『とらいあんぐるがみてる』



第35話 「迫る魔の手」






ごきげんよう、独特とも言える挨拶が冬の澄み切った空の下で普通に交わされる
今日も背の高い門をくぐり抜け、深い色の制服に身を包んだ乙女たちがいつものように行き交う。
その様子を立ち入り禁止となっているはずの屋上から見下ろす者がいた。
ただ眺めるといった様子でぼんやりと行き交う生徒を見下ろしていた瞳が、急に生気を取り戻したかの如く輝きを持ち、
その視線に力が篭る。それはまるで獲物に狙いを定める猛禽類のようでもあり、その鋭い眼差しの先には、
校舎へと向かう二人の生徒がいた。
どちらも共に長い髪をなびかせ、楽しそうに話をしながら歩いている。
その様子に思わず親指の爪を噛みしめるも、すぐに離すと薄っすらと笑みを刻む。

「今日一日を精々楽しみなさい、小笠原さん」

呟き、踵を返すとシスター・マリィは屋上を立ち去るのだった。





  ◇ ◇ ◇





朝の登校途中、校舎へと近づいた美影は視線を感じて顔を上げる。
だが、特にこれといった不審なものは見当たらず、気のせいだったのかと思い直すと再び前を向く。
それを見ていた祥子が不思議そうな顔をして、

「どうかしたの、美影?」

「ううん、何でもないわ。それよりも祐巳ちゃんとした約束はいつにするの?」

「一応、明日は大丈夫か祐巳に聞くつもりよ」

「そう。祐巳ちゃんも喜ぶでしょうね。大好きなお姉さまからのお誘いだもの」

「あら、美影も一緒じゃなかったの?」

「そうなんだけれど、私はお邪魔虫じゃない?」

悪戯っぽい笑みでそう言う美影に、祥子は軽く肩を竦めて微笑で返す。

「あら、祐巳と約束したのは私と貴女でしょう。なら一緒でも問題ないわよ。
 それに、祐巳だって美影なら歓迎じゃないかしら。寧ろ、私がお邪魔じゃないと良いけれど」

「また、そんな思ってもない事を。祐巳ちゃんが私に懐いて祥子を放っておくなんてありえないでしょう。
 仮にもしそうなったらなったらで、今度は祥子が拗ねるんじゃないの?」

「失礼ね。それぐらいで拗ねません」

「そうかしら」

互いに軽口を叩きながら、こうして今日もまた一日が始まる。



土曜日なので昼には授業が全て終わり放課後となる。
部活動に行く生徒や帰宅する生徒など、それぞれの放課後を過ごす為に生徒が動き出す。
多少混雑する人込みを避け、教室内で少し時間を潰した祥子と美影は祐巳が待っている薔薇の館へと向かう。

「祐巳ちゃん、もう待ってるんじゃないかしら」

「そうでしょうね」

薔薇の館へと向かいながら、二人はそんな事を口にする。
しれっと答える祥子に美影が意地悪く、

「やけにあっさりとした返答ね。ああ、可哀相な祐巳ちゃん。
 愛しいお姉さまを思って待っていたというのに、その姉はどうでも良いみたいに冷たい態度」

「美影、人聞きの悪い事を言わないで頂戴。
 私はただ事実を述べただけで、別に祐巳がどうでも良いなんて言ってないでしょう。
 そもそも、ここまで遅くなったのは美影の所為でしょう」

「またそうやって私の所為にする。元を辿れば、祥子の所為でしょうに。
 そろそろ行かないといけないと言ったのに、もう少しとおねだりしたのは誰だったかしら?」

「あ、あれは。仕方ないじゃない。美影が上手くて気持ち良かったんだもの」

言って拗ねたように頬を染めてそっぽを向く。

「つまり、祥子が悪いって事になるんじゃないのやっぱり。
 そもそも、そうやってそっぽを向くって事は自覚があるんでしょう」

意地悪い笑みを浮かべながら、祥子が向いた方へと回り込む。
すると祥子はまた逆の方へと向き、その反応が面白くてついつい美影もまたそちらへと回り込む。
そんな事を繰り返していると、不意に二人に声を掛けてくる者がいた。

「小笠原さん、高町さん」

その聞き覚えのある、けれども何処か冷たい声に美影は思わず背筋に冷や汗を感じ、恐る恐る振り返る。
何処か怖がっているような態度に祥子は内心で苦笑しつつ、こちらは悠然と振り返って挨拶をする。
呼び止めたマリィは二人の態度に気付いているのかいないのか、柔らかな笑みを浮かべたまま近づく。

「仲は良いのは分かりますけれど、あまりふざけすぎると危ないですよ」

そう軽く嗜めつつ、先程の二人の会話は気になるも、美影を見て満足そうな笑みを見せる。
昨日のように避ける事もなく、寧ろ祥子とじゃれていた所を見られて気まずそうに、
もしくは怒られないかといった不安そうな態度を感じ取り、安心させるように微笑んでやる。
その心の内を知れば、美影は声を大にして誤解だと叫ぶだろうが、互いに相手の心までは分からない。

「しかし、楽しそうでしたが何の話をしていたんですか?
 お二人の事ですから、何か悪戯を思いついたとか、悪い事を企んでいるという事はないでしょうけれど」

信頼しているという顔でそう語るマリィに、別に大した事ではないので祥子はあっさりと言う。

「別に大した事ではありませんわ。
 ただ、美影に肩を揉んでもらったんですけれど、それが気持ち良かったと言う話です」

「あら、そうなの。高町さんは肩を揉むのが上手いのね。
 それとも、それぐらい小笠原さんが疲れているのかしら?
 山百合会の方も大変でしょうし」

「いえ、そちらの方は今の所は大きな行事がある訳でもありませんから」

「だとすると、やはり高町さんが上手いのかしら。
 それなら今度、私も是非とも揉んで欲しいわね。
 勿論、お礼に私もたっぷりと揉み返してあげるからね」

最後の言葉は美影にのみ艶のある笑みを見せて告げる。
その言葉にまたしても背筋に悪寒を走らせつつ、美影は曖昧な返事を返すのみである。
それを見たマリィは期待に身体を震わせつつも、祥子にばれないかと不安になっていると受け取り、
安心させるように優しく微笑みかけてやる。
肩から力を抜いた美影を満足そうに見遣り、マリィは再び祥子へと話しかける。

「今日も薔薇の館ですか?」

「ええ。とは言っても、やる事がないのですぐに帰りますけれど」

「そう。それじゃあ、私はまだしないといけない事があるから」

一瞬だけ眼差しを鋭くするも、すぐに柔和な笑みでそれを隠し、ごきげんようとその場を立ち去る。
マリィが立ち去ったのを見て、美影も本当に気を抜くように小さく溜め息を漏らす。
それを見て祥子は小さく笑うも何も言わず、ただ薔薇の館へと美影を急かすのだった。



案の定、かなり前にやって来たいた祐巳へと一言待たせた事を謝り、祥子は明日の予定を尋ねる。
休み時間にわざわざ祐巳のクラスまでやって来て、
放課後、薔薇の館に来て欲しいとだけ聞いた時は何か仕事でもあるのかと思っていたが、
まさかこのような用事だと思わなかったのか、祐巳は驚き、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべる。
本当に表情がよく変わると感心するように見ていた美影だったが、

「それで残念だけれど、私も一緒なのよ。ごめんね」

「い、いえ! 勿論、美影さまと一緒で嬉しいですよ」

「あら、それじゃあ私と一緒は嬉しくないのね祐巳は」

美影の言葉を聞き、祥子もすぐにそれに便乗するようにどこか楽しそうにそう口にする。
当の祐巳はそんな事に気付く余裕もなく、慌てたように身振り、手振りを交えて弁解を始める。

「ち、違います! 勿論、祥子さまと二人っきりというのも大変嬉しいですけれど。
 あ、かと言って美影さまと二人が嫌と言う意味ではなくてですね」

あたふたする祐巳を二人して楽しそうに眺める。
弄ばれていると気付かず、じっと見られて祐巳は益々混乱していく。

「で、ですから、 お二人のどちらも素敵な方で。どちらかが嫌いという事ではなくてですね」

「あら、祥子。私たち祐巳ちゃんに二股かけられてるわよ」

「残念だわ。お姉さまである私と選んでくれると思ってたのに」

「え、ええぇぇっ! 何でそうなるんですか!?」

二人の言葉に思わず泣きそうな声を上げるも、二人の顔が笑っている事に気付き、からかわれていたとようやく悟る。

「二人してからかうなんて酷いです!」

精一杯の反抗とばかりに頬を膨らませて横を向くのだが、その仕草も愛らしく映り逆に二人の笑みは深まるばかり。
その事に更に膨れつつじと目で二人を見遣れば、二人も申し訳なさそうな顔を見せる。
二人がかりで謝られれば、当然二人の事を慕っている祐巳がいつまでも剥れていられるはずもなく、
結局は数分と経たずに祐巳はその顔に笑顔を取り戻している。
我ながら単純だなと思いつつ、祥子と美影に挟まれてあれやこれやと構われる現状を鑑みて、
単純でも良いかと、やはり単純に思うのだった。





  ◇ ◇ ◇





薔薇の館で昼食を取った三人はその後も少し話をして、そろそろ帰ろうかという事になる。
だが、祐巳は由乃と約束をしているらしく、薔薇の館に残る。

「由乃ちゃんが来るまで一緒に待っていても良かったかしら」

ふと思い立った祥子がそう漏らしたのは、既に薔薇の館を出た後であった。

「確かにそうよね。何となく帰ろうとしていた時に、祐巳ちゃんから聞いたからそのまま出てきてしまったけれど」

祥子の言葉に美影もまた頷いて、そう言えばそうだったわねと追随する。
二人して戻ろうかという雰囲気になった所へと声が掛けられる。

「高町さん、少し時間良いかしら」

シックな色合いのスーツに身を包んだ谷川が美影の前へと姿を見せる。
肩口で揃えられたショーットカットの髪に、すらりと伸びた手足。
何か武道でも嗜んでいるのか、凛として立つ背筋は真っ直ぐに伸びている。
その事に警戒を示しながら、ごく普通に返す。

「どういったご用件でしょうか」

「ここでは何ですから」

言ってこちらの返答も待たずに踵を返していく。
その後に仕方なく続く美影と祥子であったが、谷川は顔だけ振り返ると祥子へと話しかける。

「個人的なお話になるから、小笠原さんは申し訳ないけれど遠慮してもらえるかしら?」

谷川の言葉に祥子は納得し、薔薇の館に居ると美影に告げる。
対する美影は標的の祥子を離す事に怪訝そういなる表情を隠し、仲間の可能性も考慮に入れる。
とは言え、ここで下手に拘るのも怪しい事に間違いないだろう。
もしくは、自分が護衛だと気付かれて先に排除するつもりなのかもしれないと。
まだ谷川が黒だと決まった訳ではないが、祥子から離れるのは問題である。
薔薇の館までの距離もそう遠くはないし、中には祐巳も居るだろうから早々無茶な事はしないだろう。
そう考えて、すぐに用事を済ませるつもりで祥子と別れる。
祥子の背中を見送りながら、美影は歩き始めた谷川の背中へと声を掛ける。

「お話ならここでお願いできませんか。
 今なら誰も居ませんし、この辺りはこの時間帯は誰も来ませんから」

「そうね、貴女がそれで良いのなら構わないわ。出来れば穏便に済ませたいしね」

言うと谷川はスーツの内側に手を伸ばすのだった。





つづく




<あとがき>

美影の前に二人目の怪しい人物が。
美姫 「って、何でここで終わってるのよ!」
やっぱり中途半端かな。
美姫 「当たり前だ、バカ!」
ぶべらっ! おお、久しぶりにあとがきで吹っ飛ばされた……ぶべらっ!
美姫 「ふざけた事を言ってるんじゃないの」
ふぁ、ふぁ〜い。と、とりあえず、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。



美姫 「って、結局、理由を聞いてないじゃないの!」
ぶべらっ!







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