『なゆちゃん、ふぁいとっ・・・だよっ。』
第二話 「ライバル宣言」
6月に入り梅雨入り宣言が出されてから数日が経ったある日の放課後。
教室の窓から外に目を向ける。と、そこにはまさにバケツをひっくり返したように降り続ける雨、雨、雨。
しばらく、自分の席で外の様子を眺めていると、
「祐一、どうしたの。帰らないの?」
俺に声をかけてきた、コイツの名は水瀬名雪。俺の従兄妹で居候先の娘だ。
名雪は普段から眠そうに細めている目をさらに細くして聞いてくる。
「私、目を細めてなんかいないよー」
「な、俺の心の声に答えるとは名雪、いつの間にそんな技を身につけた」
「そんな技ないよ。それに祐一、声に出してたよ」
「判っている。冗談だ」
「うー、酷いよ」
「それで名雪、何か用があったんじゃないのか」
「用っていうか。祐一が放課後になっても教室に残っているからどうしたのかなぁって」
「ああ、それはな。外を見ろ」
「外?」
名雪は言われたとおりに外を見る。
「別に何もないよ」
「あのな、雨が振っているだろう」
「うん。確かお昼頃から降り出したんだよね。でも、かなりきつくなってるね」
「そういうことだ」
「どういうこと?」
本当に判っていないのか名雪は首をかしげてさらに、問い掛けてくる。
「つまり相沢君は傘を持ってきていないから、雨が止むまで帰れないってことよ名雪」
「香里の言うとおりだ」
「祐一、傘持ってきてないの?天気予報聞かなかったの?」
「今日も誰かさんのおかげで、朝は忙しかったからな。そんなもの見る暇はない」
「誰かさんって、もしかして私?」
「もしかしなくても、名雪以外にはいないだろう」
「う〜」
「でも、梅雨なんだから折りたたみの傘ぐらいは持ってくるでしょ、普通は」
「そんな物、はじめから持ってないんだよ」
「あら、それはご愁傷様」
「ったく、これはすぐには止みそうもないな」
「じゃあ、私は先に帰るわ」
「冷たい奴だな」
「あらじゃあ、他にどうしろって言うの相沢君は」
「止むまで一緒に待っててくれるとか」
「嫌よ。今日一日は止まないもの」
「それは本当か」
「ええ。天気予報が外れない限りはね」
「北川の奴はバイトとか言ってさっさと帰っちまったし」
「祐一、私傘持ってるよ」
「え、本当か。朝は持ってなかったと思うが」
「へへ。こんな時のために置き傘をしてるんだよ」
「えらい。よくやった。誉めてやろう」
そう言うと俺は名雪の頭をクシャクシャを撫でる。
「わ、わ。やめて。祐一、やめて。髪の毛が滅茶苦茶になる」
「気にするな」
「気にするよ」
仕方がないやめてやるか。
「うー。祐一の意地悪」
「わるかった、わるかった。そんなに怒る事はないだろう」
「だって、祐一には変な格好、見られたくないんだもん」
「心配するな。どんな格好をしていても、名雪は名雪だよ。それぐらいじゃ、嫌いになんてならない」
「え」
「な、なんでもない」
俺はそっぽを向いて、おそらく赤くなっているであろう顔を誤魔化す。
「二人とも私がいる事、忘れてない?」
「わ、香里」
「いたの?」
「いて、悪かったわね」
「そんな事ないよ。ね、祐一」
「おう、そうだぞ」
「ふーん。まあいいわ。それじゃ、帰るわよ」
言って香里は教室から出ていく。
「名雪、俺たちも帰るぞ」
「うん」
慌てて香里の後を追う。
◇◇◇◇◇
名雪と同じ傘に入り、学校を後にする。
「名雪、もっとこっちに寄らないと濡れるぞ」
「う、うん」
「遠慮なんかするな。お前の傘なんだから」
傘を持っていた手を替え、名雪の肩を抱き寄せる。
「これで濡れないだろう」
「でも、これだと祐一が濡れるよ」
「これぐらい大丈夫だ」
「うーん、でも。・・・そうだ、こうすればいいんだよ」
そう言うと名雪は俺に抱きついてくる。
「な、名雪。何をするんだ」
「これで祐一も濡れにくくなったでしょう」
「それはそうだが、歩きにくい」
「気にしない、気にしない」
「気になるわ。それにお前、恥ずかしくないのか」
「恥ずかしいに決まってるよ。でも、こういうのもいいかなって思ったの。祐一はいや?」
「俺も・・別に構わない」
「へへへ」
「なんだよ、突然笑いだして、気持ち悪いな」
「もう、祐一酷いよ。」
「すまん、すまん」
そんなやり取りをしながら名雪と歩く。
ふと気付くと、こちらを冷めた眼差しで見ている香里と目が合った。
「・・・・・」
「な、なんだ、香里」
「別に。何もないわよ。ただ、仲がいいと思っただけよ」
「そんな事はないと思うぞ」
「いいのよ。私の事は気にしないで」
「香里、何か怒ってないか」
「・・・っべ、別に怒ってなんかないわよ」
「そ、そうか。そりゃ、悪かった」
「香里、どうかしたの」
「本当に何もないわよ」
「そう、ならいいんだけど。香里ってすぐ自分で抱え込んじゃう所があるでしょ。
私は頼りにならないかもしれないけど、話しを聞くことぐらいはできるから。
本当に辛い時は、誰かに話をするだけで少しは、楽になれるかもしれないし。
だから、本当に辛い時は相談してね。何があっても私は香里の親友だからね」
「名雪、ありがとう。もし、そうなった時は遠慮せずに相談するわ。名雪は親友だからね」
「うん」
この二人は本当に親友なんだな。お互いに相手の事を大切に思っているのが判る。
「・・・・・」
香里はしばらく何かを考えているようだったが、おもむろに話し出した。
「ねえ、名雪。本当に何があっても、私たち親友よね」
「あたりまえだよ、香里」
「そう、そうよね。・・・・・あのね、相沢君」
「何だ。俺はいない方がいいのか」
「そういう訳じゃないわ。むしろ、相沢君に聞いて欲しい事よ」
「おう、なんだ。なんでも言ってみろ。金を貸してくれという事以外なら、なんでも聞いてやるぞ」
「本当に。じゃあ、言うわ」
「おう」
「・・・わ、私ね・・・」
香里はそこまで口にすると、再び黙り込み、傘で俺の視界を塞ぐ。
しばらくそのままで、時間だけが過ぎていく。
不意に俺の視界から傘が消え、顔を少し赤くした香里の顔が現れる。その目は真剣で、俺も思わず真剣になる。
「あのね、相沢君。私、あなたの事が好き」
「・・・・・な、え、えええええええっ!!!!!」
「か、香里。何、言ってるの。大丈夫?しっかりして。気をしっかり持って」
ちょっと待て、名雪。俺も充分すぎる程驚いてはいるが、それは言いすぎだろう。
そう思っていると。
「あのね、名雪。私はしっかりしているわよ。それに、あなたも相沢君を選んだんでしょう」
「それは、そうだけど・・・。香里、本気?」
「わたしがこんな事、冗談で言うと思う?」
「ううん、思わない」
「でしょ。本気よ」
「で、でも、祐一だよ。あの祐一」
「判っているわよ。いい加減、落ち着きなさい名雪」
「う、うん」
「香里、本気なのか」
「なに、相沢君まで。本気だって言ってるでしょう。恥ずかしいんだから、これ以上言わさないでよ」
「ああ、悪い。あのな、香里。その、気持ちは嬉しいんだが、俺は名雪の事が好きなんだ。
名雪の側にいるって約束したから、ごめんな、香里。だから、・・・」
「ストップ。いいわ、最後まで言わなくても。言いたいことは判っているから。
でも、私が相沢君の事を思うのは、私の勝手でしょ」
「それは、まあ、そうだけど」
「それに相沢君は友達としてなら、私の事嫌いじゃないでしょ」
「そりゃ、そうだろ」
「ね、そうでしょ。だから、これから先、相沢君の気持ちが名雪ではなく、私の方を向くように努力するだけよ。
だから、相沢君には知っていて欲しかったの。私の本当の気持ちをね。言わば、これは宣戦布告ってとこかしら」
「でも、俺が香里の事を好きになるかは判らないぞ」
「別にその時は、その時よ。それに今の言い方だと、少なくともまだ脈はありそうだしね」
「祐一ぃぃ」
「いてて、痛いって名雪。腕を抓るな」
「知らない、祐一が悪い」
「な、なんで」
「あら、ひょっとして喧嘩かしら。この調子なら、相沢君が私を見てくれる様になるのも、意外と早いかもね」
「け、喧嘩なんかしてないもん。ねえ、祐一」
「え、お、おう。そうだぞ、喧嘩なんかしてないぞ。ただ、名雪に理不尽に抓られただけで」
「祐一!」
「くすくす。とりあえず、そういうことよ、名雪。これから、よろしくね。私の親友さん」
「そういうことなら、受けて立つよ。例え、親友でも手を抜いたりしないからね。ぜーたい、絶対に負けないからね」
「いいわよ。望むところよ。と、いう訳で相沢君もこれからよろしくね」
「お、おう。できる限り穏便にお願いします」
「あ、そうそう、名雪。これは忠告というか、警告というか。
とにかく注意しなさい、私だけじゃないと思うわよ、相沢君に好意を寄せてるのって」
「えーーー。他に誰がいるの」
「さあ、そこまでは言えないわ。彼女たちがどう行動するのか、今のところは判らないんですもの。
とにかく、気をつけなさい。じゃあ、私はこっちだから先に帰るわ。さようなら、相沢君」
「ああ、さよなら、香里」
そう言って、香里は去っていく。
そして、俺の横には一人でうんうんと唸る名雪が残っているのみ。
香里〜。最後の最後に爆弾を投げていくな。戻って来い。
「祐一〜。私、聞きたい事があるんだけど・・・・・いい?」
名雪、目が、目が笑っていない。
「な、なんだ。俺にわかることか?」
「うん、祐一にしかわからない事だよ。この街に来てから今まで、何人の女の子たちと親しくしてた?」
「な、そんなの判る訳ないだろう」
「そんなに多いんだ」
「そういう意味じゃなくて」
「ううん、いいの。大体の見当はついてるから」
そう言って、にっこりと微笑む名雪の目はやっぱり笑っていなかった。
「落ち着け、名雪」
「いやだな、祐一。私は落ち着いているよ。それに、祐一の事を信じているから。
あの時に、何があっても信じるって決めたから。信じてもいいんだよね、祐一・・・」
「名雪・・・。当たり前だろ、信じて構わないさ。証拠も残ってるしな。
俺は名雪の側にずっといるよ」
「祐一」
「名雪」
降りしきる雨が傘を叩く中、俺と名雪は軽く唇を合わせる。
「うん、信じているよ、祐一」
そう言って笑う名雪の笑顔は、そこだけ雨があがり、日が射した様に暖かいと感じた。
明日から色々とありそうだが、この笑顔を悲しみに変えることだけはしないと誓う。
そんな思いが通じたのか、名雪は俺を見上げて言ってくる。
「祐一、浮気したら許さないからね」
「っく。はっははははは」
「もう、なんで笑うの〜」
「なんでもないよ。さっさと、帰るぞ」
「うん」
まだ降りしきる雨の中、俺たちは家路につく。名雪の温もりを横に感じながら。
名雪、約束する。
俺はいつまでも側にいるからな。
<Fin>
<あとがき>
やっと書きあがりました。なゆふぁい第二話。
一話から結構、間があいた様な気もしますが。
とりあえず、今回は祐一争奪戦に香里が参戦という感じですね。
この話は香里の視点からというのも考えています。時間があれば書きたいなー。
では、また。