『夕日隠れの道に夕日影』

   〜後編〜






深夜にまで及んだパーティーから明けて翌日。
というよりも、パーティーが終了したのが午前1時前だった事から考えて、その日の早朝。
まだ誰も起き出す気配のないCSS。その中庭で恭也は日課をなっている鍛練を始めていた。
基本の動きを繰り返し行う。その動きは徐々に速く鋭くなっていく。

「はっ、ふっ」

それから数十分経った頃、今までの動きが嘘だったかのように小太刀を鞘に納め瞳を閉じる。
恭也の周囲の空気さえもが、それを邪魔してはいけないというかのように静まり返り厳粛な雰囲気につつまれる。
そして……。瞳を開けると同時に前方に踏み込み小太刀を抜刀する。

──小太刀二刀御神流、奥義之六、薙旋

もの凄い速さで抜刀された二刀の小太刀を、再び腰の鞘に戻すと恭也は一息吐き、鍛練を終える。
何人かの起きてくる気配を感じながら部屋へと戻り、シャワーを浴びる。
そして着替えを済ませると、食堂へと向った。



    ◇ ◇ ◇



食堂には既に何人かの生徒が来ており、それぞれが食事を始めていた。
恭也も食事を受け取ると、空いている席を見つけ腰を降ろす。食べ始めてすぐにフィアッセたちが食堂へと入ってくる。
フィアッセたちも恭也に気付き、近づき挨拶をする。

「おはよう恭也」

「ああ、おはようフィアッセ。所で朝食はいいのか?」

挨拶をすると同時に恭也の隣に腰を降ろすフィアッセに聞く。

「ちゃんと食べるよ。だから、この席とっておいてね」

「じゃあ、逆隣は私ね」

すかさずアイリーンが同じ様なことを言う。それを聞いたエレンが文句を言う。

「そんなのずるいわよ。私だってそこが良いんだから」

「「私だって」」

リーファとティーニャも声を上げる。
周りをよく見れば、今起きてきている生徒たちは全員が、恭也の横の空席をチラチラと見ている。
ただ、フィアッセたちがその周辺で言い争っている為に近づけないといった感じであった。
当然、恭也もそんな周りに視線には気付いているが、無害だと判断し特に気にしない事にする。
もう一つ理由があり、それは今、口を開くことは危険だと本能が感じているためである。
そんな事を考えている恭也を放っておいて、フィアッセたちは未だに口論を続ける。
流石に見かねた恭也が口を挟もうとした時、背後から第三者の声がかかる。

「あなたたち、少しは静かにしなさい!周りに迷惑でしょ」

そう言ってフィアッセたちに注意をしたのはイリアだった。

「何を言い争っているのかは知りませんが、さっさと食事を取りなさい」

『はい。すいませんでした』

フィアッセたちはイリアに謝ると食事を受け取りに行く。
一刻でも早く戻って来て恭也の横に座ろうとしているのはバレバレで、走り出しこそはしなかったが、競うように速足で歩いて行く。

「ふぅー。全くあの子たちは。ごめんなさい恭也さん。お騒がせして」

「いえ、別に構いませんよ」

「そうですか。所で隣よろしいですか?」

そう聞くイリアの手にはトレーが乗っており、まだ食事を取っていないことが窺えた。

「どうぞ」

そう言って微笑む恭也に少し赤くなりながらも隣に座る。
イリアが座ったことを確認すると恭也はイリアに話し掛ける。

「あのー、一つ聞きたいんですが」

「はい、なんですか?」

「ここの席は何かあるんですか?さっきから、皆さんがこちらを見てるみたいなので」

恭也は先程から突き刺さる視線が、この席が人気のある場所でそこに招待されているとはいえ、
一応は部外者にあたる恭也が座っている事に原因があると思い訊ねる。
イリアは恭也の考えている事が分かったのか苦笑いを浮かべると答える。

「別に何もないですよ。ただ、皆恭也さんとお話をしたいだけですよ」

「はぁ、そうですか。でも、俺と話なんてしても面白くないと思いますけど」

「そんな事はありませんよ。私は結構、楽しいですよ」

「ありがとうございます。そう言って頂けると、嬉しいですよ」

そう言ってまた笑う。

(どうも、ここに来てから自然と笑顔が出るようになった気がするな)

恭也自信、自分がよく笑うようになったと感じているらしい。
もっとも、それがもたらす効果に関しては全く気付いていないのだが。案の定、イリアは恭也の笑顔にまた赤くなる。

「イリアさん。大丈夫ですか。顔が少し赤いみたいですけど風邪でも引かれましたか」

「いえ、そんな事はありませんから。大丈夫です」

「そうですか。でも、無理はしないで下さいね」

「はい、ありがとうございます。恭也さんは優しいですね」

「そんな事はありませんよ」

「いえ、充分優しいですよ。向こうでは、かなりもててたんでしょうね」

「そんな事はないですよ。俺なんかを好きになってくれる人なんていませんよ」

「そんな事はないです!」

予想以上に大声で否定の言葉を言い放つイリア。その声に恭也も言葉を発したイリアも少し驚く。
少し気まずくなりそうな時に、良いタイミングで後ろから言葉が発せられた。

「そうそう、そんな事はないって。ちょっと横ごめんやで」

二人の話に割って入ったゆうひはそのままもう一方の空いている恭也の隣へと座る。

「椎名さん」

「ゆうひ」

「少なくともうちは恭也くんと話するんは面白いし、恭也くんのこと好きやで」

「あ、ありがとうございます」

深い意味はないと分かっていても、面と向って好きと言われて照れる恭也。
それから三人で食事をしながら他愛のない話をしていく。
そうこうするうちにフィアッセたちが朝食を持って戻ってくる。

「あー、イリアにゆうひ!」

「なんで、恭也の横に座ってるのよ!」

「なんでって言われてもなぁー。たまたまここが空いてたから座っただけやん。別に問題はないやろ」

「ううぅぅー、それはそうなんだけど……」

唸っても事態が変わる訳でもなく、フィアッセたちは仕方がなく、恭也の周りに座る。

「道理でさっき言い合いしている時にゆうひの姿が見えないと思ったら、自分だけ先に朝食を取りに言ってたのね」

「何の事かな〜。うちには分からんわ」

「イリアもちゃっかり恭也の隣に座っているし」

「あら、私はあなたたちを注意した後、ここに座っただけよ。朝食を持ったまま、うろうろしたくなかっただけ。
 ここが、一番近かったのね」

フィアッセやアイリーンの文句を軽く躱す二人。その顔には笑みさえ浮かべていた。
その後は特に問題もなく平穏に食事は進み、各自自室へと引き返していった。
そう、表面上だけは平穏に……。食事中、ずっと皆は一つの事だけを考えていた。

(昼食は(も)恭也の横に!)



    ◇ ◇ ◇



朝食後、自室に戻った恭也は簡単に装備を確認すると午前中の見回りに向う。
コンサートが明日に迫った今、何かを仕掛けてくるとすれば今日を置いて他にないと考えた為、巡回の回数を増やした。
そして、今の時間は恭也と他数名が見回りの時間となっている。
各々がそれぞれ違う場所から巡回をしていき、全ての場所を見終わったら本部へと戻る手筈になっている。
恭也は慎重に各部屋を確認しては、異常がない事を連絡する。
そんな事を繰り返し行っていた時、ふと背後から視線を感じ振り返る。すると慌てて隠れる人影。

(まさか侵入者か!それにして隠れ方が……)

不思議に思った恭也は気配を殺し、足音を立てずに忍び寄る。

「誰だ!」

「きゃっ」

恭也の誰何の声に驚きの声が上がる。そこにいたのは生徒の一人だった。

「すいません。大丈夫ですか?」

「???」

恭也の問いかけに驚きながらも首を傾げる。その仕草から、恭也は日本語が通じていないと分かり、たどたどしい英語で言い直す。
すると今度は通じたようで、笑顔で頷き返してくる。そして、その女性とそこで別れ、次の場所へと向った。



    ◇ ◇ ◇



警備本部として割り当てられている部屋へと恭也が戻ったのは、規程の時間からかなり遅れてからのことだった。
これは恭也の手際が悪かったせいではなく、何度も恭也の後をこっそりとつけてくる生徒が後を絶たなかったせいである。
流石に最初の時のように相手が驚くような事態は避けたが、
その度に立ち止まり建物内を散歩しているだけだと説明するのに時間を取られたせいである。
そんな事もあり、恭也は肉体的にはともかく精神的にかなり疲れていた。
その殆どは、なれない英語で話したせいだったが。

「な、なんか思った以上に疲れた」

「ふふふ、本当にお疲れ様。とりあえず、午前中の巡回は済んだから、昼食に行ってもいいよ」

「もうそんな時間ですか。じゃあ、ちょっと行ってきます」

メアリーの言葉に頷き、食堂へと向う。
そして、そこでまた朝食時と同じような事が起こるのは言うまでもないだろう。
ちなみに恭也の横に座ったのはフィアッセとリーファだった。

その後、昼食後の巡回も何事もなく済み、今は夕方の巡回中である。
建物内を全て確認した恭也は外へと出ていた。
今、外を見て周っているのは、メアリーともう一人、それと恭也の三人である。
しばらく見て周った頃、恭也は微かに違和感らしき物を捉える。それを性格に把握する為に、目を閉じ神経を研ぎ澄ませる。
そして、捉えたのは微かな銃声の音だった。おそらくサイレンサーをつけているのだろう。
恭也はその音のしたと思われる場所に向かい駆けていくと、同時に無線で連絡を入れる。

辿り着いた先では、メアリーが銃を取り出し、一つの木の陰に隠れていた。
そのメアリーが見つめる先、木と木が林立する林の中から人の気配を感じる。
メアリーは恭也が来た事に気付くと、目でおおよそ敵のいるであろう所を教える。恭也は建物の陰から顔を出して頷く。
メアリーと目線で合図を出し合い、飛び出すタイミングを計る。
そして、恭也が飛び出すと同時にメアリーも飛び出し、敵のいると思われる場所に向けて発砲する。
そこからメアリーに向けて飛んでくる反撃の銃弾を木の陰に隠れやりすごし、再度発砲する。
敵がメアリーに構っている間に恭也は距離を詰めて行く。その時、横手から新たな殺気を感じ恭也は前方に転がる。
と先程恭也の頭のあった位置を銃弾が通り抜けていく。
それを見たメアリーは恭也を撃った敵に向けて、発砲する。
もう一人の敵には逃げられるかもしれないが、恭也の周りには遮蔽物となる物が何もない。
このままその身を敵前に晒していたら、いつ撃たれてもおかしくないと判断したからだった。
しかし、丁度その時、もう一人外を巡回していた女性が辿り着き、メアリーが今まで相手にしていた敵に発砲する。
恭也はメアリーが援護しているうちに、メアリーの元へと向うと、叫ぶ。

「メアリーさん、後ろ!」

襲撃者がもう一人いて、メアリーの背後から狙っていたのである。
メアリーは恭也の声で後ろを振り向くが、敵はすでに銃を構えて照準を合わせていた。

(くそっ、後少し。間に合え!)

恭也は神速を発動させ、残りの距離を詰めていく。世界が白黒になる中、重いゼリーを掻き分けるかのように進んでいく。
そして、メアリーの傍まで来ると、そのままメアリーを押し倒す。その瞬間、世界が色を取り戻す。

「えっ、何?」

メアリーはすぐに現状が把握できずに少し慌てる。そして、恭也のかけてくる声で状況を理解する。

「早く、ここから動かないと。俺が囮になっている間に早く!」

言って、メアリーの背中を押す。メアリーは殆ど反射的に安全な場所まで走り出す。
その背後で再度響いた銃声に振り返る。そこには銃弾を小太刀で弾き返す恭也がいた。
実際にはその動きは全く見えなかったのだが、いつの間にか両手に抜かれていた小太刀と足元に転がる銃弾を見てそう判断する。
そして、襲撃者たちは、既に逃げたようだった。

(全部で三人。すでにこの辺りには気配はないな。どうやら完全に逃げたようだな)

そんな恭也にメアリーは駆け寄ると、

「恭也、大丈夫ですか?どこか怪我は」

「ええ、大丈夫ですよ。どこも怪我はありません。メアリーさんの方は大丈夫ですか?」

「ええ。私は恭也のおかげで無事です。しかし、凄いですね。銃弾を剣で弾くなんて」

「別にそんな事はないですよ」

実際に恭也にしてみれば、神速を使い、飛んでくる銃弾の向きを変えただけなのでそんなに凄いとは思っていない。
だが、それを目のあたりに見た人の反応は当然、そうではないのだが。
とりあえず、お互いに無事なのを確認すると、更に警備を強化するため、一旦戻る事にする。
未だに固まったままのもう一人の女性を正気に戻して。
だが、恭也たちの懸念を余所に、この日はこのまま何事もなく過ぎていった。



そして、コンサート当日を迎える……。





 つづく




<あとがき>

美姫 「いきなりですが、今回は後書きに浩はいません。現在、完結編に向けて頑張っているみたいです。
    まあ、こんな珍しい事もあるもんだと思いながら、次回を待ってて下さい。ペコリ」













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