『とらいあんぐるがみてる』



第25話 「ゲーム開始」






スタートの合図と共に動き出す生徒たち。
今日ばかりは大目に見てくださいとマリア様に謝罪しつつ、
祐巳もまた大勢の生徒の後を離されては堪らないとばかりに駆け出す。
が、祐巳にライバル宣言したはずの美影の姿はなく、思わず周囲を窺ってしまう。
そんな祐巳の肩に指でちょんちょんと触れ、祐巳たちが走っている方向とは逆の方を指差すのは由乃であった。

「美影さまなら、あっちに行ったわよ」

ちらりと後ろを振り返れば、由乃の言うように美影らしき人物を一瞬だけ捉える。
が、それもすぐに人込みに消える。
いや、反対方向に駆けて行く集団に立っているため、見えなくなる。

「あっちはほとんど運動部の人たちだね」

「そりゃあ、あっちは高いレベルが集中しているもの。
 まあ、私たちは地道にヒントを集めていきましょう、祐巳さん」

由乃の言葉に祐巳も同意するように返事をする。
一つずつ確実にヒントを集めようと。



そんな祐巳たちの考えとは全く逆の事を考えているのは美影で、
スタートの合図が鳴るなり美影はある場所を目指して走る。
実際、祥子を見つけるだけなら気配に注意しながらあちこちを走り回っても良いのだが、
それはあまりにも無粋であろう。ある程度の安全が保障できる学園内だからこそである。
勿論、有事の際にはそんな事も言ってられなくなるが。
ともあれ、美影は後続を大きく引き離しながら、自分が目指す場所へと走る。
後ろを付いてくる人たちは途中で道を曲がったりして美影とは違う所へと向かう。
美影の後を追ってくるのは三人ほど。そして、先ほどの個所で違う道に行かなかったということは、
他の三人も美影と同じ場所を目的としているという事である。
つまり、レベル10のヒントがある場所を。
レベル10のヒントを手に入れたら、少し考えるかもしれないがまず場所が必ず分かると三奈子が言っていた。
勿論、その分障害は他のレベルとは比べられないぐらいに上がっているとも。
それでも、三人の生徒は挑むことにしたらしい。
美影の目的は、万が一に備えて祥子の傍にいる事なので、勝ち自体は譲っても良いと当初は思っていた。
だが、景品が景品だけに自分が勝って手に入れなければ、警護が難しくなると考えを改めて参加する事にしたのだ。
となれば、ここで負ける訳にはいかないのである。
ちらりと祐巳の顔が過ぎるが、そちらは後で祥子と二人でフォローしようと決め、足へと更に力を入れる。
後続を一気に引き離しに掛かった美影に、後続の生徒も速度を上げるが、それでも美影との距離は縮まらない。
むしろ、大きく離れていく。
校舎の角を曲がり、後続の生徒たちの視界から姿が見えなくなったのを感じると、
美影は更に速度を上げて校庭へと出る。
後は校庭を横に見ながら真っ直ぐに突き進み、大学校舎との境まで走るのみのはずであったのだが。

「これも障害の一つという訳ね」

美影が進もうとする先は約数百メートルにも渡り、地面が凍りついていた。
これを避けるには一度校庭に出て、大きく迂回するしかないのだが。

「かなりの時間ロスよね。早い子だと、レベル1のヒントにはもうすぐ着くだろうし」

少しだけ考え、美影は凍った地面の所々は地肌になっている事に気付く。
つまり、そこを足場にして跳ぶという選択肢も用意されている訳である。
だが、足場は先に進めば進むほどにその間隔を広く開けている。
最初にちゃんと確認せずに進むと、途中で戻らなければならないという何とも意地悪な仕掛けである。

「まあ、凍っている地面でもそれなりに早く歩ければ、このまま突き進んでも良いんでしょうけれど」

そうつぶやいた後、美影は最早迷いもなく前へと跳ぶ。
軽い跳躍でまずは最初の一歩。続けてその勢いのままに二歩目を。
地肌の見える地面へと跳躍と着地を繰り返して確実に進んで行く。
ようやく追い付いた子たちは少し躊躇った後、美影と同じように進む者二人、迂回する者一人。
その子達との距離を更に広げ、美影は跳躍を繰り返す。
と、その頭上に影が射す。左手に木々が見え始め、その突き出た枝の影である。
思わず身構えた美影が息を抜き、次目指して跳躍をした時、その頭上から今度は影ではなく何かが落ちてくる。

「……缶?」

それを腕で防ぎつつ、美影は大して気に求めずに進んで行く。
まあ、不意に頭上から降ってくれば驚いて足を踏み外すこともあるかもしれないが。
ちらりと背後を振り返り、後ろの子達がその存在を知って警戒するように跳んでいるのを見る。

「こういう場合、後から来る人たちには警戒されて意味ないような気もするけれど……。
 まあ、警戒してくれるお陰で遅くなっているみたいだし、私にとってはプラスだわ」

美影の言葉通り、まだ前半部分に居る生徒は美影に降りかかったトラップを見て、
他にもあるのではと周囲を警戒しながら跳んでいる。その所為で、先ほどよりも遅くなってしまっている。
後ろの生徒が来る前にその地点を過ぎたため、そこに罠がないとは分からないのだろう。
また、美影がさして驚いた様子を見せなかった事から、
既に同じような事が一度あったのではと思ってしまったというのもある。
同じように凍った道を突き進んでいるもう一人の所為とは、既に距離的にぎりぎりになったのか、
次のジャンプが中々出来ずにいた。とうとう諦め、凍った地面を慎重にゆっくりと歩き出す。
グランドを行った子が凍った地面を歩く子と並び、追い抜く。
そんな後方のやり取りを窺いながらも、美影は跳躍を繰り返してようやく凍った地面のゾーンを抜け出す。
立ち止まって考えている間に追い付かれた分は既に取り戻し、更に引き離すべく走る。
そんな美影の前に次々と障害物が迫る。
簡単なものでは、本当に運動会の障害物競走に出てくるようなものから、机や椅子を積み上げ、
迷路のように入り組んだ形に配置した通路など、実に様々な障害が立ち塞がる。

「本当に色々と考えるわね。大したものだわ」

玩具の蛙や蛇などが降って来るのを、単なる障害物として払いのけながら、
考えるのもそうだが、これらを当日に準備したという事に美影は感心する。
恐らく、新聞部以外にも協力してくれた人たちはいるのであろうが。

「それにしても、これはやり過ぎじゃないかしら。
 私にしてみれば、遭難した際の緊急時のたんぱく源だから問題ないけれど……」

肩に乗っていた蛙の玩具を指先で弾き、美影は止まることなく突き進む。
その後も襲い来る幾つかの障害を全て潜り抜け、美影はやっと目的地へと到達する。

「思ったよりも時間が掛かったわね」

言いながらも息一つ乱すことなく、美影は目当てのボードを見る。
そこに書かれていたのは――。





  ◇ ◇ ◇





ぞろぞろというように結構な人数で移動していた祐巳と由乃の前で、不意にその集団が足を止める。
どうやら目的の場所に着いたらしく、ヒントを見るために立ち止まったらしい。
祐巳や由乃も気が急くも、あまりにも多い群集に、
その中を無理に突き進めずに仕方なく流れに任せてボードまでやっとの思いで辿り着く。
それぞれに目当ての色のボードへと視線を向けて、やはり揃って首を傾げる。

「氏って何?」

「こっちは語よ」

思わず漏らした祐巳の言葉に、由乃が反応して自分が見たボードに書かれていたものを口にする。
互いに顔を見合わせ、揃ってもう一度、今度は相手のボードを見てみるが、
それぞれが口にしたように、A3サイズ程度のボードにはその一文字のみしか書かれていない。
流石にこれだけでは何を示すのか分からず、祐巳と由乃は後から来る生徒たちの邪魔にならないようにその場を離れ、
次に向かう場所を考える。

「ここは一つレベルを上げようかしら」

「でも、レベルが変わったらこのヒントは無駄になるんじゃ……」

同じレベルのヒントを合わせれば何かが見えてくると三奈子が言っていたのを思い出しての祐巳の言葉であったが、

「違うレベルのヒント同士でも何か分かるかも、とも言ってたわよ」

由乃はそう返す。結局の所、それぞれに目当ては違うということでここで二人は別れる事にする。
祐巳はそのまま次のレベル1のヒントへと向かい、由乃はレベル2へと向かう。
果たして、どちらの方が良いのか。





  ◇ ◇ ◇





「はぁ〜、中は暖かいわね。外は寒いのに皆、元気だこと」

言って部屋に戻ってきた聖は、笑いながら席に座る。
そんな聖に労いの言葉を掛け、容子は立ち上がって紅茶の用意を始める。
その容子の用意が終わるまで待ち切れないとばかりに、江利子は聖へと問い掛け、

「それで、どんな様子だった?」

「とりあえず、皆楽しそうにしていたよ。その点で言えば、成功だね。
 後は幾つかのヒントってのを教えてもらったけど」

予め準備していたのか、素早く紅茶を淹れ終えた容子が席に戻りつつ、そのヒントというのを聞く。

「ありがとう。いやー、手が冷えて冷えて」

「そんな事よりも、早く教えなさいよ」

「はいはい、全く江利子はせっかちだね。私が寒い思いまでして、わざわざ聞いてきてあげたというのに」

「ご苦労様。さあ、労ったわよ。それで?」

いつになく元気な江利子に思わず苦笑しつつ、聖は自分が何人かの生徒から聞いたヒントについて話し出す。
詰まる所、薔薇さま方も祥子たちの隠れ場所を予想しようとしているのである。

「えっと、容子の所のレベル1は氏、春、秋。後一つは分からなかった。
 江利子の所は、語と英、造だね」

「で、聖の所は?」

「うん? ああ、聞いてない。だって、志摩子が何処に隠れているか知っているからね。
 という訳で、私も祥子と令の場所を一緒に予想させて〜」

「はいはい、分かったから大人しくしなさい。それで、他のヒントは?」

冗談っぽく机に手を着いて頭を下げる聖を、こちらもまた冗談半分に宥める真似をしながら次を促す。

「えっと、レベル2は、東、芝、豊。レベル3は、8と5。
 江利子の所は、2が業に産と命。3は、東と北だったかな。
 それ以上のレベルのヒントに行った子は、残念ながらこの辺りにはいなかったわ」

聖が集めた情報を全て話すと、容子と江利子はそれぞれの思考に没頭し出す。
時折、小さな声で何やら呟いているのが聞こえるのを何とはなしに聞きながら、
暫くは一人で考えようと、聖もまた頭の中でヒントを並べるのだった。





つづく




<あとがき>

ようやくゲームが開始。
美姫 「とは言え、美影はもうレベル10のヒントに辿り着いたみたいだけれど」
後はヒントの謎を解くだけ。
まあ、最高レベルのヒントなので、すぐに分かるようになっているから次回には決着が。
美姫 「一応、レベル1〜3のヒントは作中に出てきているけれど」
まあな。だからこそ、短いけれど続けずにここで次回に。
多分、あのヒントでも分かる人は分かる……と思う。
美姫 「ともあれ、そんなこんなで勝負の行方は次回で」
それでは今回はこの辺で。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」







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