『とらいあんぐるがみてる』



第36話 「ピンチの美影」






身構える美影の目の前で、谷川はゆっくりと手を引き抜き、一枚の紙切れのようなものを取り出す。
それをそのまま美影へと差し出してくる。
とりあえず害はないと判断してそれを受け取るも、それを見た瞬間に美影は動きを止める。
谷川から渡されたのは一枚の写真で、そこに写っているのは美影とマリィであった。
それだけなら特に問題ではないのだろうが、
その構図がどう見ても、美影とマリィの逢瀬と見られるものであったから問題であった。

「何処でこれを」

そう尋ねようとした矢先、美影の携帯電話が着信を知らせる。
状況が状況だが、ちらりと確認したディスプレイではリスティからとなっており出ない訳にはいかない。
目の前の教師が更に苦言を口にするよりも早く、緊急だと口早に告げて携帯電話に出る。
その間も谷川に注意を払いつつ、受話器を当てた美影の耳へと、

「美影、至急耳に入れておきたい事がある」

切羽詰ったような口調でいきなり用件を切り出すリスティに、美影はこちらから喋って時間を浪費する事をせず、
沈黙を持って続きを促す。リスティの方も心得たもので、続けて自身が掴んだ情報を伝える。

「とりあえず谷川という教師は確認が取れたので、本人には間違いない。
 それよりも問題はシスター・マリィだ。彼女には気を付けろ。
 少し前に身元不明の死体が山中で見つかっていたんだが、どうもそれが本物のシスター・マリィの可能性が出てきた。
 まだ確証までは行っていないが、現段階でかなりの確立との見識が出ている。
 身元確認の為にフランスの教会に確認の連絡が行き、そこ経由で僕の所にその情報が回ってきたんだ。
 そういう訳だから、くれぐれ彼女には気を――」

「すみません、リスティさん。火急の事態ですのでまた後で」

リスティの話を最後まで聞く事なく、美影は走り出そうとする。
それを止めようとする谷川へと、

「それはきっと悪戯ですよ。多分、合成写真じゃないかと思います。
 何ならシスター・マリィにも確認してみてください。
 すみませんが、急ぎの用が出来たのでこれで失礼させて頂きます」

一切口を挟ませず、そう一息に言い切ると美影は祥子の方へと走り出す。
後ろで谷川が何か言っているような気もしたが、今の美影の耳には一切届いていない。
ただ一刻も早く祥子の元へ。それだけが美影の身体を動かしていた。





  ◇ ◇ ◇





校舎の屋上。生徒の立ち入りが禁止されているそこに再度立ち、マリィは狙撃用の銃に付けたスコープを覗き込む。
上手く美影と別れたのか、一人で薔薇の館へと向かう祥子の姿を捉える。風向きも距離も問題なし。
後は視界を遮るものがなく、尚且つ周囲に人気のない薔薇の館へと続く小さな中庭へと獲物が踏み込むのを待つだけ。
美影には悪い事をしたと思いつつも、マリィはそれもこれも全ては美影のためだと思い直す。
昨日の講堂での絡みをこっそりと盗撮し、それを規律には特に厳しくも生徒思いの谷川が拾うように仕向けた。
そうすれば谷川の事だから、美影だけを呼び出すであろうと考え、実際にそうなっている。
問題は谷川が自分と同類であった場合である。
下手をすると格好の脅迫材料を与えた事になるかもしれないが、これに関しては問題ないだろうと確信している。
仮にもしそうだとしても、さっさと仕事を終えて美影を助ければ良いだけである。
そうすれば、美影は感謝して一層のこと自分に依存するだろう。そう考えると、寧ろそちらの方が良いかもしれない。
などと考えつつ、そうでなかったとしても、それは当初の予定通りであると一人ほくそ笑む。
あの写真によって、美影には何らかの処分が下される事になるだろう。
下手をすれば退学もあり得る。そこで落ち込んでいる美影を自分が慰める。
自分も処分によりクビになったという同じ境遇を持って。
美影の事だから、マリィまで処分をされたのは自分の所為だと思うかもしれないが、それさえも利用するつもりである。
祥子を美影から引き離して仕事を遂行すると同時に、美影を手に入れる。
素直に手に入れられなくても、その時は多少強引にでもと未だ取らぬ狸の皮算用をしつつ、
一石二鳥とも言える策に唇を舐め上げる。
それでもスコープの照準は一時も祥子から離さない辺りは腐ってもプロと言うべきなのだろうか。

(後数メートル……)

祥子の頭に合わせた照準を、祥子が動くに合わせて動かして引き金に掛かる指に僅かだが力が篭る。
もう一度舌なめずりをし、祥子がマリィが定めていた地点へと足を下ろした瞬間に引き金を引く。
吐き出された弾丸は狙い違わず、真っ直ぐに祥子目掛けて飛んで行く。





  ◇ ◇ ◇





祥子の後を全力で走って追いかける美影の視界に祥子の姿が見えてくる。
あと数メートルの距離がやけにもどかしく感じる中、美影は言いようのない予感を感じる。
それは勘や虫の知らせと呼ばれるものかもしれないが、美影は躊躇いなくそれを信じて祥子に飛び掛る。
急に後ろから抱き付かれ、そのまま地面へと倒される祥子。
直後、まるでいつかの昼休みの焼き直しみたいに祥子の頭のあった位置を銃弾が通過していくも、
当の本人はそれに気付く事もなく、短く驚いた声を上げ、続けて文句を言おうと口を開き、

「美影?」

それが美影だと知って途中で言葉を飲み込む。
だが、美影はそんな祥子に構う暇などなく、祥子の頭を胸の中に抱きかかえて祥子を庇いながら、
射線やこの辺りで尤も射撃に適している位置として既に注意していた屋上へと顔を向ける。
美影の鋭い視線をスコープ越しに見せられながら、マリィは次弾の発射を取り止めて退散するべく手早く片付ける。
屋上を後にしながら、マリィは今更ながらに美影に関して考察する。
明らかにあれは祥子を庇った動きであったし、その後の反応、身体能力、
ましてやすぐにこちらへと視線を向けた事などを考え、普通の人ではないのではと疑惑を抱き、
懐から組織との連絡用に持たされている電話を取り出すも、再びそれを仕舞う。

(美影が何者であれ、手に入れる事には変わりはないわ。
 なら、下手に組織に敵対する者だと思われるのも困るものね)

マリィは美影を手に入れるのが一筋縄でいかなくなったと理解しながら、それさえも楽しむかのように笑みを見せる。
抵抗していた者を屈服させる黒い楽しみもまた、マリィは嫌いではないのだ。
美影を手に入れた時の事を夢想し、マリィは身体を一度震わせると、独自に美影を調べるべく動く事にするのだった。



次の狙撃に備える美影であったが、あれから既に一分ほど経つが動きは見られない。
どうやら諦めたらしいと悟り、その引き際の良さに感心しつつ警戒を緩める。
ことここに至り、ようやく胸の谷間がなにやらむずむずする事に気付き、腕を緩めればそこから祥子が顔を出す。

「ちょっと美影、私を窒息死させるつもり?」

「ごめんね、そんなつもりじゃなかったのよ。
 ちょっとそこで転んでしまって。その後、ちょっとぼうっとしてたみたいね。
 本当にごめん」

謝罪を口にしながら祥子の上から退くと、祥子へと手を差し出して引っ張り起こしてあげる。
美影に引かれながら起き上がると、祥子はスカートや制服を叩く。

「もう、この前もそうだけれど、本当に意外とドジよね」

「そう言わないでよ。悪気があった訳じゃないんだから。
 それよりも怪我はない?」

「ええ、私のほうは何ともないわよ。寧ろ、転んだ美影の方こそ怪我は?」

心配そうに尋ねてくる祥子へと美影は微笑を浮かべながら大丈夫だと告げる。
美影の言葉にほっとした顔を見せる祥子に気を緩めるも、美影は近づいてくる気配に振り返る。
見れば谷川がこちらへとやって来ていた。

「高町さん」

「あ、谷川先生。えっと……」

すっかり忘れていたが、まだ話の途中であったと思い出す。
美影としては早口ではあったが誤解だと告げたが、当然ながら向こうは納得していないのだろうと。
だが、意外なことにその件はもう良いと口にする。
意味が分からずに思わず首を傾げる美影に、谷川は続けて説明する。

「先程、校舎から出てくるシスター・マリィと会って確認しました。
 性質の悪い悪戯だろと。よく考えてみれば、それもそうですね。あの写真のバックは講堂ですものね。
 幾ら何でも学園内で、ましてやあの写真はかなり近い位置から撮られているみたいですから、
 本当なら貴女やシスター・マリィが撮られた時に気付かないはずないですよね」

マリィに指摘されて気付いたと少し恥ずかしそうに語る谷川であったが、美影は違う事が気になり問い掛ける。

「校舎と出てきたシスター・マリィとさっき会ったんですよね」

「ええ、そうですが。それがどうかしましたか?」

「いえ。それよりも、その写真は何処で手に入れられたんですか?」

「これですか? これは偶然拾ったんですよ。
 物が物だけにまずは確認をしてからと、他の先生にも見せていませんから安心しなさい」

「いつ、どこでかは覚えてますか?」

「三時間目が終わった後の休み時間に廊下の隅に落ちていました。
 始めはゴミかと思ったんですけれどね」

「そうですか」

谷川の話を聞きながら、今回の事は全て仕組まれていたと悟る。
恐らくは事前に谷川の受け持つクラスを調べ、授業終了間際にでも写真を置いたのだろう。
そして、谷川が言ったようにあの写真を撮られて普通は気付かないはずがないのだ。
それこそカメラだけを隠した状態で遠隔操作か何かで、誰かが盗撮まがいの事をしなければ。
それら全てを考慮し、リスティからの情報も合わせて美影はマリィへの疑惑を確信へと変えていく。
その上でこちらから会うというのも一つの手段だと考えるのだった。





  ◇ ◇ ◇





その日の夜、と言っても深夜とも言える時間帯に美影はリスティへと今日あった事を報告していた。
リスティの方もあれから色々と調べてくれたらしく、学園にいるシスター・マリィは偽者だと判断するに至った。

「だとすると、彼女は間違いなく……」

「ああ、組織の人間だろうね。出来れば捕まえる事が出来れば一番なんだけれど。
 美影、君の仕事はあくまでも護衛なんだから、あまり無茶はしないように。
 それにまだはっきりとした証拠がないんだ。下手に動いて刺激するのもまずい」

「ええ、分かってます」

とても怪しい人物が居るのに手が出せない。
もどかしい思いを二人して抱きながら、それでも現状で取れる方法を模索していく。

「来週の中頃になればこっちも少しは手が空くから、そっちに人を回せるはずだ。
 そうすれば、多少は強引でも穏便に任意同行という形でマリィを拘束できる」

「証拠がない以上、それしかないですね」

「ああ。そういう訳だから、明後日の月曜日までは今まで通り頼む。
 こちらも急かして火曜日には事を起こせるようにするから」

「分かりました。それでは、また」

言って切った電話がすぐに鳴る。
言い忘れた事でもあるのかと確認もせずに通話ボタンを押し、

「もしもし、どうかしましたか?」

「あ、恭ちゃん」

聞こえてきた声は美由希のものであった。

「美由希か。どうかしたの?」

「美由希か、は酷いな。ちょっと聞きたい事があったから電話したのに。
 仕事中だってのは分かっているんだけれどね。これぐらいの時間なら前に良いって言ってたから」

本当に大丈夫と今更ながらに不安そうに尋ねてくる美由希に苦笑を浮かべ、大丈夫と返してやる。
その言葉に安心したのか、美由希は鍛錬で不安だった事を幾つか尋ねてくる。
それらに答えてやり、今度は美影の方から家の様子を尋ねる。
一週間ぶりの様子を聞く限り、いつもと変わらずに元気にしているらしい。

「そう、なら良かったわ。それじゃあ、皆にも宜しく言っておいてね」

そう言って電話を切ろうとしたが、美由希からは返事がなく、寧ろ何やら唸り声が聞こえてくる。

「どうしたの?」

「んー、前も思ったけれど何か声が変だよ。声だけじゃなく喋り方もまるで女の人みたいだし……。
 恭ちゃん、だよね」

美由希のくせに変な所が鋭いなと思いつつ、深夜だし自室だから大丈夫だろうと恭也へと戻る。

「当たり前だろう。剣ばかり鍛えていないで、少しは頭も鍛えろ馬鹿弟子が。
 そもそも、今まで話していた内容から俺以外の誰が居ると言うんだ」

「あ、この毒舌はやっぱり恭ちゃんだ。でも、やっぱりさっきと声が違うような」

「ったく、くだらない事ばかり言ってないで、さっさと寝ろ。
 それとも、自分の料理を味見でもして、遂に可笑しくなったのか?」

「ひどっ! 今、物凄く酷いことをさらりと言った!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ美由希をあしらい、今度こそ電話を切ると一息吐く。
再び美影へと戻ろうとした時、遠慮がちなノックの音と、それに続き扉が少し開けられる。

「美影、もう寝ている? 明日の事で……」

寝ているかもしれない美影に遠慮したのか、控えめなノックと普段なら返事を待つであろうに、
眠っているかもという考えからか、返事するよりも先に扉が開かれてしまう。
互いに無言で見詰め合う二人。
沈黙を最初に破ったのは、多少震えてはいたが祥子の声であった。

「た、確か美影のお兄さん……でしたよね。どうしてここに?
 いえ、それよりも美影は?」

祥子の声を聞きながら、恭也は自身の失敗を大きく後悔し、同時にどう説明するかで頭を悩ます。
誰もいなければ、今すぐにでも頭を抱えてしまいたい心境であった。





つづく




<あとがき>

間抜けな形で正体が!?
美姫 「まだばれた訳じゃないし、誤魔化せるかも」
夜中に妹に会うために他所様の家にこっそりと無断で押しかけただけとか?
美姫 「それはそれで滅茶苦茶だけれどね」
さてさて、一体どうする!?
美姫 「それでは、また次回で」
ではでは。







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