今日、日曜日は忍の誕生日らしい。
その事を事前にノエルから聞いていた恭也たちは忍のために、色々と準備をする事にした。





『忍夜恋曲』





「と、言う訳だ」

「はい?どういう訳なの恭也」

「分からなかったか?」

「分からなかったか?って。今の説明で何を分かれと・・・」

恭也は朝から忍を家に呼び、突然目の前に遊園地のチケットを突きつけ、先の台詞を言ったのである。
これを見ていた周りの者は苦笑を浮かべ、口々に恭也に話しかける。

「お師匠ー、流石に今のでは分からへんと思いますー」

「そうだよ、恭ちゃん。もっとちゃんと説明しないと」

不思議そうに首を傾げている恭也に代わり、那美が忍に説明を始める。

「えーと、つまりですね。今日は忍さんの誕生日だとお聞きしたので・・・」

「私たちで忍の事を祝おうって事になったのよ」

「それで、昼間だと桃子さんが仕事で駄目ですから夜にする事にしたんですよ」

「で、それまでの間、お兄ちゃんと一緒にそこで遊んでもらおうと」

「そうなんです。たまたまチケットが余ってたみたいなんで、ついでという訳です」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、今日は一日中恭也を独り占めしてもいいんだ」

『そ、それは』

一斉に言いよどむ女性陣に首を傾げながら、恭也は問い掛ける。

「どうしたんだ、皆?」

『何でもない!』

「そ、そうか。なら、良いんだが・・・。じゃあ、そろそろ行くか」

「そうね、行きましょう」

そう言って忍は恭也と腕を組む。

『あ、あぁーーーーー!』

背後から襲い来る殺気に言い知れぬ恐怖を感じながら恭也は忍の腕を解こうとする。

「恭也、今日は特別な日なんだからこれぐらい良いでしょ?」

と、言われ大人しくそのままで玄関へと向う。
その恭也へと背後から声がかけられる。

「恭ちゃん、信じているからね」

「師匠、できる限り早く帰ってきてください」

「忍、抜け駆けはなしだよ」

「忍お嬢様、あまり羽目を外しすぎないようにお願いします」

・・・・・・などといった言葉を背後に聞きながら、恭也たちは家を出た。





  ◇ ◇ ◇





一日中遊び周った二人は最後にと観覧車へと乗り込む。
その観覧車から夕日に染まる海を見つめながら忍は恭也に話しかける。

「恭也、この後海に行こう」

「はぁー?何を言ってるんだ」

「いいから、いいから」

「あのな、夏はもう終わってるぞ」

「別に泳ごうって言ってる訳じゃないんだから。行くったら行くわよ」

そう言い切る忍に逆らうだけ無駄だと分かったのか恭也は渋々頷く。
それから二人は観覧車を降りるとそのまま海へと向かった。





  ◇ ◇ ◇





「海だわー」

「ああ、海だな。で?」

「べっつにー。ただ、恭也と海に来たかっただけだし」

そう言うと忍は背伸びをして浜辺へと降り立ち裸足になる。
そして、そのまま海へと足を入れる。

「うーん、気持ちいいー。はははは、恭也もおいでよ」

そう言って振り向く忍の顔は夕日に照らされ赤く染まっており、忍が動くたびに足元から飛び散る水滴と相まって、
どこか幻想的なものを恭也に感じさせた。
返事を返さずにただ突っ立ている恭也に忍が再度声をかける。

「恭也ー、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

恭也は軽く首を振ると忍の元へと近づく。
そんな恭也に忍は手で水を掬うとそのままかける。

「っぷ。何をする忍」

まともに顔に海水を浴びた恭也は少し睨む感じで忍に問いかける。
が、忍の方はというと、ただ楽しそうに笑っている。

「ははは。油断大敵だよ恭也」

そう言ってもう一度水をかける。
それを再びかぶりながら恭也は憮然とした表情で再度問いかける。

「一体、何がしたいんだ?」

「べっつにー。ただ、面白いかなーって思っただけ」

「お前はただ面白いという理由だけで人に水をかけるのか?」

「うん。あ、でも、さすがに他の人にはしないよ。こんな事をするのは恭也だけだから安心して」

「何を安心しろと、っぷ」

話している恭也の顔に三度水をかける忍。

「・・・・・・服がびしょびしょだ」

「着てればそのうち乾くわよ。それよりも、ほら見て」

そう言うと忍は恭也の手を引き自分の近くまで引き寄せると両手を広げ、自分の背後の景色を見るように促す。

「ほう」

そこには地平線へと沈んでいく太陽に照らされ、赤く染まった海が視界いっぱいに広がっていた。

「ね、綺麗でしょ」

「ああ」

言葉をなくし、ただ目の前の光景に見入る恭也。
二人はしばらくそのまま佇んでいた。
それから数分が経った頃、忍はその顔に悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべ、恭也の背後へと周る。
そしてそのまま両手に力を込め、思いっきり恭也の背中を押す。
目の前の景色に我を忘れて見入っていた恭也は咄嗟の事に反応できず海へと倒れこむ。

「忍!何をする」

「はははは。ごめんごめん。恭也の事だから、てっきり気付いているのかと思って」

舌を出し笑いながら謝る忍の台詞に、簡単に背後を取られた事もあり、言葉に詰まる恭也。
口をついて出た言葉は、

「全身、ずぶ濡れになってしまったんだが」

「着てればそのうち乾くわよ」

先程と同じような事を言う恭也に同じように答える忍。

「大丈夫よ。この気温なら多分、風邪は引かないと思うから」

「そうか」

「そうそう。それに乾くまで私も付き合ってあげるから」

「それは当然のような気がするんだが」

「ははは、細かい事は気にしたら駄目だよ」

「そうだな。なら・・・」

恭也は立ち上がると海面を注視し、中腰になると拳を打ち下ろす。
──徹!
恭也の拳が当たった箇所から水が勢いよく跳ね、忍へと降りかかる。

「な、ななな。ちょっと恭也!何て事するのよ。びしょびしょになったじゃない」

「着てれば乾くんだろ」

「うっ」

忍は恭也にそう言われ、それ以上何も言えなくなる。

「はぁー、仕方がないか。じゃあ、乾くまで大人しくしてますか」

忍は海から離れるとそのまま腰を下ろす。
恭也も忍の後に続き、その横に腰を下ろす。
その途中で忍の服が透けて肌に張り付き、下着が見えているのに気がつくと慌てて横を向く。

「?どうしたの恭也。明後日の方なんか見て」

「別になんでもない・・・」

「だったら、こっち向けば?乾くまで時間かかるんだし、なんか話でもしようよ」

「そうだな」

そう言いながらも恭也は全く忍の方を見ようとはしない。

「どうしたの恭也?・・・あ、もしかして・・・・・・怒ってる?」

途端に何かに怯えたような声を出す忍。
その声に恭也は振り向かずにその事を否定する。

「じゃあ、なんでこっち向いてくれないの?ねえ、やっぱり怒ってるの?だったら謝るから」

哀しげな声を出してそう言ってくる忍に恭也は少し罪悪感を感じながら口を開く。

「そんな事はないから安心しろ」

「!だったら、なんでこっち向いてくれないの」

忍はそう言うと恭也の正面へと周り込む。
恭也は目の前に飛び込んできた光景から目を背けるように、またあらぬ方を向く。
その行動を見た忍は何かを堪えるかのように顔を歪ませ、恭也にしがみつく。
恭也はしがみ付かれた時に忍から漂ってきた香りと何か柔らかい感触に赤かった顔を更に赤くさせる。

「ねえ、恭也ってば。お願い、何でもするから。どうしたら許してくれる?」

「だから、本当に怒っていない」

「じゃあ、何で私の方を見ないのよ」

「そ、それはその・・・」

何故か言い篭る恭也を不振に思い、恭也の横顔を注視する。
そこで初めて忍は恭也の顔が夕日に照らされて赤いだけでない事に気付く。

「どうしたの恭也?顔が赤いけど、ひょっとして風邪でも引いたの?」

「ち、違う。だ、だから、その・・・。落ち着いて聞けよ忍。その、海水で濡れただろ。だから、さっきからその・・・服がな・・・」

言いにくそうに恭也は話していく。
そして、恭也の言わんとしている事に気付いた忍は自分の服を改めて見る。

「あっ。そ、そういうことね。はははは」

「う、うむ。そういうことだ」

何となく気まずくなりお互いに明後日の方を見る。
やがて忍は恭也の背後へと周り、そのまま背中をくっつける。

「忍・・・?」

「これなら、見えないでしょ」

「そうだな」

お互いに背中に相手の体温を感じながらゆっくりと話をしていく。

「恭也、私の下着見た?」

「な、み、見てない」

「本当に?」

「ああ」

「そう。・・・恭也になら見られても良いんだけどな」

「な、何を言ってるんだ」

「冗談よ。今日の下着はちょっと見せられないから。だって、デザインとか全くない白いだけの下着だもんね」

「?黒かったように思うが」

「・・・やっぱり見たんじゃない」

「!そ、それは・・・。べ、別にわざとではなく、不可抗力という奴で・・・・・・。すまん」

「分かってるってば。そんなに真剣にならなくても良いって」

「忍・・・お前、俺をからかっていないか?」

「あ、分かった?」

「・・・・・・・・・」

「いや〜ん、冗談だってば許して、ね、ね」

「どこまでが冗談なんだ?」

「はははは。まあ、いいじゃない。それに、だったら責任取ってって言ったらどうするの?」

「・・・・・・別に構わない

「えっ!今、何て言った?」

「何でもない」

「嘘!確かに言った!」

「何も言ってない」

「う〜、もう一回言え!」

そう言うと忍は振り向き恭也の背後から首に腕を回すと締め付ける。

「な、何も言ってないと言ってるだろうが」

恭也は忍の腕を掴むと首から引き離そうとする。

「言った、言った、言ったって言ったら言った」

「言ってない、言ってない、言ってないって言ったら言ってない」

お互いに腕に力を込めながら縺れて丁度、恭也の背中の上に忍が乗る形になり、バランスを崩す。
その時に忍の腕が解けると、恭也は忍が自分の背中から前に落ちていかないように腕を引き腕の中へと包み込み、自分は背中から倒れる。

「大丈夫か?」

「うん。ありがとう」

「いや・・・(また忍からいい香りが)」

「で、何て言ったの?」

「またか」

飽きずに聞いてくる忍に恭也は少し疲れたように答える。

「だって、ちゃんと聞こえなかったんだもん」

「だから、何も言ってないと・・・・・・・・・まあ、そのうちに、な」

「・・・・・・分かったわ」

「ところで、そろそろどいて欲しいんだが」

「もう少しこのままで。・・・駄目?」

「・・・少しの間だけだぞ」

「うん」

そう言うと忍は恭也の胸に顔を埋める。
恭也はそんな忍の髪を優しく梳く。
やがて太陽がその姿を海の向こうへと消し去るまで二人はそのままでいた。







「そろそろ服も乾いたし帰るとするか」

「そうだね。あー、晶やレンのご飯楽しみだなー」

「その前に風呂に入った方がいいな。海水を浴びたからな」

「それもそうね。そうだ、恭也。一緒に入ろうか?」

「・・・馬鹿な事を言うな」

「ははは、じゃあ早く帰りましょう」

そんな他愛もない事を話しながら二人は高町家へと向かう。





  ◇ ◇ ◇




高町家の玄関では全員が帰りの遅い恭也を待っていた。
やがて玄関が開き、恭也と忍が入ってくる。

『お帰りなさい』

「ああ、ただいま。って、皆してどうしたんだ?」

「別にどうもしないよ。ただ、恭ちゃんが遅かったから」

「そうです。それだけですよ」

「そ、そうか。とりあえず、中に入らせてくれ」

「ああ、そうでした。すんません」

「あ、あのー、所で恭也さん。何もありませんでしたよね?」

「?何がですか?」

「い、いえ、それなら別にいいんです」

「忍さんも何もなかったですよね」

フィリスのその問いかけに全員の視線が今度は忍に集中する。
忍はその問いに答えずに皆から顔を背けると、少し俯き頬を少し染める。

「そ、そんな事、恥ずかしくて・・・・・・言えない

ビキッ
その時、恭也は確かに空気が音を立てて固まるのを聞いたと思った。
しかし、そんな事は些細な事だとすぐに思い直す。
そう、今目の前から感じる殺気の多さと一つ一つの大きさに比べれば。

『恭也!(恭也さん!)(恭也様)(恭ちゃん!)(師匠!)(お師匠!)ど〜う〜い〜う〜こ〜と〜?』

まさに地獄の底から響いてくるかの声に恭也は思わず後退り、忍に助けを求める。
が、これが更なる悲劇を呼ぶ事になった。

「いや〜ん、恭也ったら。そんなに見つめられると恥ずかしい」

普段ならその忍の冗談めかした行動に全員が気付くのだが、今回は場合が場合だった。
全員から更なる殺気が膨れ上がる。

『説明して!!』

全員に囲まれ詰め寄られる恭也を見て忍は少し驚く。

(あ、あはははは。ちょ、ちょっとやりすぎたかな?ま、まあいいか)

ここで下手に声をかけようなら自分にも被害が及ぶと判断した忍は恭也に軽く手を上げ謝罪し、静かに家の中へと入っていく。

(さ〜ってと、おふろ♪おふろ♪っと)

背後から聞こえてくる声は一切聞こえない事にして、鼻歌を歌いながら、勝手知ったるで風呂場へと向かう忍。

(でもね恭也。待っててあげるんだから、それぐらいは許してね♪)





おわり



<あとがき>


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
美姫 「おーい、浩?起きてる?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
美姫 「駄目だわ。まだ復活できていないなんて、情けないわね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
美姫 「仕方がないから、今回は私だけで後書きをしましょうか。と言っても、特にする事もないのよね」
・・・・・・・・・・・・
美姫 「そうそう、今回の話は忍でーす。
    なんでかと言うと、本当は先月にこのSSをあげるつもりだったのよね。誕生日SSとして。
    それが間に合わなかったのよねー。本当、バカなんだから。
    と、言う訳で1ヶ月遅れて書き上げたと言う訳です。
    まあ、今回はすでにお仕置きも済んでるんで許してやって下さい。
    詳しい事や浩がこうなった原因は戯言/雑記の10月21日分を参考にしてね♪じゃあ、また次回♪」




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