Kanon −Akiko’s story−
 〜もし本当に秋子さんが28歳だったら〜
        第5話






春を感じさせる暖かな日差しが射す4月。

コンコン

名雪の部屋のドアをノックして、中に入る。そして、そのまま、まだ夢の中にいる名雪の肩を揺らす。

「おい、名雪!起きろよ。朝だぞ」

「うぅーん。後、五分だけ〜」

「はぁー、別に構わないが入学式に遅れてもしらないからな」

「あっ、今日から学校だった」

俺の言葉に珍しく反応して飛び起きる。いつもこれぐらいだったら楽なのにな・・・。

「じゃあ、さっさと着替えるんだぞ。間違っても二度寝なんかするなよ」

「しないよ〜。祐一お兄ちゃんの意地悪!」

「ははは、じゃあ、早くしろよ」

俺は拗ねて頬を膨らませる名雪に笑いかけながら部屋を出る。
リビングに行くと朝食の準備をしていた秋子さんが俺に気付き、いつもと変わらない笑みで挨拶をしてくる。

「おはようございます、祐一さん。名雪は起きましたか?」

「おはようございます。ええ、珍しくすぐに起きましたよ。本当、こんな事がずっと続けば良いんですけどね」

「無理でしょうね。多分、明日にはもう元に戻ってると思いますよ」

さすがに秋子さん。だてに十二年間も名雪の母親をやってはいない。名雪の性格をよく理解しているな。

「せめて、週に何回かはすんなりと起きてほしいものです」

そんな事を話していると、準備を終えた名雪が入ってくる。

「へへへ〜。祐一お兄ちゃん。見て見て」

そう言うと名雪はその場でクルリと一回転してみせる。

「どう?」

「ああ、よく似合ってるぞ」

本当は馬子にも衣装と言おうと思ったが、あまりにも嬉しそうに制服姿を見せてくるのでやめておいた。
まあ、たまにはいいだろう。

「どうかした?祐一お兄ちゃん」

「ん?別に何でもないぞ。それより、さっさと朝食を食べて行くぞ」

「うん!」

俺の言葉に元気よく頷き、パンにジャムを塗り始める。
そう、今日の入学式に俺も行く事になったのだ。当然、保護者の席だが。
まあ、大学はまだ始まらないから良いんだが。
ちなみに名雪が通うことになる華音学園は中高、大学とあり、その大学は俺が今度から通う所でもある。
そんな事を考えているうちに名雪は食べ終わったみたいだな。

「ごちそうさまー。じゃあ、行こうよ」

「待て待て。まだ、早すぎるだろう」

「そんな事はないと思うけど」

「いいじゃありませんか祐一さん。名雪が早く学校に着くなんて数える程しかないんですし」

「それもそうですね。それに、式に遅れて入っていくのは流石に抵抗がありますから」

「そうですね。では、すぐに片付けて用意をしますので、少しだけ待っててください」

「分かりました。と、いう訳で名雪、忘れ物はないな?」

「う〜〜」

俺の質問に唸り声を上げる。

「変わった返事だな、名雪」

「う〜〜。これは別に返事したんじゃないもん」

「じゃあ、なんだ?うーうー病か?」

「ないよ!そんな病気」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「だって、祐一お兄ちゃんとお母さん何か酷い事言ってた〜」

「それは気のせいだぞ」

「そんな事ないもん」

「ほらほら、そんなにむくれるな。折角の可愛い顔が台無しだぞ」

「えっ、か、可愛いかな?」

「おお、可愛いぞ。だから、拗ねるなよ」

「うん!へへへ〜可愛いか〜」

名雪は頬を両手で挟むと身体を左右に揺さぶる。どうもトリップしたみたいだな。
まあ、上手く誤魔化せた事にしておこう。そのうち、秋子さんの用意も済み、俺達は学校へと向った。



  ◇ ◇ ◇



はぁ〜、暇だ。大体、俺はこういう式とかいう奴はどうも苦手なんだよな〜。
欠伸を噛み殺す俺を見て、秋子さんが小声で話し掛けてくる。

「くすくす。退屈ですか、祐一さん」

「ははは。どうもこういうのは苦手で」

「分かりますよ。私も学生の時は苦手でしたから」

「それは意外ですね」

「そうですか?」

「ええ。名雪ならなんとなく納得できるんですけどね」

「ふふふ、確かにあの子もこういうのは苦手ですね。あの子の事だから寝てなければ良いですけど」

「それはありえますね」

俺は名雪の座っているであろう場所を探す。うーん・・・やっぱり見えないか。
諦めかけた時、同じ様な人の群れの中で唯一、前後左右に揺れている頭を見つける。
間違いないな。あれだ。しかも、予想通りに眠っているようだ。
左隣に座っている女の子──香里──が名雪を起こそうとしている。多分、あの程度では起きないだろうけど。

「どうやら名雪は寝ているようですね」

俺と同じ所を見ていた秋子さんがそう言いながら苦笑いする。

「ええ、そうみたいですね。香里が何とか起こそうとしているみたいですが・・・」

「どうやら香里は起こせないと判断したみたいね。あきらめたみたいよ」

伊織さんが言うとおり、香里は一度肩を竦めると名雪をほっといて前を向いて真面目に話を聞いている。

「まあ、ほおっておけばそのうち目を覚ますでしょう」

「式が終わるまでに目を覚ませばいいけどね」

そして、俺たち三人は苦笑いを浮かべる。
そうこうするうちに、担任の紹介になった。名雪のクラスはC組だから、3番目のあの女性の先生か。
・・・うーん、なかなか綺麗な先生だな。でも、どこかで・・・。

「祐一さん、どうかしたんですか?」

「え、いや・・・。ただ、あの名雪の担任と思われる先生なんですけど、どっかで見た様な気がして」

「うーん。祐一君も隅におけないな〜。一体何処で口説いたのよ」

「だー!伊織さん、人聞きの悪い事を言わないで下さい!」

「やーねー、冗談じゃない。そんなにムキにならなくても良いじゃなーい。ねぇー、秋子」

「そうですね。祐一さん、落ち着いて下さい」

「は、はい。はあぁー」

俺は深いため息を吐く。
一瞬、そう本当に一瞬だったが伊織さんが口説くという単語を口にした瞬間、俺はすぐ横からすさまじい殺気のような物を感じた。
が、どうやら大丈夫みたいだな。ったく伊織さんも余計なことを・・・。

「どうかしましたか?祐一さん」

「い、いえ別に何でもないですよ。そ、それよりほら、名雪の担任の番みたいですよ」

「本当ですね」

俺たちは壇上に立っている女性へと目を向ける。

「私がC組の担任の沢渡 真琴(さわたり まこと)と言います。担当科目は国語ですので宜しくお願いします」

・・・な!真琴姉さん!!
俺はよっぽど驚いた顔をしていたんだろう。秋子さんたちが何があったのか訊ねてくる。

「あの名雪の担任の先生、俺が昔住んでいた街でちょっと世話になったというか、遊んでもらったというか」

「あー、いわゆる幼馴染って奴?」

「そうですね。それに近いものはあるかと」

「本当、人の縁とは不思議な物ですね」

「そうですね」

秋子さんの言葉に頷く。しかし、本当に驚いたな。偶然、久しぶりにあったと思ったら、名雪の担任だなんて。



そうこうしてるうちに、入学式が終わりを告げ、新入生が退場する事になった。
しかし、名雪の奴まだ寝てるぞ。どうするつもりだ?あ、香里もさすがに慌てて起こしているな。
うーん、さすが名雪だ。あれだけ揺すられているのに起きる気配がないとは。
そんな事を考えていると、体育館の後ろの扉から声が聞こえてきた。

「うぐぅー、遅刻だよ〜」

「ほら、あゆ急ぎなさい」

「急いでも遅刻だと思うよ」

「欠席よりはましでしょ」

「大体、お母さんが寝坊するから」

「し、仕方ないじゃない。明日だと思ってたんだから」

「「うぐぅ〜」」

ああ、あの声はあの二人だな。道理でやけに静かだと思ったら、来ていなかったのか。
二人は未だに口喧嘩?らしき物を続けながら、体育館に入ってきた。
そして、その場にいた人たちの視線が自分たちに突き刺さっているのに気付き、ようやく大人しくなる。
所々で笑い声を堪えようとして漏れた声が聞こえる。その声に顔を赤くしながら小さくなる二人。
流石、あみさんとあゆ。期待を裏切らない登場だ。
ふと、名雪の方を見ると、この騒ぎで目が覚めたのかふらふらと立ち上がると、

「祐一お兄ちゃん!それ、私のイチゴ!!取っちゃ駄目!!!!」

「誰が取るか!!」

・・・・・・し、しまったー。名雪の寝ぼけた戯言につい反射的にツッコミをいれてしまった。
うぅー、この性格が恨めしい・・・。当然、この場にいる人たちの視線が俺と名雪にいく。しかも、名雪の奴、立ったままで寝てるし。
帰ったら覚えていろよ〜。

「「あっ、祐一君(お兄ちゃん)」」

あみさんとあゆが俺に気付き、声をあげて近づいてくる。

「聞いてよ、祐一お兄ちゃん。お母さんったらね今日、寝坊するんだよ」

「何を言ってるのよ。あゆだって寝坊したんだから同じよ」

「うぐぅ〜。で、でも遅れそうなのに、呑気にタイヤキなんか作ってるから」

「何よ。朝食はちゃんと取らないといけないのよ。第一、あゆもしっかり食べてたでしょ」

「だ、だってあんなに美味しそうに湯気が出てたら・・・。それにタイヤキは出来たてが一番美味しいんだよ〜」

「だったら、私のせいじゃないでしょ」

「うぐぅ〜」

「おい、漫才はもう良いから」

「酷いよ、祐一君。別に漫才なんかしてないわよ」

「そうだよ、祐一お兄ちゃん。別に漫才なんかしてないもん」

「だぁー、こんな時だけ協力するな。第一、理由はどうあれ遅刻は遅刻だぞ、あゆあゆ」

「僕の名前はあゆだよ。そんな変な名前じゃないよ!」

「おいおい、自分の名前を変だなんて言っちゃ駄目だぞ」

「うぐぅ、僕そんな事いってないー」

「それより、あゆ。お前のクラスは何処だ?」

「知らないよ〜。今来た所だもん」

「あみさんは知ってるんですか」

「私が知ってる訳ないじゃない」

「いや、そんなに威張られても」

というか、かなり注目を浴びているぞ俺たち。しかも、秋子さんと伊織さんは知らん顔してるし。
秋子さんはいつも通り笑みを浮かべて、伊織さんは手の平を合わせてごめんのジェスターをしている。
くっそー、これも全ては名雪のせいだ。っと、その肝心の名雪は・・・・・・まだ、寝てるのか。
ははは、香里も知らん顔してやがる。

「だお〜〜。私のイチゴ〜!祐一お兄ちゃんのいけず〜!」

「だーーー。いい加減に起きろーーー!」

「わ、わわわ。・・・あ、あれ?私のイチゴは?」

俺の体育館中に響き渡る大声に名雪もやっと目を覚ます。
俺の傍にいたあみさんとあゆはそろって両耳を塞いでいる。

「祐一君、今度から大声を出す時は始めに言ってからにして」

「・・・うぐぅ〜、耳がまだキーンってする〜」

「はははは、すまん」

流石にそろそろ事態に収拾をつけたいな〜とか思っていると、
一人の先生が壇上のマイクを掴み俺たちに話し掛けようとしているのが目に入った。
これで、一応収拾はつくかな。まあ、注意はされるだろうが・・・。だが、この考えが甘かった。
そう、具体的に言うならば二つばかり失敗してしまった。
一つは、そのマイクを掴んだ先生が真琴姉さんだったこと・・・。まあ、この時の俺には、そこまで確認する余裕がなかったのだが。
後一つの失敗は、真琴姉さんの性格を忘れていた事だろうな・・・・・・。
そう、真琴姉さんはマイクを掴むと、俺たちに注意をしたんじゃなく・・・。

「祐くん!祐くんでしょ。やっほー、久しぶりだね〜。私よ、私。覚えてる?」

大勢の人がいる中で、大声で昔の呼び方をするのはやめてくれ。
俺がそうやって頭を抱えて悩んでいると、返事がないことを不信に思った真琴姉さんが、さらに声を上げる。

「あれ?祐くん、ひょっとして私のこと覚えていないの〜。ほら、真琴姉さんよ〜。小さい頃、よく遊んであげたじゃない。
 ねぇ、祐くん?祐くん、祐くーん。祐ちゃーん。覚えてないの〜」

「だぁーー、そんな大声で何度も人の名前を連呼しなくても覚えてますって!」

「なーんだ、ちゃんと覚えてたのね。だったら最初から返事してくれたら良いのに」

「なになに、祐一君。あの女性と知り合いなの。全く隅に置けないわね〜。で、どこで口説いたの?」

あみさんが楽しそうに俺に聞いてくる。しかし、この台詞さっきの伊織さんと同じだぞ。

「いや〜ん。口説くだなんて。でも、祐くんにだったら・・・って、きゃぁーきゃぁー。何を言わせるのよ」

別に俺が言わせたわけじゃないんだが・・・。あ、校長先生が睨んでる。おーおー、頭まで真っ赤にしてるぞ。

「沢渡先生!そこらへんにしといて下さい。とりあえず、新入生の退場を!
 それと遅刻してきた女生徒についてですが、まあ今回は大目にみましょう。
 だから、中庭に張り出しているクラス表を見て、自分のクラスへと行って下さい。後、沢渡先生は後で校長室まで来てください」

ふぅー、どうやら真琴姉さんのおかげ(?)で、俺たちはお咎めなしみたいだな。助かったー。とりあえず、安堵しながら席に座る。

「祐一さん、お疲れ様です」

「ありがとうございます」

「いやー、なかなか楽しかったわ。さすが、祐一君とあみさんね」

「なにがさすがなんですか。もうクタクタですよ。必要以上に目立ってたし・・・」

「まあまあ。それより、香里のクラスたちが退場するみたいよ」

伊織さんの言葉に前を向くと、丁度名雪と香里がこっちに向って歩いてくる所だった。
香里は何故か疲れたような顔をしていて、名雪は顔を赤くしている。
俺の横を通り過ぎる時に名雪にだけ聞こえるように小声で話す。

「名雪、帰ったら覚えてろよー」

その言葉に身体を強張らせ言い訳しようとするが、立ち止まる訳にも行かずそのまま歩いて行く。
はぁー、こんな式はもうこりごりだ。

ちなみに余談だが、俺が新入生の間でかなり有名になった事だけは言っておく。





<続く>





<あとがき>

どうもお久しぶりです。氷瀬 浩です。
美姫 「本当に久しぶりね。一体、今まで何をやってたのか聞きたいわ」
そ、そんな事言われても〜。
美姫 「そんな事言ってるから、ダメダメなのよ」
胸に突き刺さるお言葉です。
美姫 「まったく、睡魔さんによくお礼を言っておきなさいよ」
うぅー。言われなくても分かってらー。
美姫 「睡魔さん、遅くなりましたが第5話お届けします〜」
しまーす。
美姫 「これからも、この馬鹿な作者を宜しくお願いします」
します〜。
美姫 「・・・・・・。あんた、本当にやる気あるの?」
うわ、いきなりそれは失礼だぞ。何を根拠に。
美姫 「まあ、いいわ。出張先でいつもみたいにやる訳にもいかないしね」
た、助かった〜。流石に、毎回毎回、やられてたら回復が追いつかないからな。
美姫 「だったら、ふざけた事を言うのをやめれば良いのよ」
さ、さて、ではまた次回で!
美姫 「・・・上手いこと逃げたわね」




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