『名雪パニック』
『あさ〜朝だ・・・』
カチッ
目覚ましを止め、伸びをする。うーん、今日もいい天気だ。
さっさと着替えて名雪を起さないと・・・。
そこまで考えた所で、壁に掛かっているカレンダーに目がいく。
今日の日付が赤文字で書かれている。これは、つまり・・・・・・・・・日曜日ってことだよな・・・・・・・・・・・・。
ぐぁ〜、しまった何てこった、やっちまった。そうだよ昨日は土曜日だったじゃないか。
何で目覚ましなんか仕掛けたんだ。本当ならもっと遅くまで寝ていられたのに。
もう一度寝なおそうにもさっき暴れたせいで完全に目が覚めちまった。
こうなったら名雪も起してやる。こういう事は一蓮托生だ。
『う〜祐一、勝手な事言ってるよ』
何処からともなく、そんな名雪の声が聞こえてきそうな気もするが関係ない。
さっさと着替えて名雪の部屋の前に来る。
コンコン、ガチャッ
「名雪、入るぞ」
言いながらドアを開ける。いつも朝、名雪は寝ているから一々確認はしない。これはいつもの事。
しかし今日はいつもと少し違っていた。
「わ、わっわわ祐一。ちょ、ちょっと待って・・・ってもう入ってきてるじゃない」
名雪は何やら慌てて布団に潜り込もうとし、ベッドの端に足を引っ掛けてそのままベッドへとダイブする。
俺はというと名雪が起きていた事にも驚きだったが、それ以上に名雪の姿に驚いていた。
特に頭とズボンの腰部分あたりに目が行ってしまう。
まあ、なんと言うか。早い話が猫の耳と尻尾が生えていた。
当の本人は顔からダイブしたため鼻でも打ったのか鼻を押さえて唸っている。
ベッドの上だった為、布団がクッション代わりになったのは不幸中の幸いだろう。
「うー痛いよ。酷いよ祐一」
「って、俺が悪いのか。勝手に躓いてこけたのはお前だろ」
一応、突っ込みを入れる。
「そうだけど。私、待ってって言ったよ」
「俺が入る前に言え」
「祐一、聞くのと同時に入ってきてた」
「寝てると思ったからな」
「寝てると思ってたのになんで、私の部屋に来たの?」
「っう、それは・・・」
言えん。それだけは言えん。今日が平日だと思っていたなんて。
「なんでかな〜。あ、ひょっとして今日が日曜日だって忘れてたとか」
ぐっ。なかなか鋭いじゃないか、名雪の癖に。
「そ、そんな訳ないだろ。俺が日曜日を忘れるなんて」
「それもそうだよね。勉強嫌いの祐一が休みを忘れる訳ないよね」
名雪、それはそれで何かムカツクぞ。しかし、顔や言葉にはそんな事を出さず、違う事を言う。
「当たり前だろ」
「うーん。だったらなんで私の部屋に来たの?」
「っぐ。それは、あれだ、あれ」
「あれって?」
「えーと、それはなんだ。そ、そう、名雪の寝顔を見る為に決まっているだろ。
いつも朝に見ているからな。それを見ないと落ち着かないというか一日が始まらないというか。
あの・・・」
あの間の抜けた顔を、と続けようとして名雪が赤くになっているのに気付く。
風邪か?いや、それともあの猫耳が原因で体調がおかしくなったとか。
名雪の体温を計ろうと手を伸ばす。
「おい名雪、大丈夫か。顔が赤いけど」
「だ、大丈夫だよ祐一。顔が赤いのは祐一が変な事言うからだよ」
変な事?何か言ったか俺。先程までの会話を思い出してみる。
あっ、そう言えば途中で言葉を切ったままだった。
・・・・・・。
自分の顔が赤くなっていくのが判る。
名雪に何か言おうとした所で、ドアが開き秋子さんが顔を見せる。
「名雪、どうしたの?何か賑やかだけどもう起きてるの?」
「「「・・・・・・」」」
名雪はベッドの上に座りながら赤くなり俯いていた顔を上げ、ゆっくりと秋子さんの方に向ける。
俺はそんな名雪のそばに立ち、先程体温を計ろうと名雪の顔に手を伸ばしたままの状態でいる事に気付くが、
体が咄嗟に動かず、顔だけを秋子さんへと向ける形になる。
そして、秋子さんは部屋に入ってきた状態のまま、交互に俺と名雪を見る。
しばらくの間、部屋に静寂が訪れる。
数秒後、──感覚的には何分も経った気がするが実際は2、3秒だろう──その静寂を秋子さんが破る。
「了承」
言ってドアを閉める。
「「・・・・・・」」
何となく、名雪と二人顔を見合わせる。
「「了承って何を?」」
二人して同じ呟きをこぼす。
ちょっと待て。この状況って・・・ひょっとして秋子さん何か勘違いしてるのか?
しかも、かなりやばい方向に。
名雪も同じ事に気付いたのか、俺に聞いてくる。
「ねえ、祐一。もしかしてお母さん何か勘違いしてる?」
「た、多分」
俺たちの考えを肯定するかのように下から秋子さんの声が聞こえてくる。
「祐一さん、名雪。私はこれから少し買い物に行ってきます。二時間ぐらいは帰って来ないと思いますから」
「「秋子さん(お母さん)!!」」
慌てて一階へと駆け下りていくと、玄関に秋子さんが買い物カゴ片手立っており、今まさに出て行くところだった。
「あら祐一さん、名雪どうしました?」
「違います。誤解です。秋子さんの勘違いなんです」
「そうだよお母さん」
「二人ともとりあえずは落ち着いて話してください」
・・・・・・その後、名雪と二人で説明する事数分・・・。
何とか誤解も解け、今は居間のソファーでくつろいでいる?
「しかし、一体どういう事なんだろうな」
俺は名雪の頭に生えている耳を見ながら訊ねる。
「私に聞かれてもわからないよ。起きたらこうなってたんだもん」
「とりあえず、私はお昼の用意をしないといけませんから買い物に行ってきますね。
祐一さん、後はお願いします」
「あ、はい。判りました」
はぁー。さすが秋子さん、全然慌てていない。マイペースな人だな。
とにかく秋子さんを送り出し、再び名雪に目を向ける。
「なあ、名雪。それって自分の意志で動かせるのか?」
「え、やってみる」
そう言うと名雪は耳と尻尾を動かす。
『ぴこぴこ』という音が聞こえてきそうな感じで耳が動き、尻尾がゆっくりと揺れる。
・・・・・・・・・か、可愛い。
「あ、動いたよ祐一」
「・・・・・・」
「ねえ、祐一」
「・・・・・・」
「祐一っ!」
「わ、な、なんだ名雪、驚かすなよ」
「何度も呼んだのに返事しない祐一が悪いよ」
「ああ、それは悪かったな」
名雪に見惚れていたなどとは言えず言葉を濁し誤魔化す。
ついでに名雪の頭を撫でる。
「わっ」
「どうしたんだ名雪?」
「べ、別になんでもないよ」
名雪は気持ち良さそうに目を細める。
ひょっとして感覚もあるのか。
徐に名雪の猫耳を触る。
「ひゃっ」
「あ、悪い痛かったか」
「ううん、痛くはないよ。ただ急だったから驚いただけで。
それにどっちかと言うと気持ちいいかな」
「そうか。なあ、こっちもいいか?」
尻尾を指差し名雪に聞く。
「え、うん。でも痛くしないでね。そっと優しく触ってね」
「ああ、判ってる」
恐る恐る尻尾に触れる。
「んっ」
「どうした。やっぱり痛いのか?」
「ううん大丈夫だよ。ただちょっと変な感じがする」
「まあ、本来ならあるはずのない物だからな」
「そうだね」
「しかし何でこんな物が」
「本当、不思議だね〜」
さすが秋子さんの娘だけあるな。自分の事なのにここまで呑気だとは。
しかし、本当に何が原因でこんな事になったんだろう。
別に変な物を触っていた記憶はないし。変な物を食べていた記憶も・・・・・・。
・・・・・・・・・ジャム?
ってまさかな。そんなことがある訳ないよな・・・・・・多分。
はっはっは、考えすぎだな、考えすぎであって欲しいな(汗)、考えすぎだったら良いな(泣)
いかん、何やら考え方も日本語もおかしくなってきた気がする。
とりあえず今、考えても判る訳がないし、今のところは体に悪い影響もでていないみたいだしな。
とりあえず現状維持って事にしとくか。って俺も充分マイペースだな。
まあ、秋子さんの姉の息子だしな。これも遺伝ってやつだな。
うん?
ふと足に重みを感じて視線を落とすと、俺が膝枕をする形で名雪が寝ていて、俺は無意識に名雪の頭を撫でたままであった。
はぁー。
思わずため息が漏れる。
いい気なもんだな。気持ち良さそうに寝てやがる。
本当に呑気な奴だな、お前は。
仕方がない、秋子さんが帰宅するまでの間だけ足を貸してやろう。
こうして名雪の頭を撫でながら、のんびりとした時間が過ぎていった。
夕食後、名雪の部屋で明日どうするかを話し合う。
「名雪、明日は学校どうする気だ」
「どうしようか?」
「いや、俺が聞いてるんだが」
「あ、そうだね。尻尾はスカートの中に隠せるけど耳が」
「うーん。耳を寝かせてヘアバンドで上から押さえるってのはどうだ」
「上手くいくかな?」
「判らん。例えば上手くいったとして、長時間その状態でいられるのか」
「あ、そうか」
「まあ、明日は休むっていうのが一番だが」
「うーん。そうなんだけど」
「あまり考えても仕方がないだろ。とりあえず明日は様子見という事で休め。いいな」
「うん・・・判った。ごめんね」
「別に謝る事じゃないさ。そんなに落ち込むな」
「うん、ありがとう祐一」
「おう」
「でもね、やっぱり少し不安なんだよ。このまま戻らなかったらとか考えてしまうの」
辛そうに顔を伏せる名雪を抱き寄せその耳元に囁く。
「ちょ、祐一」
「うるさい、黙れ。何を考えてるかと思えば。そんな後ろ向きな事ばかり考えやがって」
「で、でも、こんな症状聞いた事もないし。祐一は治ると思うの」
「大丈夫だよ名雪。その時は先言ったみたいにして隠せばいい。秋子さんに言えば他にいい方法を考えてくれるだろうし」
「でも、こんなのが付いたままなんだよ」
「どんな格好でも、どんな姿をしていても名雪は名雪だろ。俺はずっと名雪の傍にいるから。だから、安心しろ」
「うぅぅ祐一ぃぃ。本当に、本当にずっと傍にいてくれる?」
「ああ、ずっと名雪の傍にいてやる」
「本当に?」
「本当の本当だ。あまりしつこいと、名雪が嫌だって言ってもいるからな」
「ありがとう、祐一。私、嬉しいよ。
私が嫌だって言う事は多分ないと思うけど、もし嫌って言っても傍にいてね」
「ああ、約束だ」
「うん、約束」
そのままお互いに顔を近づけていき、軽く触れる程度のキスをする。
「もう大丈夫か」
「えーと、まだ駄目かも。でも、もう一度してくれたら大丈夫かも」
「名雪が不安じゃなくなるまで、何度でもしてやるよ」
「うん・・・・・・」
もう一度、名雪とキスをする。
今度は先程よりも長く深いやつを。
「ん・・・・・・んっん・・・はぁー・・・・・・祐一ぃ・・・」
「はぁ・・・名雪・・・」
ゆっくりと唇を離していくとお互いの唇の間に細い銀糸がひく。
まだボーとしている名雪を抱きかかえ、いわゆるお姫様抱っこと言う奴でベッドの上まで運ぶ。
そして、そのまま名雪に覆い被さっていく。
翌日、右腕に重みを感じて目を覚ます。な、なんだ右腕が動かないぞ。一体どうなってるんだ。
少し慌てながら右腕を見ると、そこには名雪の寝顔があった。
えーと、確か昨日はあのまま・・・・・・で、そのまま寝てしまったから・・・・・・って事はここは名雪の部屋だな。
なるほど。それで名雪が隣にいるんだな。
とりあえずまだ起きそうもない名雪の寝顔を見ながら、なんとなしに髪の毛を弄る。
うーん名雪の髪は相変わらず、すべすべしてて気持ちが良いな。
うん?何か少し違和感を感じる。一体なんだ。
あれ?えーと、もしかして・・・
「おい、名雪!起きろ名雪」
「う〜ん。祐一、もうちょっと優しく」
確かに昨日はちょっと・・・って違う。そんな場合じゃない。
「いいから名雪、起きろ」
「うーー。何?祐一」
「ほら、頭見ろ。頭」
「わかったよ。頭を見ればいいんだね」
「違う俺の頭じゃない。お前の頭だ」
「祐一、変な事言ってるよ。自分で自分の頭が見れる訳ないでしょ」
「だぁー。まだ寝ぼけているのか。いいから手を出せ」
名雪の手を掴み、無理矢理頭へと持っていく。
「ほら、これで判ったか」
「何が?」
「だから、耳がなくなってるだろ」
「祐一、耳がなかったら聞こえないよ」
まだ寝ぼけてるのか。こうなったら殴る!殴って起こす!
いくぞ。
「あ、あれ祐一。耳がないよ。元に戻ってるよ」
だぁー。名雪、見事な肩透かしだ。
「ああ、何が原因かはさっぱり判らんが、とりあえず良かったな名雪」
「うん。ありがとう祐一。でも、そうなると昨日の約束はどうなるのかな?」
悲しそうな顔をしてこっちを見てくる。
「名雪、そんな顔をするな。言っただろ、どんな姿でも名雪は名雪だって。
元に戻ったからって名雪が名雪じゃなくなる訳じゃないだろ」
「うん」
名雪を抱き寄せ、顎に手をかけ少し上を向かせる。
そして、そのまま顔を近づけていく。
ガチャ
「名雪、何だか騒がしいけどどうしたの」
秋子さんが部屋に入ってくる。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
そして、部屋に静寂が・・・って何か既視感を感じるな。
「了承」
秋子さんはそのまま部屋を出て行く。
「あ、秋子さん。違います。誤解です。秋子さんの勘違い・・・・・・って言えないかな、今回は」
「祐一、何冷静に言ってるの」
「そ、そうだった。でも今回は誤解だとは言えないし」
「そ、それはそうだけど」
「とりあえず着替えて下に行くぞ。話はそれからだ」
「うん、そうだね」
慌てて着替えを始める。
その途中で階下から秋子さんの声がしてくる。
「祐一さん、名雪。とりあえず今日は学校の方にお休みの連絡を入れたら、私はすぐに仕事に行きますから」
「「・・・・・・・・・」」
「「ちょっと待ってください(待って)、秋子さん(お母さん)」」
朝から大きな声が水瀬家に響く。
こうして騒がしい日常がまた始まっていくのであった。
<Fin>
<あとがき>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紅「浩、どうしたの」
・・・・・・・・・・
紅「おーい」
・・・っは。いかん、いかん。あまりにも疲れていて意識が飛んでいた。
紅「じゃあ、今日はこらへんにしとく?」
いや、もう大丈夫。
さて、とりあえず終わったな名雪の猫ネタ。
紅「うーん、結局原因は何だったの?」
美姫。人には知らなくてもいい事があるんだよ。
神秘は神秘のままでいいじゃないか。
紅「誤魔化したわね」
そ、そんな事はないぞ。
紅「まあ、いいわ。次は何を書くの」
うーん、幾つか候補はあるんだが。
まあ、とりあえずは不明って事で。
紅「おい!」
まあまあ。と、とりあえず今回の後書きはここらへんで。
紅「ちっ、逃げたわね。まあ、いいわ。では、また次回に」