『とらいあんぐるがみてる』



第41話 「美影とアニィ」






空気を切り裂くような音と共に鞭が振り回される。
肩口を狙って放たれたその一撃を後ろに跳んで躱し、着地と同時に前へと出る。
その機先を制するようにもう一本の鞭が腰へと飛んで来るのを小太刀で弾き、美影は前へと踏み込む。
後数歩で小太刀の間合いという所で、最初に振るわれた鞭が眼前に再度迫る。

「くっ」

仕方なく鞭の届かない場所へと避難すべく床を蹴るも、ここに来るまでに傷付いていた左腕を掠めていき、
美影の口から短くも呻き声が零れる。
包帯代わりに巻いていた制服の切れ端がはらりと落ちていく中、美影は微笑みながらも鋭い視線を向ける。

「顔は狙わないのではなかったんですか?」

「ええ、なるべくね。大丈夫よ、傷付いたとしても見捨てないで可愛がってあげるから」

美影の言葉に妖艶な笑みを見せて、余裕を見せるかのように手にした鞭で床を叩く。
対する美影は一刀を右手に持ちながら、左手を腰の背中側へと回し、その状態で身を低くして駆け出す。
足元を横から、肩を斜め上から振るわれた攻撃を跳びながら右手の小太刀で弾き二つの攻撃をやり過ごす。
着地と同時に再び距離を詰めるべく前へ。
そこへ手首を返して鞭を操り、美影の前方で交差するように振るう。
二つの鞭が交わる一点へと小太刀を突き出し、鞭の威力を削ぐと更に前へと出る。
未だに後ろに回ったままの美影の左手を警戒しつつ、アニィは鞭を引き寄せると一本を牽制するために振るい、
もう一本は片手に納めて後ろへと跳ぶ。
その瞬間、後ろに回されていた美影の腕が大きく振られ、その手から二本の細長い針のようなものが投げられる。
真っ直ぐに顔へと飛んで来る二本の飛針を前に、アニィは冷静に引き戻していた鞭を振るって飛針を叩き落す。
同時にもう一本の鞭で美影の胴を打ち据えようとするも、そちらは美影の小太刀が阻む。

「……飛び道具まで使うなんてね。本当に手癖の悪い子猫ちゃんだこと」

アニィの軽口に無言で応え、美影は更に飛針を投げ、同時にアニィの左手へと走る。
左右の鞭を使い、飛針を弾き、美影へと攻撃を繰り出す。別々に二本の鞭を使って見せるアニィ。
だが、それに感心する事なく美影はどうやって攻めるかをアニィの周りを走りながら考える。
円を描くように走りながら、徐々にアニィへと近づいていく。
アニィもそれに気付いているのだろう、特に焦る事なく鞭を振るい、距離を開けるように動き続ける。
共に位置を変えながらも、攻撃の手を緩める事なく攻防が行われる。
最後の飛針を投げつけ、美影は今までの動きとは打って変わって、その後を追うように一直線に走り出す。
左で飛針を弾き、出来た隙には右の鞭が埋めるように振るわれて美影へと迫る。
それを小太刀で防ぎ、戻ってきた左の鞭を腰よりも少し上の方に回していた右手が掴んだ小太刀を抜刀して弾く。

「ニ刀!?」

戦闘が始まって以来、初めての驚愕の声を上げるアニィに構わず、美影は左の小太刀で更に迫り来る鞭を払い、
更に一歩踏み込む。そここそが、ようやく得た自身の得物の間合い。
渾身の力で右手に握られた小太刀が振るわれる。
アニィの左右の鞭はそれを受け止めるには間に合わない。
そう一瞬にして判断したアニィはすぐさま後ろへと避ける。
それを追うように踏み込む美影であったが、微かに笑ったアニィの顔に気付く。
直後、美影の下から迫る影が走り、美影は追いかける足を止めて全力で後ろへと跳ぶ。
だが、完全には避け切れずに制服の前面が破れ飛ぶ。

「よく避けたわね」

楽しそうに、先程の攻撃で制服だけでなく下着も破れたのか、
申し訳程度に体に張り付いている布切れと化した物の合間から除く、露わになった美影の肌を見遣る。
その視線に嫌悪を抱くよりも、美影にはアニィの足の方が気になっていた。
脛までを覆うロングブーツの足首。そこにある手に握るものよりも短い鞭の存在を。

「中々便利なのよ、これ。近づいて油断した敵は大概、これで倒れる事になるのだけれどね。
 貴女相手に使うのは少し躊躇ったのよね。何せ、この手の鞭よりも材質は硬くて鋭いんだもの。
 でもまあ、結果オーライかしら」

好色な笑みを浮かべるも、すぐに真顔に戻るとアニィ自ら前へと向かってくる。
縦と横、そして足元と三つの鞭が美影を襲い迫る。
それらを小太刀と体捌きだけで回避していくも、やはり反撃に転じるまでにはいかない。
一方のアニィは美影を攻めながらもその視線は美影の全身へと向かう。
半裸状態となり、動くたびに揺れる胸や跳ねる足を見て唇を舐め上げるも、流石に目的を忘れたりはせず、
攻撃の手は緩む事はない。だが、流石にこのままでは決着がつかないと感じたのか、
不意に真剣味を帯びると両手の鞭を先程よりも素早く振るう。
動き回りながら振るわれる鞭による波状攻撃。それらを耐えながら、美影はタイミングを見計らう。
横薙ぎの一撃を弾き、引き戻される鞭を追うように身体を滑り込ませて前へと出る。
させまいと逆の鞭が上から振るわれるのを半身になって避ける。
かろうじて肩から腰に掛けて残っていた左側の制服の残骸が千切れるが構わず、足元から来る鞭に小太刀をぶつけ、
先ほど戻された鞭が再び攻撃を仕掛けてくるタイミングで美影は更に前へと踏み込む。
左肩に鈍い痛みが走るが、距離が近すぎたためか動かなくなる程ではない。
まさか、避けずに攻めてくるとは思っていなかったのか、一瞬だが鞭を操る手が止まる。
その一瞬が命取りとばかりに美影は小太刀を走らせ、瞬間、攻撃を中断してしゃがみ込む。
直後、発砲音が響き美影の頭上を銃弾が通り過ぎ、美影の追撃を封じるべく足の鞭が振るわれる。
反撃のチャンスもなく再び後ろに跳んで距離を開ける美影。

「まさか、まだ銃を隠し持っていたなんて」

「ふふふ、本当に奥の手だったんだけれどね。
 単発の小銃。肩を狙ったんだけれど、まさかあの距離で避けられるなんてね。
 美影じゃなくて、そうもないものを破壊しただけだったわ」

言ってアニィは足元に散らばる粉々に砕けた何かを踏み付ける。
それを見て、美影は自分の胸元に手をやる。
だが、そこには慣れ親しんだ首からぶら下がっているはずの物はなかった。
アニィとしてはただのアクセサリ一つなのだが、美影の反応を見て改めて足元を見下ろす。

「そんなに大事なものだったの? もしかして誰かからのプレゼントかしら?
 ……まさか、ロザリオの代わりとか言って小笠原のお嬢さんからとか言わないわよね」

今までの笑みが嘘のように表情を消し、美影の反応を窺うように足で砕けたペンダントだった物を踏み付ける。
当然、そんな訳ないのだが大事な物には違いなくそれが態度に出たのか、アニィは唇を吊り上げる。

「そんなに大切な物なの?
 こういうのが欲しいのなら、幾らでもあげるわよ。美影が私の物になったらね」

「別にいらないわ。確かに大事な物だったけれど、今は考えいる場合じゃないものね」

「そう? まあ良いわ。それじゃあ、再開しましょうか。
 楽しい、楽しい宴を。もっと素敵な格好にしてあげるわ、美影」

先程よりも更に肌が露わになった美影を細めた眼で見遣りつつ、
アニィは弾のなくなった小銃を放り捨てると、再び鞭をその手にする。
その間に美影は既に走り出しており、アニィへと真っ直ぐに突き進む。
当然のように足を止めるべく振るわれる鞭の攻撃。
近づけないために振るわれる攻撃であるのだが、何故か執拗なまでに右側を狙ってくる。
美影にもすぐにその狙いは理解でき、早い話が上半身で唯一残っている右側の服を剥ぎ取るのが目的なのだ。
アニィの執念とも言うべき情念に思わず感心しつつ、美影は逆にそれを利用する事にする。
わざと右半身を後ろへと置き、半身でアニィへと近づく。
この辺りはプロと言うべきか、無理に右を狙わずに素直に左を狙ってくる。
目的と手段、いや、趣味と言うべきか、ともあれそれを取り違えないといった所だろうか。
だが、それは充分に予想していた事なので美影は左の小太刀でそれを振り払い、
同時に床を蹴って前に出ながら右の小太刀を突き出す。
流石に自分に凶器が迫るとあっては趣味に走る訳にもいかず、鞭で小太刀を打ち距離を開けるべく跳ぶ。
そのように見せて、左足の鞭が美影の最後の服を同時に破る。
上半身を覆うものは何もなくなるが、そんな事に気を逸らすことなく、アニィが片足だけ振り上げた不安定な状態、
しかも空中にあるという狙った状況で、美影は両手を交差させるように強く上に振り上げる。
それを合図とするように、アニィ目掛けて地面に投げ捨てられたままになっていた飛針が再び息を吹き返して飛ぶ。
よく目を凝らして見れば、美影の両手には細い糸、鋼糸が握られており、
落ちていた飛針全てに繋がっているのが分かっただろう。
だが、アニィにはそんな余裕はなく空中という不安定な状態で迫る飛針を落とすべく鞭を振るう。
しかし、全方位から飛んでくる飛針全てを流石に弾くことは出来ず、細かい傷を幾つか負う。
だが、美影の本当の狙いはそこではなく、アニィの注意が飛針に向かうその瞬間であった。
既に美影はアニィの着地地点へと走り出しており、ニ刀を鞘に納めて迫る。
美影が得意とする抜刀からの四連撃、奥義薙旋。
それを繰り出すべく両の手が納刀された小太刀の柄に触れる。
美影に気付くアニィだが、体勢が悪い上に飛針へと注意を払いすぎており、すぐさま反撃のための鞭を振るえない。
そのはずであった。
後一歩というその距離でアニィは余裕の笑みを浮かべてみせ、鞭を手放すと何かを取り出す。
美影へと伸ばされたその手には十五センチ程の長さで片手で包み込める程の長細い棒状の物が握られており、
その頭部にはスイッチらしきものが付いている。
その箇所を親指で強く押し込む。
この部屋にも罠が、と思わず足を止めて身構える美影であったが何も起こる気配はない。

「ふふふ、驚いた? これはただのダミーよ。この部屋にはトラップはないもの」

ただのはったりであったと知り舌打ちしたい気分だったが堪え、美影は再びアニィと対峙する。
アニィの方も手放した鞭を既に手にしており、改めて美影と向かい合う。

「本当に想像以上に抵抗してくれるわね。
 でも、その方が屈服させる楽しみも増すというものよ」

言い放ち、アニィは左右の鞭を振るい再び仕掛けてくる。
対する美影は身を捩り、床を蹴って攻撃を避ける。
アニィの足首に仕込まれた鞭を警戒してか、先程のように距離を詰めようとしない。
部屋の中を走り回りながら、美影はアニィの攻撃を躱し続ける。
恐らく神速を用いて接近しようとしても、アニィは鞭を自分の周囲に振り回すことによって近づけさせないであろう。
それが分かるからこそ、神速で接近するという手を簡単に打てないでいた。

「……とは言え、このままだと膠着だわ」

美影は覚悟を決めるかのように足を止めると、一刀のみを構える。
小太刀を握った右腕を折りたたむように後ろへと引き、半身で構えて前傾姿勢を取る。
御神の中でも最速を誇る刺突奥義、射抜の構えを。
足を止めてまで構えを見せる美影に対し、アニィも次に来る攻撃を警戒するように構える。
先程まで激しく動き回っていたとは一転し、両者共に動きを止めて部屋の中に静寂をもたらす。
他に動くもののない中、美影が腰を下ろし一気に駆け出す。
迫る美影にアニィの右手の鞭が唸りを上げて襲い掛かる。
それを屈んで躱し、身を起こしざまに突きを放つ。
左の鞭で攻撃を逸らしながら、足の鞭が美影を襲う。
それを逸らされた力を利用して刃を返し、逆に弾くと更に横薙ぎの一撃に繋げる。
それすらもアニィは受け止めてみせると、左の鞭を美影へと振り下ろす。
振り下ろされる鞭を見据え、美影は素手となっていた左手でその鞭を受け止める。
痛みに僅かに顔を歪めながらもしっかりと鞭を掴む。
アニィが引っ張るも離すまいと力を込め、逆に奪う勢いで引っ張り返す。

「何て無茶な事を……。掌の皮膚が切れているんじゃないの」

「確かにそうですね。でも、これで厄介な物を一つ封じました」

左手から零れ落ちた赤い雫を見遣りつつも、美影は満足そうな笑みを見せる。
対するアニィは焦る様子もなく、呆れたような口調で返す。

「そうかもしれないけれど、逆を言えばまだ私の得物はあるのよ。
 そして、それを掴んでいる限り私の攻撃を今までのように躱せるかしら!」

容赦なく打ち付けられる鞭を何とか躱し、右手の小太刀を振るう。
互いに攻撃を繰り出し、小さな傷を幾つか作る。
だが、どちらも共に致命傷となるような傷はない。
やがて、アニィが苛立ったように舌を打ち鳴らす。

「何が一つを封じたよ。それを握られていたら、足の攻撃も封じられたのと同じじゃない」

アニィが鞭を手放さない限り、美影とは繋がっているような状態となっているのである。
足での攻撃を繰り出せば、その瞬間に美影は握った鞭を強く引くだろう。
そうすれば、片足のアニィのバランスは崩される事となる。
その事に気付いて悪態をつくも、美影は涼しい顔を聞き流す。
実際、美影にとってそれも狙いだったのだ。
だが、思ったよりも早く左手が痛みを訴えてくる。
傷付いた手で鞭を握り、アニィと奪い合うように引っ張り合っているのだから、それも仕方ない。
一方でアニィはアニィで美影に掴まれた鞭を手放すかどうかを検討していた。
二本を使ってどうにか美影を近づかせないようにしていたが、果たして一本でそれが可能かどうか。
どちらにせよ、このままでは体力勝負となりかねない。
疲れた方、もしくは集中力を切らした方が間違いなく致命的な一撃を喰らう事になるだろう。
一瞬考え込んだその瞬間、美影が鞭を力いっぱいに引き寄せる。
少し手が滑って傷口が広がり血が零れ落ちるのも構わず鞭を引く。
咄嗟の事で対抗するように強く引き返した瞬間、鞭は抵抗なく呼び戻され、アニィの上体が後ろへと流れる。
急いで踏ん張るも、既に美影が眼前に来ており、いつの間にか右の小太刀まで鞘に収めて抜刀の姿勢を取っていた。
あまりにも稚拙な、ちょっと考えればすぐに分かる上に、武器に拘らなければ成り立たない、
罠とも言えない策にはまった自分に知らず苦笑が零れる。
だが最後の一瞬まで諦める事はせず、両手の鞭を振るう。
距離的に振り回して力をつけるには短いが、それでも鞭を得意とするだけあり、
近接でも充分威力のある一撃が繰り出される。
対する美影は自身の最も得意とする奥義を繰り出す。
抜刀からの四連撃。最初の一撃、二撃目で鞭を弾き、残る三撃目、四撃目をマリィの胸と胴へ。
刃を返して撃った攻撃は、骨を折った感触を美影に伝える。
崩れ落ちるアニィだが、その目はまだ戦う意思を秘めており、美影は続けざまに腕を打ち武器を取り上げる。
苦しげな呻き声を漏らすアニィの背中に乗り、首筋に刃を突きつける。

「大人しくしてもらえますか」

美影の殺気を、そしてその奥にある決意を感じ取りアニィは大人しくなる。
刃を返したから甘いと思っていたが、必要であれば間違いなく刃を振るうと感じたのだ。

「……それで、私をどうするつもりなのかしら。
 生憎と責めるのは好きでも、逆はあまり好きじゃないのだけれどね。
 まあ、敗者である私が文句を言えた義理じゃないしど、美影に手篭めにされるのならそれもまた良いかもね」

「どうして、そっちに話をもっていくんですか。
 それと大人しくしたのなら、足の鞭で狙おうとしないでくださいね」

首に刃を突きつけたまま、美影はアニィの足を押さえつける。
小さく舌打ちするアニィを見下ろしながら、両手を拘束して足の鞭を取り上げると足も同様に拘束する。

「……はぁ、まさか縛られる側になるなんて。
 でも、美影がそうしたいのなら良いわよ。でも、まずは優しく口付けして」

「…………少し黙っていてください」

美影は呆れたような口調でアニィの首に手を添える。
何を勘違いしたのか、アニィは目を閉じて顔を上げる。
この状況下でそんな行動を取れるアニィを感心や呆れの混じった眼差しで見詰めながら、
美影はアニィの意識を奪うと携帯電話をスカートのポケットから取り出す。

「リスティさんですか。襲撃者を捕らえました。
 ええ、祥子は無事ですよ。実行犯は一人だけだったみたいで。
 まだ油断はできませんけれど、とりあえずは。はい、はい。
 場所は……」

幾つか尋ねてくるリスティに分かる範囲で答えつつ、美影は改めて自分の姿を見遣り顔を赤くし、
電話を切ろうとしていたリスティを慌てて呼び止める。

「あっ、待ってくださいリスティさん!
 着替えを持ってきてください。出来ればリリアンの制服があれば一番助かるんですけれど……。
 後、その、殆ど裸と言いますか、上は完全に何も来ていない状態なので……。
 出来ればリスティさんが持って来てくださると助かったりします」

そう言って電話を切ると、流石に疲れたのかその場に座り込む。
そして、改めて胸元に手を持っていき、そこに何もない事を確認する。

「はぁぁ、これからどうなるのかしら」

そう口にしつつも、元に戻れるのかどうかといった不安よりも、
今はこれで事件が解決するかもしれないという喜びの方が大きいのであった。





つづく




<あとがき>

決着〜。
美姫 「とっても早いわね」
あははは、まあまあ。
どうにかこうにか勝った訳だが。
美姫 「大きな代償が……」
いやー、元に戻れるのだろうかね〜。
美姫 「そして、これで無事に事件が解決するのかしら」
そんなこんなで、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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