『とらいあんぐるがみてる』



外伝 「その後のリスティ」






春休みも近づいてきた三月の半ば。
美影は未だにリリアンに通い続ける日々を送っていた。

「本当にすまない! やっぱりあのペンダントの代用品は見つからないらしい。
 おまけに、他に元に戻る方法もまだ手掛かりもない状況なんだ」

「そうですか。それなら仕方ないですね」

学校の帰り、リスティに呼び出された美影は待ち合わせた喫茶店でそう切り出される。
告げたリスティが拍子抜けするぐらい、美影は飄々としており大した事じゃないという風にも感じられる。

「怒ってないのかい?」

「怒った所で事態は解決しませんし、それにこれのお蔭で色々と助かったのは事実ですから。
 何より、こうして誰も傷付かずにいられているという現状がね。だから、そちらの方は慌てなくても良いですよ。
 勿論、早く戻れるに越した事はないですし、仕事の方も今まで通りに回してくださって構いませんから」

「そ、そうかい。そう言ってもらえると助かるけれど……。
 でも高町の家には単にもう少しこっちで仕事をするしか言ってないんだろう。
 流石に春休みになったら……」

「ええ、春休みになったら、流石に一度ぐらいは戻らないといけないかもとは考えていますよ。
 まあ事情を話せば皆分かってくれると思いますけれど。多少、信じがたくてもね」

完全に女性となっている美影に、リスティは何とも言えない顔でコーヒーを啜りつつ頭を抱える。

「恐らくうちの連中と同じぐらいにあっさりと信じてはくれるだろうね。
 けれど、僕が問題にしているのはそれによって起こるであろう騒動なんだよね。
 はぁぁ、普段なら率先して騒ぐんだけれど、流石に今回ばかりは責められる側だしね」

リスティのぼやきが聞こえたものの、美影は意味が分からないとばかりに首を傾げる。
その仕草が凛とした容姿とのギャップを生み出し、余計に可愛らしく見せるのだが、
リスティはそれに余計に頭を悩ませる。
と、そんな二人の会話にそれまで黙って美影の隣に座っていた祥子が口を挟んでくる。

「あの、少しよろしいでしょうか」

「ああ、構わないよ。とと、構いませんよ」

美影と話していたままだったので、思わず出た素の言葉遣いを改めて言い直すリスティ。
それに一つ笑って変えなくても良いと伝えてから、祥子は幾分声のトーンを落とす。

「リスティさんが色々と動いてくださったのは美影から聞いて知ってます。
 それで、本当にもう狙われるような事はないのですか」

「ああ、それは前にも報告したけれど大丈夫だと思うよ。
 黒幕も捕まえたし、依頼された組織も既に撤退しているからね。
 まあ、次にまた何かあれば、今回の事で会長の信頼も得たみたいだから、こっちに改めて依頼が来るだろうし。
 当分は安心してていいさ。問題は僕の安心は果てしなく遠くに行ってしまったという事なんだけれどね……」

嘆くように最後の呟かれた言葉に、祥子は少しだけはしたないと分かっていても身を乗り出し、
美影に聞こえないように小さく囁くようにリスティへと尋ねる。

「その、リスティさんが困られているのは、美影が恭也さんに戻れないからですよね。
 それで、その事を責めるという事は、その……」

言い辛そうに言葉を区切った後、やっぱり良いですと身を起こそうとする。
その腕を掴んで引き止め、リスティはからかうような顔を一瞬だけ覗かせるも、珍しく真面目に返す。

「まあ、ご想像の通りだけれどね。
 早い話が恭也が美影になると大変困る女の子が多く帰りを待っているって事だよ。
 尤も当人はその辺りの好意に疎いみたいだけれどね。だから、ライバルは多いと思うよ。
 まあ、僕の基本スタンスは中立のつもりだけれど、何かあれば少しぐらいは協力はするよ」

「ラ、ライバルって私は別にそんな……。お、男の方は苦手ですから」

真っ赤になって俯きながらそう言うも、リスティはふーんと小さく鼻を鳴らす。

「男云々はさておき、恭也も美影も同じ人間なんだ。
 個人として美影というか恭也を見た場合は、苦手ではないだろう」

「そ、それは……。恭也さんとして会ったのは本当に少しの時間だったので、
 美影が恭也さんとして近くに居たらどうなるかは分かりません。
 男性というだけで構えてしまうでしょうし……。でも、美影の事は嫌いじゃないですから。
 その美影と恭也さんが同じ人だというのも分かってますし」

「だとすれば、そんなに難しく考えなくても良いんじゃないかな。
 きっと恭也相手でも同じように自然に出来るさ。
 とは言え、さっきから頭を抱えているように、問題はいつ戻れるかなんだけれどね」

「ですから、それは気長に待ちましょうと言ってるじゃないですか」

そう言ってリスティの言葉に美影が返した途端、祥子はいつの間にか内緒話ではなく普通に話していると気付く。
気付いて顔を真っ赤にして俯き、何やら口早に違うだの、そういう意味じゃなくて、だのと意味のない事を言い出す。
リスティの方も流石にフォローのしようもないのか、ただ苦笑を浮かべるだけである。
その中で一人冷静な美影は、まだ俯いている祥子を落ち着かせるように肩に手を置き、優しげな声を出す。

「落ち着いて、大丈夫だから。
 祥子が男の人が苦手だってのは知っているから、兄さんと会うのが不安なのね。
 それでも、ちゃんと私と兄さんが同じだと理解してくれているのでしょう。
 それを私は知っているから、きっと大丈夫よ」

祥子が慌てている理由を、恭也と美影が同一人物だと理解していても、
男性相手では緊張してしまうかもしれないと不安に思っているのだと考え、そう励ます。
対する祥子はきょとんとした顔で美影を見上げ、リスティはほらねと言わんばかりに軽く肩を竦めて見せる。
次いでとばかりに、美影へと、

「で、いつから聞いてたんだい?」

「その言い方だと、まるで私が盗み聞きしたみたいじゃないですか。
 最初は内緒話みたいだったので聞いてませんよ。
 ただ、祥子が途中から普通に座りなおして話してからは、ただの会話に戻ったのだと思っていたのだけれど。
 もしかして、違ったのかしら? だとしても、あの声の大きさで内緒話というには無理がありますよ」

「なるほど、確かにその通りだね。で、美影が聞いたのは僕が男云々と話した所からか。
 なら問題はないかな。ああ、そんなに睨まなくても別に可笑しな事を吹き込んだりした訳じゃないって」

安堵したように嘆息したリスティを見て、思わず何を話したのかという目で見ていた美影は、
その言葉にとりあえずは小さく頷き、それ以上の追求はやめる。
一方で祥子も落ち着いたのか、今さっきの狼狽ぶりを誤魔化すように小さく咳払いを一つすると、
何事もなかったかのように紅茶のカップを手に取るのだった。

「さて、話を元に戻させてもらうけれど、そんな訳で当分は美影としてこっちに居てもらうことになる。
 で、流石にずっとという訳にもいかないから、春休みに美影が帰郷する時に僕も同行して事情を説明する。
 いつまでも黙っている訳にもいかないしね。寧ろ、話した方が色々な方面からのアプローチが出来るかもしれない。
 那美から薫経由で霊力絡みで何とかできないか、とかね」

「後は忍に頼むと言うのもありますね。少々、いや、かなり不安ですけれど」

「まあ、流石の忍も事態が事態だけに変な実験はしないだろう、……多分」

美影の言葉にそう返すも、やはり断言は出来ずに最後の少し付け足すような形となってしまう。
だが、美影は寧ろそれに頷くだけである。

「はぁ、とりあえず美影の件も解決ではないけれど、一区切りって所だな。
 後はヨーロッパに行ってくれているさくらに期待したい所だけれど。
 ああ、そうそう。帰郷するのが決まったら僕にも教えてくれ。
 それと、帰郷したら美影の事を話すという事だ。
 今、美影がここに居るのは多分に僕の事情によるものだ。皆にもう少し隠しておくと言う僕のね。
 けれど、それももうなくなる。つまりは美影がここに、ひいては海鳴に帰れるって事だよ」

リスティの言葉に美影ではなく、祥子が反応を見せる。
こちらを見てくる祥子へと視線を合わせ、美影はゆっくりと口を開く。

「元々、私は学生じゃないのだし、元の生活にそれぞれ戻るだけよ」

「それはそうだけれど……」

「大丈夫、何かあればすぐに連絡して。そうしたら、すぐに駆けつけるから」

「別にそういう心配しているんじゃないの!
 美影が帰るという事は……」

「そうね。離れ離れになるわね。でも、会おうと思えばいつだって会えるわ。
 だからね、ほらそんな顔をしないの。まだ時間はあるのだから、残された時間を楽しく過ごしましょう」

悲しそうな顔をする祥子を宥めるように、その肩にそっと手を添え、もう一方の手で祥子の手を握ってやる。
そんな二人を眺めながら、リスティは静かに席を立つ。

「会計は済ませておくから、そっちは任せたよ美影」

リスティの言葉に頷くと、美影は祥子が落ち着くまでずっとそのままで居た。
やがて落ち着きを取り戻したのか、祥子は少しだけ恥ずかしそうに謝罪とお礼を口にすると、

「美影の言うとおりね。会おうと思えば会えるものね」

「ええ、そうよ。いずれ来る別れの事を考えるよりも、楽しい事を考えましょう」

「そうね。祐巳との約束もまだ残っているものね」

「そうそう。それについても考えないとね」

祥子はまだ少しだけ寂しそうな顔を見せるも、祐巳との約束の話をしている内に笑顔が戻ってくる。
それを眺めながら、美影もまた嬉しそうな微笑を見せるのだった。





おわり




<あとがき>

という訳で、リスティがどうなったをお送りしました。
美姫 「と言うか、今の所はどうにもなってないわよね」
確かにな。どちらかというと、今後の美影の身の振り方とも言えるかも。
美姫 「そうよね」
あははは、まあまあ。
そうだな、この後、海鳴に帰った美影だが桃子に着せ替え人形にされるという悲劇に見舞われ、
卒業するまで帰りません、と再び新学期からリリアンに通うとかな。
美姫 「新展開ね」
新章、マリアさまに通う こうご期待!
とまあ、冗談はさておき、外伝をお送りしました〜。
美姫 「それじゃあ、この辺で失礼しますね」
ではでは。







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