『Transitory Love』
〜後編〜
エリスが恭也に仕事を依頼した日から丁度、一週間が経ち、今恭也たちはイギリスのとあるホテルにいた。
恭也とエリスは今夜の警備の打ち合わせをし、構造を実際に歩いて見て回る。
「アイリーンさんの方は大丈夫なのか?」
「ええ、控え室の中に四人、その部屋の前に二人。そして、控え室に続く通路に数人いるから、大丈夫だと思う。
それより…」
「ああ。クラウス、だな」
「ええ。奴はどこから来る気なんだろうな」
「さあな。ただ、わざわざ御神の剣士を指名してきたんだ。
目的は俺だろうから、俺はアイリーンさんから離れた場所にいるさ。
そうすれば、後は奴の方で見つけてくれるだろう」
「ああ、そうだな。そっちは恭也に頼むよ。でも、無理だけはするな」
「分かっている。そっちこそアイリーンさんの方を頼むぞ」
「任せてくれ」
「奴の目的が本当に俺たちと戦いたいだけなら、良いんだがな」
「まあ、こっちの心配はいらないさ。恭也は自分の事だけを考えて」
「とりあえず、一通り見たし、そろそろ戻るか」
「ええ」
恭也とエリスはアイリーンの待つ部屋へと戻る。
そして、そのまま何事もないまま夜を迎えた。
夜になり、アイリーンのコンサートが始まる直前、恭也はエリスと最後の確認をし終えていた。
「では、俺はここの裏にある林の中でクラウスを待つから」
「ああ、分かった。でも、それで本当に分かるのか」
「恐らくな。しばらくしても来ないようなら、移動するから」
「分かった。こっちは打ち合わせ通りにやるから、安心してくれ」
「ああ、頼りにしてるさ。じゃあ、俺はそろそろ行くから」
「ええ。あ、っと、恭也」
「何だエリス?」
「気を付けてな」
エリスは言いながら、右の拳で軽く恭也の胸を叩く。
そんなエリスに恭也は軽く微笑み、歩き出しながら片手を上げる。
「分かってるさ。そっちこそ、な」
「ああ」
それだけを言うと、二人はそれぞれの配置へとつく為に、その場から離れて行った。
恭也は林の中でも、奥に行った所にある少し開けた場所で静かに相手が来るのを待つ。
既にコンサートが始まって、30分近い時間が過ぎていた。
このまま何事もなければ、それに越した事はないと思っていた時、恭也の耳が近づいて来る微かな足音を捉える。
恭也は凭れていた木から体を起こし、前方の暗闇を見据える。
程なくして、一人の男が姿を現す。
「お前が、クラウスか」
「そうだ。では、お前が御神の剣士だな」
「ああ」
「では、早速楽しもうではないか」
クラウスはそう言うと、背中に背負った大剣を構え恭也と対峙する。
「その前に一つ聞きたいんだが」
「何だ?」
「この襲撃はお前一人の仕業か?」
「さあな。俺に勝てたら教えてやるさ」
クラウスは大剣を横に倒し、恭也へと迫る。
恭也も小太刀を一刀抜くと迎え撃つために、軽く腰を落とし身構える。
「だぁぁぁぁ!」
クラウスは叫びながら、そのまま剣を横へと振るう。
恭也はそれを下にしゃがんで躱すと、そのまま地を蹴り、クラウスへと向う。
それを見たクラウスは、右手を剣から離し、懐へと入れる。
次に右手が現れたとき、同時に二本の短剣が恭也目掛けて飛来する。
それを横に跳んでやり過ごすと、再びクラウスへと迫る。
クラウスは剣を上段に振りかぶり、斬ると言うよりも、その重量で叩き潰すかのような勢いで力任せに打ち下ろす。
これを恭也は向っていった慣性を無理矢理押さえ、後ろへと跳ぶ事によってやり過ごす。
同時に飛針を三本投げつけ、それを弾いたクラウスの隙をついて鋼糸を右腕に巻きつける。
クラウスはこれを切断せず、そのまま力任せに引く。
「くっ」
恭也はクラウスとの力比べを避け、すぐさま鋼糸を離すと少しぐらついたクラウスへと再度走りよる。
恭也の小太刀とクラウスの剣がぶつかり合い、薄暗い林の木々に甲高い音を響かせる。
数回打ち合った後、恭也はクラウスから距離を取る。
(何て力だ。力では向こうが上か。なら……)
恭也は再度クラウスへと向う。
その途中で地面を蹴り、木の幹へと跳ぶ。
その木を踏み台にして更に跳ねる。
恭也は周りにある木や地面を交互に蹴りつけながら、クラウスの周りを動く。
クラウスは恭也の速度を何とか目で追うことが出来るようだったが、体の方が少し遅れている。
恭也はクラウスの周囲を何度も動き回り、徐々にクラウスへと近づいて行く。
そして、クラウスの剣を持つ手とは逆側から接近すると、斬撃を見舞う。
これを辛うじて躱すクラウスだったが、腕に一筋血の跡が浮かび上がる。
その後も、恭也は立ち止まらず、常に動きつづける事で何度か攻撃を繰り出す。
が、それは掠りこそするものの、まともに当たる事はなかった。
何度目かの接近の時、クラウスは恭也の攻撃を避けずに下から掬うように剣を振り上げる。
それは恭也の眼前へと迫り、恭也は小太刀二刀を重ね、それを受け止める。
「ぐっ」
「ちょろちょろと動き回るのが御神の戦い方か?違うだろ?もっと、もっと俺を楽しませてくれよ!」
「くっ」
恭也はクラウスの重い一撃に後ろへと弾き飛ばされる。
何とか態勢を立て直す恭也へ、クラウスが言葉を投げる。
「いいのか?こんな所でちんたらしていて。さっさと俺を倒さないと、あのお嬢さんたちのうち、一人は確実に死ぬぜ」
この言葉に恭也の脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。
「貴様!何を企んでいる」
「さあな?だが、さっさと本気を出して、俺を倒さないと、どうなっても知らないぜ。
あの綺麗な顔が苦痛に歪む様を俺も間近で見たかったがな。くっくっく」
「黙れ!」
恭也は叫ぶとクラウスへと駆け出す。
だが、その動きは先程とは全く異なり、ただ真っ直ぐに向っているだけだった。
幾ら動きが速くても、真っ直ぐに向って来る相手を見失う程クラウスも甘くはない。
クラウスはゆっくりと剣を両手で構えると、向って来る恭也の小太刀にあわせるように剣を振るう。
まともに攻撃を喰らった恭也は、再び吹き飛ばされる。
「くっ」
「くっくっく。そんなにあのお嬢ちゃんが大事か?さっきとはまるで別人の様な動きだな。
御神の剣士、これ以上俺を失望させるなよ。次もあんな攻撃だったら、容赦なく斬るぞ」
不敵な笑みを浮かべるクラウスに、恭也は軽く頭を振る。
(落ち着け。大丈夫だ。まずはこの目の前の敵を倒すんだ)
恭也は静かに深呼吸をすると、小太刀を鞘にしまう。
「ほう、やっと本気になったか」
クラウスは楽しそうに笑うと、剣を握る両手に力を込める。
「さっきから、ずっと本気さ。御神の剣は闇の剣だ。ただ、いかに早く確実に敵を倒すか。ただ、それだけだ。
だから、お前のように戦いにおいて、楽しむという事はない。それは致命的になりかねないからな」
言いながら恭也は、背中に差した二刀の小太刀を腰に差しなおす。
その恭也の動きを見て、クラウスは笑いながら言い放つ。
「面白い。その攻撃を俺が防いで、それで終わりだ」
それに対し、恭也は何も語らず、ただ両手を静かに下ろす。
そして、恭也はモノクロに変わった世界の中、走り出す。
神速からの薙旋。
恭也が最も得意とする連携。
しかし、その神速の世界でも、クラウスの剣は速度をやや落とすだけで喰らいついてくる。
恭也はそれを認識すると同時に、目標をクラウスの剣に変え、一撃目とニ撃目を剣へと放つ。
恭也の下から掬い上げるような攻撃に、クラウスの剣が軌道を少し変える。
そのずれた軌道、本来ならクラウスの剣が通過するはずだった場所へと身体を入れ、残るニ撃をクラウスへと叩きつける。
世界に音が戻るのと同時に、クラウスの体が前のめりに倒れる。
恭也は用心深く注意しながら、クラウスの傍に屈み込み、完全に意識を失っている事を確認すると、
鋼糸で手足を必要以上に縛り上げる。
そして、無線で場所を伝え、事後処理を頼むと、コンサートホールへと向かって駆け出す。
恭也が血相を変え、舞台袖に飛び込むと、突然の事に驚いた顔をしたエリスがいた。
「どうしたんだ、恭也。そんなに慌てて」
「はぁー、はぁー。こ、ここには誰も来なかったのか?」
「ああ。今、恭也が来ただけだが……」
「そ、そうか」
安堵の息を漏らす恭也に、疑問に思ったエリスが訳を尋ねる。
それに対し、恭也はクラウスとの会話を聞かせる。
「成る程ね。でも、怪しい奴は一人も見なかったから、きっと今回の件はクラウス一人だったのかもね。
最も、最後まで気を緩めるつもりはないけど」
「そうか。なら、後は俺もここにいることにするよ」
「ああ、別に構わないよ。所で、そんなに慌てて誰の心配をしてたんだ?」
「………」
恭也は聞こえない振りをして、壁に背を預けると目を閉じる。
「くすくす。まあ、良いよ。無理には聞かないでいてあげるよ」
そんなエリスの言葉を聞きながら、恭也は無事だった事を心底安心し、自分の気持ちを確認する。
そして、その後は無事にコンサートも進み、何事も起こらずに幕を閉じた。
翌日の夕方、ホテルの裏のちょっとした人目のつきにくい場所へと恭也は呼び出された。
丁度、恭也も伝えたい事があったので了承した。
そして、恭也は昼に町へと出て、ある物を買いに行く。
それは、昔、美由希に無理矢理読まされた本でたまたま知っていたもの。
普段なら、買わないであろう事を自分でも分かっているだけに、少し恥ずかしかったりもしたが。
兎に角、それを手に恭也は約束の場所へと向う。
愛しい人の待つ場所へと。
その手に守るための鋼ではなく、綺麗なカランコエの花を抱えて。
その花に込められし言葉と想いを伝えるために……。
その、花言葉は────────────
──────────── 『あなたを守る』
おわり
<あとがき>
お待たせしました、Bβさんのきりリク後編です。
美姫 「長すぎよ」
もう、御免なさいの一言です。
美姫 「で、今回のラストはエリス?アイリーン?どっちなの?」
それは……。
ここでは多く語るまい。
では、ごきげんよう。
美姫 「あ、こら!逃げるな〜〜〜」