『突然の来訪者』
ある日の放課後、恭也と那美は二人で下校をしていた。
「ふふふ、そうなんですか」
「ああ」
楽しそうに会話をしながら歩いていた那美はふと空を見上げ、しみじみといった感じで呟く。
「本当にこんなに平穏に日々を過ごせるなんて嬉しいです」
「那美さん……?」
「あ、あははは。私ったら何を言ってるんでしょうね」
「……俺もそう思う」
恭也は那美の考えていた事が分かり、そう言うと微笑む。
久遠の一件から少し時は流れ、今は冬である。
二人はその時の事を懐かしい感じで思い出す。
「でも、不思議ですね。恭也さんと出会ってからまだ、一年も経ってないんですよね。
なのに、結構経ったような気がします」
「まあ、実際には昔に一度会っているから、再会してからって事になるんだけどな。
確かに結構経ったような気がするな」
「ええ、やっと私に対しても敬語を使わなくなりましたし」
那美の言葉に少しだけ苦笑する。
「後は名前を呼び捨てにしてくれたら言う事はないんだけど……」
「まあ、それは後々」
「そうですね。それにしても、本当に良かったです」
「何が?」
「……え、あ、あはははは。気にしないで下さい」
「ふむ……。言わないなら、くすぐりの刑にでもするか」
「!!い、言います。言いますから、それだけは」
過去にやられた事でもあるのか、那美は身を守るように両手で抱きながら、少し恭也から離れる。
そして、那美は少し俯きながら、恭也に聞こえるかどうかというぐらいの小さな声で呟く。
「ほら、よく初恋は叶わないっていうじゃないですか。そんな事にならなくて良かったなって」
那美はそう言った後、顔を赤くする。
恭也の方も赤くなっている所を見ると、どうやら那美の言葉が聞こえたらしい。
「あ、あははは。そ、そう言えば……」
那美は誤魔化すように笑いながら、恭也に質問をする。
恭也もその質問に便乗する事にする。
「恭也さんの初恋って誰なんですか?」
「お、俺のか?」
「ええ、聞いてみたいです」
恭也は何かを思い出すように考え込む。
「…………」
「名前はよく思い出せないんだが、優しくて綺麗な人だったな」
自分じゃなかった事を少しだけ残念に思いながらも、その話に興味が出たのか那美は身を乗り出すように尋ねる。
「どんな人だったんですか?」
「うーん、それがよく覚えてない。ただ、笑顔が優しい人だったのは覚えているだが」
「で、その人とは?」
「それっきり会えなかったな。と、言うよりも何処で会ったのかも覚えていないし。
あれは、俺がまだ5歳ぐらいの時の話だしな。不破の家に行った時に一人で外に出て、道に迷った所を助けてもらったんだ」
「はぁー、そんな事があったんですか」
「ああ。そう言えば、その時の人の横に男の人もいたな」
「男の人……ですか?ひょっとして、恋人ですかね」
「かもしれないな。仲が良さそうだったから」
「その男の人の事も覚えてないんですよね」
「ああ。いや、一つだけ覚えている事があったな。あの人はかなり強かったな。
今の俺と同じぐらいか少し上だろうな」
「恭也さんと同じかそれ以上ですか」
「それに、あの人には色々と教えてもらった」
どこか懐かしそうにそう話す。
「また会えたら良いですね」
那美の言葉に頷く。
それから二人は神社へとやって来ると、特に何をするでもなく時を過ごす。
と、恭也は不意に気配を感じ、注意深く探る。
その気配の主は特に気配を隠そうともせず、普通にこちらへと向ってくる。
(ただの参拝者か)
そんな恭也の様子に気付いた那美が掃除を終え箒を手に近づいてくる。
「どうかしましたか?」
「いや、別に大した事じゃない。ただ、人が近づいてきてるだけだ」
「参拝者の方ですかね?」
「もうすぐ、そこから現われるだろう」
恭也が指差す方を見て那美は首を傾げる。
「何で階段を上らずにあんな所から来るんでしょうか?あっちは山だけですけど」
そう言われて恭也も可笑しな事に気付く。
一応のために用心しつつ、その気配の主が現われるのを待つ。
しばらくして、茂みを掻き分け出て来たのは一人の男の子だった。
男の子は恭也に気付くと、近づいてくる。
「すいません。ここは何処でしょうか?」
「ここ?ここは八束神社よ」
那美は少年の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、そう答える。
それを聞いた少年は僅かに顔を顰めさせる。
「八束神社……。聞いた事がない……」
「ひょっとして迷子か」
それまでのやり取りを見ていた恭也がそう尋ねる。
「そうみたいですね」
「君はどこから来たんだ?」
「それが良く分からないんです」
「分からない?」
「はい。気がついたら全然見覚えのない所に来てたんです。
後ろを振り返って見ても、さっきまで歩いていたはずの場所ではなかったんです」
「とりあえず、あなたのお名前は?」
「恭也、不破恭也といいます」
「「!!!」」
その少年の名乗った名前に恭也と那美が驚く。
「恭也さんと同じ名前なんですね」
「いや……、そういう事じゃなくて」
どこかずれた事を言う那美に脱力しながらも恭也はその少年に話し掛ける。
「君は何か武術をやっているか?」
少年は少し驚いた顔をしながら恭也に問いに頷きながら答える。
「ええ、剣術を少し……」
「そうか」
恭也はそれだけ聞くと那美を連れ、少し少年から離れる。
「那美さん、あの少年は昔の俺だ」
「へっ?」
「いや、俺にもよく分からないが、間違いないと思う。
よく覚えていなかったんだが、昔迷子になった時の事を今、少しだけ思い出した。
突然、今まで歩いていた道つは違う風景が目に入って、後ろを振り向いたんだがそれまで歩いていた道と違っていた。
うろ覚えだが、今のあの少年と似たようなやり取りをしたような気がする」
「じゃ、じゃああの子は過去から来た事になるんですか」
「そうなるな。それよりも、どうやったら戻れるんだ」
「さ、さあ?私には分かりません。でも、恭也さんが今ここにいるという事は無事に戻れたからですよね。
どうやって戻ったのか覚えていないんですか?」
「いや、それが全然覚えていない」
「うーん。私、薫ちゃんに連絡とってみます」
「頼む。じゃあ、その間はうちで預かっておくか」
「その方がいいと思いますよ。後、変に情報を与えすぎないようにした方がいいと思います」
「そうだなね。多少窮屈になるが、家にいてもらうか」
二人は頷き合うと、こちらを見ている少年、小恭也の元へと行く。
「恭也くん、帰り道が分かるまでこっちのお兄さんの家にいてくれる?」
「いえ、自分で帰り道を探しますから大丈夫です」
「うちの事は気にするな。それに、お前一人では多分帰れないだろう。ここは大人しく言う事を聞いてくれ」
「………はい、分かりました」
小恭也はゆっくりと考え、恭也の言葉に頷く。
「じゃあ、行くか」
「はい」
いつもなら那美を送って行くのだが、今回は小恭也をさざなみに連れて行かないほうが良いだろうと言う事で、途中で分かれる。
そして、今恭也は高町家を前にして立ち尽くす。
(さて、どう説明したら良いもんか)
家の前であれこれと考えていたが、結局、考えても無駄だと家の中へと入る。
それに続く小恭也。
「ただいま」
「お邪魔します」
その後、帰ってきた面々に説明をする。
「と、言う訳だ」
「へー、師匠の小さい頃ですか」
「人生、色んな事がありますな〜」
「小さい頃のお兄ちゃんって可愛い♪」
「とりあえず、あまり色んな事を教えないようにな」
「「「は〜い」」」
元気よく返事をする妹たちの中で、一人難しげな顔をしている美由希に声をかける。
「美由希、どうかしたのか?」
「え、あ、うん。過去から来た恭ちゃんと現在の恭ちゃんが出会って、タイムパラドクスが起きないのかなーって」
「……そんな難しい事は知らん。まあ、俺も今まで忘れていたんだし、問題ないだろ」
「うーん、そうなのかな」
「考えても分からん。考えるだけ無駄だ」
「そうだね」
こうして、小恭也との生活が始まった。
翌日、道場で鍛練をしていた恭也と美由希の元へ小恭也がやって来る。
「お二人の流派何ですか?」
「………それを聞いてどうするんだ?」
「いえ、ただ僕の使う流派に良く似ていたから」
「………そうだな。俺たちの使う流派は御神の剣に非常に近いかもな」
「!どうして僕が使うのが御神だと」
「俺たちの使う流派に似ている流派は他にはないからな」
「そうでしたか。でも、お兄さんもお姉さんも凄いですね。ここにいる間、僕にも稽古をしてもらえませんか?」
「………別に構わないが一つ約束をしてくれ。俺たちの事は誰にも話さない事」
「分かりました」
そして、恭也は小恭也に稽古をつけ始める。
その後、美由希とのいつもの稽古も終え、小恭也を先に風呂へと行かせ、道場には恭也と美由希の二人となる。
「で、どうだった恭ちゃん。小さい自分に稽古をつけてみて」
「ああ、やはり無駄な動きが多いな。それに、何か変な感じだな。昔、色々と教えてくれた人がまさか自分だったとはな」
「あはははは、確かにね。滅多に出来ない経験だね」
「そんなに頻繁にこんな出来事にあってたまるか」
「それもそうだけどね」
そんな感じで数日が過ぎた頃、那美から連絡が入った。
「恭也さん、元の時代に戻る方法が分かりました」
「そうか。で、どうするんだ?」
「待って下さい。今、薫ちゃんと代わりますから」
「もしもし、恭也くんね」
「お久しぶりです」
「ああ、本当に久しぶり。久遠の件以来じゃね。で、早速本題なんだが。
恐らく原因は久遠の祟りを払ったときに、あの付近の時空間が歪んだんじゃないかと思う」
「なんで今頃なんですか?」
「逆じゃ。今頃ではなく、今だから。恐らく、久遠の祟りの残滓のようなものがあそこに漂っていたんだと思う。
それがあの辺りの霊脈とかで活性化し、時空間を歪ませたんだと思う」
「では、まだ祟りが?」
「いや、それはない。アレは何の意志も持たないただの残り滓にしかすぎなから」
「そうですか。で、元に戻るには?」
「ここからは推測にしか過ぎんのじゃが、うちと十六夜、それに久遠の力をあの辺りに込めて、再び活性化させれば」
「元の時代と繋がるという訳ですか」
「あくまでも推論じゃけどね。しかし、これしか手はない」
「……では、それでいきましょう。何時頃にしますか?」
「出来れば今すぐが良い。あの残滓は徐々に力を無くして、消えていくから。
力があるうちの方が良い」
「では、今からで構いませんか」
「ああ、うちらはそれでよか。じゃあ、八束神社で待ってる」
「ええ。では」
恭也は電話を切ると、小恭也を呼びに行く。
「帰り道が分かった。今すぐ出ようと思うんだが」
「はい、僕は構いません。では、行きましょう」
恭也と小恭也は八束神社へと向う。
先に来ていた那美たちと合流する。
「薫さんたちは?」
「今、向こうで力を注いでいます」
那美が見る方を向くと、丁度そこから薫と久遠が歩いてくる。
「ああ、恭也くん。丁度いい所に来た。準備はもう済んだよ」
恭也は一度頭を下げ、礼をすると、小恭也に向き直る。
「さて、この前来た道を真っ直ぐに進めば元に戻れるはずだ。大丈夫か」
恭也の言葉に小恭也は頷く。
「じゃあね、恭也くん」
「はい、お姉さんもありがとうございました」
「帰っても頑張れよ」
「はい。お兄さんには色々と教えてもらい、本当にありがとうございます」
「気にするな」
「では、僕はこれで。皆さんにも宜しく言っておいて下さい」
「分かった」
小恭也はもう一度全員に向って一礼すると最初に現われた場所から奥へと入って行く。
それを恭也たちはただ静かに見詰める。
「無事に帰れますよね」
「ああ。俺がここにいるのがその証拠だ」
「そうですね」
そう言ってそっと微笑むと恭也の手を握る。
恭也もそれを握り返しながら、そっと微笑む。
「そう言えば、過去の恭也くんに無茶しないように言っておけば右膝は壊れなかったかもね」
「ああ!そうですよ」
薫の言葉に那美が慌てたように言う。
「一緒だと思いますけどね。ここでの事はあまり思い出しませんでしたし。それに……」
「それに、何ですか?」
「いや、何でもない」
尋ねてくる那美から視線を逸らし、少し赤くなりながら恭也はそう言う。
「え〜、教えて下さいよ」
「本当に何でもない」
「教えてくれないと…………、くすぐりますよ」
「………」
それでも何も言わない恭也に対し、那美は恭也の横腹に手を当ててくすぐり出す。
「こ、こら、やめ、やめろ」
「だ〜め。言ってくれたらやめます」
「那美さん。ちょ、ちょっと。あ、薫さん、何とかしてください」
傍観している薫に助けを求めるが、薫は笑みを浮かべると二人に背を向けて歩き出す。
「うちは先に帰ってるから。久遠、帰ろうか」
「くぅ〜ん」
「そ、そんな薫さん、久遠。って、な、那美さん、いい加減に……」
「これ以上、二人の仲の良さを見せ付けられるのも辛いしね」
「べ、別にそんなつもりは……」
恭也の言葉に振り返る事も無く薫はその場から立ち去ってしまう。
未だにくすぐり続けている那美に恭也は両手を上げ、降参を伝える。
「言うからやめてくれ」
その言葉を聞いた那美は恭也をくすぐるのをピタリと止める。
「はい」
「ふぅー。……に………ないからだ」
「え、聞こえませんけど」
「………。だから、右膝が壊れてなかったら那美さんと出会えなかったから。だから、アレで良い」
それだけ言うと恭也はまた顔を赤くして黙り込む。
それを聞いた那美も同じ様に顔を赤くして俯く。
「で、でも、小さい頃には会えませんけど、大きくなったらまたこうして会えたと思いますよ」
「それはそうかも知れないが。そしたら、那美さんが俺を好きになってくれた分からないだろ。
あの時の事があって、今がある訳だしな」
「それはそうですね」
「だから、これで良かったんだ」
「はい。でも、一つだけ間違っていますよ」
「間違い?」
「ええ。例えその事がなかたとしても、私は恭也さんの事を好きになってたと思いますよ。
無愛想で鈍感だけれど、とっても優しい人だってすぐに分かりますから」
恭也は照れくさそうにそっぽを向く。
「俺は別に優しくなんてない」
「ふふふふふ。そういう事にしておいてあげます」
そう言って笑う那美を恭也はやや強引に抱き寄せる。
そして、その耳元に顔を近づけ、そっと話し掛ける。
「那美さん、気付いた?前に話した初恋のお姉さんの話」
「ええーと。確か、小さい頃に会ったっていう?」
どうやら気付いていない那美に恭也は言葉を続ける。
「ええ。どうやら、その人が誰か分かった」
「何で今、そんな話を?」
「本当に分からないか?その人には迷子になっている時に出会ったんだが」
「え、えーと」
那美の様子に苦笑を零しつつ、恭也は続ける。
「俺の場合も、初恋は叶わないという事にならなくて良かった」
「え、え、え。……あ!も、もしかして………」
やっと気付いた那美は驚いた顔をする。
「お互いにそうみたいだな」
「…そうみたい、ですね」
二人は顔を見合わせるとそっと微笑み合い、どちらともなく顔を近づけていった。
おわり
<あとがき>
はい、14万HitパッソレさんのリクエストSSです。
あ、時空を越えた理由については細かい突っ込みはなしで……。
美姫 「と、言う訳で、こんな感じに仕上がりました〜」
今回のSSは、違い幼い恭也が現在へと逆行するというのがポイントだな。
美姫 「それって逆行じゃなくて、普通に順行なんじゃ」
普通じゃないだろうが!
美姫 「確かにタイムスリップは普通じゃないけどさ、逆行ではないでしょ?
幼い恭也からしてみれば、未来へ行った訳なんだから」
うむ、その通りだぞ。
美姫 「だったら、逆行とか言わない!」
す、すいません。だから、だから………。
剣だけは勘弁な。
美姫 「却下」
グサグサグサ
みょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
美姫 「ふぅ〜、いい汗掻いたわ。じゃあ、またね」