『鬼畜勇者アレル』
1
ふと気付く。
そう表現するのが最も相応しい感覚を抱き、少年、アレルは改めて周囲を見渡す。
先程まで自分が何をしていたのかぼんやりとしか思い出せず、まあ良いかとあっさりと思考を放棄する。
周囲を木々に囲まれた恐らくは何処かの森の中を思わせる光景。
何をしていたのかは思い出せないものの、間違いなく家に居たのは間違いない。
それなのに、いつの間にか見知らぬ場所に居る。
普通なら混乱しても良さそうなものだが、アレルはやはり気にする素振りもなく、唯一木々の開けた光射す方へと歩き出す。
距離にして十メートル程歩くと、あっさりと森からは抜け出す事が出来た。
そして、出てきた場所を見れば、前方には膨大な水が流れ落ちる滝。
どうやら、自分は今崖の上にいるらしい。それもご丁寧に人二人分程の幅があり、滝の上空には光り輝く物が見える。
これまたアレルは恐れる事無く進むと、崖の淵に立つ。
すると不意に声が落ちてくる。それは頭上から響くようでもあり、頭の中に直接語りかけているようでもある。
流石に若干の驚きを見せつつ、アレルが周囲を見渡すも何もない。
そんなアレルの様子など気にもせず、声は話し始める。
「アレル、アレル……。私の声が聞こえますね」
「ああ、聞こえるぞ。しかも、声だけで判断するに中々の美人だと見た。
声だけではなく姿を見せるのだ! そしたら、この俺とムフフフ」
何やら想像して鼻の下を伸ばすアレルに構わず、声の主もマイペースに語り続ける。
言いたい事を言い終えたのか、声は一旦間を置き、
「では、用意は良いですか?」
「ああ、勿論だとも。さあ、俺とムフフな事を。なに、初めてでも俺は優しくしてやるぞ」
恐らくは噛み合っていない会話の中で、アレルがそう返答した途端に声の主から質問がされる。
「おい、それに一体何の意味があるというのだ」
「どうですか?」
「あー、もうとりあえず答えれば良いんだな。なら……」
一向に姿を見せない声の主に苛立ちつつも質問に答えていく。
そして、最後の質問と言われた瞬間目の前が暗転し、アレルの意識が遠のいていく。
再び気が付けば、そこは先程までの光景とがらりと変わり薄暗く狭い場所であった。
それでも真っ暗ではないのは頭上から光が落ちているからか。
穴にでも落ちたのか、半径二、三メートルほどのこの場所には他に何もない。
よく目を凝らしてみれば、頭上からロープが一本垂れており、掴んで軽く引っ張ってみると思ったよりも丈夫にできている。
これならばこれを使って登れるなとアレルは穴から這い出る。
ようやく地上へと出たアレルはさっきまで居たのが井戸の中だと知る。
「一体どういう事だ。この俺を井戸に放り投げるなど。許さん、許さんぞ」
そう怒りをあらわにするアレルであったが、不意に周囲の喧騒に気付く。
どうやら村の中にあった井戸らしく、周囲には村人が数人集まっている。
が、そろってこちらを怯えた目で見ているのだが、
「がはははは、見た所辺鄙な村のようだが、見る目はあるみたいだな。
本来なら男なんぞに見られても嬉しくも何ともないが、このような村なら俺のようはハンサムは珍しいのだろう。
好きなだけ見るが良い。ただし、美人限定で女の子は触っても良いぞ」
村人から発せられる恐怖の色を感じ取っていないのか、アレルはガハハハと笑うのだが村人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
そこへ体格の良い男が一人だけアレルの前に飛び出し、
「お、俺が相手だ怪物め!」
そう叫ぶと拳を構えるものの、その足は恐怖で震えて前へと動かない。
が、アレルはその物言いに腹を立てたのか、
「俺のようなハンサムを掴まえて化け物だと!
化け物は貴様だろう、ブ男め!」
拳を男に叩き付けると、大げさなぐらい男は吹き飛び、腰を抜かしたままそれでもアレル目掛けて手近な石を掴んで投げる。
「こら、ばか、やめろ。って、ええい、やめろと言っているだろうが!」
アレルが叫ぶと口から火が飛び出し、男は断末魔の台詞を上げて燃えて消えてしまう。
「な、ななな、何だ一体」
アレルは驚き、近くの窓に自身の姿を映し出す。
見れば、人間ではなく体毛はなく大きく横に広がった口に大きな牙、背中には翼を持った悪魔の姿が映し出されていた。
「お、俺の美しい顔がこんな醜い姿に……」
自身の変わり果てた姿に嘆くも、すぐに考えを改める。
「待てよ。今の姿なら誰も俺だと分からないな。元に戻る方法を探す前に……ぐふふふ」
そう笑うとアレルは先程とは打って変わり、足も軽く村の中を回りだす。
途中、化け物と向かってくる男は容赦なく火の息を吐き、鋭い爪で反撃を加え、綺麗な女なら容赦なく押し倒す。
殆どの人間は家の中に閉じこもっているらしく、一通り外を回ったアレルは一件の民家へと飛び込む。
「可愛い子はいるか〜!」
「ひぃ、お、お願いです、私はどうなっても構いません。でも、子供だけは……」
「ふむ、グッドだ。子供が居るとはいえ、まだまだ若く守備範囲だぞ。
おまけに綺麗だし、出るところも出ている。益々グッドだ。よし、助けて欲しければ脱げ。
ああ、ただ脱いでも面白くないな。人妻らしく色気を出して脱ぐんだ」
「え、えぇぇっ! そ、それは……」
「なら、無理矢理押し倒して奥に居る子供を殺す。さあ、どうする?」
「わ、分かりました」
泣く泣く女は言う通りにする。暫く家からは女の声が響き、
「も、もう許してって、まだするの?」
「がははは、まだまだだ」
「も、もうやめ……、あなた許し」
「がははは、もう一発」
「やめて、あの子が、あの子が見て……」
「がははは、俺は知らん」
ようやくアレルが満足した顔で家から出てくる頃には、声は一切聞こえなくなっていた。
とは言え、微かに聞こえてくるすすり泣く声からするに住人は生きてはいるようだが。
「さて、次は何処に行くかな。っと、あれは教会か。教会と言えばシスターだな。
うむ、若くて良い女なら頂こう。いや、きっとそうに違いない」
「神よ、お助けを」
「がははは、俺が神だ! さあ、俺に奉仕するが良い!」
教会でシスターを襲い、
「や、止めてくれ。僕はどうなって良いから、アンちゃんは……」
「いやぁぁ」
「がははは、うむ、初物ゲット。恋人だと言うのにさっさとしないからこうなる。
いや、俺に捧げる為に取っておいたのか。だとしたら、遅くなったが可愛がってやろう」
民家に押し入り、アレルは好き勝手に振舞う。
終いには村人を広場に集め、命を助ける代わりに男たちは手足となって働かされ、綺麗な女はアレルの物とされた。
「うはうは、良いぞ良いぞ。暫くはこのままでも良いかもしれんな」
本当に好き勝手に振舞うアレルであったが、不意に目の前が小さく揺らぎ出し、気付くと崖の上に居た。
どうやら姿も元に戻ったようで、アレルは自分の手を見ながら少し残念そうに呟く。
「何だ、夢だったのか。だったら、もっとやっておくんだった。
中々にリアルでグッドだったぞ」
そう呟くアレルの元に再びあの声が届く。
「……わ、私は全てを司る者。あなたがどういう人なのか……誰でも分かるけれど、分かった気がします。
というよりも、さっさと村を出てくださいよ。
お蔭で強制的に呼び戻さないといけなくなって、手間が掛かったではないですか」
「そんな事は知らん。それよりも、もう一度あの経験をさせろ。
いや、お前の姿をまずは見せてもらおうか」
「嫌です。兎に角、あなたは鬼畜です」
「馬鹿な、俺はフェミニストだぞ」
「そろそろ夜も明け……とっくに日も中天に達しようかという頃でしょう。
さっさと目を覚ましてください。いつか、あなたと会う日が来る……とは思いますが」
「断る。まだ俺はお前の姿を見ていないからな。
声から女だとは思うが違ったら散々人の夢を弄ってくれたお礼をせんとな」
「それは色々とあって仕方なく」
「そんな事は知らん。そっちの都合だろう。くっくっく、覚悟しろよ」
「あ、あの、女だったら許してもらえるのですか?」
「見た目に寄るな。ブスなら許さんが、美人や可愛ければ許してやろう」
「それって、あなたの好み次第なんじゃ……」
「その通りだ。だが、さっき言ったように美人だったら許してやるぞ。
逆にたっぷりと可愛がってやろう」
「いりませんから」
「なら、このままここに居座る」
「なっ、こうなったら強制的に……………………え、嘘! 何で目が覚めないの」
「がははは、俺は勇者だからな。ましてや、ここは俺の夢なんだろう。
なら俺の方が上だ。ん、待てよ、なら……。
さっさと姿を見せろ! 俺の目の前に出てくる、出てくる!」
「って、何々。嘘、ちょっ、駄目。引き込まれたら戻れなくなっちゃう。やめて、お願いします」
「がははは、なら次に会った時にはさせると約束しろ」
かなり無茶苦茶な事を実行し、脅迫めいた事を口にする。
が、声の主はそれを断ればどうなるのかと嫌に成る程理解してしまい、自らの存在を消さない為にも頷くしかない。
とは言え、そう簡単に頷けるはずもなく躊躇っていると、
「嫌なら今、ここに呼び出してやる」
「ま、待ってください! それをされると消えてしまいます」
「なら、約束しろ。ああ、やるというのは勿論、セック……」
「い、言わなくても良いですから! わ、分かりました、約束します。
ですから、目を覚ましてください!」
散々な日だと思いながらも約束するしかなく、アレルの思い通りになってしまう。
一方のアレルは機嫌よく笑い、それ以上無理な事をするのを止める。
(幾らリアルでも夢よりも現実の方が良いからな。ぐふふふ、待っていろよ)
(絶対に会わないようにしないと)
「そう言えば、名前は何て言うんだ。知らないと会った時に困るからな」
「私は妖精の女王……って、あ」
「ぐふふ、そうかそうか。名前は分からなかったが、それだけ聞けば充分だ。
では、起きるとするか。次に会う時が楽しみだな、がははは」
「……う、うぅぅ、ル……様お助けください」
アレルがそう言うと姿がゆっくりと消えていく。
後には暗闇の中、切実なる祈の声だけが虚しく響くも、それも次第に消えていった。
「起きなさい、起きなさい、アレル」
「ん〜、あー、もう朝か」
「お昼ですよ。それよりも今日はとっても大事な日なのよ」
「あー、分かった分かった。とりあえず飯」
「先に王様に会いに行きなさい! もう半日も待たせているのよ」
「もっと待たせても良いだろう。大体、用があるなら自分から来い」
「はぁー、本当に誰に似たのかしら」
母親の嘆く声を聞き流し、アレルは着替えを始める。
今日はアレルの誕生日で、それは同時に旅立つ日を意味していた。
それもただの旅ではない。父、オルテガの後を継ぎ、魔王バラモスを倒すという過酷な旅である。
が、母親にも悲壮な色は全くなく、寧ろようやく肩の荷が下りたと言わんばかりである。
対するアレルにも悲観する様子もなく、寧ろ楽しそうですらある。
「ぐふふふ、まだ見ぬ世界の美女たちとぬふふ……」
やらしい顔付きで着替えを終えると、アレルは城へと向かう。
アレルの姿を見かけた人たちがまだ旅立っていないのかという反応を見せる中、一人悠々と道を歩く。
と、そんなアレルにぶつかる一人の男が居た。
「いてぇな、何しやが……って、アレルさん!? そんな旅に出たんじゃ」
「ん? ああ、お前か。旅にはまだ出ておらん。それよりも、何か言ったか?」
「い、いえ、何も言ってません、はい」
「ふん、まあ良い」
男はやけに怯えた様子でアレルに答え、すぐにでも立ち去ろうとする。
そこから何かを感じ取ったのか、アレルは男の肩を掴むと、
「これから何処に行くんだ?」
「えっと酒場に……」
「ほう。方角が逆だと思うが?」
「あ、あの、その……」
「嘘を吐いたらどうなるか分かってるよな?」
「デ、デートです」
「また女の子を騙したのか?」
「騙すなんて人聞きの悪い」
男が渋々ながらも白状すると、アレルはそんな事を言う。
反論する男の口を封じ、自分も付いていくと言い出す。
「でも、王様に会うんじゃ……」
「待たせればよい。ほれ、早くしろ」
男の尻を蹴飛ばして無理矢理待ち合わせ場所へと連れて行かせると、そこには一人の女性が先に来て待っていた。
「ほうほう、中々悪くないではないか。しかし、この街にあんな子いたか?」
「いえ、この間レーベの村から用事とかで来たんですよ」
「うむ、朴訥だがあの尻は中々良いな。お前には勿体無い」
「ちょっ、何を」
そういうと襟首を掴み、こちらに気付いてアレルを見て訝しげにする女性の下へと引き摺っていく。
そして、少女へと男が今まで騙してきた女の子の話をし、自分は勇者だから助けに来たと告げる。
「う、嘘だ」
「嘘ではないだろうが」
叫んで否定する男に拳骨を落として黙らせると、泣き崩れる少女に優しい声を掛けて裏路地へと連れて行く。
「おお、可愛そうに。俺が慰めてやろう」
「うぅぅ、って勇者様どこを触っているんですか」
「なに、消毒だ消毒。勇者である俺にはあの男についていた悪い菌を消毒する力があるのだ」
「だとしても、お尻は触られた事は……」
「いかん、いかんぞ。君は彼とキスをしたな。体の中まで侵されている」
「どうしてそれを」
「勇者だから分かるんだ。すぐに治療をしないと! さあ、脱ぎなさい!」
「でも……」
躊躇う少女を舌先三寸で誤魔化し、時に強引に進めていく。
暫くして、路地裏から少女の艶っぽい声が零れ、更に暫くしてすっきりした顔のアレルが出てくる。
「ふー、中々良かった。っと、流石にそろそろ行かないとまずいか」
ようやく王様との面会を思い出したのか、アレルは城へと今度こそ向かうのだった。
おわり
<あとがき>
続きません。
美姫 「思いつきネタだもんね」
ああ。ふと、ドラクエ3の勇者があのキャラみたいだったらと思ってな。
美姫 「本当に思い付きだけね」
あははは。まあ、良いじゃないか。
美姫 「という訳で、この辺で失礼しますね」
ではでは。
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