『とらいあんぐるがみてる』



第30話 「高町三兄妹」






襲撃があった翌日、いつものように少し眠たげにしている祥子と共に歩く美影の荷物はいつもより多かった。
通学用の鞄とは別の鞄を手に持ち、周囲をさりげなく警戒しながら昨夜の事を思い返す。
リスティからの電話が終わり、鍛錬も丁度終えた所で再び着信を知らせる電話を手に取り、

「もしもし、高町ですが」

「もしもし、美由希です」

ディスプレイに表示されて既に分かっているが、それでもお決まりの言葉を互いに交わすと、
美影は美由希へと用件を尋ねる。
仕事だというのはちゃんと言ってきているが、その上で掛けてきたという事に若干の不安を抱きながら。

「どうかしたの」

「別に何かあった訳じゃないよ」

それが声にでも出ていたのか、美由希は普通にそう返し、その上で用件を口にする。

「さっきリスティさんから電話があってね」

どうやら美影へと電話をした後に美由希へと掛けたらしいのだが、そこで何故美由希にと疑問に思う。
美由希へと応援を頼むのなら、先程の電話でその旨を頼んでくるだろう。
基本的に美由希にはまだ一人で仕事をさせていないし、美由希への依頼なら美影を通すことになっている。
沈黙した美影からその辺りを察したのか、美由希はやや苦笑じみた声で電話の内容を話して聞かせる。

「ちょっと着替えやその他小物が必要になったらしくて、私に持ってきてくれって頼んできたんだよ。
 忙しくてろくに洗濯も出来ないってぼやいてたよ。
 始めは寮に掛けようとしたんだけれど、時間も時間だし郵送じゃ時間が掛かるから持ってきてくれって。
 寮生の人たちに頼んでも良いんだけれど、仕事の関係があるから出来れば仕事中は近づけたくないんだって」

「そうか。で、わざわざ私に許可をもらおうと電話したの?」

「うん、それもあるけれど恭ちゃんの方も何か居るものとかない?
 ついでだし、ちょっと顔も見たいしね。あ、仕事の邪魔になるようなら行かないけれど」

美由希の言葉に美影は少しだけ考え、ちょっと接触するぐらいなら問題はないだろうと判断する。
丁度、欲しい物もあったことだし。

「少しぐらいなら構わない。出来れば、鋼糸の0番とあれば8番を幾つか頼む」

「うん、分かった。ねぇ、恭ちゃん風邪でも引いた?」

「いいえ、何故?」

「何か声がいつもと違うし、よく考えれば何かいつもと喋り方も違うような気が……」

美由希の言葉に美影は既に慣れきっていた口調や、それに違和感を覚えていなかった事に肩を落とすか、
上手く化けて潜り込んでいると胸を張るか一瞬だけ悩んでしまう。
が、それらの考えを全て打ち払い、誤魔化すように数回咳払いをする。

「声は多分、気のせいだろう。喋り方に関しては、多分周りがお嬢様ばかりだから、少し影響を受けているのかもな。
 まあお前たちと話すみたいな感じでは流石に話せないから、いつしかそれに慣れていたんだろう」

「うーん、それでもちょっと可笑しく感じた気がするんだけれど」

実際は女言葉が少し出ていたのかもしれないが、美影はそれを受け流すと変な所で鋭い妹へと話題を変えるべく、

「それはそうと、皆元気にやっているか」

「うん、それは大丈夫。恭ちゃんの方こそ元気?
 まあ、恭ちゃんが風邪とか引くとは思わないけれどね」

「それはどういう意味だ?」

「だってバ……恭ちゃん、体調管理はしっかりしているもんね」

「最初に言いかけていた言葉が気になるが、まあ良い。
 それよりも、鍛錬の方はどうだ」

意識して喋り、またそれを意識しなければならないという現実に知らず肩を落としながらも、
美影は弟子の事が気になりそう口にする。

「うん、何とかやってるよ。恭ちゃんが行く前に残してくれたノートの通りにちゃんと」

「そうか。お前は偶に人が見ていないと無茶をする事があるからな」

「大丈夫だって。もう無茶はしないよ。少しは信用してよね、もう」

信用してはいるがそれを口にはせず、美影は暫し美由希から家族の近況を聞くのであった。



何か思い出している様子の美影に気付き、祥子が話し掛けてくる。
半分考え事をしていた所為か、美影はつい口を滑らしてしまう。

「今日、放課後に家族が来るのよ」

「あら、そうなの。なら私も挨拶した方が良いかしら」

言ってからしまったと心の内で舌を打つ。
美由希との接触は周囲を注意し、出来るだけこっそりとするつもりだったのだ。
それに美由希と会う以上は、美影としては会わない。
故に祥子が一緒に来るのは色々と問題が生まれるのだ。
だからこそ美影は何とか断ろうとする。

「良いわよ、恥ずかしいし。それに祥子には放課後に新聞部に提出しなければならないものがあるでしょう」

「それなら美影もでしょう」

「だからよ。私の分は祥子にお願いするから」

「はぁ、仕方ないわね。そこまでして会いたいなんて、お兄さんでも来るの?」

「え、ええ、そうなの」

一瞬否定しようとするも、祥子は男性が苦手だという事を思い出して肯定しておく。
こうしておけば、付いて来ないだろうと考えて。
案の定、祥子はあっさりと引き下がった。
ただし、美影の考えとは少し違った形ではあったが。

「久しぶりに会うお兄さんに甘えたいのね。お兄ちゃん子だものね、美影は。
 そういう事なら今回は遠慮しておくわ」

「ち、ちがっ……」

「はいはい、そういう事にしておいてあげるわ」

完全に自己完結する祥子に何度そうじゃないと言っても聞く素振りを見せず、
美影ももう別に良いかとこれ以上は否定するのを止めるのだった。



全ての授業が終わり、HRも済んだ放課後、美影はすぐさま教室から出て行きそうになり足を止める。
校内とは言え薔薇の館までは祥子を送ろうと教室内を振り返れば、祥子はまるで分かっていると言わんばかりの顔をし、
やや苦笑の混じった唇から親切さを装った言葉を紡ぎだす。

「私の事は気にしなくても良いわよ。早く愛しいお兄さんに会いたいのでしょう」

「だから、そうじゃないって言ってるでしょう」

「別に照れなくても良いじゃない」

まるでこちらの言い分を聞こうとしない祥子に、美影もこれ以上は言っても無駄だと諦めることにし、
素直に薔薇の館まで誘う。その誘いをまた祥子はからかうように、

「あら、わざわざ薔薇の館に寄らなくても良いのよ」

「もういつまで言ってるのよ。ほら、行くわよ!」

半分引き摺るように祥子の腕を取り、美影は薔薇の館へと歩き出す。
流石に廊下で引き摺られるような真似をするのには耐えれないのか、
祥子はすぐに自分の足で歩き出すと腕を開放してもらう。

「もう馬鹿力なんだから。痕が残ったらどうするのよ」

「口は災いの元という良い教訓になったと思えば良いじゃない」

「本当にお兄さんが絡むと……」

「だ〜か〜ら〜」

脱力するように肩を落とす美影を祥子は可笑しそうに笑い見詰める。
その顔は美影の弱点見付けたりと言っているようで、美影としては見当違いも甚だしいとただ呆れるしかないのであった。
祥子を薔薇の館まで送り届け、そのついでに新聞部に出す必要最低限な事だけ書かれたレポートを祥子に渡し、
またからかおうとしてくるのを察して、素早く身を翻して足早に裏門へと向かう。
その背中に祥子が荷物ぐらい持って行ってあげるわよという声が聞こえるが、
それを聞こえない振りをして振り向かずに真っ直ぐに裏門から外へと出る。
人気の少ない通学路を速度を落とさずに少しだけ進み、周囲に人がいなくなったのを確認して道を外れ、
事前に確認しておいた茂みへと身を隠す。
道側からこちらの様子が見えないのをもう一度確認し、美影はいつも通学で使うのとは違う鞄を開け、
そこから男物の服を取り出すと手早く着替える。
少し大きいのか、裾や袖に多少の余裕が見られるが気にせず着替えを済ませると、静かに目を閉じる。
時間にして一瞬、そこには美影の姿はなく高町恭也が先程美影が着替えた服と全く同じ服装で立っていた。

「ふぅ、久しぶりに戻ったが。こっちに違和感を覚える事もないようで一安心だな」

当然ながら記憶は共有しているためか、僅かにその顔は落ち込んでいるようにも見えるが、
すぐに時計で時間を確認すると茂みから抜け出す。
幸い、その瞬間を人に見られる事もなく、恭也は美由希との待ち合わせ場所へと向かう。
学校からさほど離れていない小さな公園。
そこに恭也が辿り着くと、既に美由希は来ていたのかこちらを見て小さく手を振ってくる。

「お疲れ様、恭ちゃん」

「ああ。とは言っても、まだ任務中なんだがな」

「あはは、そうだったね。はい、これ頼まれていたもの。
 少し多めに持ってきたから。念の為、他の装備も幾つか入っているけれどいらなかったら持って帰るから」

「いや、消耗品だしある分には困らないだろうから、このまま貰っておこう」

「分かった。じゃあ、後はこれ」

言って美由希は小さな包みを見せる。
それが何なのかと視線で問い掛けてくる恭也に、美由希はその包みを開けて中を見せる。

「チョコレートか」

「うん。皆、忍さんに那美さん、後は晶とレンになのは、おかーさん。勿論、私から。
 仕事中だし、恭ちゃん甘いもの苦手でしょう。だから、皆でこれだけにしようって。
 甘さは抑えてあるから」

一口サイズのチョコレートが全部で七つ。
形が歪な物もあるが、殆どは綺麗に作られている。

「手作りか」

「うん。皆でおかーさんに教わってね。本当は戻ってきたら渡すつもりだったんだけれどね。
 どうせならって持ってきたの」

「そうか。なら、ありがたく頂こう」

美由希に留守の間の事を聞きながら、恭也はチョコレートを食べる。
時間にして十五分ぐらいだろうか。全て食べ終え、話にも区切りが着くとどちらともなく公園の出口へと向かう。

「詳しくは聞いてないけれど、お嬢様の護衛なんでしょう。
 恭ちゃんみたいな無愛想な人がよく怖がられずに傍にいれるよね」

「自分でもその辺りは分かっているが、お前に言われるのは何故か釈然としないのは何故だろうな」

「あははは、冗談だよ、冗談。恭ちゃんは優しいもんね。そのお嬢様にもそれが伝わっているよ、きっと。
 さて、それじゃあ私は邪魔しないうちに帰るから、お仕事頑張ってね」

「ああ。お前も気をつけて帰れよ」

「うん、それじゃあまた家でね」

「ああ」

公園の入り口で言葉を交わし合うと、二人は別々の道を歩き出す。
一度だけ美由希は振り返るも、恭也は既に仕事モードに戻ったのか一度も振り返ることなく、
周囲を警戒しながら足早に護衛対象が居るであろう場所へと向かう。
その隣をいつか共に歩けるように、自らが目指すかもしれない道の先を歩く者の背中をじっと見詰め、
美由希もまた背を向けると歩き出すのだった。



再び着替えるために先程の場所へと戻ってきた恭也であったが、その視線の先で見付けたものに驚き速度を上げる。
恭也の視線の先では薔薇の館に居るはずの祥子が何故かいて、周囲を何かを探すように見渡している。
幸い周囲に怪しい気配はないが、恭也は時間を掛け過ぎたかと少しだけ悔やみ、急ぎ近づくと声を掛ける。

「祥子……さんですか」

思わずいつものように声を掛けてしまいそうになり、咄嗟にそう付け足す。
その声に祥子は振り返り訝しげにこちらを見遣りつつ、少し距離を開けると、

「どなたでしょうか。
 私が記憶していないだけかもしれませんが、見ず知らずの方に名前で呼ばれる覚えはないのですが」

そう冷たい口調で切り返してくる。
自分の失敗に気付きつつも恭也はそれを顔には出さず、ただ申し訳なさそうな顔を作って言う。

「これは失礼しました。妹がいつもお世話になってます。高町美影の兄で高町恭也と申します。
 いつも妹から話を聞かされていて、写真まで送られてきたので私の方は初対面と言う気がせず、
 つい見かけたので妹が世話になっているのもあって、ご挨拶でもと思ったのですが、確かにそちらは初対面ですね。
 お名前の呼び方もつい考えが至らなくてすみません。
 妹がいつも話して聞かせるときに小笠原さんのお名前ばかり言うもので、上の方が咄嗟に出てこなかったんです」

恭也の言葉に改めて失礼にならない程度に恭也の顔を見詰め、美影の面影をその顔に見出す。

「そうでしたか。こちらこそ、ついきつい言い方をしてしまいまして申し訳ございません。
 こちらこそ、美影さんにはいつもお世話になっております」

「いえ、気にしないでください。今のは私の方が悪いのですから」

「ですが、もう少し言い方があったかもしれません。
 本当に……」

「いえ、それはもう……。このままではきりがないので、水に流すという事でどうでしょうか」

「そうですね。では、改めて小笠原祥子と申します」

「高町恭也です」

互いに顔を上げ、祥子は失礼にならない程度に恭也を観察するように見る。
確かに双子だけあってよく似ている。顔立ちは勿論のこと、その雰囲気までが。
知らず美影のお兄ちゃん子ぶりを思い出して笑みが浮かぶ。

「どうかされましたか?」

「ああ、失礼しました。ただ、美影のお兄ちゃん子を思い出してつい」

「そうですか。ですが、美影は別にお兄ちゃん子ではないと思いますよ」

「そうかしら」

「ええ」

恭也としてはここで誤解が解けるのならと、思わず真剣な顔で断言する。
暫く祥子は何か考えていたようだが、少し遠慮がちに、けれどもはっきりと口にする。

「失礼ですが、高町さんは妹さんに甘いとか言われませんか?」

「そんな事は……言われない事もないですが」

「そうですか。なら、やっぱり美影はお兄ちゃん子ですよ。
 そして、高町さんはそれが普通だと思うぐらい妹に甘いと」

とんでもない結論に恭也が慌てて反論するも、その様子が美影とそっくりだった為に祥子は思わず笑ってしまう。

「やっぱりお二人はご兄妹なんですね。よく似てらっしゃいます」

「それは喜んでいい所なのでしょうか」

憮然となる恭也にまた笑い出しそうになるのを堪え、祥子はここに来た目的を思い出す。

「所で美影の姿が見えませんけれど……」

「ああ、美影なら少し前に戻りましたけれど。もしかして入れ違いにでもなったのかもしれませんね」

恭也の言葉に祥子は一度だけ後ろを振り返り、すぐに恭也へと小さく頭を下げる。

「だとすればお礼を言わないといけませんね。もし高町さんが声を掛けてくださらなければ、
 私はずっと美影を探して、この辺りに居る羽目になってしまいましたから」

「いえ、偶然ですし、妹がお世話になっているから当然の事をしただけですから。
 お礼なんて逆に恐縮してしまいますよ。それよりも、そろそろ戻られた方が宜しいのでは?
 このままだと、今度は美影が探しに来るかもしれませんし」

「そうですわね。少々慌しいですが、これで失礼させて頂きます」

「こちらこそ失礼します。これからも妹を宜しく頼みます」

「ええ、勿論ですわ。それでは、ごきげんよう」

頭を下げて学園へと戻っていく祥子の姿が完全に見えなくなるまで見送り、すぐさま横の茂みへと再び身を隠す。
何かに集中するように目を閉じ、再び開く。そこには男物の服を着た美影の姿があった。
美影は足元にあった鞄から制服を取り出し、急いでそれに着替える。
手早く着替えを済ませると茂みから飛び出し、そのまま走るようにして学園へと戻る。
裏門を潜り暫くは走ったままでいたが、徐々に速度を落として歩く。
ふと前方に祥子の姿を見付け、向こうもこちらに気付いたのか近づいてくる。
祥子は美影の傍にやって来るなり、

「もう、美影ったら何処に行ってたのよ」

そう口にする祥子に美影は呆れたような顔をしてみせる。

「それはこっちの台詞よ祥子。
 私は薔薇の館から出てきたっていう話を聞いて、姿の見えない祥子を探していたのだから」

あたかも探していて疲れたとばかりに首をコキコキと動かし、肩を揉む真似までする。
からかわれていると分かり、祥子は悠然としたままでまるで自分の方が優位に立っているとばかりに告げる。

「そうそう、先程美影を探している時にお兄さんに会ったわ」

「……そう。どうして学園の外にいる兄に祥子が会ったのか不思議だけれど」

祥子が恭也に会ったのは分かっているが、それを美影が知っているはずがないとそう返す。
そう答えを出す前に少し間が空いてしまうも、それを祥子は単に拗ねているとでも取ったのか、
笑みを浮かべて、まるで幼子をあやすように言う。

「そんなに拗ねないでよ。単にちょっと帰りが遅いから様子でもと思って、そこで偶々会っただけなんだから。
 確かに久しぶりに会うのだから、少しぐらい遅くても可笑しくないのにね。
 その点は反省してるわ」

「別に拗ねてる訳じゃないわよ。何度も言うけれど、別に私はお兄ちゃん子という訳じゃないんですからね」

「はいはい、分かってるわよ」

絶対に分かっていない口調でそう告げると、祥子は薔薇の館へと歩き出す。

「ほら、美影も早く来なさい」

「言われなくても行くわよ。それよりも、ちゃんと分かってるの?」

「だから分かってるわよ。美影はお兄ちゃん子ではないのよね」

笑いながらそう言われても全く信用できないのだが、これ以上言っても無駄だと思い美影は口を噤む。
珍しく美影をやり込めた、と祥子は美影に気付かれない程度に喜ぶのであった。





つづく




<あとがき>

前回とは違い、今回はちょっとほのぼのと。
美姫 「久しぶりに恭也に出番があったわね」
あと美由希にもな。故に高町三兄妹。
美姫 「恭也、美影、美由希の三人という訳ね」
あははは、安直なタイトルだがな。
美姫 「相変わらず、苦手なのね」
まあまあ。
さて、このままほのぼのが続くのか、それとも事態が大きく動くのか。
美姫 「それは次回をお待ちくださいね」
ではでは。







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