『とらいあんぐるがみてる』



第38話 「いつもの日常」






翌日の朝、美影の部屋でやや遠慮がちなノックの音がする。
既に気配で分かっていたが、美影は返事を返して扉を開ける。
扉の前では制服に着替え終えた祥子が鞄を手に持ち、既に出掛けることが出来る状態で待っていた。

「あら、今日は早いのね」

「ええ。流石に昨日の今日で起こされるのも少し照れくさいしね」

そう思いつつも、やはり話していると美影を女性としか見れず、祥子は改めて感心したように注視する。
今まで通りと自分で言っておきながらも、やはり好奇心は隠せないらしい。
その視線に居心地の悪さを感じつつ、美影もまた鞄を手にして部屋を出る。

「可能なら、今日明日と学園を休めれば良いのだけれど」

「この際嘘と吐くというのを大目に見て、風邪という事にすれば二日ぐらいなら休めるけれど。
 美影も一緒に休むとなると、変な勘ぐりをされたりしないかしら」

祥子の言葉に首を傾げる美影を見て、鈍感なのは芝居でも何でもなかったのかと変に納得する。
その間にも美影は何か考えており、ようやく纏まったのか口を開く。

「そうね。おまけに土曜日の件もあるものね。
 最悪の場合、祐巳ちゃんを人質にして祥子の身柄をという可能性もあるわね」

「っ! どうして祐巳が!」

「落ち着いて祥子。あくまでも可能性よ。それでも変な事を口にしたのは謝るわ。
 でも、相手もそれだけ切羽詰まっているはずなのよ。二度も学園内での狙撃に失敗しているだもの。
 だとすれば、多少強引な手を使ったとしても可笑しくないわ。
 しかも、二度とも私が傍にいたのだから、向こうもいい加減、私の存在を怪しんでいるでしょうし」

「つまり、美影としては私を学園には行かせたくはないけれど、
 その場合は祐巳にまで危害が及ぶ可能性もあるという事ね」

「あくまでも可能性だけれどね。でも、考慮しなければならないわ」

「犯人が誰か分かっているんでしょう。だったら……」

教えてと続く祥子の言葉を唇を人差し指で押さえて制すると、美影は小さく首を振る。

「教えることによって不自然さが出ると困るの。
 それにまだ確証を掴んだ訳でもないから。だから、祥子は出来るだけ私の傍から離れないようにして」

「ふぅ、分かったわ。美影がそういうのなら納得してあげるわ。
 それにしても……」

美影の指をそっと外し、祥子はまた改めて美影の全身をじっくりと眺める。
その話し方や仕草などを思い返し、感慨深げな声が知らず零れ落ちる。

「やっぱり男の人だって感じがしないわね」

「それは美影となっている間は本当に女性だもの。気にしないで。
 と言うよりも、祥子が自分で言ったんじゃない。今まで通りにしてって」

「それは勿論覚えているわよ。でも、やはり感心してしまうわ。
 こんな技術が昔からあっただなんて」

「はいはい。その話はもうお仕舞いよ。
 それよりも早く朝食にしましょう。いい加減、お腹が空いたわ」

美影は未だに感心している祥子の背中を押して食堂へと向かうのだった。





  ◇ ◇ ◇





登校途中、後ろから掛けられた声に二人は立ち止まり身体ごと振り返る。
パタパタと小走りに駆け寄ってくる祐巳に、知らず美影と祥子は微笑を浮かべる。
笑顔で挨拶をしてくる祐巳に同じように返し、三人は揃って登校する。
美影や祥子と話をしながら歩いている内に、祐巳は二人を思わず見比べる。
喧嘩した事で前よりも仲良くなったのか、何となく二人の雰囲気が前よりも良い感じになっている気がする。
そう感じるのは祐巳だけではなく、他の生徒たちの中にも感じる者もいるのか、時折視線を感じる。
だが、その理由まで知るのは祐巳だけである。
その事にちょっとした優越感を感じ、祐巳は小さく笑うのだった。

「祐巳、どうしたの、いきなり笑い出して」

「思い出し笑いね。きっと祥子の恥ずかしい過去でも思い出していたんじゃない?」

「あらそうなの、祐巳?」

「あ、あわわわ、そ、そんな事ないですよ」

疚しい事はないのに思わず言葉に詰まる祐巳だが、それは今の状況では悪影響である。
祐巳の態度に祥子は目を細めて前を向く。

「姉の失態を思い出して笑うなんて、酷い妹だわ」

「そ、そんなお姉さま誤解ですよ〜」

少し前を行く祥子の背中を慌てて追う祐巳は、思わず美影を恨めしそうに見てしまう。
その視線を受け流し、美影は何もなかったかのように祐巳の隣に並ぶと、

「それでどんな失態を思い出していたの? 私にも教えてよ。
 祥子の弱みを握るチャンスだわ」

「ええぇ! で、ですからそうじゃなくてですね」

「あら、人の失敗を聞き出そうなんて人が悪いわね美影」

「ふふふ、完璧に見えるお嬢様の失敗だなんて、思わず好奇心が疼いても仕方ないでしょう」

何故か二人の間に微妙な緊張感を感じ取り、祐巳の歩く速度が遅くなる。
が、それは祐巳の勘違いだったのか、二人はただ楽しそうに笑うとさっさと歩き出してしまう。
一人首を傾げる祐巳に、二人から早く来るようにというお声が掛かると、祐巳は弾かれたように二人の後を追う。

「本当に意地悪よね、美影は」

「酷いわ、私はこんなにも祥子を思っているというのに」

冗談めいた美影の言葉に、祥子は思わず頬を赤らめてしまう。
それを見た美影も同様に頬を赤らめ、暫し二人の間に沈黙が下りる。
そんな二人を不思議そうに眺める祐巳に気付き、
二人は若干わざとらしく咳払いなどをすると何もなかったかのように会話を再開させる。
そこに祐巳も加わり、三人は朝の登校をするのだった。



下駄箱を開けた所で美影は怪しまれない程度に動きを止め、周囲を見渡す。
幸い、他の生徒たちもこちらに注目している様子もなく、祥子もまたこちらを見ていない。
それらを瞬時に確認すると、慎重な手付きで美影は中に入っていた可愛らしい封筒に手を伸ばす。
ざっと確認する限りで何の仕掛けもない事を確認すると、素早くそれを仕舞い込む。

「どうかしたの、美影? 眉間に皺が寄っているわよ」

どうやら少し顔が強張るなり、険しくなっていたらしく、祥子に指摘された眉間を軽く指先で揉む仕草を取ると、
微笑を浮かべて上履きに履き替える。

「別に何でもないわよ。それよりも、早く教室に行きましょう」

言って祥子の手を取ると、美影は祥子の返答も待たずに教室へと向かう。

「ちょっと美影。流石にこれは恥ずかしいから離して」

「はいはい、文句は教室でゆっくりと聞いてあげるわ」

「だから、それじゃ遅いでしょう!」

足を止めて後ろから文句を言う祥子の耳元へと顔を寄せ、

「大丈夫だから、そんなに緊張しないで。いつも通りを心掛けて」

美影に言われ、ようやく祥子は自分の方こそが緊張で顔だけでなく身体も強張っていたのだと気付く。
そんな祥子を安心させるように、握った手に力を込めて握ってあげる。
少なくともすぐ傍に味方がいるという事を伝えるために。
その手の強さに、温もりに祥子も自然と笑みを見せて体の力を抜く。
まだ若干強張っているが、これぐらいなら大丈夫だろうと美影は小さく頷き返す。
それを見ていた生徒の何人かが、声もなく二人に見惚れており、
この事がまたちょっとした騒動を起こす事になるなど、この時の二人が知る由もなかった。



教室に入り、特に問題もなく授業が開始されると美影はそっと朝入っていた手紙を開く。
美影が慎重になったのには訳があり、その封筒にはマリィという名前が書かれていたからである。
脅迫状にしてはラブレターに使うような可愛らしい便箋なのだが、美影は気にせず読んでいく。
それほど長い文章でもなく、簡単な挨拶から入り、すぐに用件へと繋がっていた。
今日の昼休み、講堂で大事な話があるから一人で来て欲しいというものであった。
マリィがまだ黒と断定できる証拠がある訳ではないが、怪しい人物から、それもあの狙撃後すぐの接触である。
知らず身構えるのも仕方ない事であろう。それにもしマリィが白だとしても、
この手の呼び出しも相手がマリィだと用心しなければならないのに変わらないのである。
知らず溜め息が零れそうになり、それを誤魔化すように唇に掌を当てて手紙を仕舞い込む。
どちらにせよ、昼休みに会わない訳にはいかないだろうなと考えながら、美影は授業の内容を聞く振りをしながら、
どうするかという事に考えを集中させるのだった。





つづく




<あとがき>

さて、ようやくマリィが動き出す。
美姫 「って、彼女はまだ美影が護衛だって分かっているわけじゃないのよね」
おう。つまり、今回の動きは美影を本気で手に入れる為の……。
美姫 「逃げて〜。このままだと毒がに!?」
次回、年齢制限が付くかもしれないけれど……って、ないない!
冗談はさておき、実際どうして呼び出したのか。何が起こるのかは次回で。
美姫 「それじゃあ、次回でお会いしましょう」
ではでは。







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