『とらいあんぐるがみてる』



第40話 「放課後の宴」






「ようこそ、美影。待っていたわ」

薔薇の館から出ないように祥子を言い含め、美影が指定された場所へと赴けば、
既にアニィは待ちくたびれたとばかりに隠れもせずに美影を待っていた。
その姿は既に修道服ではなく、動きやすく、また丈夫そうな長袖にパンツ姿という格好であった。

「まさか、学園のすぐ近くにこんな場所があるなんてね」

アニィとは違い、制服姿のままの美影は足元を確認するように数回床を踏み付け、改めて周囲を見遣る。
所々皹の入った壁に天井。酷い箇所になると、完全に穴が開いている場所まである。
朽ち果てた洋館。外見から判断できたのはそれだけであるが、中は想像していたよりはましのようである。
入り口を入ってすぐがホールになっており、正面には上へと続く大幅な階段が両脇から弧を描くように二階へと伸びる。
アニィは入り口の正面、奥へと続く通路の前で美影を出迎える。

「本当は傷付けたくはないのだけれど、躾の悪い子猫にはお仕置きも必要だものね」

言いながらもその顔には恍惚とした笑みが刻まれており、楽しげに唇を舐め上げる。
対して、美影はただ無言のままでアニィの動きを見逃さないようにとじっと見詰める。
その視線に背筋を震わせ、熱い吐息を零すアニィであったが、その唇から零れたのは吐息とは逆に冷たい声である。

「それじゃあ、始めましょうか」

宣言するが早いかアニィの手が懐へと伸ばされ、引き抜かれると同時に発砲音がホールに響く。
その速さは正に神技と呼んでも差し支えがない程である。
しかし、美影はアニィが銃口を向けた瞬間には身を屈めて走り出していた。
アニィへと迫りながら、美影は背中に隠していた小太刀を抜き放ち斬りかかる。
だが、アニィの方も美影の手が後ろへと回った瞬間には床を蹴って後ろへと跳躍していた。

「なるほどね。それが美影の得物なのね。
 こちらに向かってくるから接近戦じゃないかと予想はしたけれど、刀なのね」

美影の眉間に照準を合わせたまま、アニィはゆっくりと後ろに下がる。

「大人しくするのなら、これ以上は何もしないのだけれど……。
 その目を見る限りじゃ聞くだけ無駄みたいね。はぁ、本当に嫌なんだけれど仕方ないわね」

睨みつけてくる美影を見遣り、アニィは諦めたように呟くと銃口を美影の足に向けて瞬時に引き金を引く。
それを小太刀で弾き、更に前へと出る美影に流石に少しばかり驚くもアニィは慌てた様子も見せず、
背中を見せて奥の通路へと走り出す。
その背中を追いかけて通路へと足を踏み入れる
遮蔽物のない真っ直ぐ続く通路。左右にはドアが幾つか見えるがアニィの姿は通路の先である。
見失うまいと走り出す機先を制するようにアニィが背中越しに銃を撃つ。
逃げ場がない通路での銃撃に足を止めるも、弾は美影の前方の壁に当たる。
だが、それこそがアニィの狙いだったのか、銃弾が壁に当たると同時に前方の扉が勝手に開き、
扉の内側に付けられていたボーガンから矢が放たれる。
左右三本ずつ、計六本迫る矢のうち、自分に当たる物だけを弾き飛ばし、残りは無視して走り出す。
ボーガンの罠で開いたままの部屋の中から、美影目掛けてまたしても矢が飛んでくる。
警戒を怠った事に舌打ちをし、美影は前方へと倒れこむように床を蹴り転がる。
起き上がる間もなく、今度は頭上から槍が幾本も降ってくる。
それらをやり過ごし、美影は小さく息を吐く。

(迂闊だったわ。廃墟なのに埃が溜まっていない時点で気付くべきだったわ。
 少なくともアニィはこの廃墟を熟知している。もしかすると、ここを拠点としていた可能性もあるわ。
 つまり、この場所そのものが罠という事ね)

呼び出された時点で何かあると考えておくべきであったが、あの時はそこまで考えが回らなかった。
今更ながらに後悔した所で既に敵の懐へと入り込んでしまっていては、既に手遅れである。
恐らくは簡単に外に出る事も出来ないだろう。
美影は改めて気を引き締め、慎重に長い通路の踏破を再開する。
窓には外側から木でも打ちつけているのか、乱雑に打ち付けられた木と木の合間から僅かな光が入りこんでいる。
そんな通路を慎重に進むも、もう罠はないのか何も起こらずに一番奥へと辿り着く。
慎重にドアノブに手を掛け、数ミリだけ開けると後は足で蹴って扉を開ける。
扉が完全に開ききるまでは美影は物陰に隠れ、そこから中の様子を窺う。
奥へと向かって開かれた扉。どうやらその先は広間になっているらしく、急に広くなっている。
特に罠もないようなので、ゆっくりと部屋へと踏み入る。
幾つかある大きな窓はガラスの割れているものなどもあるが、どれも例外なく外から塞がれている。
部屋を区切るように真ん中ほどの位置に何か衝立のようなものが設置されており、
目を細めてそれらを捉えた瞬間、美影はもう何度目か、床を蹴り横に転がる。
その反応を待っていたかのように、衝立の向こうから重く響く音と共に銃弾がばらまかれる。
息を吐く間もなく、美影は逆に不審を抱く。
入ってすぐに作動させれば、普通なら全て躱すのは難しいという事は分かるはずである。
美影には神速という奥の手とも言うべきものがあるが、これはまだアニィには見せていないのだ。
だとすれば、あれで倒そうと思えばタイミングが遅すぎる。
そこまで考えた所で、美影は思考を中断して今度は前に転がる。
美影の背後で錘のついたワイヤーが床に辺り電気が流れる音がする。

(……本気で私を捕らえようとしているって事ね)

今までのアニィの言動やここに来るまでの罠などから、美影はアニィがこちらを殺すつもりがないと悟る。
とはいえ、安心できるようなものでもないのだが。
こちらの運動能力を推測し、手足に怪我をするぐらいなら構わないという罠を張り巡らせているようである。
だが下手をすれば言うまでもないが、それで死ぬ事もあるのだ。
油断は決して出来ない。だが、向こうに殺すつもりがないのは美影にとっては有利な点になるのは間違いない。
いつまでそのスタンスを守ってくれるかにもよるが。そんな事を考えながら、美影はゆっくりと立ち上がる。

(もし捕まったら何をされるのかしら)

言い知れぬものを感じ、それを振り払うように広間の奥にあるもう一つの扉へと向かう。
開け放った扉のすぐまえは壁が立ち塞がり、左右へと通路が延びている。
どちらに行くべきなのか気配を探るも、近くアニィはいないらしく、美影は右側へと進む。
先程よりも少し慎重に歩を進める美影の耳が何かの物音を捉える。
まるで何かが噛みあったような音、続けて頭上から落ちてくる網。
ただの網だと安心する事が出来ないよう、丁寧にばちばちと音を立ててくれている。
流石に電気の流れている網を小太刀で切ろうなどとは思わず、全力で走って網の外へと出る。
そこに飛んでくるのはこれまた錘の付いたワイヤーで、得物を捕らえるなり高圧電流を流すのは先程の事で分かっている。
故に身を捻って躱すのだが、まるで躱す位置が分かっていたかのように足元に細い糸があった。
あまりにも細すぎて見えにくく、また簡単に切れてしまうが当然ながらトラップの不発なはずもなく、
寧ろそれが発動キーとなっているのは当然の事で、壁から先が尖った直径五センチはある鉄の棒が、
十センチほどの間隔を置いて真っ直ぐに縦並びに、美影の前後を塞ぐように飛び出す。
閉じ込められる前にその場を飛び退くも、左腕が僅かに掠ってしまう。
深くはないが、浅くもない傷が美影の手首から肘に掛けて作られ、血の川を作る。
破れて邪魔となる左腕の袖を肩口から切り落とし、それを巻いて血を止める。
その間にも罠は発動しており、天井からは矢が降ってきたり、床が行き成り消失したりする。
それらを回避しながら、少しきつめに左腕に包帯代わりの制服の切れ端を巻き付け終えると美影は全力で走り出す。
足元を狙って放たれたゴム弾を飛んで躱し、そこへ突きつけられる電圧付きワイヤーから壁を蹴って避け、
捕らえようと広がる網を、電気がないと知って小太刀を無尽に走らせて切り刻み、
着地地点を狙い澄ましたかのように斜め上から飛んでくる矢を小太刀で弾き飛ばす。
立ち止まる間もなく、美影はひたすら前に走る。
それを邪魔するように次々とトラップが牙を剥く。
既に何回も角を曲がったはずなのだが、中々扉も何も見えてこない。
延々とトラップだらけの通路が続くのみである。
だが、ようやく前方に一つの大きな扉が見えてくる。
そこを目指して走りながら、最後の罠の可能性も考えてそのまま飛び込まないで立ち止まる。
流石に僅かに乱れた呼吸を整え、美影は慎重に扉に手を掛けてゆっくりと押し開く。
開いた扉の向こうからは、前の部屋同様すぐに何かが起こる気配はない。
それでも慎重に中へと踏み入る。そこは先程の広間よりは狭いもののそれでも充分な広さを誇っている。
その部屋の中央にソファーの背もたれに腰掛けて、こちらを見てくるアニィの姿があった。
アニィの向こう側にはモニターらしきものが光を発しており、
恐らくはここに来るまでの通路の至るところにカメラでも設置していたのだろう。
美影が入ってきたのを見て、アニィは笑いながら話しかけてくる。

「思ったよりも早かったわね。顔に傷が付いていないようで一安心だわ。
 例え傷が付いていたとしても、私はそんな事を気にはしないけれどね。
 でも、同じ愛でるなら綺麗な方が良いものね。という訳で、そろそろ降参してくれる気になったかしら?」

美影の左腕、そして新たに傷を負った右肩と左の太股に視線を向ける。
だが、その言葉に美影は無言で小太刀を構える事で応え、それを見てアニィは残念だとばかりに肩を竦める。

「やっぱり直接身体に教えるしかないわね」

言って伸ばされた腕は腰の後ろにある物を握り、瞬時に抜き放つ。
銃を警戒して、直線上から身を除ける美影であったが、傷付いた右肩へとアニィの攻撃が当たり痛みに顔を顰める。
真っ直ぐに飛ぶ銃弾ではなく、美影が避けた側から弧を描くように鋭く振るわれた鞭による攻撃。
だが、その速さは決して遅くなく、また威力も弱いものではない。
現に止まっていたはずの肩口から再び血が流れ、制服を血に染める。
黒を基調としているだけあり、余り目立たないのが幸いかもしれないが、流れ出た血の量も少なくはない。

「ふふふ、少しおいたの過ぎる子にはちょっとお仕置きが必要ね。
 安心しなさい。なるべく顔は傷付けないようにしてあげるわ」

言って再び振るわれる鞭を今度はしっかりと避ける。
いや、避けたつもりであったが、逆側からの攻撃にスカートを切り裂かれる。

「鞭が本来の得物ですか。それも二本……」

言いながら鞭の届く範囲から離れ、切り裂かれて邪魔になるスカートを自ら切って動きやすくする。
膝より少し上で破り取られたスカートからは、美影の足が当然ながら見えており、
両手に鞭を持ったアニィは楽しげに美影の格好を、いや、正確には舐めるように遠慮なく美影の足を眺める。

「肌を晒すのが好きじゃないと聞いていたけれど、やっぱり思った通りに綺麗な足ね。
 ふふふ、本当に綺麗だわ。後でたっぷりと楽しませてもらうとして、今は先にお仕置きをしないとね」

床をぴしりと鞭打ち、アニィは美影へと近づく。
アニィの視線を無視し、美影は小太刀を握る手に力を込める。
恐らくこの部屋には罠はもうないだろう。つまりは、ここが決着をつける場所だという事だ。
二本の鞭をまるで別々の意思があるかのごとく自在に振り回すアニィと、
二本の小太刀を手足の延長のように振るう美影。
どちらに勝利の女神が微笑むことになるのか。
今、静かに最後の戦いが始まる。





つづく




<あとがき>

という訳で、いよいよ直接対決。
美姫 「もっと執拗なトラップだったら危なかったかもね」
まあ、アニィは美影を捕獲したい訳だしな。
美姫 「さて、本当にいよいよね」
ああ。一体どうなるのか。
美姫 「それはまた次回でね〜」
ではでは。







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