『鬼畜勇者アレル』
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南に浮かぶ大陸にある国、アリアハン。
世界を統べるまで版図を広げていたが、それも昔の話。
今では普通の一国として、それなりに栄えている国である。
近辺に生息する魔物も一般人からすれば脅威でも、世界的に見ればまだ弱い方でどうにか兵士たちでも対処できている。
そして、この国からは勇者として名を馳せる男が旅立ち、魔王に支配された人々の希望となっていた。
が、それもまた既に過去の事。火山の火口へと落ちて男は帰らぬ人となったのだ。
こうして人々の希望の灯は消えたかに思われたが、それから数年、今日、男の意志を継ぎ、彼の息子が旅立ちを迎える。
「ようやく来たか、アレルよ」
アリアハンの城、その大広間でこの国の王が玉座に座り目の前の少年へと言葉を発する。
やや待ちくたびれた感が否めないのは、かつての勇者にして少年の父、オルテガが倒れてからの年月を思ってか。
対する少年、アレルは兵たちの視線を浴びて大広間の玉座の前に堂々と立つ。
その顔には不適な笑みが張り付いており、これからの旅を思っての不安など欠片も見せない。
広間に差し込む西日に浮かびあがるシルエットは頼もしく、兵士たちは安堵しているのか、アレルを見る視線は……。
まあ早い話が朝に来るように申し付けたにも関わらず、既に日は傾き始めている。
王は一日近い時間を待ちぼうけ、兵士も遅れて来ておきながらも詫びの一つもないアレルに厳しい視線を向けているのである。
が、そんな視線も空気もどこ吹く風と胸を張り、王の御前だろうがお構いなしに偉そうに立つアレル。
王の投げかけた言葉にも尊大な態度を崩す事無く、
「ああ、来てやったぞ。で、用件ってのは何だ?」
分かっていながらそう口にするアレルに、王は怒りもせずにさっさと終わらせようと口を開く。
「今日はお主が勇者オルテガの後を継ぎ、バラモス退治の旅に出る日。
そこでお主に神の祝福と装備品、路銀を授けよう」
「うむ、もらえる物は貰うが、神の祝福なんぞはいらん。
面倒な手続きは省いて、さっさとくれるもんだけくれ」
王の言葉に答えて動き出そうとしていた神父を留めてそう口にする。
言葉使いに対して周囲がざわめくのを王は手で制し、傍らに控える大臣へと顔を向ける。
答えて大臣がアレルの前に進み出て、路銀の入った袋とそれとは別の空の袋を渡す。
「こっちは空じゃないか」
「それは魔法の袋と言って、世界にも数個しか存在しない貴重な袋だ。
中に制限なく詰め込む事ができ、取り出したい物を取り出せる非常に便利な代物となっている。
ただし、生き物は入れる事はできんがな」
感心するアレルの前で大臣は兵士を呼び、二人の兵士が二人掛りで箱を運び込んでくる。
「その中にはこれから旅立つに辺り、仲間となる者たちの装備が入っている。
試しに袋へと入れてみるが良い」
言われるままに箱を開け、中に入っていた普段着よりも丈夫な布で作られた長持ちしそうな服数着や棍棒を袋にしまう。
「おお、中々面白いじゃないか」
全て仕舞いこんだアレルへと王は威厳を込めて命じる。
「勇者アレルよ! さあ、バラモスを倒す為に旅立つが良い!」
その言葉に応えてアレルは大広間を後に……せず、玉座に座る王を見上げる。
「どうしたのじゃ、アレル。よもや怖気付いた訳ではあるまいな」
「そんな訳ないだろう。が、魔王を退治する勇者に渡す装備品がそこらの武器屋や道具屋で売っている物なのはどうなんだ?
おまけにこの程度の路銀、すぐに底を着いてしまう。本気で魔王退治をさせたいのか?」
「そうは言うが、我が国も頻発する魔物との戦いでそれほど余裕はないのじゃ。
それは武器とて同じこと」
「だからって、こんな棒きれ渡されて魔王を倒せって言うのか?
立派な武器を持った兵士たちが近辺のモンスター退治という事は、魔王の方が弱いのか?
なら軍を差し向ければすぐに済むだろう。こっちは魔王退治、兵士はスライムや大ガラス。
何も全員分よこせなんて言ってないだろう」
「ぬぅ」
アレルの言葉に思わず声を詰まらせる王を見て、アレルはにやりと笑う。
「まあ、兵士の武器を取り上げるのはやめてやるが、宝物庫を開けろ。
使わないよりも魔王退治に役立てる方が良いだろう」
「いや、しかし……」
「なら魔王退治になんていかない。あーあ、可哀相に。王様が使わないくせに出し渋った所為で」
「ぐぬぬぬ……分かった。大臣よ、宝物庫を開けてやれ」
「しかし、王様」
「構わん」
「分かりました」
「グッド。それで良い。後、路銀をもう少し貰うぞ。
たしか、そっちの階段からお前の部屋にいけるはずだな」
「なっ!」
「魔王退治の為だ。国の金がないのなら、個人で出せば良いではないか」
アレルの言葉に唸り声を上げるも、駄々を捏ねても無駄だと王は玉座に背を預けて力なく言う。
「好きにするが良い」
一気に老け込んだ様子の王に、それまで黙っていた王妃がそっと手を握り締めてやる。
本来ならアレルへと戒めるような事を言うべきかもしれないが、言っても無駄だと既に悟ったのか沈黙を守る。
「がははは、まずは宝物庫から目ぼしい物を頂くか」
言って広間を後にし、宝物庫へと向かう。
そこには幾ばくかのゴールドとルーンスタッフと呼ばれる杖以外、これといっためぼしい物は見つからずアレルは舌打ちする。
「役に立たん物ばかりだな。この銅の剣は錆びてやがるし、こっちのは折れてやがる。
と言うか、こんな物まで宝物庫に入れるなよ。お、この腕輪は高そうだな。これは頂いていこう」
「ああ、それは身に付けた物の身体能力を僅かとは言え上げる腕輪。
国宝なんだ、それだけは勘弁を」
「知るか。王の許可を貰った以上、これはもう俺の物だ」
言って早速腕輪を左腕に付ける。
「ふむ、あんまり実感できんが、まあ良い。他にはないかな〜。
ちっ、本当にしけてやがる。適当にこの辺の武具を持って行くか。売れば幾ばくかの金になるだろう」
目ぼしい物をあらかたあさり、呆然とする大臣を置き去りにしてアレルは意気揚々と王の部屋を目指す。
項垂れている王や兵士たちには目もくれず、広間を通って階段を登り、話は既に行き渡っているのか、誰も居ない廊下を進む。
王の部屋へと入り、金になりそうな物がないか調べる。
結果、幾ばくかのゴールドと薬草や毒消し草などの道具を見つけ袋に入れる。
変なメダルも手に入れたが、とりあえず袋に仕舞い、続けて壁に掛けられた絵画を外し、これも袋の中へ。
「ふむ、こんなもんかな。そういえば、隣にも部屋があったな」
王の部屋を後にすると、続けて隣へと向かう。無遠慮に開いた扉に、どうやら中に人がいたらしく驚いて声が上がる。
「だ、誰ですか!?」
「ん? そういうお前こそ誰だ」
「ぶ、無礼な。私はこの国の姫、リアンよ。誰か、誰かいないの!
曲者よ!」
「むか、誰が曲者だ。俺は勇者だぞ」
「勇者? あなたが?」
アレルの言葉を鼻で笑うリアンにアレルも頭に来る。
「勇者といっても所詮は荒くれ者でしょう。私みたいな高貴な者と口を聞けるだけでもありがたいと思いなさい。
そうね、顔はともかく丈夫そうね。ふふふ、良いわ、特別に餞別をあげましょう」
言ってリアンは手に持っていた鞭をバシバシと片手に叩き付け、残虐そうな笑みを浮かべてアレルに近付いてくる。
王家の国家秘密として知る物は極僅かだが、実はこの姫様は少々困った悪癖があったりする。
一言で言い表すのならサディスト。基本、女性相手がメインで、城下の少女を連れ込んでは甚振るという困ったちゃんであった。
故に滅多に城から外に出してもらえず、またそれが余計にストレスを溜めると言う結果になっていたりもする。
勿論、そんな事を公にする訳にはいかないので、いつも大臣が口封じに大金を握らせているのだが。
まさか、これが国庫が磨り減っている要因の一つなどとアレルが知る由もなく。
ともあれ、目を付けられたアレルであった。
「さあ、鍵はしっかりと掛けたし、こっちに来なさい」
勇者と言えど王家には逆らえないと考えているのか、リアンは背を向けて本棚を弄る。
すると壁が横にスライドし、隠し部屋が現れる。
中には三角形の木で出来た器具や、手枷足枷は当たり前、様々な拷問器具に大きなベッドがある。
「ここの声は一切外には漏れないわよ。まずは跪いて足を舐めなさい」
ベッドに腰掛けてそう命じるリアンに対し、アレルは大人しく従うように近付き、
「どりゃぁぁぁっ!」
飛び掛るとまずは鞭を払い飛ばす。
「な、何をするの! 私はこの国の姫よ!」
「知るか、俺は勇者だ!」
何故か偉そうに胸を張って言うと、無造作に手を伸ばしてリアンの胸元を引き裂く。
上がる悲鳴など気にもせず、素早く手を後ろに回すと近くにあった手枷を嵌める。
「がははは、悪い子にはお仕置きが必要だな。
どれ、ここに縄もあるし……」
「ま、待ちなさい、こんな事をしてどうなるのか分かっているの!?」
「さあ、どうなるんだろうな。寧ろ、今からお前がどうなると思う?」
「だ、誰か、誰か!」
「無駄だ。ここの声は外には一切漏れないんだろう?
ぐふふふ、これまでお前に色々された人たちの恨みを晴らしてやろう」
言って縄を片手に近付くアレル。リアンの悲鳴が上がるも、声は外には漏れず誰も助けには来ない。
数分後、ベッドの上で身動きが出来ないように縛られたリアンと、その前で高笑いするアレルの姿があった。
「がははは、中々良い格好ではないか。
さて、それでは本番といくか」
「ま、待ちなさい! 待って。私初めて……」
リアンが何か言い掛けたがそれで止まるはずもなく、アレルはしたい事をやり始める。
「痛い、痛い。ごめんなさい、ごめんなさい、謝るから、許して、お願い」
「がははは、まずは一発!」
「な、中はいやー!」
「がははは、グッドだ! だが、まだまだ夜は長いぞ」
そのまま一晩中、部屋からはアレルの笑い声とリアンの上げる悲鳴が鳴り響く。
後半からは悲鳴ではない声も聞こえ始めたのだが、それらは一切外に漏れる事はないのだった。
「ふー、流石に疲れた」
「も、もうあちこちが痛いよ。と言うか、どれだけタフなのよ」
「そういうお前も喜んでいたではないか」
「うっ、それは……。だからって、寝て起きてまたして、気絶して起きてまたって、どれだけ獣なのよ。
付き合わされた私の身にもなってよね。あー、もう体中が痛いしだるい。いい加減、お風呂に入りたい。
体中、アレルの匂いだよきっと」
「ふむ、時折ここにあった非常食を食べていたが、一体、今は何時だ?
もう朝どころか昼かもな。いい加減、旅に出んとな」
「えー、もう行っちゃうの? お風呂入ったらまた続きしようよ。
ねぇ、バラモスなんて他の人に任せてさ。そうだ、結婚しようよ。そしたら、そんな危ない事しなくても良いよ」
「結婚はしない。それにそういう訳にもいかないんでな。風呂入ったら、旅に出る」
「ぶー、じゃあ戻ってきたらまたしてくれる?」
「最初の頃と態度が全然違うが、さては惚れたか」
「うん。だって、初めてだったし……それに、私ずっと自分がSだと思ってたけれど……って、何を言わせるのよ」
「がはははは、流石は俺だ。まあ、帰ってきて気が向いたらまたしてやろう。
それよりも風呂だ、風呂」
「お風呂なら小さいけれど部屋にあるからそっちで一緒に入ろう」
「うむ、特別に隅々まで洗ってやろう」
「いや〜ん」
こうして二人は隠し部屋から出て部屋の風呂へと向かう。
そこで更に二時間ばかり過ごし、ようやくアレルは旅の支度を整える。
「さて、行くか」
「気を付けてね」
「がははは、俺は無敵だ!」
そう言って部屋を後にするアレル。
外へと出るためにどうしても通らないといけない広間に顔を出した時、王や王妃を始め全員が驚いたような不思議そうな顔を見せる。
「アレルよ、いつここに来たのじゃ? 二日前に旅立ったはずでは?」
「あれから二日経ってたのか。いや、時間の感覚がいまいち分からなかったが、我ながらよくもやったな。
うん、さすが俺、英雄、勇者だ」
王たちの疑問には答えず、アレルは一人納得すると今度こそ城を後にする。
残された面々のうち、王や王妃はもしやという思いがよぎったのだが、ピンピンしているアレルを見て杞憂かと考える。
が、その日の晩、久しぶりとなる家族揃っての夕飯の席でリアンから良い人を見つけたと言われ、
親として嬉しそうな父として複雑な表情を見せるも、その口から出てきた名を聞いて噴き出す王の姿があったとか。
おわり
<あとがき>
思わずまた書いてしまったが、やっぱり続きません。
美姫 「いや、既に書いてしまってるじゃない」
あははは、ネタが出来たんでついな。とは言え、この後はどうなるか。
美姫 「はぁ〜」
いや、ちょっとした暇潰しと言うか、気分転換としてまた書くかも、かも?
美姫 「まあ、良いけれどね」
そんな訳であまり続きは期待しないでください。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
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