『鬼畜勇者アレル』










上機嫌で城を後にしたアレルは、そのまま軽い足取りで町の入り口へと向かう。
ここアリアハンは世界的に見ても平和な方で、周囲に現れるモンスターもスライムなどの最下層に位置する弱いモンスターばかり。
それでも一般人や子供にとっては脅威となり得るモンスターである上に、その出入り口ともなると兵士が常に目を光らせている。
元より、過去には世界を治めんと遠征などをしていた歴史もあり、この町そのものが大きな壁によって囲まれている。
それらの事もあり、町の中は未だに平和そのものであり、人々もそこまで悲壮感が漂う程ではない。
そんな中、一人重い空気をその身に纏い膝を抱えて座り込んでいる少女が居た。
町と外とを繋ぐ門の傍にある兵士の詰め所の壁付近でスンスンと鼻を鳴らしている。
普通なら兵士も声の一つでも掛ける所だが、困ったような、哀れむような顔をするものの、そんな様子はない。
そんな少女の頭上に影が差し、そこからやや不機嫌そうな声が降って来る。

「お前はこんな所で何をしているんだ?」

「ふぇ。……あ、アレル様!」

顔見知りらしい言葉を交わした後、少女は泣いていたのを隠すように目元を袖で拭いて立ち上がる。
そして、少し拗ねたような口調で続ける。

「何って、アレル様が出発の時間になっても来なかったんじゃないですか。
 言われた通り、荷物も全て用意してずっとここで待っていたんですよ」

「おお、すっかり忘れていた」

「わ、忘れていたって。うっぅぅ、アレル様、酷いですよ。二日もずっと待ってたんですよ」

あっけらかんと悪びれた様子もなく言い放つアレルに対し、少女は怒るよりも嘆くように言う。
そんな少女に対し、アレルは鼻を一つ鳴らすと、

「ふん、いつまでもぐずぐず泣くんじゃないニーナ。
 そもそも、俺の奴隷なら気を利かせて出発日が変わったぐらい察しろ」

「そんな、連絡も何もなかったのに無理ですよ」

「それでもやれ」

「ひ〜ん、無理です〜」

頭をぐりぐりと押さえつけられながらも辛うじて反論するも、アレルの方は全く聞く気はないようでぽかりと頭を叩いて歩き出す。
その後を慌てて荷物を手に追いかけるニーナ。

「アレル様、どちらに? そっちは町の中ですよ」

「ふん、そんな事は分かっている。だが、旅立ちの前にルイーダの酒場に行くんだ」

「ルイーダさんのですか? あ、お仲間を募集されるんですね」

「そういう事だ。むふふふふ、ムチムチでエロエロな女戦士や、昼はお堅いが夜はエロエロな僧侶などをな」

「あ、あははは。居るかな、そんな人」

アレルに聞かれないようにポツリと呟いたニーナであったが、ずんずんと先を行くアレルに置いてかれまいと小走りに後を追う。
酒場の両開きの扉を開け放ち、中から注がれる視線を気にする事もなくアレルは真っ直ぐにカウンターへと向かう。
アレルの後に続きながら、ニーナはおどおどと周囲を見渡す。
アレルへと視線を向ける者の殆どはすぐに関わらないようにと目を逸らすので、注目されると言う緊張感とは無縁で居られた。
ただし、それが居心地の良さと比例するかと言われると、素直に頷く事は出来ないだろうが。
なるべく周囲を気にしないようにアレルの背中だけを追いかけ、カウンターに着いてほっと一息吐く。
そんなニーナへとこの酒場の主であるルイーダがホットミルクを出してくれるのを礼を言って受け取る。

「ルイーダさん、俺にはないのか?」

「ツケを全て払い終えてから言って頂戴」

「がははは、だからツケは身体で払うと言っているではないか。
 今晩、いや何なら今からでも上でしっぽり……」

「くだらない冗談は良いわ。もし冗談じゃないというのなら、余計に性質が悪いわ」

アレルに対して怖気づく事なくきっぱりと告げるルイーダに、アレルは鼻を一つ鳴らしてそれ以上は何も言わない。
代わりにフォローするかのように、ニーナがここに来た目的を告げる。

「仲間を? まあ、確かにここはそういった斡旋もやっているけれど、
 殆どは近場のダンジョン探索や魔物の討伐といった事を主とする冒険者たちばかりで、魔王退治に名乗り出るようなのが居るかしら」

一応、希望は聞いておくけれどとルイーダはニーナにどういった仲間を探しているのかを尋ねる。
それに対し、ニーナがちらりとアレルを見遣り、

「うむ。一人は綺麗でグラマーなお姉さんが良いな。エロエロならもっと良しだ。
 後は十六以上で三十までの美人だ」

「誰もあなたの好みなんて聞いていないわよ。私はどういった冒険者を探しているのかを聞いているの」

「だから、エロくて美人だと言っているではないか」

「はぁー。とりあえず、前衛を出来る戦士系よね。
 だとすれば、丁度一人良いのが居るわね。経験も豊富だし、腕も悪くないわ」

「美人か?」

「男性よ」

「ちっ、つまらん。そんなのはいらん、却下だ却下」

「はぁ、じゃあ、この子は。素手で戦う武道家タイプよ。経験はさっきの戦士よりも劣るけれど、腕は確かよ」

「女か?」

「男」

「却下だ」

その後も数人名前が挙がるが、全て男と言う理由で全て却下された。
それを受けてルイーダは分かっていたけれど、と盛大な溜め息を吐く。

「こんな男に付いて行かないといけないなんて、幼なじみとは言えあなたも大変ね」

「い、いえ、私は。そ、それにアレル様はこう見えても結構、優しいんですよ」

ルイーダの言葉にそう返すニーナにルイーダは何も言わずにただ肩を竦め、アレルはこう見えてとはどういう事だと頭を叩く。
そんなやり取りを長めながら、ルイーダは名簿をパラパラと捲り、パタンと閉じる。

「残念ながら、女性の冒険者で手が空いているのは居ないわね。ましてや、アレルと組むなんて奇特な子はゼロよ」

「何故だ」

「胸に手を当ててよーく自身の行動を振り返って見なさい」

「ふむ、こうか」

言って伸ばした手をルイーダはパシンと払い除ける。

「人のじゃなくて、自分の胸よ」

「ちっ」

ルイーダの言葉に舌打ちをするアレルにまたしても溜め息を吐きながら、ルイーダはふと思い付いたと顔を上げる。

「そう言えば、一人だけ女性で腕も立つ子が居たわね」

「本当か!? 今すぐ紹介しろ!」

「うーん、別に良いかな。ただちょっと経験は少ないというか、殆どない子なんだけれどね。
 それと冒険者としては登録していないから、紹介はするけれど自分で説得してもらう事になるからね」

「それぐらいなら構わん。何処の誰だ?」

「ほら、教会の神父様の娘さんなんだけれど、知らない?」

「あ、聞いた事あります。確かアリアハンを離れて修行に出ていたって。
 あれ? でも……」

「がははは。ならその子で良いぞ。すぐに紹介するんだ、ルイーダさん」

「あっ! 待ってくださいアレル様」

「何だうるさいぞ、ニーナ。邪魔をするな!」

「そうじゃなくてですね。確か、神父様の娘さんは今、十二歳ぐらいですよね。
 そんな小さな子を連れて行くのは危なすぎますよ」

「……待て、今なんて言った?」

「ですから、危なすぎるって」

「そこじゃない! 十二と言ったか?」

「え、はい」

「うがー! それじゃあ、色々とできんではないか!
 却下だ、却下! ルイーダさん、他の子は居ないのか!」

「さっきも言ったけれど、他はいないわね。どうする?」

「ぐぬぬぬ。今から俺好みに育てるか。
 しかし、育つまで待たないといけないのか……どうする、どうする」

ぶつぶつ呟くアレルを困ったように眺めながらニーナはルイーダに尋ねる。

「あの、さっき思い出したんですけれど……」

「何かしら?」

てっきり年齢の事を思い出したのかと思っていたのだが、どうやらニーナの思い出した事はそれではなかったようで、

「私、二日間ずっと門の所でアレル様を待っていたんですけれど」

「二日って、それって普通に帰る所か怒っても良いぐらいよ、ニーナちゃん」

「あ、あははは。えっと、それでですね。
 私、昨日その子と神父様が外へと出て行くのを見たんですけれど。
 その後、戻ってきたのは見ていないんで、まだ帰ってきていないんじゃないかなと」

「あら、そうなの? 冒険者登録している訳じゃないからね。そこまでは知らなかったわ」

ルイーダはそう言うと肩を竦め未だ悩むアレルを一瞥すると、手を振り立ち去る。
ルイーダが居なくなった事に気付いて我に返ったアレルがニーナから話を聞き、その頭をポカリとまた叩く。

「ええい、そういう事は早く言え、このバカが!
 くそっ、むかつくぞ。今晩はルイーダさんに付き合ってもらおうと思ったのに。
 こうなったら、今日はお前が相手をしろ!」

「はい♪ ……じゃなくてアレル様! いい加減に旅立ちましょうよ!」

「ええい、生意気だぞ! 旅立つのは明日だ!
 今、俺がそう決めた! ほら、ニーナさっさと来い!」

「って、駄目ですよ、アレル様。って、引っ張らないでください!
 駄目ですってばー!」

「がははは、聞こえない、聞こえない」

遠ざかっていくニーナの悲鳴とアレルの馬鹿笑い声を聞きながら、ルイーダは今日何度目になるのか分からない溜め息を吐くのだった。





おわり




<あとがき>

短編のつもりが三話目に。
美姫 「しかも、未だにアリアハンから一歩も出ていないわね」
うん、ある意味凄いだろう。
美姫 「いやいや、話が進んでいないって事だからね」
ははは。旅立つには色々と準備が必要なんだよ。
美姫 「その準備も何もしていないけれどね」
まあ、既にニーナが荷造りは終えているからな。
美姫 「仲間すら増えず、ただアリアハンで時間だけが過ぎていくのね」
さて、それじゃあ、今回はこの辺りで。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。







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