『とらいあんぐるがみてる』



第42話 「戦い終わって」






時間にして一時間といった所だろうか。
気絶させたアニィを背負い、建物の入り口で待っていた美影の耳に近づいてくる足音が聞こえてくる。
足音は入り口に前で止まると、慎重に扉が開かれる。

「……やあ、美影。無事……とは言えないか。
 すぐに病院の手配をした方が良いかい」

「いえ、傷自体はそんなに酷いものはないので」

美影の言葉に改めて視線を戻し、どうやら服だけが壊滅的なのだと悟ると手に持っていたバックを放り渡す。

「確かに、それなら着替えが必要だね。
 それにしても、見事に上は裸じゃないか。一体、何があったらそうなるのやら」

「まあ、これは色々と複雑且つ奇妙な勘違いなどが重なった結果なんですけれどね。
 傍から見れば、簡単に説明できますけれど」

鞄を開けて中から服を取り出すと、それに袖を通す。
どうやらリリアンの制服を用意していてくれたようで、その事に感謝する。

「うーん、まさか下着まで必要だとは思わなかったから持ってきていなかったけれど。
 それにしても、うーん真雪が見たら間違いなく揉み甲斐があるとかいって、
 遠慮なしに揉みしだくような胸に育ってるね」

「……好きで育った訳でも何でもないですけれどね。
 下着の方はなしのままで大丈夫ですよ。それより……」

言って美影は四肢の自由を縛って封じたアニィに視線を落とす。
途中で一度目を覚ましたのだが、再び眠ってもらい今は起きる気配がまだない。

「彼女がそうかい?」

「ええ。シスターに成りすましていたアニィですよ。
 彼女から依頼主の名前が分かれば、今回の件はこれでお仕舞いになるんですけれどね」

「まあ、最悪の場合は僕の出番って訳さ。
 美影は美影の仕事をちゃんとしたんだから、後は僕たちに任せな」

言って携帯電話を取り出すと、リスティは外で待機している者を呼んでアニィを運ばせる。
運ばれていくアニィを見ながら、リスティは真剣な顔付きで美影に話しかける。

「とりあえず、まだ解決した訳じゃない」

「はい。この後も祥子の護衛はちゃんとします」

「ああ、頼むよ。明日中には何とかしたい所だけれど、あのアニィって女が何も知らないと意味がないからね。
 それに、情報を知っていても多少の訓練を受けてある程度思考をブロックできるような奴だと手間取る事にもなる。
 悪いけれど、頼んだよ美影」

「はい」

リスティの言葉に頷き返し、美影は気になっていた事を思い出して尋ねる事にする。

「えっとですね。実は……」

言い辛そうに美影は何かの欠片をリスティに見せる。
それを受け取り暫く眺めるも、リスティはこれがどうかしたのかという視線を向けてくる。

「ペンダントなんですよ、それ」

「へー、誰かからのプレゼントかい」

「そうではなくてですね、ほらリスティさんが薬と一緒に送ってくれたさくらさん経由の……」

美影の言葉の意味が分かり、リスティは珍しくぽかんと口を開け、美影と掌にあるペンダントの欠片を見比べる。

「えっと、変身したり戻ったりするのに必要なはずの、アレの成れの果てということ?」

「ええ。それでですね、来られるまでに何度か試したんですけれど、やっぱり男に戻れないみたいなんです」

「あー、いや、これはどうしたもんか」

困ったように髪を掻き回すリスティに美影は簡単に砕けた経緯を話す。

「確かに戦闘になった時の事を考えてなかった。とは言え、これ事態が既に夜の一族にも残ってないものらしい。
 またあったとしてもちゃんと機能してて、戻れるかどうかは分からないだろうし。
 壊れてたりで下手に中途半端な状態になるかもしれない。これに関しては一度、さくらに聞いてみるしかないか。
 本当にすまない、美影」

心底申し訳なさそうな顔をするリスティを前に、美影も責める事などできず、
元々責める気もなかったので、美影はただ笑って気にしないで下さいとだけ伝える。

「それに、これはこれで良い事もありますから。
 右膝を気にせずに動けるし、慣れた今では美由希よりも早く動けるんですよ」

「そうか。まあ、そう言ってくれると少しは救われるよ」

美影なりに責任を感じないように言ってくれている事が分かったから、リスティは何も言わずにそれを受け取る。
だが、同時に心の中ではかなり気が重くなっていた。

(まさか、冗談半分で心配していた事がこんな形でそうなってしまうなんて……。
 この仕事が終わったら、長期の休みでも取って海鳴に戻らずにどこか旅行にでも行こうかな)

かつての不安を抱いた事が目の前で違う形ながらも起こり、リスティは美影の手前顔には出さないながらも、
この後連絡をするさくらへと必死に解決策がありますように、と祈りを捧げるのであった。





  ◇ ◇ ◇





翌日、学園内はちょっとした話題が持ち上がったが、それも昼休みになる頃には既に鎮火していた。
だが、その話題に対して一人未だに深く考えている者もおり、
その人物――祥子はいつものように薔薇の館での昼食を終えるなり、美影を問い詰める。

「美影、朝に突然連絡のあったシスター・マリィの事だけれど」

「何でも急がないといけない用件があって、挨拶もできないままに母国へと帰ったんですってね」

担任から朝聞いた話をそのまま伝える美影に、祥子は疑わしそうな視線を投げるも、
美影は澄ました顔のままお茶を優雅な仕草で飲む。
カップを傾ける際に落ちてきた髪を一房後ろに追いやり、もう一口とカップを傾ける。

「あなたは昨日、暫くは安全だって言ったわよね。
 その翌日にこのニュースよ。関係ないと思えという方が可笑しいのではなくって?」

「あら、でもそのぐらいの偶然ならなくもないでしょう」

あくまでも知らないと言う態度を変える様子もない美影に、祥子は溜まっていたものを吐き出すよう大きく息を吐く。
確かに知らなくても良い事かもしれないが、自分の考えている通りだとしたら、
昨日、美影が祥子に迎えに来るまで薔薇の館を出ないように言い置いて出掛けた後、
危険な目にあったのでないかと心配なのだ。
詳しい事は聞いていないが、銃撃された事は流石に聞いている。
だからこそ、昨日だって美影が戻ってくるまで心配で堪らなかったというのに、当の本人は何食わぬ顔で戻ってくるは、
今も平然としているはで、自分ばかりが気に掛けているようで面白くないのである。
怪我をしていないようなので、その事には安堵しているが。

「まあ、良いじゃない。
 それよりも、折角のんびりと出来るのだから、そんなに怖い顔をしていないでリラックスしたら?」

「誰の所為でこんな顔になっていると思っているのかしら?」

「あら、私の所為なの? 酷い言いがかりだわ」

「はいはい、私が悪かったわ。
 まあ、確かに私が気にした所でどうしようもないものね。
 寧ろ、美影には感謝しないといけないのよね」

言って隣に座る美影の顔を覗き込むように下から仰ぎ見ると、最初美影はきょとんとした顔をするも、
その唇を笑みの形に変え、

「だったら、私の為にも祥子には普段通り、もしくは笑顔を見せて欲しいわね。
 祥子の笑顔はとても好きだから」

美影の言葉に顔を赤くして照れつつも、祥子は自然な笑みを見せると、

「ありがとう、美影。私も美影の笑っている所は好きよ」

そう返すのだった。
案の定、祥子が思った通りに美影も顔を赤くして照れるのだった。
特に話す事も思い浮かばず、二人は無言のままで隣り合って座っているのだが、特に気まずいという事もなく、
寧ろこの空気を二人とも心地良く感じていた。
だが、手持ち無沙汰になったのか、祥子は無言のままに美影の髪を一房手に取ると、そこに櫛を通し始める。
同じように自分の髪も一房手にし、櫛を通すと自分の髪と美影の髪を合わせるようにしてより合わせていく。
みつあみならぬ、ふたつを交互に交差させて先端をいつの間にか取り出したリボンで括ると満足そうに頷く。

「何をしているの?」

それまで大人しくしていた美影が、子供っぽい事をする祥子に可笑しそうに声を掛けると、
ようやく気付いたかのように美影へと顔を向けて、すぐに照れてそっぽを向いてしまう。

「な、何となくよ。本当に何となく。
 特に意味があったりとか、そういうのじゃなくて」

上手く説明できずしどろもどろになるが、実際に何となくやっただけ、自然と手が動いていた感じなのだ。
故に説明できずに狼狽えるのだが、美影は特に何か言うでもなく、そんな祥子を見守るように見詰めている。
昨日の件でこの事件が終わるのか、まだ続く事になるのかは分からない。
それでも、暫くはこうして何もない平穏な時間を過ごせるだろう。
目の前で自分が守りたかった日常の光景が繰り広げられている事に、美影は穏やかな気持ちになるのだった。





  ◇ ◇ ◇





放課後、前に学園内でリスティと密談した所と同じ場所で、また同じ人物と会う。
周囲に人の気配もなく、祥子は既に薔薇の館である。

「それで、何か分かりましたか?」

「ああ。美影のお蔭でかなり事態は進展するよ。アニィが知っている事を全て話してくれた。
 それによって依頼主も分かったし、これから乗り込む手はずになっている。
 後は組織への依頼を取り消させればこの件は解決さ」

「そうですか。それにしても、よく素直に話しましたね」

美影の考えでは、もう少し強情かと思っていたのだが、聞く限りでは寧ろ積極的に協力しているようにも見える。
その反応を見てリスティは苦笑めいた笑みを見せると、

「だから、美影のお蔭だって言っただろう。
 捕まえたのは勿論のことだけれど、口を割らせるのにも美影の協力あってこそだよ」

「どういう事です?」

「うん、そのことなんだけれど少し聞きたい事があってね。
 素直に話す報酬として、美影の胸を揉ませる約束をしたんだけれど、どうする?」

そう何処か楽しそうに尋ねるリスティに、美影はすぐさまきっぱりと強い口調で返す。

「お断りします!」

「あははは、だよね。
 まあ、それは適当に上手くやっておくよ。
 それにしても、どちらの性別にしても女性をひきつけるね、美影も。
 いや今回の件では寧ろ、女難かい?」

流石に全てを聞いた訳ではないが、アニィの美影への執着ぶりは理解しているのだろう、
美影の肩を励ますようにポンポンと叩きつつ、けれども何故か楽しそうにそう口にする。
対する美影は本当にうんざりした顔で肩を落とすのだが。
そんなやり取りをしていた二人であったが、不意にどちらが言い出すでもなく真剣な表情を浮かべる。

「それで、ペンダントの方はどうなりましたか?」

「非常に言い辛いんだけれど、そもそもがさくらの物でもなくてね。
 現状では同じものはないかもしれないって答えだった。
 とりあえず、本来の持ち主にも聞いてもらうし、同時に古い文献も調べてもらっている。
 もしかしたら、製造法が残っているかもしれないしね」

「そうですか。分かりました。そちらの方は何か進展があれば、また教えてください」

リスティが謝罪を口にする前に美影はそう割り込み、穏やかに微笑んでみせる。
済んでしまった事はどうしようもないとばかりに。
美影の気遣いを受け取り、リスティは謝罪の言葉を飲み込むと安心させるように言う。

「きっと見つかるさ。さくらも頑張ってくれているし、僕もこの件が済んだら手伝うつもりだからね」

「ええ、期待しています。ですが、それよりも先に……」

「ああ。今回の件をきっちりと片付けないとね。
 それじゃあ、そろそろ僕は戻るよ」

「ええ、分かりました。それじゃあ、後の事はお願いしますね」

「ああ。吉報を待っててくれ」

言ってリスティは背を向けて歩き出すと、ひらひらと背中越しに手を振って立ち去っていく。
その背中を見送ると、美影もまた逆側、自分が今居るべき場所へと歩き出すのだった。





つづく




<あとがき>

という訳で、いよいよ最終話へ。
美姫 「後半は展開が速かったわね」
ははは。って、あまり喋っている暇もないんだな、これが。
美姫 「既に最終話に取り掛かっているのね」
そういう事だ。という訳で、次回の最終話で。
美姫 「まったね〜」







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