Kanon −Akiko’s story−
 〜もし本当に秋子さんが28歳だったら〜
        第7話






四月も半ばに差し掛かった日曜日。
リビングでのんびりとしていた祐一は、カレンダーへと目を向ける。

「あー、明日から大学かー」

「祐一さん、頑張って下さいね」

「うーん、分かってはいるんですが、どうもやる気が…」

「もう、そんな事ばっかり言って」

「俺はただ、もう少し秋子さんと日中からイチャイチャしたかっただけなんですけど、秋子さんは違ったんですね。
 そうか、イチャイチャしたかったのは、俺一人だけだったんだ……」

「そ、そんな事ありませんよ。私だって、祐一さんと一緒に居られる方が……」

そこまで言うと、秋子は恥ずかしそうに口を噤む。
そんな秋子を眺めつつ、祐一は笑みを見せると、

「居られる方が、何ですか? 早く続きをお願いします」

「祐一さん、意地悪です。分かってて言ってますよね」

「いいえ、全く、全然、これっぽっちも分かりませんよ。だから、早く続きを言って下さい」

「嘘です。その顔は明らかに楽しんでます」

「いやいや、俺の顔はいつもこんなもんだぞ」

「うーん、そう言われればそうかも……」

「って、俺はいつも、こんなにやけた顔をしてるんですか」

「ほら、やっぱり自分でも分かっているんじゃないですか」

「しまった!」

祐一はそう言った後、不意に真面目な顔になる。

「でも、俺はどうしても秋子さんの口から聞きたいんですよ」

「……わ、分かりました。その、私も祐一さんと一緒に居られるのは、嫌じゃありません。
 これで良いですか」

「駄目です。嫌じゃないっていうのは、どういう事ですか?」

「祐一さんの意地悪」

「意地悪な俺は嫌いですか?」

「いいえ、好きですよ。どんな祐一さんだって、私は好きです。
 だって、祐一さんが優しい人だという事は知っていますから。
 ですから、そんな祐一さんと居られて、私はとても嬉しくて、それだけで幸せです」

秋子の言葉に、今度は逆に祐一が照れたようにそっぽを向く。
そんな祐一に優しい笑みを見せながら、

「祐一さんは、攻められると弱いですね」

「…………」

「うふふふ。また赤くなりました♪」

からかうように言ってくる秋子を抱き寄せると、

「反撃します。まずは、そんな事を言う口を塞がないといけませんね」

そう言うと、秋子の唇を自身のそれで塞ぐ。
驚きから一瞬だけ身体を硬くした秋子だったが、すぐに力を抜くと自ら求めるように舌をそっと出す。
それを感じ取った祐一は、自分も少しだけ口を開けると、そこから舌を出して秋子に応える。
二人きりのリビングに、湿った音を響かせながら、お互いの唇を貪る。
徐々に瞳を潤ませて行く秋子の背中にそっと手を伸ばした所で、階段を降りてくる足音が耳に入る。
二人は離れると、祐一はテレビを付け、秋子は少し乱れた髪の毛を整えつつキッチンへと向かう。

「そろそろお昼の用意しますね」

「ええ、お願いします」

それからすぐに名雪がやって来る。

「おはよう、祐一お兄ちゃん」

「ああ、おはよう、流石の名雪も昼まで寝ていれば、しっかりと起きているようだな」

「うん」

褒められたとでも思ったのか、名雪は嬉しそうに頷く。
まあ、折角機嫌が良いんだから、このままにしておこうと祐一は何も言わない。
名雪は祐一の横へと腰を降ろすと、

「ねえ、チャンネル変えても良い」

「ああ、良いぞ」

祐一の言葉を聞き、名雪はリモコンを手にすると、チャンネルを変える。
二人して、そのままテレビを見ていると、やがてキッチンからいい匂いが漂ってきて、昼食となる。
昼食を終えて暫らくすると、家のチャイムが鳴る。

「あ、香里が来たみたい」

名雪はそう言うと玄関へと向かう。

「そう言えば、今日は香里が来るって言ってたな」

祐一がそんな事を思い出していると、名雪と香里が顔を出す。

「お邪魔します」

「ああ、いらっしゃい」

「いらっしゃい、香里ちゃん」

「じゃあ、部屋に居るから」

「ええ。おやつが出来たら、呼びますから。
 今日のおやつは楽しみにしててね」

秋子の言葉に二人は嬉しそうに呟くと、二階へと上がって行く。
それを眺めつつ、祐一は秋子へと話し掛ける。

「それじゃあ、俺たちも何かして遊びましょうか」

「えっ! そ、そんなまだ日も高いですし。
 そ、それに、名雪や香里ちゃんも居るのに…」

「いや、別にそういう意味で言ったんじゃ」

「はい、分かってます。冗談ですから」

「……ふふふ。分かりました、秋子さんがそこまで期待しているのなら、それに応えなければ。
 という訳で、部屋に行きましょう」

「ちょ、ゆ、祐一さん。ですから、さっきのは冗談だって…」

「無理です。あんな風に照れる秋子さんを見せられたら、我慢できません」

「で、でもでも」

「問答無用です」

そう言って祐一は秋子を抱き寄せる。
口では否定していても、何処か期待するような目で思わず祐一を見てしまう秋子の顎をそっと掴むと、キスをする。

「…………はぁ。まあ、これぐらいで我慢しておきますよ」

「…………」

何処かぼ〜っとしている秋子に、祐一は意地悪そうに笑って見せると続ける。

「それとも、もっとしますか?」

「もう、祐一さんなんて知りません」

「ああ、すいません、悪ふざけが過ぎました」

「……反省してますか?」

「はい、それはもう充分に」

「はぁ、では、許してあげます」

「ありがとうございます。それじゃあ、普通に大人しく遊びますか。
 何します? 鬼ごっこでもしますか? それともかくれんぼとか?」

「ふふふ。それはそれで楽しそうですけど、私は今からおやつを作らないといけませんから」

「ありゃ、それは残念。仕方がない、名雪や香里たちで遊ぶか」

”名雪たちと”ではなく、”名雪たちで”と言う辺り、祐一が何をするつもりなのか。
そんな祐一に向かって、秋子はいつものように優しく言う。

「あんまり、からかわないであげてくださいね」

「了解です」

祐一はそう言うと、名雪の部屋へと向かうのだった。
名雪の部屋でトランプをしながら遊んでいると、秋子さんの呼ぶ声が響いてくる。
その声に返事を返すと、三人はリビングに顔を出す。

「はい、おやつが出来ましたよ」

「うわー、美味しそう」

テーブルに置かれたイチゴがたくさんのケーキを見て、名雪が目を輝かせる。
その目の前で、秋はケーキを切り分けると、皿へと移す。

「はい、どうぞ」

「「「いただきます」」」

全員が食べ始めるのを見ると、秋子はキッチンからティーポッドを持って来る。

「飲み物は紅茶を用意したんだけれど、それで良い?」

三人は秋子に頷く。
それを受け、秋子は全員のカップに紅茶を注いでいく。

「はぁー、ごちそうさま」

「まだ、お代わりありますよ」

「いえ、もう結構です。変わりに紅茶を下さい」

祐一が差し出したカップに紅茶を注ぐと、名雪や香里の空になったカップにも注ぐ。

「あ、そうそう」

そう呟いて秋子は席を立つと、キッチンへと姿を消す。
程なくして戻ってきた秋子の手には、一つの瓶があった。

「お母さん、そ、それは?」

「ロシアンティーと言ってね、紅茶にジャムを入れると美味しいのよ」

「わ、私はこのままで良いよ」

「わ、私もこのままで良いです、秋子さん」

「それじゃあ、祐一さん、どうぞ」

「ええっと、俺もこのままで」

「そうですか。残念です…」

あまりにも悲しそうな顔を見せる秋子に、名雪と香里が揃って祐一に小声で話し掛ける。

「祐一お兄ちゃん、ジャムを入れてあげてよ」

「馬鹿か、名雪。それは、つまり俺に死ねと」

「祐一お兄ちゃんなら、きっと大丈夫よ」

「香里、その根拠は何だ」

「えっと、勘……かな?」

「勘って何だ! 勘って!」

「でもでも、このままだとお母さんが可哀想だよ」

「そう思うんだったら、お前が入れれば良いだろう」

「い、嫌だよ。私はまだ死にたくないよ」

「お前、何気に酷い事を言ってるぞ」

「あ、あうあう。と、兎に角、祐一お兄ちゃんが食べて」

「嫌だ!」

「だったら、こうしましょう。多数決で決めるのよ」

「流石、香里。頭良いね」

「却下だ、却下! 結果が分かっているだろう」

「でも、これだと平等だよ」

「何処がだ! 明らかに不平等だろうが」

「それじゃあ、多数決取るわよ」

「こら、香里、無視して続けるな」

「ジャムを入れるのは、祐一お兄ちゃんが良いと思う人」

名雪と香里が揃って手を上げる。

「多数決により、決定〜♪」

「嫌じゃー! 何で俺があのジャムを入れなければいけないんだ!
 楽しいティータイムを、地獄に変えろというのか!」

立ち上がりながら叫ぶ祐一に、名雪が慌てたように言う。

「祐一お兄ちゃん、声が大きい」

「あ、しまった」

慌てて振り返ると、そこには瞳を潤ませた秋子がいた。

「あ、その、これは」

「「祐一お兄ちゃんが、お母さん(秋子さん)を泣かせた〜」」

「お前ら、五月蝿い!」

そんな事をやっていると、秋子はそっと立ち上がり、涙で瞳を潤ませたまま、リビングを飛び出す。

「わ、私のジャムは、水瀬家の邪魔者だったんですね〜」

そう言って玄関へと向かって走り出す秋子を見て、名雪が声を上げる。

「祐一お兄ちゃん!」

しかし、名雪の言葉を聞くよりも早く、祐一は瓶の中にあったジャムを口一杯に放り込むと、

「…お、俺は大好きだー!」

叫びながら秋子の後を追って走り出す。
玄関の開く音がしたかと思うと、すぐさま閉まり、また開く音の後、閉まる。

「外、行っちゃったね……」

「行ったわね……」

二人が去ったリビングで、二人は暫らく茫然と佇んでいたが、やがて何事も無かったかのように振舞う。

「うーん、イチゴ〜♪ 私、幸せだよ〜」

「はいはい。分かったから、少しは落ち着いて食べなさいよね」

「うん♪」



一方、外へと走り出した二人は、叫びながら町内を軽く走った後、家へと戻ってくる。

「はぁー、はぁー」

祐一が肩で息をしながら家の前へと辿り着くと、秋子が微笑みながら待っていた。

「あ、秋子さん、思ったよりも足、早いですね」

「まあ、それなりに自信はありますね。
 所で、楽しかったですか?」

「はい?」

秋子の言葉に、祐一は不思議そうな顔をして見せる。
そんな祐一をいつもと変わらない笑みを湛えた顔で見ながら、秋子は続ける。

「鬼ごっこですよ。さっき、祐一さんが言ってたじゃないですか」

言われて、祐一は秋子がおやつを作り始める前に話していた事を思い出す。

「あっ! って、まさか……」

「ふふふ。私も久し振りに童心に帰ったようで楽しかったですよ。
 次は、名雪や香里ちゃんとも一緒にしたいですね」

そう言って微笑むと、家の中へと入って行く。
秋子の後に続きながら、祐一は苦笑を浮かべる。

「それじゃあ、名雪が寝静まったら、日も沈んでいる事ですし、もう一つの遊びをしましょうね」

そう意地悪そうに秋子の耳に囁くと、秋子は首まで赤くしながら頷くのだった。





<続く>






<あとがき>

久し振りの更新〜。
今回は、ちょっとした悪戯心を持った秋子さんって所かな。
美姫 「勿論、その後は祐一の反撃ね」
さあ? そこまでは知らないよ〜。
美姫 「さて、次回はいつ頃になるのかしら?」
……いつだろうね。
美姫 「何を他人事のように言ってるのよ!」
う、うぅぅぅ。く、くるしぃぃぃ。く、首ぃぃぃ。
美姫 「おほほほ。それじゃあ、また次回で♪」
う……うぅぅ。
美姫 「きゃぁー、汚いわね! 泡なんか吐かないでよね!」
ひ、ひどい……(涙)









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