『それぞれの朝』






〜〜水瀬家の朝〜〜

「おーい、名雪、朝だぞ。いい加減に起きろよ」

水瀬家では恒例になった祐一の名雪を起す声が名雪の部屋に響く。
これもまた、恒例ながら名雪は起きない。

「うにゅー、むにゅー、だおー」

「・・・・・・えーい、毎度、毎度、変な言葉を言いいやがって。さっさと起きろ!」

「く〜す〜、す〜ぴ〜、むにゃむにゃ・・・ケロピ〜

「・・・(怒)こうなったら仕方がない」

祐一はそう呟くと、拳を握り締め高く上げる。それから一呼吸つき、そのまま名雪の頭へと振り下ろす。

「うにゅっ!な、なに?何があったの」

これには流石の名雪も目を覚まし、何が起こったのかと周りをキョロキョロと見渡す。
そして、名雪の目と祐一の目が合うと、祐一はにっこりと笑い名雪に挨拶をする。

「おはよう名雪。今日も良い天気だぞ。俺は先に下へ行ってるから、お前もさっさと着替えて降りて来いよ」

「え、あ、おはよう祐一。なんか頭が痛い気がするんだけど、祐一、なんでか知ってる?」

「さあな。寝ぼけて頭でもぶつけたんじゃないのか」

「うー、それはないと思うけど。祐一、もしかして叩いたりしてない?」

「俺がそんな事する訳ないだろう」

「それもそうだね。うー、なんだろう」

「どうせ気のせいだろ。馬鹿な事言ってないで、さっさと支度しろよ」

「う〜判ったよ。すぐに下に行くから先に行ってて」

「おう。出来る限り早くしろよ」

言って、祐一は名雪の部屋を出て、そのまま下へと向かう階段を降りて行く。その途中で一旦立ち止まり、そっと呟く。

「うーん、ちょっと強く殴りすぎたか。意外と力の加減が難しいな」

祐一がそんな事をぼやいているなんて当然、名雪は知らない。
そして、名雪がすぐに起きない限り、この行為も無くならないのであった。
明日もまた、名雪の目覚めは頭痛と共に始まる・・・・・・。



〜〜川澄家の朝〜〜

ピンポーン

玄関に取り付けられているインターホンが鳴り、その後に明るい声が聞こえてくる。

「舞ー。朝だよ〜」

元気な佐祐理の声に答えは返ってこない。

「ふぇ〜。舞ったらまだ寝てるのかな。本当に舞はお寝坊さんなんだから」

言って、ポケットから鍵を取り出し家の中へと入って行く。玄関で靴を脱ぎ、そのまま舞の寝ている部屋へと向かう。
かって知ったるといった感じで、その動作には全く迷いがない。

「舞、入るよ」

佐祐理は一言、断ってから部屋へと入る。

「やっぱりまだ、寝てましたね♪」

本来なら困るはずの状況だというのに、佐祐理はどこか楽しそうに言う。
そしてそのまま、舞の傍まで歩いて行くと、頬を人差し指でつんつんと叩きながら、その耳元に優しく声を掛ける。

「舞、起きてください。このままだと遅刻しちゃいますよ。舞〜」

「う、ううん・・・・・・」

何度か繰り返すうちに舞がのそのそと起き上がり、辺りをキョロキョロと見渡す。
そして佐祐理と目が合うと、

「佐祐理、おはよう」

と、挨拶をする。

「あはははー。おはようございます舞。早く起きてご飯食べないと遅刻しちゃうよ」

「・・・(こくん)」

時間が無くても朝食を食べずに家を出るという選択肢は当然のように無く、佐祐理は朝食の準備を始める。
舞はその間に着替えを済まし、二人で朝食を取り始める。
時間が切羽詰っているというのに、とても穏やかに時間が過ぎて行く・・・。



〜〜美坂家の朝〜〜

「さて、そろそろ行こうかしら」

香里はカップに少し残っていたコーヒーを飲む干すと、鞄を持って席を立つ。
そのままリビングを出て行こうとした時、

ドタドタドタ

騒がしい音を立てて栞が階段を下りてくる。

「あら、栞おはよう」

「お、おはようございます、お姉ちゃん。って、もう行くんですか」

「ええ、いつもの時間になったから」

「ちょ、ちょっとだけ待って下さい。私も一緒に行きます」

「たった今、起きてきた様に見えるのは気のせいかしら。本当にすぐなの?」

「そ、そんなこと言うお姉ちゃんは嫌いです」

「あ、そ。じゃあ、いってきます」

「ああ、ま、待って下さい。嘘です、嫌いじゃないです。す、すぐに準備しますから」

「ふふふ、冗談よ。待っててあげるから、出来る限り早く準備しなさい」

「は、はい。ありがとう。だからお姉ちゃんって好きです」

言って、駆け足で洗面所へと向かう。そんな栞の様子を眺めながら香里は笑みを浮かべ、一人ごちる。

「ふふふ。私も栞に甘いわね」

栞を待つために、リビングへと引き返し、再びコーヒーを淹れる。
それからしばらくして、栞がリビングへとやってくる。

「あ、私にもください」

「仕方がないわね。入れてあげるから座ってなさい」

仕方がないと言いつつも、どこか嬉しげな表情で席を立ち、コーヒーを淹れる。

「はい、どうぞ。あ、砂糖とミルクは自分で入れてね」

「ありがとう、お姉ちゃん」

栞は香里からカップを受け取ると、砂糖とミルクを入れ、一口啜る。
そんな栞を見て香里は何かに気付き、栞の背後へと周る。

「ほら、栞、髪の毛が跳ねているわよ」

そう言って栞の髪を櫛で梳く。栞は香里にされるがままに任せる。
二人の表情はどちらも幸せそうで笑顔が浮かんでいる。しばらくの間、そのまま無言の時間が流れる。

「へへへへ」

「な、何よ栞。突然、気味の悪い笑い声なんてあげて」

香里の言いように、栞は振り返り頬を膨らませ講義の声をあげる。

「むぅ〜、その言い方はひどいですよ」

「はいはい。で、どうしたのよ」

「いえ、ただお姉ちゃんに髪の毛を梳いてもらってるんだなぁって思ったら、なんだか嬉しくなって」

「何、馬鹿な事を言ってるのよ。ほら、まだ終わっていないんだから、さっさと前を向いて」

そう言いながらも香里の顔は少し朱に染まっている。もちろん、その表情は嬉しそうではあったが。
再び、栞の髪を梳き始める。するとまた、お互いに無言だが、どこか柔らかい感じのする雰囲気に包まれて行く。
そんな状況を今度は二人の母親の言葉が破る。

「二人とも、朝から仲が良いのは良い事だけど、時間は大丈夫なの?」

「「あっ」」

言われて時計を見る。

「た、大変だわ。急いで行かないと。栞、行くわよ」

「あ、待って下さい、お姉ちゃん」

「いってらっしゃい、香里、栞」

急いで出て行く香里とそれを慌てて追う栞の二人に声をかけながら、二人の母は朝食の後片付けを始めた。



〜〜朝の通学路〜〜

「はぁ、はぁー、名雪、急げ!」

「判ってるよ、祐一」

いつもの通学路をいつもの様に走り抜けて行く二人。

「なんでこう毎日走って登校する羽目になるんだ」

「私は走るの好きだよ」

「お前が好きでも、俺は嫌いだ」

「でも、ジョギングは身体にも良いんだよ。祐一は特に普段から運動してないんだから、これぐらいの運動はしないと」

「こ、この全速力で走るのを、お前はジョギングっていうのか?そ、それに、これが身体に良いとは思えないんだが」

「うっ、祐一、話している暇があったら走ろうよ」

「っく、名雪から言い出しときながら・・・。って、あれは・・・・・・。おーい、舞、佐祐理さーん」

祐一は前方を走っている二つの影に声をかける。
その声が聞こえたのか、舞と佐祐理は立ち止まり振り返る。

「あ、祐一さんでしたか。おはようございます、祐一さん、名雪さん」

「・・・おはよう、祐一、名雪」

「おう、おはよう、舞、佐祐理さん」

「おはようございます、舞さん、佐祐理さん」

「所で、二人ともどうしたんだ?こんな時間に」

「ふぇ〜、ちょっと朝食を食べていたら、家を出るのが遅くなってしまいまして」

「はちみつくまさん」

「へぇー、二人がこんな時間に通学なんて珍しいな」

「祐一さんたちこそ、どうしたんですか」

「俺たちはいつもこの時間なんです。どこかの誰かさんのおかげで」

「そうだったんですか。だったら、まだ間に合うんですね」

「いや、まあ・・・・・・。ぜ、全力で走れば、何とかなるかと・・・」

「・・・だったら、走る」

言って舞は走り出す。

「あ、こら待てよ舞」

祐一たちも舞の後に続いて走り出す。

「舞さんって結構、足速いね」

「ああ、そうだな」

「・・・そんな事はない」

「別に照れなくてもいいだろ」

「別に照れていない」

ビシッ

走りながら祐一の頭に突っ込みのチョップをいれる。

「あははは〜、舞ったら。そんな事したら、照れてるのがバレバレですよ」

ビシッ

今度は佐祐理にチョップする。

「まあ、舞をおちょくるのはこれぐらいにしとくとして。佐祐理さんも結構、足速いんですね」

「佐祐理はこう見えても結構、運動は得意なんですよ」

「しかし、舞や佐祐理さんと走って登校する日が来るなんて、思ってもいなかったよ」

「そうだね。私も思わなかったよ」

「そうですか?」

「ええ。だって舞さんも佐祐理さんもチャイムが鳴る前には教室にいるでしょう。
 だから、こんなギリギリの時間に登校するなんて、考えられなかったよ」

「名雪、それが普通だ。毎日、チャイムと同時に飛び込む俺たちの方が珍しいってこと、わかっているか」

「でも、毎日繰り返してるんなら、それが私たちの普通なんだよ」

「あ、それもそうですねー」

「佐祐理さん、納得しないで下さい。名雪も変な理屈を言うな。それと私たちじゃなく、お前一人だ。
 俺はお前のせいで遅くなってるだけなんだからな」

「一蓮托生だね♪」

「こんの馬鹿は」

祐一は名雪の頭を軽く叩く。

「うぅー酷いよ、祐一」

「なにが酷いもんか。酷いのはいつもランニングに付き合わされる俺の方だってーの。なあ、舞」

「祐一、暴力はだめ」

「ぐわっ、舞も名雪の味方か」

「さすが舞さん。もっと祐一に言って下さい」

「(コクン)」

「だぁー、なぜそうなる。俺か、俺が全部悪いのか!?」

「・・・祐一、うるさい」

「ぐっ」

「あははは〜」

「な、なにがおかしいんですか佐祐理さん」

「あ、ごめんなさい、祐一さん。ただ、たまにはこうして皆で登校するのもいいなーって思ったんです」

「・・・確かに、たまにはこういうのも良いですね」

「・・・嫌いじゃない」

「うん、楽しいね」

「ああ、だが次はゆっくりと歩きながらにしたいがな」

「あはははー。それもそうですね。流石に走りながらだと疲れます」

「な、名雪〜」

「うぅぅ。ど、努力はしてるもん」

「はいはい。とりあえず、もう少しで着くからもう一頑張りだな」

「そうですね」

「・・・(コクン)」

「あ、あれ?」

「どうした、名雪」

「あれ、香里と栞ちゃんじゃないかな?」

「まさか、香里がこんな時間にいるわけ・・・・・・って、香里!」

「誰よ、って相沢君に名雪じゃない」

「あ、皆さんおはようございます」

祐一の声に二人は振り向き、挨拶を交わす。しかし、走ることはやめないあたり、時間がかなり詰まってきているようである。

「やばいわ、名雪たちと一緒って事はすでにレッドラインすれすれって事じゃない」

「おい、いきなり失礼な奴だな」

「自覚がないっていうのはある意味、幸せよね」

「っぐ、言いたい事は判る。だが、それは俺じゃなくて名雪に言え」

「嫌よ。言うだけ無駄だもの」

「きっぱりと言うなよ」

「あのね、私が今まで注意しなかったと思う?」

「いや、思わん。察するに、言うだけ無駄だったんだな」

「そういうことよ。私、無駄な努力はしないの」

「二人とも、なんか酷い事言ってない?」

「「気のせいだ(よ)」」

「うー」

「じゃあ、今走っているのは無駄な努力じゃないんだな」

「微妙な所ね」

「なんだよ、それは」

「言った通りの意味よ。なんせ遅刻最終防衛ラインと一緒じゃね」

「なんなんだ、それは」

「知らないの?あなたたち二人のあだ名よ」

「知らんぞ、そんなの」

「ニ年の間じゃ結構、有名よ。つまり、あなたちより後に来たら、遅刻確定ってこと」

「なんじゃそりゃ」

「それだけ、いつも遅刻ぎりぎりってことでしょ。そう言われるのが嫌ならもう少し早く来なさい」

香里の台詞に言葉を詰まらせる祐一。そして、ある可能性を思いつき香里に訊ねる。

「おい、その変なあだ名つけたの北川か」

「よく判ったわね。その通りよ」

(あの野郎、後で覚えてろよ)

密かに復讐を誓う祐一に、佐祐理から更に驚くべき言葉が出てくる。

「ああ、遅刻最終防衛ラインって祐一さんと名雪さんの事だったんですか」

「な、佐祐理さんも知ってたんですか」

「はい、私だけじゃないですよ。三年生の間で噂になってました。ねぇ、舞」

「はちみつクマさん」

「ぐわー。ま、まさか、栞・・・」

「二つ名がついてるなんて、ドラマみたいで格好良いですね祐一さん」

「い、一年にまで」

「まあ、あんまり気にしない方が良いわよ相沢君」

「それもそうだな。それでどうなる訳でもないし。ははは、気にして損したな」

「・・・はぁー、前言撤回するわ。少しは気にして、生活態度を改めなさい」

「そうは言うが、これは俺のせいじゃないしな」

「そうね」

言って、全員が名雪へと視線を向ける。
突然、複数の視線にさらされた名雪は少し驚き、

「わ、わ、な、何?皆して」

(自覚はしていないのか)

全員が胸中で同じ事を思っていた。
そうこうしているうちに、校門が見えてくる。

「よっしゃー、後少しだー」

全員がラストスパートをかけ、学校の中へと入る。

「じ、時間は?」

「大丈夫、間に合ったよ祐一」

「ふぅー。今日も遅刻だけは免れたか。早く教室へ行こう。ここまで来て遅刻じゃ、流石にしゃれにならないからな」

「そうだね。行こう、皆」

祐一と名雪が振り向くとそこには、肩で息をして苦しそうにしている三人がいた。
舞だけはすでに呼吸が整っており、佐祐理の背中をさすっている。

「はぁー、はぁー、あ、あんたたち、なんでそんなに元気なのよ」

「そ、そうです。私、もう駄目です」

「さ、佐祐理もちょっと苦しいです」

「なんでって言われても、なぁー名雪」

「うん。多分、慣れかな」

(さ、さすが遅刻最終防衛ラインだわ)

またしても全員の心の叫びが一致した。

その後、なんとか体力を振り絞り、全員遅刻だけは免れたそうである。



おまけ

放課後、用務員のおじさんによって、ゴミ焼却炉の横に棄てられている北川が発見されたとか。



<Fin.>


<あとがき>

浩   「20,000Hitを踏まれた川之助さんからのリクエストで、KanonのSSです」
美姫 「リクエストの内容は、名雪、舞、香里が出てきて、ほのぼのした感じのSS、だったよね」
浩   「その通りです。名雪と香里なら他の話もできるかもしれないんだが、舞も加わってくると咄嗟に浮かばなかったんだな。
     で、この三人に共通しそうな事で考えたら、同じ学校→登校風景という感じかな」
美姫 「何か安直の様な気もするんだけど」
浩   「そんな事は無いと思うけど。まあ、始めは全員参加のドタバタって感じにするつもりだっったんだけど・・・」
美姫 「登校風景ってことで、あゆと真琴の登場はなくなったと・・・」
浩   「うむ。まあ、リクは名雪、舞、香里だったしな」
美姫 「リクをくれた川之助さん、とりあえず、こんな感じになりました。どうだったでしょうか?」
浩   「気に入ってくれたら、いいけどな」
美姫 「まあ、今回はこのへんで」
浩   「そうだな」
美姫 「では、また次回にお会いしましょう」



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