『桜月恋歌』

  〜前編〜






海鳴市桜台にあるとある女子寮。
そのリビングで住人たちが食後のちょっとした話に花を咲かせていた。

「ああ〜、薫が負けただぁ〜。で、相手は一体誰だ?あの千堂っていう奴か」

「いえ、千堂ではありません」

「じゃあ、誰だ」

「高町恭也くんという男の子です」

「ふーん。薫を負かすとはなかなかの腕前だな。で、なんであたしがそいつと勝負するんだ?」

「うちよりも強いお二人の戦いを横で見させて頂ければ何かと勉強になるかと思いまして」

「ふーん、かったるいな〜」

「お姉ちゃん。薫さんもこうやって頼んでいるんだし、聞いてあげても」

「あのな〜。この薫に勝つような奴とやるなんて疲れるだけじゃないか」

「そこを何とかお願いします仁村さん」

未だ渋っている真雪に十六夜が話し掛ける。

「真雪さま。私からもお願いいたします」

「・・・・・・。あー、分かったよ。引き受けてやるよ」

「本当ですか!」

「ああ。十六夜さんにまで頼まれたら無下に断わる訳にも行かないしな」

「ありがとうございます真雪さま」

「あ〜、別にいいですよ。気にしないで下さい。それに薫より強いって奴とやってみたいってのもありますし」

真雪は日門草薙流の元名取予定として少し恭也に興味を持ったようだ。
真雪は少し考え、薫に日程を告げる。

「じゃあ、今度の土曜、午後3時。これでいいか」

「それでよかと思います。一応、念のために明日、聞いてみます」

そう言うと薫は自室へと戻っていった。
それを見届けてから真雪は耕介たちに話し掛ける。

「なあ、この前あいつが気になってるって言ってた奴って、その恭也とかっていう奴じゃないのか?」

「そういえば、あの日以来、決まった時間に出かけてたな」

「うけけけけ。つまり恭也とかっていう奴に会ってたって事だろ」

「で、でもお姉ちゃん。まだ、そうと決まった訳じゃないし。ひょっとしたら別の人って可能性も」

「んな訳ないだろう。考えてもみろよ。
 あの神咲の口から男の名前が出るってだけでも驚きなのに、更に別に男がいるなんてあると思うか?」

「たしかにありえないのだ〜」

「み、美緒ちゃん」

「でも、確かに少し嬉しそうな顔をしてたしな」

「ゆうひちゃんまで。それはお姉ちゃんとその恭也くんが戦うのを見れるからじゃないの」

「甘い、甘いわ知佳ちゃん。どれぐらいかと言うと、練乳入りワッフルに蜂蜜をたっぷりとかけたぐらいに甘いわ」

「言いたいことはよく分からないけど、ものすごく甘そうというのは分かったよ」

「はいはい、漫才はいいから」

「そ、そんな・・・。折角うちが皆を喜ばそうと頑張っているというのに。いけずやわ、耕介君」

「・・・・・・。でも、あの薫に勝ってなんてその恭也くんはかなり強いんだろうね」

ゆうひを無視して耕介は知佳と話をする。

「あ〜ん、耕介君が苛める」

「よしよしゆうひちゃん。でも、確かにお兄ちゃんの言うとおりだね」

「当たり前だろ。この世の中、上には上がいるもんさ」

「その恭也さんってどんな人なんですかね?」

「お、何だ?岡本君も興味があるのか?」

「ち、違いますよー。ただ、薫さんより強いと言ってたから、何か凄い想像をしてしまって」

「例えば筋肉隆々とか?」

「は、はいそうです」

「まあ、土曜になれば嫌でも見られるんだ。そんなに慌てる必要もないだろ。それに試合の後は薫との事も色々聞きたいしな」

そう言うと真雪はニヤニヤと笑う。

「お、お姉ちゃん、それはさすがに」

「何を言うんだ。お前だって気になるだろ」

「た、確かに気になるけど」

「耕介、という訳だから宴会の準備よろしく」

「はいはい」

耕介はそう答えると肩を竦めて、知佳に言うだけ無駄だと伝える。
それを悟った知佳は頭を垂れて心の中で謝罪する。

(薫さんごめんね。私やお兄ちゃんじゃもう止められないよ〜。でも、私もちょっと気になるかも)

そこへのんびりとした声が発せられる。

「あの〜、ところで皆さん何の話をしているんですか?」

「愛〜。今までの話を聞いてなかったのか?」

真雪に言われて愛は首を傾げながら今までの会話を必死に思い出す。
そして両手を胸の前でパンと合わせて音を立てると、耕介の方を見ながら人差し指を一本立てて、

「駄目ですよ耕介さん。ゆうひちゃんを苛めたりしたら。めっ、です」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

「えーと、別に苛めてませんから」

「そうなんですか」

そんな愛の様子をみてゆうひが腹を抱えて笑い出す。

「あはははは。愛さん最高や〜。最高やでそのボケ」

「ゆうひちゃん、ひどいです。私ボケてなんかいないですよ」

まだ笑い転げているゆうひに抗議する愛に埒があかないと思ったのか耕介が話し掛ける。

「愛さん、愛さん。要は今度の土曜に薫のお客さんが来るって話だよ。だから宴会の用意をしようって事」

「ああ、そういう事でしたか。なら、私もお手伝いしますね」

「はい、お願いしますね」

未だ笑っているゆうひを放っておいて耕介たちは話は終わったとばかりに一息つく。
が、次の瞬間、愛の放った言葉にその場が凍りつく。

「何を作ればいいですか?」

『えっ!』

全員が驚いた顔で愛を見て固まり、辺りを沈黙が包み込む。
さっきまで笑っていたゆうひまでもが笑うのをやめて愛を凝視している。

「あのー、皆さんどうかしたんですか?」

「い、いや何でもないですよ。そ、それよりも料理は俺に任せてください。
 愛さんには飾りつけとかをお願いしますから」

耕介の言葉に全員が揃って首を縦に振る。

「でも、耕介さん一人では大変じゃないですか?私もお手伝いした方が」

この愛の言葉には全員が首を横に振る。が、愛はそれに気付かない。
真雪が愛に見えないようにジェスターで耕介に何かを伝える。

(耕介!絶対に愛に料理をさせるなよ!)

耕介も真雪に向って身振り手振りで伝える。

(分かっています!俺だってまだ命が惜しいですから)

「耕介さん、どうかしたんですか?」

「えっ!い、いや何でもないよ。そ、それより料理の方は本当に大丈夫だから。宴会と言っても一人分増えるだけだから。
 それにどうしても手伝いがいるようなら、その時に言うから大丈夫だよ」

「そ、そうだよ愛お姉ちゃん。いざとなったら私も手伝うし。だから最初はお兄ちゃんに任せようよ」

「そうですか。そこまで仰るんでしたらお任せしますね」

「はい!もう任せてください!」

愛の言葉に耕介は必要以上に元気に答え、他の面々は心の底から安堵の息を洩らす。
こうしてさざなみの夜は更けていく。



  ◆ ◆ ◆



翌日、学校の帰りに薫は翠屋へと赴いた。

「いらっしゃいませ〜」

そう声をかけてきた綺麗なウェイトレスに薫は恭也がいないか尋ねようとする。
そこへ奥から現われた男の子が声を上げる。

「薫さん」

「え、あ、恭也くん」

そこには翠屋のエプロンをつけた恭也がいた。
と、二人の会話を聞いていた先ほどのウェイトレスが薫の後ろから恭也に声をかける。

「何、恭也の知っている人なの?」

「ああ」

恭也が肯定するとそのウェイトレスは薫に向き合うと頭を下げる。

「私はこの子の母親で桃子と言います。一応、ここの店長をしてます。いつも恭也がお世話になっているみたいで」

「あ、いえ。こちらこそ恭也くんには色々とお世話になっています」

慌てて薫も頭を下げる。

「さあ、どうぞどうぞ。ゆっくりしていってください。ご注文は何にしますか」

「あ、じゃあコーヒーを一つ。後、お土産にシュークリームを8個お願いできますか」

「はい、分かりました。あ、恭也も今日はもういいからね。薫さんと話があるんでしょ」

「分かった」

「で、あんたは何にする?」

「宇治茶アイ・・・」

「宇治茶アイスの大盛りなんてメニューにないからね」

「コーヒーでいいです」

桃子は注文を取ると奥へと伝えに行く。
そんな二人のやり取りを見ていた薫の顔に笑みが浮かぶ。

「どうかしましたか?薫さん」

「いや、なんでもなかよ。ただ、明るくて優しいお母さんじゃね」

「そうですね」

少し複雑そうな顔をするがそれはほんの一瞬の事で薫も気づく事はなかった。

「しかし、よく恭也くんの知り合いだと信じてもらえたね」

「???」

「いや、うちみたいな学生が恭也くんの歳のような子を訪ねて来たら普通は少し警戒するもんじゃろ」

「母はああいう性格ですから。それに近々俺を訪ねて来る人がいると言ってましたから」

「ああ、なるほど」

「で、用件というのは」

「ああ、例のうちより強いと言っていた人、仁村真雪さんと言うんだが、その人の都合がついたから、それを伝えに」

「そうですか。で、それはいつですか?」

日程を恭也に伝えようとしたところで横から声が上がる。

「はーい、コーヒー二つお待たせ〜」

「ありがとうございます」

「いいえ、ではごゆっくりどうぞ〜」

薫は再び口を開き、先程の続きを話し出す。

「で、日程なんだが。今度の土曜日の午後3時はどうじゃろうか?」

「土曜ですか。はい、その日で構いませんよ」

「そう。じゃあ、仁村さんにはそう伝えておくから」

「はい、宜しくお願いします」

その後、少し雑談をする。しばらくして、薫が時間に気付き立ち上がる。

「じゃあ、うちはそろそろ帰るから」

「はい、ではまた土曜に」

「ああ」

薫はそう言うとレジへと向い、恭也も何となくその後に続く。

「あら、もう帰るの?」

「はい、御馳走様でした」

「はい、これお土産のシュークリーム」

「ありがとうございます。いくらですか」

「シュークリーム代だけで良いわよ」

「そんな、それは悪かです」

「いいから、いいから」

「でも・・・」

「いいのよ。その代わりと言ったら何だけど、また来てくれたらいいから」

「・・・・・・分かりました。では、お言葉に甘えさせて頂きます」

「ぜひ、そうして」

薫が支払いを済ますと桃子は恭也に向って笑いかける。

「しかし、恭也もやるわね〜。こんな美人のお姉さんと知り合うなんて」

「何を訳の分からない事を・・・」

「何よ。じゃあ、薫さんは綺麗じゃないって言うの」

「な、ち、ちょっと待て。そんな事は一言も言ってないだろうが!」

「言ったじゃない」

「言ってないだろ」

「じゃあ、綺麗なのは認めるのね」

「ああ、薫さんは確かに綺麗だが・・・。俺が言ってるのはそういう事じゃなくて」

「いいから、いいから。あ、でも、薫さんが恭也みたいな子供を相手にする訳ないか」

「うっ」

桃子の台詞に何故か言葉に詰まる。その時、横から声がかかる。

「あ、あのうちはこれで失礼します」

「ああ、ごめんなさい。じゃあ、また来てね」

「はい。では」

薫は少し顔を赤くしながら店を出て行った。






つづく




<あとがき>
桜散りし日の決闘の続きだね。
美姫 「今回は決闘前って所ね」
そういうこと。次回は恭也VS真雪で。
美姫 「この時期はまだリスティがいないのよね」
そうなんだよ。だから、恭也VSリスティは残念だけど今の所ないんだよね。
まあ、それ以外のさざなみメンバーとの対決はできる限りやるつもりだけどね。
美姫 「KOUさんのリクエストに添えるよう頑張らないとね」
その通りです。さて、恭也と真雪のバトル、バトルと。
美姫 「では、また次回で」




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