『とらいあんぐるがみてる』
第29話 「動き始める闇」
祥子が何気なく口にした疑問。
それをただ笑ってやり過ごし、美影は祥子を立たせる。
だが当然ながら浮かんだ疑問は消えてなくならず、祥子は尚も美影へと問いかけようとするも、
不意に差し出された人差し指が祥子の唇に立てられ、それ以上の質問を閉ざされる。
見詰める視線の先で美影は微笑を浮かべてウインクを飛ばし、冗談めいた口調で言う。
「良い女の子には秘密があるものなのよ。
男は黙ってそれを許容すれば良いの。これは私の友達の受け売りだけれどね」
言いながら美影は高校時代からの悪友を思い出す。
初めて聞かされた時は状況が状況だけに憮然としたものだったと少し遠い目をするも、
祥子はそんな事で誤魔化されるつもりはなく、追求するように美影の人差し指をそっと外す。
「私は女性だから許容する必要はないんじゃないかしら?
それで美影、貴女は何者なの?」
改めてもう一度聞いてくる祥子を見て、美影は先程の恐怖が薄らいでいると判断する。
少し恥ずかしかったがふざけた甲斐は多少なりともあったと頭の片隅で考えつつ、
「何者といわれても、兄から武術を習っている普通の女の子のつもりなんだけれど」
「だったら、先の私のことを守るとかいう言葉はなに?」
「別に変な事は言っていないと思うけれど。
友達を守りたいと思うのは、そんなにおかしなことなの?」
きょとん、と表現するのが相応しい顔で見詰め返してくる美影に祥子は言葉を詰まらせ、強張っていた肩から力を抜く。
目の前の美影をもう一度見て、祥子は柔らかく笑う。
「それもそうね。流石にさっきの件で動揺していたみたいね。
幾らなんでも穿った物の見方をし過ぎだったわ」
そう言って謝る祥子に気付かれないぐらい小さく、ほんの僅かに申し訳なさそうな表情を見せるも、
それをすぐに奥底へと沈めると、美影は祥子の手を取る。
「それよりも流石にやり過ぎたからここから離れましょう。
まあ、祥子が訴えるというのならまだここにいた方がいいでしょうけれど」
「流石に刃物まで持っていたんだもの。放っておくのはかえって危ないような気がするわ」
とは言え、ここに残って男たちが気付いたらという思いもあり戸惑いを見せる祥子。
それらを察し、美影は倒れている男の一人に近づくと着ていた上着を脱がしだす。
「それなら……」
何をするのか尋ねようとする祥子を制し、美影は手際よく上着をばらしてひも状に変えていくと、
それで気絶している男たちの手や足を縛っていく。
全ての作業を数分で終えると美影は祥子を連れて更衣室へと今度こそ戻る。
祥子に着替えるように指示し、自らは携帯電話を取り出してとある番号を押す。
最近では更衣室での携帯電話の使用は禁じられている所などもあるが、今回は緊急事態だからと祥子も黙って見守る。
繋がった相手へと美影は挨拶もそこそこに用件を切り出す。
電話の相手――リスティへと祥子が傍にいるので少しぼかした形で襲われたので返り討ちにした事を伝え、
事務的な口調で、まるで警察に連絡したかのように必要な事を口にしていく。
リスティの方もそれで大よその察しを付け、茶々を入れる事なく聞いている。
全てを聞き終えたリスティはすぐに人をよこすと告げた後、
「詳しい事はまた夜に連絡をくれ」
少し早口でそう告げると電話を切る。
「今、警察に連絡したからもう大丈夫よ」
「そう。本当にありがとう美影」
美影の言葉に胸を撫で下ろし、改めて礼を言う祥子。
財閥の娘という事で小さな頃から誘拐などに関しては結構注意するように言われていたが、今まで何もなかったのだ。
それが今になってこのような、それもかなり強引かつ危険な目にあった事を今更ながらに実感する。
と同時に、どうして今頃になってという思いも出てくる。
思わずそう零した祥子に美影は着替えつつも苦笑した表情を作って見せる。
「大きくなったからといって狙われないという事はないもの。
今になって何でかなんてのは、相手しか分からないのだから考えても無駄じゃない?
こう言っては薄情かもしれないけれど、祥子は気に病みすぎよ。
どうせ周囲の事ばかり考えているんでしょう。いい、悪いのはああいう奴らなんだから。
決して祥子が悪いわけじゃないのよ。だから、そう考え込まないことね」
「分かってはいるんだけれどね」
言って俯く祥子の手をそっと取って正面から握り締める。
「大丈夫。さっきも言ったように祥子は私が守るから。
そんな事よりも、今日はまだ終わってないのだから早くデートの続きをしましょう。
折角、勝負に勝ったんだもの。今日はとことんまで付き合ってもらうわよ」
着替え終えた美影は自分と祥子の分の荷物を手に持ち、強引に祥子の手を引っ張って行く。
少しでも早く今の出来事を忘れれるようにとばかりに。
美影に引かれながら、その心遣いに気付いた祥子は決して受け取らないであろう礼を、
だからこそ聞こえない程度に口にし、美影に乗せられるように少しだけ大げさぐらいに元気を見せる。
「ちゃんと付き合うから、そんなに引っ張らないの!
まったく子供じゃないんだから、少しは落ち着きなさい。
普段はあれだけ落ち着いているのに、本当に」
苦笑を滲ませつつ美影の隣に並ぶ。その手を繋いだまま。
◇ ◇ ◇
夜、約束どおりにリスティへと連絡を入れたが繋がらず、
そのまま鍛錬の時間となったので携帯電話を持ったままいつものように鍛錬を始める。
繰り返してきた型から始まり、仮想の敵を想定して剣を振るう。
大分、美影としての身体にも慣れて来たことに動きを一旦止め、満足そうに頷きながら身体を見下ろす。
何よりも今日の実戦で実際に動かした事により分かった事は大きかった。
それを元によりよく今の身体の持てる力を引き出せるよう、僅かながらに修正した動きを試す。
何度もそれを繰り返し、実感と共に手応えを感じるとまた満足そうな笑みを浮かべる。
そのまま次の鍛錬に移ろうとしたその時、携帯電話が着信を知らせる。
ディスプレイに表示された相手は待っていた相手のもので、美影はすぐさま通話状態にすると話し掛ける。
「もしもし、高町です」
「ああ、悪かったね美影。思ったよりも取り調べに時間が掛かってね」
「という事は、何か分かったんですか」
「まあね。
こいつらも所詮は使い捨てという感じだったみたいだけれど、どうしても会わなければいけなかったんだろうね。
最初の一回だけこいつらの内の一人と接触したみたいだ」
「その接触した人物からバックが判明したと」
「ああ。そこまで回す人員はなかったみたいで、顔の知られた奴が自ら接触してたお陰でね」
そこで一旦言葉を区切ると、電話の向こうで何やら紙の捲れる音が聞こえる。
続いて何かを取り出す音とライターの音。
そこから更に一拍を置いた後、再びリスティの声が届く。
「最近アジアの方でちらちらと名前を聞くようになった比較的新しい組織さ。
元々はフランスの方で主に活動していたみたいなんだけれど、最近アジア方面に進出してきたみたいだね。
名前をあげるためにか、現在は色んな仕事を引き受けているらしいよ。
勿論、この場合の仕事というのはまっとうなものじゃないけれど」
「それで、そこに依頼した人物は分かったんですか」
「流石に今のところはそこまでは分かっていない。
ただ、一般人がそんな所と普通はコネクションなんて持っているはずもないからね。
その線から当たれば比較的早く見つけれるはずさ。この組織――ファースって言うんだけれど、
そこ自体、日本では初仕事みたいだしね。
だから、美影にはそれまで今まで以上に気をつけてお嬢様の護衛を頼むよ。
流石に二度も失敗したとなれば、偶然と考える事も難しいだろうからね」
「そろそろ本腰を入れてくるという事ですね」
「そういうことさ。こっちは出来る限り早く黒幕を掴むから、そっちは頼んだよ」
リスティの言葉に美影は力強い声で了解と告げると電話を切る。
電話を置いて代わりに小太刀を手に取ると、美影は静かに目を閉じる。
(何が来ても、誰が相手でも御神の名の元に必ず守りとおす。それだけだ)
決意を更に固め、鍛錬に戻るのであった。
つづく
<あとがき>
敵の正体も少しだけ判明。
美姫 「祥子の方は上手く誤魔化して」
知らないでいられるのなら、知らない方が良い事だってあるんだよ。
という訳で、いよいよ敵さんも動き出す……はず?
美姫 「何故、疑問系なのかしら」
ほら、またほのぼの〜と続いたりするかも?
美姫 「そこも疑問系なんだ」
あははは、半分ぐらいは冗談だって。
ともあれ、次回をお待ちください。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
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