聖。いつまでも祐巳ちゃんを苛めないの」

抱き付きを強くし、頬をすりすりと背中に摺り寄せる聖を蓉子が止めにはいる。
蓉子の言葉に不満そうにしながらも、祐巳を離す聖。
ようやく解放された事に安堵した祐巳であったが、今度は蓉子がその祐巳を抱き締める。

「あ、あの紅薔薇さま?」

予想外の事態に振り解く事も出来ず、祐巳は抱き付く蓉子を肩越しに見遣る。

「聖の時みたいに面白い悲鳴は出してくれないのね」

「いえ、別にあれは出したくて出しているわけでは……」

「でも、今は祐巳ちゃんの抱き心地をこうして堪能できているのだし、悲鳴の方はまた今度に期待するわ」

「は、はぁ」

努力しますと答えるべきかどうか真剣に悩む祐巳を、蓉子は可笑しそうに見詰めてそっと離す。
離し際、祐巳にだけ聞こえるような小声で、

「本当に、祐巳ちゃんみたいな子が祥子の妹になってくれて良かったわ。
 あの子が変われたのは祐巳ちゃんのお陰ね」

そう囁き、祐巳が何か言おうと振り返って口を開くなり、その口に何かを放り込む。
甘さが口の中に広がり、舌の上でそれをころころと転がして、それが飴玉だと悟る。
飴で祐巳が何か言おうとするのを封じ、恐らくは何を言うのか分かっていて、蓉子は人差し指を唇の前に立てる。
優しい眼差しで見詰められ、祐巳はそれ以上の反論を飲み込む。
もし、蓉子の言う通りだとしたらそれは嬉しい事だし、と。

「祐巳ちゃん、由乃ちゃんそろそろ時間よ。美影さんも参加するのよね。
 だったら、ほら行かないと。早い生徒はもう来ているみたいよ」

言って、窓から薔薇の館の前を見下ろす。
蓉子の言う通り、既に数人の生徒は集まってきており、遠くにはこちらに向かって来ている生徒の姿も見受けられる。
それを見て、祐巳たちも外へと向かう。
階段を降りながら、美影は前を歩く祐巳に話し掛ける。

「祐巳ちゃんは当然、赤狙いよね」

「はい。まさか、美影さまも?」

「ええ。私も赤を狙っていくわ。だから、ここを出たら私たちはライバルという事になるわね」

「ま、負けませんから!」

強敵だと思いつつも、祐巳は拳を握り締める。

「ふふ、そうね。お互いに頑張りましょう」

「はい」

美影の言葉に祐巳も笑顔でそう返すと、外へと通じる扉を開く。
先程上から見た時よりも更に人は増えているようで、かなり賑やかになっており、
忙しそうに動いている新聞部部員の姿も所々に見受けられる。
そんな輪の中へと、美影たちも混じるべく足を進める。
薔薇の館から出てきた美影たちに一瞬だけ視線が飛ぶも、すぐに手元の見取り図を見る生徒たち。
中には美影に挨拶をしてくる生徒もおり、美影もそれらに挨拶を返す。
そんな感じで残る時間を過ごし、いよいよ締め切りの時間となる。
新聞部部員がこちらに向かっている生徒がいないかを確認し、五分ほど遅れて受付は締め切られる。
後はつぼみたちが移動している間、参加者たちに部長である三奈子からゲームの説明がもう一度なされる。
質問等も特になく、隠れる側にも何ら問題もなく、ゲームは予定通り、二時丁度にスタートの合図を切るのだった。





つづく




<あとがき>

760万ヒット〜!
美姫 「ゼファーさん、ありがとうございます」
ここ最近、とらみては全てリクエストという低落ぶり。
美姫 「分かってるのなら、何とかしなさいよ」
いや、本当に申し訳ないです。
とりあえず、今回はイベントが始まるまでと、美影になった事で生じた差異かな。
美姫 「それで、次回はいよいよイベントね」
おう! 次回こそは、次回こそは早めに。
美姫 「そう言い続けて……」
……うぅ、確かに。
美姫 「それじゃあ、気長に次回を待っててください」
くっ、反論できない。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」







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