『桜月恋歌』
〜後編〜
とある土曜日。時計の針が丁度、午後の3時を指すまで後数分といった所。
さざなみ寮に一人の来客が来たことを告げるチャイムが鳴る。
それと同時に全員がリビングから玄関へと続く廊下へと出る。
真っ先に出た薫が後ろを振り返り、疑問を口にする。
「なんで皆さんまで出てくるんですか?」
「い、いや〜。それは何ていうか、なぁ」
「う、うん。誰か来たみたいだから、ただ純粋に出ないといけないかな〜って」
「そうですか。多分、恭也くんだと思いますので、うちが行きますから。皆さんは中で待ってて下さい」
「別にいいやんか。もうここまで来たんやし」
「そうなのだー。それに皆少しでも薫のおと・・・・・・モガモガ」
何かを言いかける美緒の口を塞ぎながら真雪が玄関のドアを指さす。
「いいから神咲、さっさと開けてやれ」
「はぁ。分かりました」
皆の行動に少し疑問を抱きながらも待たせては悪いと思ったのか、真雪の言葉に素直に従いドアを開ける。
「よく来たね。道に迷わんかった?」
「はい、薫さんに頂いた地図のおかげです」
玄関先で会話をする恭也と薫。
寮生たちは恭也の姿を見ようとするが、そこからは恭也の姿を見ることはできない。
「耕介くん、どう?見える」
「いや、駄目だ。知佳は?」
「私の所からも見えないよ。でも、薫さんなんか嬉しそうだね」
「そうだな。こりゃー、本当にひょとするとひょっとするな」
「薫さん、そんな所で話してないで上がってもらったらどう?」
後ろでこそこそやっている耕介たちには構わず、愛がそう声をかける。
その言葉に耕介たちは頷き、薫は慌てて恭也を中へと入れる。
「お邪魔します」
そう言って入って来た恭也を見て、愛以外の寮生が少し固まり驚きの表情を浮かべる。
そして、小さな声で囁きあう。
「あのー俺の目は少しおかしくなったんでしょうか?」
「安心しろ。あたしにもどうやったって中学生ぐらいにしか見えねぇから」
「うちも真雪さんと同じ意見や。まさか薫ちゃんが・・・」
「で、でも薫さんに剣で勝ったんだよね」
「そういえば、そうなのだ」
全員、恭也が真雪と勝負をしに来たという事を忘れていたようだ。
いや、正確には忘れてはいなかったのだけど、その後の宴会の事ばかり考えていて、二の次になっていた。
それを思い出し、真雪たちは一斉に恭也を見る。
中へと入った恭也は少し驚いた顔をして、後ろでこそこそと話だした耕介たちを見て首を傾げる。
(一体、どうしたんだろうか?・・・んっ!?)
ひそひそ話をする人たちの中から、真雪、知佳、美緒を順に眺める。
(多分、あの人が真雪さんだな。確かに薫さんよりも強いな。で、あの二人は・・・?
強いのか弱いのかは分からないが、何か少し違うような気がする)
と、それまで横を向いていた耕介たちが一斉にこちらを向く。
その時、真雪と視線が合い、軽く頭を下げて挨拶をする。
真雪は話している間、恭也の視線が自分を中心として知佳や美緒に向いていたのに気付き、
恭也の方を向くと同時に軽く視線に力を込める。
そして、恭也は真雪と目が合うと逸らすことなく真雪の視線を受け止め、軽く挨拶をした。
その動きに隙がないことを見て取った真雪は表情にこそ出さなかったが驚く。
(!強いな。それに気配を読むことに慣れていやがる。こりゃー薫が負けたってのは本当らしいな)
真雪の近くでは、まだ耕介たちが小さな声で話し合っている。
「きっと薫さんの悪戯だよ」
「そ、そうだよな。いつも真雪さんにやられているから」
「で、でも、あの薫ちゃんがそないな事をするとは思われへんねんけど」
未だに目の前の少年が薫の言う恭也なのか半信半疑でいろいろな事を言っている耕介たちに真雪が小声で話し掛ける。
「あいつ、かなり強いぞ。それだけじゃない。ひょっとしたら知佳や美緒の事まで気付いてやがる。
まあ、詳しくは分からないだろうが、ちょっと違う程度にはな」
真雪の台詞に耕介たちは再度驚く。
そこへ薫が声をかける。
「恭也くんも皆もどげんしたと?こんな所にいないで、さっさと移動しましょう」
「そうですね。じゃあ、恭也くんこっちだから」
薫の言葉に愛が頷き、恭也の手を取ってリビングへと連れて行く。
「ち、ちょっと待ってください。手を離してください」
「?いいじゃないですか。私、恭也くんみたいな小さくて可愛い弟が欲しかったんですよ」
恭也の抗議を無視して、愛は恭也を引っ張っていく。
恭也も言うだけ無駄と悟ったのか少し照れながらも大人しくする。
それを見た知佳が恭也の反対側の手を取る。恭也は知佳の方を見るが何も言わずにそのままついていく。
「えへへへー。私も弟が欲しかったんだー。
欲しかったお兄ちゃんはできたけど、流石に弟は無理かなーって思ってたから嬉しいな」
そんな事をいいながらリビングへ向う二人の後を全員がついていく。
と、真雪が耕介の肩にポンと手を置き、そっと囁く。
「じゃあ、行こうか。図体が大きくて可愛くない弟くんにして、もういらなくなったお兄ちゃん」
「な、ななな真雪さん!」
真雪の名を呼びながら耕介もリビングへと入っていく。
「さて、じゃあ早速だけど始めようか。場所はそこの中庭だ。ちょっくら準備してくるから待ってな」
真雪はそう言うと部屋へと戻る。
その間に恭也は中庭にでて軽く身体を動かす。
そのうち、真雪が戻ってきて中庭へと出てくる。
「準備ももういいようだし、始めるか。お前の武器はその小太刀ニ本だな」
真雪の言葉に頷くと恭也は小太刀の木刀のうち一刀を腰にさし、一刀を掲げる。
それに対し、真雪は木刀を肩に担いだ格好のまま薫に目線を向ける。
意を汲み取った薫は対峙する二人の中央に立つと片手を上げる。
「では、これより仁村真雪と高町恭也の時間無制限一本勝負を始めます」
その薫の言葉に両者とも頷き、了解したことを伝える。
それを確認した薫は上げた手を振り下ろし、後ろに下がりながら叫ぶ。
「では、はじめ!」
開始の合図とともに真雪がいきなり恭也に向かっていく。
「悪いが体力的にきついんで、速攻で決めさせてもらうぞ」
言うと同時に恭也の右から左へと横薙ぎに木刀を振るう。それを恭也は下がって避ける。
が、先程通過したばかりの木刀が今度は左上から袈裟懸けに向ってくる。
恭也はこれを小太刀で弾くと一歩前踏み出し、小太刀を振る。
この一太刀を真雪は引き戻した木刀で受け止め、恭也の胸元目掛けて突きを繰り出す。
これを半身になって避けると恭也は真雪の懐へと飛び込んでいく。
その恭也の視界の端に突きから横薙ぎに軌跡を変えた木刀が映り、大きく横に跳ぶ。
その直後に真雪の木刀が恭也のいた所を通過していく。
それを確認するや否や、恭也は真雪へと迫っていく。当然のように真雪の木刀が逆方向から再び襲い掛かってくる。
恭也はそれを左手に握りなおした小太刀で受け止め、ほぼ同時に右手で残る一刀を抜き放つ。
それを真雪は後ろに下がって躱す。下がるときに恭也が追って来ないように木刀を引き寄せ軽く牽制をかける。
目の前を横薙ぎに過ぎていく切先を躱しながら、恭也は後を追えずにその場で止まる。
そこへ体勢を整えた真雪が再び襲い掛かってくる。
その太刀筋は先程よりも速く、あらゆる方向から斬撃が飛んでくる。
それらを恭也は二本の小太刀でことごとく捌いていく。
何度目かの打ち合いの後、両者は少しの距離をおき、再び静かに対峙する。
(なんて奴だ。全て見切ってやがる。こりゃぁ神咲じゃ勝てねぇは)
(攻撃が多彩な上に速い。直線的な動きの薫さんよりもやっかいだな)
(体力的にもそろそろきついな。こりゃぁ・・・)
(後手に回るとこちらが不利だな。なら、あの技で・・・)
両者共、瞳にさらなる力を込め、お互いを静かに見詰める。
((・・・次で決める!))
真雪は上段に振りかぶるとそのまま打ち下ろす。
これを恭也は後ろに下がって避けようとする。
(よし!これはフェイントだ。あたしの本命はこの次!)
真雪の一撃は振り下ろされる途中で軌道を急に変え、恭也へと向う。
(やはり最初の一撃はフェイントだったか)
恭也は後ろへ下がると同時に腰に戻した二本の小太刀に手をかけると、それを右から抜き放つ。
真雪の迫ってきていた木刀を右の小太刀で弾く。そして、左のニ撃目を真雪へと放とうとする。
(本命の一撃にしては簡単に弾けた?まさか!)
(かかった!本当の本命は弾かれたこの後だ!)
わざと簡単に弾かせた木刀が恭也の右側から襲い掛かる。
(もらった!)
真雪がそう思った瞬間、剣を握る両手に衝撃が走る。それも間髪を開けることなく二度。
その直後、剣を握る両手が少し軽くなり、気付くと真雪の喉元数センチの所に恭也の切先が止まっていた。
真雪が渾身の一撃を放つと同時に、恭也は左の小太刀を真雪の剣の軌道上へと移動させ動きを鈍らせる。
そして、すぐさま徹を込めた右の小太刀で木刀を叩き折ると、四撃目を真雪に寸止めで放った。
抜刀からの四連の斬撃、御神流・奥義の六、薙旋と呼ばれる技である。
しばらくの間、誰も声を発せず今起こった事を茫然と見ていた。
やがて、真雪が、
「はぁー、負けた負けた。あたしの負けだよ」
その言葉を聞いた恭也は喉元に突きつけていた小太刀を離し、寮生たちからは溜め息が漏れる。
「しっかし、見事に折れてやがるな」
真雪は折れた木刀を見ながら恭也に話し掛ける。
「すいません。別に折るつもりは無かったんですが」
「ああ、別に気にしちゃいないさ。しっかし、お前・・・恭也って言ったか、とんでもない強さだな。
最後の攻撃なんて殆ど見えなかったぞ」
「ありがとうございます。真雪さんもとても強かったですよ」
「そうか。まあ、恭也が言うんならそうなんだろうけどな。そういや、まだ流派を聞いてなかったな。
あたしは日門草薙流ってんだ。あんたは」
「俺は御神流です」
「御神流、ね・・・・・・ん?御神流?・・・御神、御神」
「真雪さんどうかしたんですか?」
何かを考え込む真雪に薫が声をかける。
「ああ、ちょっと、ね。ちょっと待ってろ」
「はぁ」
真雪にそう言われて全員が真雪の次の言葉を待つ。
「ああ!思い出した。御神ってあの御神か!」
「・・・多分、その御神です」
「真雪さん、恭也くんの流派を知っているんですか?」
「いや、そんなに詳しくは知らねぇよ。ただ昔、ちょっと聞いただけだ。しっかし、御神流とはね。
どうりで最後の技なんかどこかで見たのと似ているはずだ」
「見たって、恭也くん以外にはもう使い手はいないって」
「そうなのか?」
真雪は恭也に訊ねる。
「はい。真雪さんはいつ何処で見たんですか?かなり前なら不思議はないですけど」
「あれは確か・・・。まだ、新潟の実家にいた頃で。そうだ、そうだ。行き倒れの親子がいて、何て名前だったかな?
えーと、・・・・・・・・・・・・あれ?」
何かを思い出そうとしている真雪に皆はただ静かにして待つ。
やがて、真雪は何かを思い出したのか、恭也へと話し掛ける。
「不破士郎って男を知っているか?」
「・・・・・・父ですが」
「えっ!じゃあ、お前やっぱり不破恭也か!でも、なんで高町って」
「ち、ちょっと待って下さい。何故、その名を知っているんですか」
「何でって、お前覚えていないのか。今から、約10年ぐらい前。新潟で行き倒れそうになった所を助けてやっただろうが」
「えーと、記憶にないんですが」
「何て薄情な奴だ」
真雪の言葉に困ったような表情を浮かべる恭也を見かねて薫が助け舟を出す。
「真雪さん。それはちょっと無理があるかと思います。十年程前なら恭也くんはまだ1歳か2歳のはずですから」
「ちっ!気付きやがったか」
薫の台詞に真雪は小さく呟く。
「すいませんがその時の話をお聞きしてもいいですか」
「ああ、別に構わないさ。でも、とりあえずは中に入れ。おーい、耕介宴会の準備だ」
「はいはい」
耕介は苦笑しながら中に入っていく。
「あ、お兄ちゃん、私も手伝うよ」
「ああ、頼む」
「じゃあ、私も」
「あ、愛さんはうちと一緒にこっちを手伝ってなー」
そう言うとゆうひは愛の手を引いていく。
そんなゆうひに耕介は愛に見えないように親指を立ててみせる。
それに対し、ゆうひもピースサインで応える。
そんなやり取りに首を傾げながら恭也も中へと入る。
「さて、料理ができるまでの間に話すとするか」
「あの、手伝わなくても良いんですか?」
「ああ、気にするな。恭也は客だからな。ゆっくりしてくれ。んで、あたしは恭也の話し相手と」
そう言うと真雪は恭也の向かいに座ると、コップに日本酒を注ぐ。
「流石に恭也に勧める訳にはいかないか。まあ、これでいいだろ」
真雪はそう言うと、コップにオレンジジュースを注ぎ、恭也に渡す。
恭也は礼を言ってそれを受け取ると一口だけ飲み、真雪の話を聞こうとする。
が、真雪は一気に中身を呷ると、再び酒を注ぐ。それからゆっくりと語り出した。
まあ、簡単に言えば、腹を空かした恭也の父親、士郎さんがたまたま通りかかったあたしに食べ物をせがんだという事さ。
まあ、頼み方が普通じゃなかったのは確かだけどね。
確か・・・、
「そこのお嬢さん」
「あたしのこと?」
「そう、お嬢さんの事だよ。お嬢さん、何か武術をやっているだろ?」
「やってるけど、なんで?」
「ん?そいつはなんで分かったのかって事かい?まあ、言うならば気配というか雰囲気、立ち振る舞いと言ったようなもんかな。
まあ、そいつは今はいい。それよりも、お嬢さんがやっている武術の道場に連れて行ってくれないかい」
「なんで?」
「何でと言われてもな。まあ、簡単に言えば路銀が尽きて、腹が減ったからかな」
正直言って、滅茶苦茶な人だったな。ただ、何となくあの目が気になってな。
それであたしは近くの店まで行って、適当に食べ物を買ってきてやったんだよ。
そしてそれを食べ終えたあんたの父親は何ていったと思う?
「金を返すあてがないから、この俺の息子を置いていく。金ができるまでの質草代わりだ」
正直、流石のあたしもびっくりしたよ。ああ、そんなに肩を落とすな恭也。
って、何?とーさんらしいだって。つまり、この性格は変わっていなかったって事か。
まあ、いい。話を続けるぞ。
でだ、あたしもそんなもん貰っても困ると跳ね返したんだ。
そして礼はいらないって言ったんだけど、それだけだと悪いとか言ってな。
「お前さん、剣をしているだろ。飯の礼だ。ちょっとだけ相手になってやるよ」
今思い出しても、かなりぞんざいな言い方だったな。ああ、恭也が謝る必要はねーよ。
でだ、あたしの方も当時それなりの腕で、ちょっと自惚れてたんだな。
後、色々あってちょっと荒んでいたてのもあるけど、まあ兎に角その条件を飲んだんだ。
あんたの父親の鼻を明かしてやろうとか思ってな。
所が、逆にこっちがこてんぱんにされたよ。掠りもしなかったからな。
全く、手加減ってもんをしらないのかと思ったけど、よく考えれば手加減されていたんだよな。
何度、向っていっても簡単に倒されちまってな。
で、これで最後だから全力で来いと言われてな。
その最後に恭也がさっき見せたのをやられたんだ。
まあ、これだけなんだがな。
最後にそう言うと真雪は煙草を取り出し火をつける。
「って事だ」
紫煙を吐きだしながらそう話を締めくくる。
恭也は全ての話を聞くと、
「父が迷惑をかけたようで」
「ああ、気にしなくていい。あれはあれでいい勉強になったしな」
そう言って微笑む真雪に恭也はただ黙って頷く。
すると、話終えるのを見計らったかのように耕介が料理を運んでくる。
「はい、できましたよ」
次々と料理をテーブルの上に所狭しと並べていく。
「さーて、宴会だ、宴会!」
『おー!』
真雪の声に元気に応える寮生たち。
こうして宴が始まる。
この宴の最中、恭也の味覚の鋭さに耕介は感心し、その後も色々と作っては恭也に意見を求めてたり、
ゆうひと一緒に歌を歌わされ、その上手さにゆうひが感心したり、薫との事を聞かれ、言葉に詰まり、
助けようとした薫が逆にからかわれ、真剣を持って真雪を追いまわしたりと色々あったが、何とか宴も終わる。
これ以降、恭也は度々さざなみ寮を訪れるようになり、美由希やなのは、桃子もここの住人と仲良くなる。
そして後に、薫、知佳、美緒の間で恭也を巡る闘いが始まるのだが、それはまた別のお話。
おわり
<あとがき>
KOUさんのきりリク完成しました!随分と時間がかかってしまいましたが。
美姫 「本当よね。だって、もう次のきりリクがきてるもんね」
うぅ〜、すいません。一応、恭也Xさざなみメンバーという事でこんな感じになりました。
美姫 「今回のSSはバトル中心ね」
そうです。しかし、バトルを書くのは結構しんどいな。
頭の中ではイメージできるんだが、それを文にする事の何と難しいことか。
美姫 「でも、今回のSSってカップリングできてないわよね」
それはこの後の話さ。
美姫 「薫と知佳、美緒で恭也の取り合い?」
そうなる。でも、それはまた別のお話。
美姫 「書かないの?」
・・・・・・時間ができれば書こうかな?
美姫 「とりあえず、きりリクはこれで完成なのね」
そうです。まあ、続きみたいなものはひょっとしたら書くかもしれないけどね。
美姫 「ふーん。今のところは分からないと」
Yes.まあ、今回はこんな所で。
美姫 「では、また次回!」