『なゆちゃん、ふぁいとっ・・・だよっ。』
第三話 「日常」
７月に入って、暑さを感じるようになってきた今日この頃。
俺、相沢祐一の朝は、例によって例の如く名雪を起すことから始まる･･･。
「名雪、入るぞ」
言い放つと同時にドアを開け、部屋の中へと入る。最早、ノックも返事があるかどうかの確認もしない。
時間の無駄だからだ。名雪に近づきながら、鳴り続ける目覚まし時計を片っ端から止めて行く。
この作業も最早慣れたもので、目を瞑っていても可能なぐらいだ。
うーん、全国目覚し時計速止め選手権、高校生の部で優勝できるぐらいだ。
そんな面白くもない考えを追いやって、目の前でまだ寝ている名雪を見下ろす。
しかし、いつも思うんだが、何であんなに五月蝿い中で、平然と寝てられるんだ？こいつは。
すでに止め終えた目覚し時計の大群を見ながら、心底不思議に思う。さーて、ここからが本番で、最も手強い所だ。
さっさと起こして学校に行くとするか。
「名雪、起きろ朝だぞ〜」
言いながら名雪の身体を揺する。
「ん･･･う〜」
「う〜じゃない。朝だ、起きろ」
「む〜〜」
「む〜〜じゃない。朝だって言ってるだろ。起きろ！」
「だお〜〜〜」
「だお〜〜〜じゃな･･････」
ガツッ
「い、痛いよ〜〜」
涙目になり文句を言いながら、起きる名雪。
「ったく。痛いじゃない。さっさと起きないお前が悪い！」
「う〜。祐一、朝から意地悪だよ」
「ほー、どの口だ？そんな事を言うのは」
名雪の口を引っ張ろうと伸ばした手を目標に到達する前に止められてしまう。むっ、なかなかやるな。
「ふふーん。私だっていつもいつも、やられっぱなしじゃないよ」
たかが腕を止めたぐらいで、そんなに自慢されてもな。しかし、名雪が勝ち誇るのは何かムカツク。
俺は未だに掴まれている腕を、少し強く引く。咄嗟の事で構えていなかった名雪の体は、俺の胸の中へと収まる。
先の行動で自由になった右手を名雪の顎に優しくあて、少し上を向かせるとキスをする。
「おはよう、名雪」
「うん、おはよう祐一」
お互いに笑顔で挨拶を交わす。その後、今度は名雪の方からキスをしてくる。さっきよりも少しだけ長いキス。
これは、俺と名雪の決め事の一つである。（なゆふぁい第一話Part２参照）
「すぐに着替えて下に行くから、先に行ってて」
「ああ、判った」
名雪に返事をして、一階へと下りる。そして、リビングへと入って行くと、
「祐一さん、ご苦労様です」
「あ、秋子さんおはようございます」
「はい、おはようございます。毎朝、本当に大変でしょ」
「ええ。でも、もう慣れましたから」
そう言って、コーヒーを一口飲む。
「ふふふ、本当に仲が良いですね。うらやましいですわ」
「な、何を言ってるんですか秋子さん」
少し慌てつつ、コーヒーを再度、口元へと運ぶ。
まさか、朝からあんな事をしてるなんてばれてたりはしないとは思うが･･･。
「おはよう、お母さん」
そこへ丁度、名雪が入ってくる。た、助かった。
「はい、名雪」
秋子さんは、席に着いた名雪にコップを差し出す。
「ありがとう」
「でも、名雪がこうすぐに起きてくるなんて、一体どうやって起こしているんですか？祐一さん」
「ふ、普通に声をかけてるだけですよ」
「そ、そうだよ」
「そうなんですか。今まで、私が何度声をかけても起きなかったのに、祐一さんだとすぐに起きるんですね」
「お、お母さん」
笑って話す秋子さんに名雪が少し焦った声を上げる。
（名雪、墓穴だけは掘らないでくれよ）
（判ってるよ、祐一）
焦った名雪がとんでもない事を口走る前に、アイコンタクトを交わし注意する。
「あらあら、二人とも見詰め合って。やっぱり仲が良いわね」
俺も名雪も反論できずに押し黙ってしまう。そこへ更に、秋子さんが追い討ちをかけてくる。
「あら、祐一さん。リップなんてつけているんですか？」
「ゲフッ、ゴハァ。ゴホゴホ」
「ええっ！」
秋子さんの台詞に、俺は飲みかけだったコーヒーを噴き出し、名雪は大声で驚きの声を上げる。
「な、ななっ」
手で口を擦る俺を見ながら秋子さんは微笑みを浮かべたまま、
「すみません。私の見間違いですね。どうしたの？名雪、そんなに慌てて」
「な、なんでもないよ」
顔を赤くして、大慌てで否定する名雪。･･････逆に怪しすぎるぞ名雪。
それに、そんなに顔を赤くしていたら何かあったことがバレバレだ。
それによく考えたら、起きたばっかりでリップなんかつけてる暇なんてなかったじゃないか。
完全に秋子さんにやられた。まだ、慌てている名雪はひとまず置いといて、話題を逸らさないとな。
「そう言えば、秋子さん。あゆと真琴はどうしました？」
「二人だったら、もうとっくに出て行きましたよ」
「えっ！名雪、時間！」
「え、あ、うん。･･････祐一！時間、ないよ！」
「だぁー。今日もかー。やっぱり今日もこの展開か〜」
「祐一、吠えていないで速く！」
誰のせいだと思ってるんだ、こいつは！しかし、名雪の言う事は、もっともだ。さっさと行かないと。
「あいつら、俺を置いて行くとはいい度胸だ」
「祐一、そんな事言ってる場合じゃないよ。それにあゆちゃんと真琴が先に行くのは、いつもの事でしょ」
玄関で急いで靴を履く。
「名雪、急げ」
「うん。ちょっとだけ待って」
名雪が靴を履くのを足踏みをして待つ。
あゆも真琴も、最初のうちは俺や名雪と同じ時間に出ていたんだが、あのペースに懲りたのか、今では先に行っている。
俺も出来ればそうしたいんだが･･･。はぁー、最早、こればかりは既に諦め半分、達観半分といった所か。
「お待たせ、祐一。速く行こう！」
「おお」
「「いってきまーす」」
少し慌しく家を出る事になったが、これで先の件がうやむやになったと思えば･･･。
こんな事を考えたのがいけなかったのか、秋子さんの次の台詞は予想もしていない事だった。
「二人とも、いってらっしゃい。あ、それと祐一さん、名雪。
私はまだ、おばあちゃんって呼ばれる事にはなりたくないんで、覚えていてくださいね」
この台詞に俺と名雪は二人して硬直してしまった。
「あら、二人ともどうしたんですか？早く行かないと、時間がありませんよ」
「イ、イッテキマスアキコサン。ナユキイソグゾ」
「ソウダネユウイチ。オカアサンイッテキマス」
思わず棒読みの上に、カタカナになる俺達。そんな俺達を秋子さんはいつもと変わらない笑顔で見る。
「冗談ですよ二人とも。何をそんなに慌てているんですか？」
「っへ？じょ、冗談？そ、そうですよね〜。あはははは」
「そ、そうだよね。あははははは」
「ええ、冗談です。別に今すぐにでも、初孫を抱けるんだったら嬉しいですよ。家族が増えるのは楽しいですし」
この言葉に再度、フリーズする俺達。この時、俺はつくづく思い知った。秋子さんの笑顔は信用できない。
普段の笑顔も、何かを企んでいる時も、全部同じに見えて違いがわからん。
「祐一さん？どうかしましたか？」
「い、いえ。名雪、早く行くぞ！」
まだフリーズしている名雪を促して、駆け出そうとする。そこへまた、秋子さんから声がかかる。
「そうそう祐一さん。二人の子供なら私、喜んで世話をしますから。安心してください」
「だっ、だから〜」
「ふふふ、冗談です。所で、祐一さん。新しいジャムを作ったんで今度、食べてくださいね」
「･･･は、はい･･････喜んで食べさせて頂きます･･････」
秋子さんのお願い？（脅迫）を承諾して、急いで学校へと向う。
まさか今までの会話が、ジャムを食べさせる為の前ふりだったなんてことはないよな･･････。
秋子さんの事だから、それはないと思うが。いや、秋子さんだからあるのか？
「祐一、何か考え事？」
「ん？ああ、さっき秋子さんが言ってたジャムって、どんなやつかと思ってな。名雪は判らないのか？」
「うん。考えてみたら私、お母さんがジャムを作っている所って見たことないかも」
「ふーん。まあ、こればっかりは考えても仕方がないか。名雪、急ぐぞ」
「うん。でも、祐一無理したら駄目だよ」
「判ってるって。それに名雪とずっと一緒にいると約束したからな。これぐらいの事、大丈夫だ」
「///うわ〜祐一、恥ずかしい事言ってるよ」
「う、うるさい。それとも、名雪は嫌なのか？」
少し意地悪く聞いてみる。
「そ、そんな事ないよ。すっごく嬉しいよ」
「なら、いいだろ」
「うん」
言いながら名雪は俺の手を握ってくる。
「こら、やめろ。走りにくいだろが」
手を振り解こうとするが、名雪はなかなか手を離さない。
「へへ、祐一の手、暖かいね」
「俺は暑いぞ。ただでさえ走っていて暑いってのに。いい加減、離せ」
「ふふふ、離さないよ〜。本当に嫌だったら、もっと強く引き離そうとするもんね。
それに、祐一がそんな風に言う時は照れてる時だからね」
「照れてない！ただ、このままだと遅刻するだろう」
「祐一と一緒ならいいよ〜」
「俺はよくない！今まで培ってきた信頼が、遅刻という事で、あっという間になくなってしまう」
「大丈夫だよ。元々なくなる程、信頼なんかないから」
「･･････お前って何気に酷いな」
「冗談だよ。私は祐一の事、とても信頼してるよ」
「無茶苦茶怪しんだが･･･」
「本当に信頼してるってば。･･････ずっと傍に居てくれるって、言ってくれたもんね」
「･･････」
「祐一、顔赤いよ」
「走ってるからな」
「ふふ、そういう事にしておくよ」
「･･････」
「わ、わわ。急にペースを上げないでよ〜」
名雪の講義に一切耳を貸さず、更にスピードを上げる。しかし、さすがに陸上部だけあって、すぐに横に並んでくる。
「やっぱり祐一は意地悪だよ」
「悪かったな。ったく、減らず口を叩く暇があったら少しでも急げ」
「はいはい」
そんなやり取りをしながらも、お互い口元には笑みを浮かべて走る。
こんな何気ない事でも、名雪と一緒ならとても楽しいと感じる。もちろん、本人にこんな事は言わないが･･･。
「どうしたの？」
「ん？何でもない。それよりも後、少しだ」
「うん。ラストスパートだね」
そう言って、前方に見えてきた校門へと駆け込んでいく。毎日、繰り返される日常のひとコマ。
そんな何気ない日をこれからも名雪と共に･･････。
＜Fin＞
＜あとがき＞
浩 「いやー、なゆふぁいも久々やなー」
美姫 「久々なだけ、まだいいわ。私の方は本編が全く進んでいないし」
浩 「それは、言わない約束でしょ、おとっつぁん」
美姫 「誰がおとっつぁんだー」
ドコボコグシャ
浩 「ひ、酷い」
美姫 「どっちが。まあ、気を取り直して。本当に久々ねこのシリーズ。今回は３話目だったかしら」
浩 「そう、もう５、６話書いた気がするけどまだ、３話目」
美姫 「一話も二話も２パターンあったからね」
浩 「兎に角、メールで感想と一緒になゆふぁいの続きを期待してると言ってくれてた方、本当にお待たせしました」
美姫 「本当に長かったわね」
浩 「苛めないで下さい（泣）」
美姫 「無理っ！」
浩 「はやっ。せめて少しは考えてから否定しろよ」
美姫 「まあまあ。とりあえず、今回はこのへんでね」
浩 「そうだな」
美姫 「じゃあ、ばいばーい」