『祐一のハーレム伝説(in 天野家)』






 最終話 相沢祐一、逃げます逃げます







天野家へと何とか到着した後、俺は朝食をご馳走になった。
いや〜、美味かった。満足、満足。
って、ここの所、いつも朝食だけは平和なんだよな〜。
……やめ、やめ!深く考えるのはやめよう。
それに、ここは天野しかいない訳だから、喧嘩にもならないだろうしな。
そんな事を考えつつ、食後のお茶をゆっくりと飲む。
はぁー。
一息ついて落ち着くと、今度は眠気が襲ってくる。
そう言えば、ここの所まともに寝ていなかったからな。
一応、昼寝は取ったんだが、その後に色々と騒ぎがあったせいで疲れているんだな、うん。
食べ終えた食器を洗っている天野の背中をぼんやりと眺めつつ、俺は畳の上に寝転がる。
はぁ〜、気持ちが良いな。
横になった途端に襲ってくる眠気にあがらう事もなく、俺はそのまま身を委ねる。
徐々に薄れつつある意識の中で、天野が俺の名前を呼んだような気がした。



ん……ん〜〜。
身体を軽く伸ばし、ゆっくりと目を開ける。
どうやら、あのまま寝てしまったらしい。
尤も、眠気にあがらわなかったのだから、当然と言えば当然だが。
ん?俺の体にタオルケットが掛けられてある。
恐らく、天野が掛けてくれたんだろう。
とりあえず起きるか。俺は体を起こそうとしたのだが、腕に違和感を覚える。
何故か痺れたようになっており、その上何かが乗っかかっている。
その所為で、俺は身体を起こす事が出来なかった。
俺はそのまま右腕へと視線を向ける。
……………え〜と。これは何でしょうか。

1.俺はまだ寝ていて、これは実は夢である。
2.俺の脳が勝手に見せている幻覚。
3.実は、ここは永遠の世界で、これはその住人。
4.俺の妄想。
5.俺は酔っている。

さあ、どれだ。
2と4はちょっと似てるよな。
5はありえないな。酒を飲んだ記憶がない。
3…も違うだろう。
だとすると、残るは1か2か4か。
あ、俺の妄想なら、もう少しこう、何と言うか…。
まあ、そういう事だから、これもないな。
と言う訳で、答えは1か2だ!
ほら、頬っぺたを抓ると……。

「痛い」

ぐあぁー。やっぱり夢じゃなかったか!
そうだろうとは思ったさ。しかし、だったら、もっと加減をして抓るんだった!
今、自分の顔を鏡で見たら、きっと頬が真っ赤になっているだろう。
さすが俺。あらゆる事に全力を尽くす男だ。って、単なるアホじゃないか。
……ま、まあ、落ち着け。
とりあえず、1でもなくなった訳だ。となると、これは2だな。
あはははー。そうか幻覚かー。びっくりしたじゃないか。
しかし、こんな真昼間から幻覚を見るとはさすがは俺様。うんうん。
幻覚だもんな。俺はその幻覚へと手を伸ばす。
ほら、やっぱり幻覚だ。
こうして、触れることは出来な……。
最近の幻覚はリアルだな。
こんなにもはっきりと感触を伝えてくるなんて。
ぷにぷにしてて、もちもちのすべすべ。
そして、押せば押した分だけ押し返してくるこの弾力。
堪りませんな〜。ぷにぷにぷにぷに。
こ、これは意外と面白いかも。
俺は何度もソレを指先で突付いては、その感触を楽しむ。
ははっははははは。
…って、現実逃避している場合じゃないな。
これは幻覚なんかじゃないな。だとしたら、これは……。
ふっ。いい加減認めるしかないか。
これは、6.本物の天野美汐。
……うん、間違いないな。
って、何で天野が俺の横で寝てるんだ!
しかも、俺の腕を枕代わりにして!
いかん、いかん。とりあえず、落ち着け俺。
こう言うときは深呼吸だ。
す〜、は〜。よし!
…とりあえず、もう少しあの感触を楽しむか。
落ち着いた俺は、再び指先で天野の頬っぺたを突っつく。
うーん、癖になりそうだな。

「う、う〜ん」

流石にやり過ぎたか、天野が小さく呻き声を上げる。
俺は咄嗟に指を離し、息を飲んでそっと見守る。
俺が見詰める中、天野は再び眠ったようだ。
それを確認すると、俺は懲りずに再び天野を突っつく。
その度に天野は小さな声を上げる。

「ん〜。むにゃむにゃ」

…ちょっと、いや、かなり可愛いかも。
起きている時は少しおばさ……いやいや、物腰が上品な天野だが、こうして寝ている所なんかは年相応に可愛い。
そんな寝顔を見ていると、ついつい悪戯したくなるのが人情というもの。
俺は頬を突付いていた手を天野の鼻へと持っていく。
そ〜と、そ〜と。
そして、おもむろにその鼻を摘む。

「す〜…………」

お。身体が小さく震えだしたぞ。
あ、顔がだんだんと赤くなってきた。
それでもまだ掴んだままでいると、そこから徐々に青くなっていく。
流石にこれ以上はまずいな。
そう思って手を離した瞬間、天野が飛び起きる。

「ぷはぁー!…はーはーはー」

「おはよう、天野。そんなにはーはー言ってると、変質者と間違われるぞ」

「はー、はー。お、おはようございます。って、いきなり何て事を言うんですか。失礼です」

「それは悪かった。しかし、どうしたんだ、そんなに息を切らせて」

「いえ、ちょっと変な夢を見たもので」

「溺れる夢でも見たのか」

「よく分かりましたね」

「まあな」

すっ呆けて答える俺を、天野は何故か疑わしそうに見てくる。

「相沢さん、何か隠してませんか?」

「あはははは。ナニヲイウカナ。ソンナコトアルワケナイダロウ」

「……」

じっと見詰めてくる天野の視線から、すいと目を逸らす。
天野はため息を吐くと、

「はぁー。もう良いです。相沢さんに何を言っても無駄でしょうし」

中々に失礼な奴だが、追及されないに越した事はないから黙っておく。

「そうか、それは良かった。いやー、しかし天野の唇は柔らかかったな〜」

「なっ!な、ななななな。く、唇って、一体何をしたんですか!
 そ、その前に何で私はそれを覚えてないんですか!」

「落ち着け、天野。お前が覚えていないのは寝ていたからだ」

「な、何て事をするんですか!いえ、別に嫌とかそういう訳ではないんですよ。
 た、ただ、いきなりは。ま、ましてや寝込みを襲うなんて。
 い、一応、ファーストキスな訳ですから、記憶にないというのは…。
 それに、初めてはやっぱり綺麗な夕焼けを眺めつつとか、色々考えていたのに」

うわー、かなり錯乱しているなー。
面白いからこのまま見ていても良いけど、さすがにな。

「天野、冗談だから落ち着け」

「お、落ち着けと言われましても、これが落ち着いていられましょうか。いえ、いられません。
 大体、相沢さんは冗談と言いますけど…………。冗談?」

ようやく落ち着きを取り戻した天野が聞いてくる。
それに俺はしっかりと頷いてやると、天野は力が抜けたように肩を落とす。

「どうしたんだ、天野」

「どうしたも何も……。いえ、相手が相沢さんだという事をすっかり忘れていました」

さっきから失礼な奴だが、まあ良い。
今度はこっちが聞く番だ。

「で、天野こそ何をしていたんだ?」

「私ですか?」

「ああ」

俺の言葉に天野は少し思い出すように、右手を顎に添え、右肘を左手の上に乗せる。
仕草が……、こっちを睨むな。まだ何も言ってないし、考えてないだろう。

「私は相沢さんが眠っていらっしゃったので、何かかける物をと。
 それで、相沢さんにタオルケットをかけたのですが、そのあまりにも気持ち良さそうに眠ってらしたので、私もつい横に。
 どうやら、そのまま眠ってしまったみたいですね」

「成る程な。そういう事か。しかし、驚いたぞ。目を覚ましたらすぐ横に天野がいて、しかも腕枕だもんな」

「う、腕枕!…そ、それも冗談なんでしょう」

驚いた声を上げるのも一瞬で、天野はすぐに疑わしそうな目で見てくる。
いい加減に傷付くぞ。

「いや、それは本当だ」

俺がはっきりと言ってやると、天野は茹蛸みたいに顔を真っ赤に染め上げる。
おー、一瞬だったな。お見事。

「そ、そんな。そんな美味しい事を覚えてないなんて……」

何やら一人でブツブツと言い出した天野を置いておいて、俺は台所へと向う。


「おーい。何か飲む物貰うぞ」

一応、一言断わってみるが、天野はまだブツブツと呟いていて、こちらの声に答えない。
…まあ、良いか。俺は勝手に冷蔵庫を開けると、麦茶を取り出してコップに注ぐ。
そして、一気に喉へと流し込む。
すっかりカラカラに乾いていた喉に、麦茶が染み渡る。
ぷはぁー、と風呂上りの親父がビールを飲んだ後みたいな声を上げる。
それから居間へと戻り、未だにブツブツ言いつづけている天野を横に、テレビを点けるのだった。



やっとこちらへと天野が帰ってきたのは、昼前の事だった。
天野は時間に気付くと、すぐさま昼食の用意をする。
今は昼食も食べ終え、ゆっくりとしている。
はー。しかし、あまり面白い番組がないな。
適当にチャンネルを回しつつ、特に見るものがなかったのでテレビを切って仰向けに転がる。
と、電話が鳴る。
俺はごろりと転がって、居間から台所へと顔だけを出す。

「天野〜、電話だぞ〜」

「ちょっと待って下さい。今、出ますから」

「何なら、俺が出ようか」

「やめてください。もし、両親とかからだったら、どうするんですか」

「……娘さんをください、とか?」

「な、何を言ってるんですか!良いですから、大人しくしてて下さい」

天野は顔を赤くして、エプロンで両手を拭くと電話へと出る。

「もしもし、天野ですけれども……。あ、真琴。どうしたの?」

あー、電話は真琴からか。
……って、真琴だと!真琴と言えば、あの真琴だよな。
天野があの真琴意外に真琴という知り合いがいれば別だが、まずありえないだろうし。

「ま、まさかここがばれたのか!ぬぐぉぉぉ。祐一くん、ピンチ。
…じゃなくて、考えろ。考えるんだ、俺。な、何か良い手は……。

「え、相沢さんがいなくなった?相沢さんなら…」

言って天野はこちらを伺う。
チャンスだ!俺は咄嗟に両手で×と作って見せるが、天野は見事に背を向けていた。
お、おーい。こっちを見てくれ〜。
俺の願いも虚しく、あっさりと天野は言い放つ。

「相沢さんなら、今ここにいますけど…」

「それ、本当!」

「え、ええ」

電話越しでも聞こえてくるぐらいの大声で、真琴は叫ぶ。
案の定、天野も顔を顰めて耳を押さえていた。

「今から真琴が行くから、それまで逃がさないでね!首に鎖と付けてでも引き止めておいてよ!」

それだけを告げると真琴は電話を切ったらしい。
天野は受話器を戻すと、俺の方へと顔を向ける。

「相沢さん。本当に何もしてないんですか」

「当たり前だ。さっきも言ったが、今回は本当に何もしていない!」

自分で今回を強調して言う所が少し虚しいが…。
それを信じたのか、天野はそっと息を吐き出す。

「そうですか。では、その言葉を信じます。でも、どうしますか?
 あの子は間違いなく、ここにやって来ますけど」

天野の言葉に暫し考え込む。

「何でしたら、もういないと言いますから、奥にでも隠れていますか」

「いや、あいつの事だから、家の隅々まで調べるだろう」

「それは、ありえます」

「仕方がないな。天野、世話になったな」

「も、もう行かれんですか」

「ああ。いつまでも世話になってられないしな。
 それに、見つかった以上、少しでも早く逃げなければ」

「そうですか。残念です」

「ん?何か言ったか?」

「い、いえ、何も言ってません。でも、何もしていないのなら、逃げる必要はないのでは」

「それが、そういう訳にもいかなくてな。
 まあ、色々とあるんだよ」

「はあ」

いまいち訳が分からないという顔をする天野だったが、俺は早々にここを出る事にする。

「まあ、そういう訳だから。少しの間とはいえ、助かった」

「いえ、大したおもてなしも出来ませんでしたが」

「そんな事はないさ。じゃあな」

俺は挨拶もそこそこに、天野家を飛び出すのだった。
何か、この街を出た方が良いような気すらしてきたぞ……。





天野家編 おわり〜

○○編へとつづく〜




<あとがき>

天野編も今回で終了です〜。
美姫 「久し振りの祐一のハーレムね」
……確かに。
美姫 「さて、次は誰かな?」
後残っているのは……。
美姫 「とりあえず、また次回ね」
そういう事です。ではでは〜。





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