『Transitory Love』


    〜前編〜






フィアッセ達のコンサートも、無事に全ての行程を終え、二ヶ月ほどしたある日。
恭也はいつもの様に翠屋で働いていた。
ピークも過ぎ、夕方になった頃、ドアベルが新たな来客を告げる。
その音に、半ば条件反射で声を上げる恭也だったが、

「いらっしゃいま………」

その途中で言葉が止まる。

「アイリーンさん」

恭也の声に応えるように、軽く手を振るのはアイリーン・ノアその人だった。

「やっほー、恭也。それと、私だけじゃないよ」

そう言って、身体を少し横に退けると、
その後ろからもう一人、綺麗な金髪を夕日の紅に染め、ポニーテールにした女性が姿を見せる。

「エリスもか。一体、どうしたんだ?」

「実は、恭也にお願いがあって」

「そうか。じゃあ、とりあえず、あそこの空いている席で待っててくれ」

アイリーンとエリスの二人は恭也の指し示す席へと向い、恭也は奥にいる桃子の元へと行く。

「かーさん、今日はもうあがらせてもらっても良いか?」

「え、もう忙しくないみたいだし、別に良いけど。どうしたの?」

「アイリーンさんとエリスが今、店に来てるんだ。何でも、俺に用があるらしい」

「そうなの。じゃあ、良いわよ。所で、エリスって誰?」

恭也が珍しく女性の名前を、それも呼び捨てで呼ぶエリスという人物に興味を持ち、尋ねる。
と、恭也の後ろから、忍が現われ同じ様に聞いてくる。

「私も知りたいな〜。あの美人な人は誰なのかな?」

二人に詰め寄られる形となった恭也は、少したじろぎながら、

「幼なじみだ」

「ふ〜ん」

恭也の短い説明に忍は気のない返事をし、桃子は少し残念そうに言う。

「な〜んだ。折角、恋人でも来たのかと思ったのに、あーあ」

言うだけ言うと、二人は仕事へと戻っていく。
それを見やり、恭也は溜め息を吐くと、エリスたちの待つ席へと向った。
並んで座っている二人の向かい側に腰を降ろし、恭也は早速用件を切り出す。

「で、俺に頼みとは?」

「ええ。実は……」

そこまで言って、エリスは言葉を止め、横を見る。
恭也もそれに倣い横を見ると、そこには忍がトレーを持って立っていた。

「何か用か?」

「ご注文の品をお持ちしました♪」

そう言うと、忍は二人の前にコーヒーとシュークリームを置く。
そして、そのまま立ち去らずにその場にいる。

「はぁー、用が済んだのなら、さっさと仕事に戻れ」

「え〜、だって何の話か気になるじゃない」(これ以上、ライバルが増えるのはごめんだわ)

忍はエリスとちらりと一瞥すると、恭也に向ってそんな事を言う。

「大した話じゃないし、関係のない話だ」

「関係なくても良いよ。それに、大した話じゃないなら、聞いてても良いでしょ」

「いや、それは……」

恭也はエリスが何の話をするのか分からず、エリスの方を見るが、その間に忍は恭也に話し掛ける。

「何よ〜、内縁の妻である私に隠し事?」

「なっ!」

驚きの表情を浮かべるエリスに気付かず、恭也は忍に向って、

「馬鹿な冗談を言ってないで、さっさと戻る」

恭也はフロアに向けて指を差し、忍に言い聞かせるように言う。

「ぷ〜」

忍は頬を膨らませながらも、その場から渋々といった様子で去る。
その恭也の言葉を聞き、安堵の吐息を漏らすエリスに気付いた恭也が、エリスへと声を掛ける。

「エリス、どうかしたのか?」

「い、いや、何でもない」

「そうか。なら、話を………」

恭也は言葉を止め、疲れきった様子で息を吐き出し、

「で、何の用だ、かーさん」

「あ、あははははは。恭也の分のコーヒーを持ってきてあげたのよ」

「そうか、それはありがとう。用が済んだのなら、もう良いだろう」

コーヒーを置いても、立ち去ろうとしない桃子へ恭也は言い放つ。

「え〜、だってアイリーンさんは知ってるけど、そちらの方は初めてじゃない。
 紹介ぐらいしてくれても良いじゃない」

「はぁー。こちらは、エリス。エリス・マクガーレン。俺と美由希、フィアッセの幼馴染だ。
 で、エリス。こっちが俺の母親の高町桃子だ」

「初めまして、エリスと言います」

「こちらこそ、初めまして。桃子って呼んでね」

「これで用は済んだから、もう良いだろう」

「もーう、恭也ったら、冷たいわね〜」

「冷たいも何も、仕事中だろうが」

「はいはい、分かってますよ。じゃあ、アイリーンさんにエリスさん、ごゆっくり〜」

そう言って手を振りながら、桃子は奥へと引っ込んでいく。
その様子に恭也は疲れたような呆れたような、アイリーンは楽しそうに、エリスはどこか茫然と三者三様の表情で見送る。

「すまないな騒々しい母で」

「いや、明るくていい人だな」

「そうか?」

「ははは、桃子さんは相変わらずだね」

「本当に。いい年をして、未だに落ち着きがないと言……」

恭也は言葉を途中で止めると、右手を掲げる。
と、その手の中に収まるようにトレーが飛来する。
まあ、正確には飛んできたトレーを恭也が右手で掴んだのだが。
恭也はトレーの飛んできた方向へと向くと、

「……母よ、いきなり何をする」

「ごっめ〜ん、恭也。手が滑っちゃった♪」

「どんな滑り方をすれば、トレーが横に飛ぶんだ?それに、さっきまでトレーなんか持ってなかっただろう」

「う〜ん、桃子さん、いい年だから分からないわ♪」

「………もしかして、怒っているのか?」

「え〜、何か怒るような事があったかしら?」

「……それなら、良いんだが」

「ええ、ごめんね恭也」

もう一度謝りながら、桃子は恭也からトレーを受け取る。

「私もいい年だから、握力が無くなってきているみたい。今度から気をつけるわ」

「………………俺が悪かった」

「ん?何を謝ってるの?」

「…………」

「何の事か良く分からないわ。何か謝らないといけない事でもしたの?」

「…何が望みだ」

「いやね〜。何を言ってるのかしら?人聞きの悪い。
 でも、まぁ〜敢えて言うなら、そうね〜。……今度の休みにでも皆でお出かけしたいな〜」

「……分かった」

「そう。じゃあ、楽しみにしてるわ。さあて、仕事に戻ろうっと」

「………………」

笑顔で去って行く桃子に対し、恭也はげんなりとした様子を見せる。
何とか気を取り直し、恭也はエリスに向き直ると、

「すまん、エリス。で、話とは」

唖然として二人のやり取りを眺めていたエリスは、恭也の言葉に我も返り、話を再開する。
その横でアイリーンは笑いを必死に堪えていた。

「話というのは、今度のアイリーンのコンサートの件でなんだ」

恭也は一つ頷くと、続きを促す。
それに押されるように、エリスは話を続ける。

「その護衛に私がつく事になったんだけど、恭也にも手伝って欲しいのよ」

エリスの言葉に恭也は肩眉を上げ、怪訝そうな顔つきになる。

「どういう事だ?何故、俺が」

「別に大した意味はないんだけどね。この間の件で、自分の実力不足を実感したの。
 だから、恭也に空いている時間で良いから、色々と教えて欲しいのよ。有り体に言えば、鍛えて欲しいのよ。
 普通に訓練するよりも、実戦向きだしね」

「まあ、別に構わないが」

「本当に?」

「ああ。で、いつからなんだ?」

「来週からで、場所はイギリスよ」

「イギリス…ね」

「駄目か?」

「いや、構わないさ。俺も銃相手に訓練をしたいしな」

「そう、なら良かった」

エリスは本当に嬉しそうに笑う。
恭也はそれを見て、どこか気恥ずかしいものを感じ、それを誤魔化すようにコーヒーを啜る。
それに倣うかのように、エリスとアイリーンも自分達の前に置かれた物に口をつける。

「う〜ん、やっぱり桃子さんのシュークリームは最高よね〜」

「うん、これは凄く美味しいな」

「かーさんに言ったら喜ぶだろう」

その後、三人は他愛のない話に花を咲かせ、時間は過ぎていく。

「あ、もうこんな時間なんだ」

「そうだね、そろそろ戻ろうか」

アイリーンの言葉にエリスが続けて言い、席を立つ。

「じゃあ、恭也頼んだよ」

「ああ」

三人が立つのを見計らったかのように、桃子が三人の元へと来る。

「どうした、かーさん?」

「うん?アイリーンさんたちは何処に泊まるのかなって」

「確か、ホテル・ベイシティです」

「そうなんだ。折角だから、家に泊まってもらおうと思ったのに」

「あー、それもいいな〜。レンや晶の料理も久々に食べたいし……」

「でしょう、でしょう。だったら、家に来なさいよ。フィアッセが使っていた部屋がまだ空いてるし」

「しかし、かーさん。ホテルの予約は……」

「大丈夫よ、恭也。問題ないない」

「アイリーンさんっ」

「良いじゃないエリス。それとも、恭也と一緒は嫌?」

抗議の声を上げるエリスの首に腕を絡ませ、後半はエリスだけに聞こえるように、その耳元で呟く。

「そっ、そんな事ないです!けど……」

「なら、決定!」

「だ、だから……」

「良いから、良いから。と、言う訳で桃子さんお世話になりまーす」

「良いわよ。じゃあ、晶やレンにも電話しておかないと」

そう言うと桃子は電話を掛けに行く。
一人にこにこしているアイリーンを余所に、恭也はエリスの傍に寄ると、

「すまないな、母が迷惑を掛けて」

「……いや、別に構わないさ。私も少し興味あるしな」

「そうか。なら、助かる」

「ふっ」

二人は顔を見合わせると、どちらともなく笑う。
そんな二人を面白くなさそうに見ていた忍が、

「私もなのはちゃんと対戦しに行こうっと」

そう言うと、桃子の元へと向う。
それらを見て、アイリーンは笑みを浮かべながら、恭也に話し掛ける。

「相変わらずのようだね」

「???」

アイリーンの言葉に恭也はただ、首を傾げるだけだった。
それから、恭也が護衛でイギリスに行くことを伝えると、
二人は、桃子の発案で出発日までは、高町家に滞在する事となった。
で、たまたま遊びに来ていた那美も加わった賑やかな夕食も終え、忍となのははテレビゲームで対戦したり、
他の者はそれを見たり、寛ぎながら談笑したりしていた。
エリスは他のものに気付かれないように、恭也にだけ聞こえるように声を掛ける。

「恭也、ちょっと良いか?」

「ん?構わないが……」

「じゃあ、気付かれないように」

「ああ」

エリスの様子に何かあると感じた恭也は、誰にも気付かれないように注意しながら、エリスと共にリビングから出る。

「どうしたんだ?」

「ここでは、ちょっと」

「……じゃあ、俺の部屋でも構わないか」

「ああ」

と、いう事で場所を恭也の部屋に移し、二人は向かい合って座り合う。

「で、どうしたんだ?」

「ああ。実は、アイリーンさんのコンサートの事なんだが……」

「やっぱり、何かあるんだな」

「気付いていたのか?」

「まあ、何となくだけどな。で?」

「ああ。この事はまだ誰も、アイリーンさんも知らないんだが……。
 恭也はグリフを覚えてる?」

「ああ。確かあの時、美由希が相手をして倒した奴だな」

「ええ。彼に兄がいたとしたら?
 しかも、その兄はグリフ以上の剣腕を持ち、グリフ以上に強い者と闘いたがる戦闘狂と言ったら、どう思う」

「まさか、今回アイリーンさんを狙っているのは」

「ええ。そのグリフの兄で、名はクラウスよ」

「そのクラウスが何故、アイリーンさんを」

「理由は簡単よ。CSSの関係者の中で、一番早い時期にコンサートをやるのがアイリーンさんだから」

「どうして、クラウスが襲撃してくると分かったんだ?」

「それはもっと簡単よ。本人から直に連絡があったのよ。手紙でね。
 内容は、簡単に言えば、アイリーンさんのコンサートを襲撃する事。そして、その場に御神の剣士を連れて来る事」

「じゃあ、奴の本当の狙いは、俺と美由希か」

「ええ。でも、アイリーンさんを本当に狙わないかどうかは分からないわ。
 だから、恭也にはクラウスの相手をして欲しいのよ」

「分かった。一応、警備も厳重にしておいた方が良いな。これが陽動じゃないとは限らないし」

「ええ。後、美由希には」

「ああ。今回は俺達だけで片付けるぞ」

「ありがとう」

「気にするな。それに、俺にも関係あることだしな」

「恭也と二人っきりっていうのも久しぶりね」

「そう言えば、そうだな」

「何か、あの頃が懐かしいわね」

「ああ」

二人はしばし、静かに昔の事に思いを馳せていた。
やがて、

「そろそろ、皆の所に戻るか」

「そうね。護衛する私達が護衛者の傍を離れているっていうのもね」

「確かにな。まあ、この家にいる限り、よっぽどの事がない限り安全だがな」

「そうみたいね。晶にレンって言ったかしら。あの二人もかなりの腕みたいだしね」

「まあな」

恭也は先に立ち上がると、まだ座っていたエリスに右手を差し出す。
エリスはその手を取り、立ち上がる。

「じゃあ、行きましょうか」

「ああ」

恭也とエリスは、二人がいない事に気付き、俄に騒がしくなり始めたリビングへと戻っていった。







つづく




<あとがき>

はい、Bβさんのきりリクです。
美姫 「次は後編をあげないとね」
そうなんだよな。う〜ん、エリスって始めて書いたけど、こんな感じで大丈夫かな?
美姫 「さあ、それはどうかな?」
ま、まあ、努力はしたしな。
個人的にエリスはもっと他のSSでも書いてみたいかな。
美姫 「書けるの?」
………時間が、な〜。
美姫 「はいはい。それよりも、さっさと後編を書きなさいよ」
へいへい。





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