『風芽丘学園史 文化祭編』






ここ、風芽丘学園の3年G組で、今一つの議論が終ろうとしていた。

「では、文化祭の出し物は喫茶店という事に決定しました」

委員長の声に、教室から拍手が起こる。
その拍手の音に反応し、ゆっくりと目を開ける一人の男子がいた。
その男子、高町恭也は何が起こったのか分からず、首を捻る。
そんな恭也へ隣の席に座っている忍が説明をしてあげる。

「今度の文化祭、うちのクラスの出し物が決まったのよ」

「ほう。で、何を?」

「うん、喫茶店だって。恭也も手伝ってよ」

恭也は暫し考え、答える。

「ああ、少しぐらいならな」

その返答を貰い、忍は笑みを浮かべた。
後に、この発言を悔やむ事になるのだが、今の恭也にそれが分かるはずもなかった。



  ◆ ◆ ◆



着実に近づいて行く文化祭の日。
準備をする生徒たちにも活気が溢れ、放課後にもなると、校内の至る所に生徒が溢れ返っていた。
そんな中、3年G組の教室の扉が勢い良く開けられる。

「皆!何としても売上1位を目指すわよ!」

開口一番、そう言ったのは意外にも月村忍、その人だった。

「ちょ、忍どうしたのよ、いきなり」

そんな忍へ困惑気味に藤代彩が声を掛ける。

「どうもこうもないわよ!那美め、雇い主に牙を向けるなんて。美由希ちゃんも、将来のお姉さん相手に……」

「忍、とりあえず落ち着け。それで、何があった?」

後半の台詞を綺麗に無視し、恭也が忍に尋ねる。
そんな恭也の襟首を突然掴むと、

「聞いてよ!二人とも酷いんだから!」

そう言って忍は、先ほどのやり取りを思い出すかのように話し始める。



忍は他のクラスの偵察に行っていた。
そして、二年のクラスに差し掛かった時、廊下で話している美由希と那美に会ったのである。
当然、忍は二人に声を掛けた。

「二人とも何してるの」

「あ、忍さん、こんにちは」

「こんにちは」

「やっほー」

二人の挨拶に軽く手を上げ答える。

「で、何の話をしているのかな?」

「実は、今度の文化祭の話を」

「へー、那美の所は何をするの?」

「うちは喫茶店です」

「那美の所もか」

「という事は、忍さんの所も?」

「ええ」

「あ、私のクラスもです」

「皆、同じ出し物なのね」

「そうみたいですね」

美由希も微笑みながら、そう返す。

「所で忍さん」

那美が忍に声を掛ける。

「シフトとかってもう決まりました?」

「シフト?」

「はい。恭也さんの休憩時間とか……」

「まだだけど、何で?」

「い、いえ、別に、変な訳じゃなくてですね」

急にしどろもどろになる那美を見て、忍は意味ありげに笑みを浮かべる。

「まだ決まってないけど、多分私と一緒の時間よ。
 ああー、文化祭が楽しみ♪一日中、恭也といられるんだもんね」

そんな忍の台詞に、美由希と那美が食って掛かる。

「し、忍さん!それはずるいです」

「そ、そうです。美由希さんの言う通りですよ。
 恭也さんだって、ゆっくりと一人で見て回りたいはずです。
 いえ、慎ましやかな下級生と一緒に見て周りたいはず」

「それって誰の事かしら?まあ、一部分は確かに慎ましいけどね」

「ど、何処を見て言ってるんですか!」

「何処かしらね〜」

忍と那美の苛烈な饒舌戦を余所に、美由希は一人悶えていた。

「だ、駄目だよ恭ちゃん。そんな……。こんな所でなんて、皆見てるし……。
 えっ?!見たい奴には見せたら良いって。そ、そんな恥ずかしい。
 で、でも、恭ちゃんがそこまで言うなら……」

一体何を妄想しているのか、美由希は頬を染め、体をクネクネとさせる。
それを冷ややかに眺めながら、

「何ありえない妄想に浸ってるのかな?」

「まあまあ、忍さん。実際にあり得ない事なんですから、妄想ぐらいは許して上げましょうよ。
 妄想でしか、起こりえない事なんですから」

「それもそうよね。ははははは」

「フフフフフ」

顔を見合わせ、笑う二人に美由希はゆっくりと視線を向ける。

「どういう意味でしょうか?」

「どうって、ねえ」

「はい、言葉通りの意味ですけど。現実には起こらないって事ですよ」

「そうそう。恭也には私がいるんだから」

「まあ、こんな勘違いな人は置いておいて、恭也さんには私という人がいますから」

「何を言ってるかな二人とも。恭ちゃんは私のものだよ。それに、今は義妹が流行ってるんだから」

ピシッ
実際に、そんな音が響くぐらい三人の間の空気が固まり凍りつく。
やがて、静かに、だが迫力の篭った笑い声が三人から漏れ出す。

「「「ふっふっふふふふふふふふふふふふふ」」」

「こうなったら、白黒はっきりつけるしかないわね」

「そうですね」

「受けて立つよ。大事なものを守る時、御神は負けない!」

「勝負は、今度の文化祭での売上よ!」

「良いです。乗りました」

「後で吠え面かかないでよ!」

叫ぶ三人の周りで作業をしていた生徒たちは、身の危険を感じ、いつの間にか一人もいなくなっていた。



「……って、事があったのよ」

忍の説明に、大半の人間は呆れ返っている。

「そんな訳だから、皆やるわよ」

『………………』

しかし、誰からも賛成の声は上がらなかった。
恭也も忍の横で盛大な溜め息を吐いている。
そんなクラスの連中を見回し、忍は笑みを浮かべるとそんなに大きくはない声で告げる。

「因みに、売上1位になったら、購買のおばさんから特別に、
 男子にはあの幻の高級カツサンドを、女子には伝説のイチゴロールを貰えるように交渉済みなんだけど」

忍のこの言葉に、全員が盛大な掛け声が上がる。

「うおおおおお!皆、やるぜー!」

「やっぱりやるからには、上を目指さないとね」

「1位あるのみ!」

俄然、売上1位を目指し声を上げるクラスメイトたちを見ながら、忍は笑みを浮かべる。

「やっぱり景品があると皆のやる気も違うわね〜」

「しかし、よくそんな約束を取り付けられたな」

恭也の呟きに、赤星も頷きながら、

「本当に。高級カツサンドは一日五個限定の商品だし、イチゴロールに関して言えば、確か……」

その続きを彩が取る。

「一日二個限定よ。
 口当たりまろやかなクリームとイチゴを、柔らかな、それでいて上品な下触りの生地でしっとりと包み込んだ、
 まさに伝説に相応しい味のあのイチゴロール……。あれをもう一度味わえるなんて……」

どこかうっとりとした表情で呟く彩を見ながら、忍たちは顔を見合わせる。
そんな忍に、彩は真顔になると両肩を掴み、

「でも、私をそれだけでやる気にさせるのはちょっと弱いわよ」

「親友じゃない」

「親友だからこそ、もう一声欲しいわ」

「親友なら、見返りを求めては駄目よ」

「……忍、私は何も難しいものを求めている訳じゃないのよ。分かって、お願い」

そう言って、顔を俯かせ肩を振るわせる。

「そんな手に引っ掛かる訳ないで……。OK、OK。
 そういう事ね」

忍は納得顔になると、赤星を見る。
それに彩も頷く。

「そういう事なのよ」

「どういう事だ?」

「さあ?」

恭也の問い掛けに、赤星も首を傾げる。
そんな二人に、忍は話し始める。

「赤星君は友達よね」

「ああ、そうだが」

「だったら、協力してくれるわよね」

「まあ、クラス全員がやる気になってるし」

「ありがとう。ただで引き受けてくれて!」(*****ただ 大)

「ちょっと待て!何で俺だけそうなる!」

「だって、友達でしょ」

「そ、それはそうだが。俺だって高級カツサンドは欲しいぞ!って、まさか俺の分は……」

赤星の視線の先。
そこには、彩が舌を出して可愛らしく首を傾げながら笑みを浮かべている。

「えへへ、ごめんね☆
 だって、私高級カツサンドってまだ食べた事ないのよ」

「俺だってないぞ。第一、それなら俺のじゃなくて、高町の分を」

「おい、何故俺の分なんだ」

「良いじゃないか。お前だったら、いつだって桃子さんお手製のカツサンドや、それ以外にも美味しいものを食べてるんだから」

「それとこれとは別だろ。第一、高級カツサンドは俺も食べた事がないんだぞ。
 それだけは譲れん。何しろ、食材に使っているのが高級松坂牛なんだからな。おまけにソースは秘伝のものときている。
 これを食べずにいられるか、いや、いられまい」

「そこまで力説するものを、俺が諦める訳ないだろうが。
 ソレを食して、あまりの美味さに出家した者までいると言われた伝説のパンだぞ。高町、今回は俺に譲れ!」

「それは出来ん」

そんな二人のやり取りを聞きながら、忍は手を合わせると、恭也に告げる。

「ごめん恭也。実は恭也の分は最初からないの」

「……はい?!何ですと?」

「だから、恭也の分は最初からないのよ」

「な、何でだ!」

「だって、恭也の事だから、無償で手伝ってくれると信じてたんだもん。
 まさか、自分だけがパンを貰えないからって、サボったりしないわよね」

ニッコリと笑いながら忍に言われ、恭也は肩を落としながらも頷くのだった。

「分かった……」

ただし、その声は何処か元気がなかったが。
そんな恭也を気の毒そうに見ていた赤星の肩に、忍と彩がそれぞれ手を置き、

「そういう訳だから、赤星君も宜しくね」

「まさか高町くんだけに、そんな思いさせないわよね。二人は親友なんだから」

二人の畳み掛けるような絶妙なコンビネーションに、赤星は顔を俯かせ承諾するのだった。

「俺は、さっきまで二人も親友だと思ってたんだが……」

「あら、今だって親友よ」

「そうよ赤星くん。ただ、ほんの少しだけ友情よりも食欲が上回っただけよ」

そんな慰めにもならない言葉を聞きながら、恭也と赤星は顔を見合わせ、力なく笑うのだった。

(ごめんね恭也。私も高級カツサンドを一度で良いから、食べたかったのよ)

そんな思いを顔には一切出さず、忍は右腕を高々と上げ、未だ興奮に包まれるクラスメイトたちに向って声を上げる。

「皆!絶対に1位を取るわよ!」

『おぉぉ!』

その呼び声に、クラス全員(恭也、赤星除く)が答える。

「1位以外は……」

『意味なし!』

「我々の敵は……」

『他クラス全て!』

「邪魔者は……」

『排除するのみ!』

「よーし」

「良しじゃない、忍」

「恭也は黙ってて。女には引けない時があるのよ」

「いや、ただの文化祭でそこまで言われても」

恭也の言葉を綺麗さっぱり聞き流すと、忍は最後に全員の顔を見渡し、再び拳を頭上に掲げる。

「今度の文化祭は戦争よ!」

『おお!!』

一丸となるクラスメイトを眺めながら、少し離れた所で恭也と赤星は顔を見合わせる。

「あれって、一種の洗脳だよな」

「ああ」

呆れながら見詰める二人の先で、忍の声に答えるクラスメイトたちを見詰めながら、二人は盛大な溜め息を吐くのだった。



 ◆ ◆ ◆



そんなこんながあって、何とか無事に文化祭当日を迎える。
開店前の一時、3年G組は異様な雰囲気に包まれていた。

「皆、よく今日まで頑張ったわ。それもこれも、今日という日のためよ。
 あの苦しい特訓も全てはこの日ため。皆、準備は良いわね」

『おう!』

「打倒、1年A組、2年E組!」

『敵は倒す!』

「そして、最終目標は……」

『売上1位、これのみ!』

「1位以外は……」

『負けだ!』

「1位以外は……」

『いらない!』

「皆、行くわよ!」

『おう!』

かくして、闘いの幕が上がったのであった。
G組の喫茶店は、自分たちのクラス一つを丸々フロアとし、隣のクラスを借り、そちらを調理所や休憩所としている。
フロアの教室の前扉と隣のクラスの後ろ扉を板と布で作った通路で繋いでいる。
その休憩室で、着替えを済ました男子生徒たち。
恭也と赤星はお互いの格好を見る。

「何だこの格好は……」

「仕方ないだろ。何故か新撰組になったんだから」

恭也の呟きに、赤星が呆れながら答える。
喫茶「新撰」、それが3年G組の店名だった。
格好は、男子女子共に新撰組隊士の格好である。
恭也に至っては、腰に二振りの刀を帯びている。
お互いに友の姿を見て……。

「「しかし、そういった格好が変に似合って違和感がないな、お前は」」

揃って溜め息を吐く二人を、女子たちが熱い眼差しで見ていた。
そんな二人に笑いながら忍と彩が近づく。

「二人ともよく似合ってるじゃない」

「そうか?」

「うんうん。あ、恭也は羽織に袖を通さないで、肩に掛ける感じで」

忍はそう言うと、恭也の羽織を脱がし肩に掛ける。

「うん、これで完璧」

忍はにこっりと笑う。
そんな忍に、恭也は問い掛ける。

「所で、俺は何をしたら良いんだ?」

「うん?恭也は当分何もしなくて良いのよ」

「良いのか?」

「ええ。恭也はここでただ座っていれば良いの。何たって、喫茶新撰の総長なんだから。

そう言って、忍は教室の奥に置いてある椅子に恭也を座らせる。

「さて、それじゃ決戦よ!」

恭也は自分の役目が何か分からず、ただ大人しく座っている事にするのだった。



開店から暫らくして、徐々にではあるが確実にお客さんを呼び込む事に成功する。
そして、昼頃には喫茶新撰はかなりの集客力を見せていた。
それと言うのも、女子から絶大なる人気を誇る赤星目当ての客が増えているからである。
しかし、そんな状況にやや翳りが見え始める。

「可笑しいわね。急に客足が減ったような」

忍が一人ごちった時、一人の生徒が忍を呼ぶ。
忍はその生徒に頷くと、その生徒へと近づく。

「どうしたの、長瀬君」

「大変だ、月村。2年E組に客が集まり出した」

「何、どういう事」

「月村、2年E組だけじゃないぞ。1年A組にも客が入りだしてる」

2年E組を偵察している長瀬の後ろから、同じく1年A組の偵察をしている久保から報告が上がる。

「どういう事?」

「1年A組は女子が全員、三つ編みに眼鏡という格好で一部の客を集客している」

「やるわね美由希ちゃん。で、長瀬君の方は?」

「ああ、こっちは巫女さんの格好で男性客を集めていやがる」

長瀬が少し羨ましそうに告げる。それを聞き、忍は親指の詰めを噛みながら、

「まずいわね。こっちは一番隊組長の赤星君による女性客の集客を狙ったんだけど……。
 うちの生徒だけでなく、他から来てるお客さんも集めなきゃ……。
 こうなったら、プランB発動よ」

忍がそう言って指を一つ鳴らすと、忍の背後に男女合わせて四人の生徒が現われる。

「貴方たちは、校内で喫茶新撰の宣伝を」

「はっ」

四人は一斉に答えると、そのままプラカードやチラシを持って教室を出て行く。
その様子を見ながら、恭也はほっと胸を撫で下ろしていた。

「どうやら、まともな事らしいな。良かった」

そんな恭也に気付いたのか、忍は恭也に微笑みながら、

「恭也はまだ大人しくしててね。総長なんだから、声は出さないで腕でも組んでじっとしてなさい」

酷い言われようだが、恭也は大人しく従うと目を閉じる。
その顔は最早、何かを悟ったようでもあった。

(触らぬ神に……だな)

静かになった恭也を満足そうに見て、忍は長瀬と久保に声を掛ける。

「二人は引き続き偵察の方を」

「「了解!」」

「さて、次はプランC、D両方行くわよ。
 者共、二番隊組長と三番隊組長が出るわよ!」

忍の声にあちこちから歓声が上がる。

「行くわよ、彩!」

「了解♪三番隊組長、藤代彩、出ます!」

「同じく二番隊組長、月村忍、参る!」

こうしてフロアに忍と彩も出る。
それから暫らくして、宣伝効果もあり客足が増える。
男性女性ともに満遍なく集客し、フロアは一気に慌しくなる。

「どうよ!那美、美由希ちゃん!」

いい感じで回り始めた頃、忍の耳元にクラスメイトの女子生徒がそっと耳打ちをする。

「二番隊組長、久保君が戻って来てます」

「分かったわ。ここはお願いね」

「了解」

忍はその生徒にフロアを任せ、裏へと戻る。

「久保君、どうしたの。何か動きがあったとか?」

「いや、動きがあったにはあったんだが……」

「どんな些細な事でも良いから、報告して」

「ああ。どうも一部の人たちには受けてたみたいなんだが、あれ以降、客足が遠のいたみたいでな。
 それと、A組の生徒の一人が派手に転んで、店内がちょっと壊れたみたいだ。
 だから、実質、敵は2年E組だけになったと見て、間違いないと思う」

忍の脳裏に三つ編みの眼鏡少女の姿が浮かび、今A組の女子生徒は全員がその格好なのだが、忍は笑みを零す。

「よし!後は那美のクラスのみ。久保君、偵察はもう良いから、こっちを手伝って」

「分かった」

一人微笑む忍の元に、フロアを担当していた女子生徒が駆け寄る。

「忍、また客の流れが」

「どういう事?」

たった今、A組の事実上のリタイアを確認したばかりだというのに。
その報告に驚いている忍の元に、長瀬が掛け参じる。

「月村、大変だ!2年E組の奴ら、助っ人を……」

「助っ人ですって!?」

「ああ。何か狐の耳を付けた、小さい女の子なんだが。
 後、偶にその子のお姉さんも姿を見せるみたいで、男女友に2年E組に流れてる」

「……久遠ね。那美〜〜。そこまでやる、普通!」

怒りの形相で天を睨みつける忍。
不意に笑みを浮かべる。
その行為に、女子生徒と長瀬はついに壊れたかと身を引くが、忍はそんな二人の態度を一向に気にせず、携帯電話を取り出す。

「ふふふ。そっちがその気なら……。こっちはプロジェクトMよ」

暫らくして電話が繋がると、忍は話し始める。

「ええ、そう。うん、至急ね。……え、良いわよ、そのままで。ううん、そのまま来て。……うん、待ってるから」

そう言って電話を切った忍は、満面の笑みを浮かべていた。
それから、30分程して、忍の元に一人の女性が駆けつける。

「忍お嬢様、お待たせしました」

「よく来てくれたわノエル」

突然現われた美女に、その場にいた誰もが息を飲む。
更に、その姿に呆気に取られている生徒たちの間を縫うように、メイド姿のノエルは忍の元へとやって来る。
そんなメイドのノエル登場にクラスの一人、田所透(たどころ とおる)が鼻血を出しながら倒れる。

「ぐふっ!」

「おい、しっかりしろ!傷は浅いぞ!衛生兵、衛生兵はまだかっ!」

田所を助け起こしながら叫ぶ生徒の手を掴むと、

「くっ……。気にするな、松永……。自分の体の事は自分が良く分かる」

「た、田所……」

「俺は、もう駄目だ。俺の屍を拾う暇があるなら、それを踏み台にして進んでくれ。
 俺は皆の足を引っ張りたくはない」

「な、何をいう田所。皆一緒に帰るって誓ったじゃないか。お前一人、こんな所に置いて行くなんて……」

「ば、ばかやろー。そんな事を言ってる場合か。もう、時間がないんだ。本当に俺の為と思うなら、早く言ってくれ」

田所の言葉に周りの生徒たちも目頭を押さえ、嗚咽を洩らす。

「こ、これを俺の代わりに連れて行ってくれ」

そう言うと、田所は付けていた鉢巻を外し松永に渡す。

「分かった。お前を連れて行くことは出来ないが、お前の魂は連れて行くぞ」

「ああ、俺の魂はいつまでも皆と一緒だ。最後に、これだけは言わせてくれ」

「な、何だ」

「我が人生、一片の悔いなし!メイド最高!……ガクッ」

それだけを言うと、田所は目を閉じる。

「た、田所〜〜!」

松永が田所の名を叫び、天井を見上げる。
そして、田所を床に置くと立ち上がり、託された鉢巻を腕に巻く。

「田所、これで俺たちはいつでも一緒だ。皆、田所の分までやるぞ!」

『おぉ!』

異様に盛り上がるクラスメイトを見ながら、恭也はとりあえず幸せそうな顔で横たわる田所を眺める。

「で、これはどうするんだ?」

「保健委員に保健室に連れて行ってもらうしかないだろうな」

恭也の呟きに、やけに冷静に赤星が答えるのだった。
そんな二人を余所に、忍はノエルに何やら指示を出す。

「皆、これから女子は着替えに入るから、暫らくは頼んだわよ」

「おう!」

男子たちの声を背に受けながら、忍は数人の女子と共に教室を後にする。
それから10分程時間が経った頃、喫茶新撰に新たな戦力が加わる。
メイドのノエルを筆頭に、メイド姿の生徒と矢絣な袴の生徒の二種類。
そして、その間を縫うように働く、新撰組の格好をした男子たち。
この一種異様な組み合わせや、女の子の制服目当ての客が増え、再び流れを取り戻した喫茶新撰だった。



一方、2年E組では、その煽りを受け、客の流れが鈍り始める。

「ど、どうして!何で急に客の流れが……」

茫然と呟く那美の元に、一人の生徒が近づいて来る。

「那美ちゃん、大変、大変。3年G組の人たち、いつの間にかメイド喫茶に代わってる!
 その上、すっごい美人のお姉さんまでいるし」

「ええ!忍さん、ノエルさんを呼びましたね。そこまでやりますか!」

那美は自分の事を棚に上げ、そんな事を呟く。

「こうなったら、男の客は諦めて、女性客を中心に取るわ。
 そうすれば、幾ら追い上げてきても、ここまでのリード分で逃げ切れるはず!」

那美はそう告げると、久遠を呼び出す。

「久遠、ここからは狐の姿で過ごしてね」

「きつね……?」

「そう。そしたら、ケーキとか一杯食べれるから」

「うん♪やる」

久遠は那美の提案に嬉しそうに頷くと、子狐の姿になる。

「ふふふ、忍さん最後に笑うのは私ですよ」

背後から上がる女性の、「可愛い〜」という声を聞きながら、那美は勝利を確信するのだった。



「月村、新しい情報だ」

長瀬は袴を着て給仕をしていた忍に、そっと告げると裏へと周る。
それを受け、忍も裏へと周る。

「何?」

「2年E組はどうやら男性客を諦め、女性客だけを確保するつもりだ。そのために、どこからか子狐を連れて来た」

長瀬の報告に、他の生徒から声が上がる。

「しまった。前半のリード分で逃げ切るつもりだ!」

絶望に誓い雰囲気が流れる中、忍は笑い声を上げる。

「ふ、ふふふふふ」

その声は徐々に大きくなっていく。

「し、忍、気をしっかり持って」

彩がそんな忍の肩を掴み、揺さぶる。
その手を優しく握り返しながら、忍はしっかりとした眼差しで彩を見返す。

「大丈夫よ彩。私はしっかりしてるわ」

「で、でも」

「だって可笑しかったんだもん。那美、守りに入った時点で貴女の負けよ。
 奥の手は、最後の最後まで取っておかないと……。ふふふふ」

忍は彩の手を肩から下ろすと、その場にいる全員を見渡す。

「赤星君、現状はどう?」

「ああ。男性客9に対し、女性客1といった所だ」

「そう。ここで、女性客を集客できれば、私たちの勝ちね。
 皆、最後の一頑張りよ。こっちの最終兵器を発動させるわよ!」

『おお!』

忍の言葉に生徒たちも声を上げる。
それを満足げに見やり、忍は恭也へと視線を向ける。

「総長!出番です!」

「…………」

しかし、その忍の声に答える声は上がらなかった。

「恭也〜」

忍が今度は名前で呼ぶが、それでも一向に返事はなく、恭也は椅子に座ったまま背筋を伸ばし、
腕を組み目を閉じた状態で微動だにしない。
不審に思った忍が近づき、その顔を除く。
すると、微かに聞こえてくる寝息。

「す〜、す〜」

忍は拳をフルフルと震わせ、どこからともなくハリセンを取り出すと、恭也の頭を叩く。
スパーン、という綺麗な音が教室に響き、恭也はゆっくりと目を開ける。

「なかなか痛い起こし方だな、忍」

「もう、何やってるのよ!」

「いや、何と言われても……。何もするなと言われてたんで、ついな」

「全く。まあ、良いわ。それよりも恭也の出番よ」

「そうか。で、何をすれば?」

「いつも翠屋でやっている通りに接客してくれれば良いから」

「それだけか?」

「そう、それだけよ♪」

忍は満面の笑みで答える。
そして、合図をすると、太鼓の音が鳴り響く。
忍は一足先にフロアに出ると、声を上げる。

「喫茶新撰、総長の出陣!」

その声と共に恭也がフロアに現われる。
丁度、風校の生徒を席に案内しようとしていた女子生徒を呼び止め、恭也と変わってもらう。

「じゃあ、恭也お願いね」

「ああ。いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

恭也は桃子によって鍛えられた営業スマイルでその生徒を案内する。
その笑みに生徒は暫し見惚れ、コクコクと頷くと顔を赤くして恭也の後を付いていく。
また、給仕をしていた女子生徒や、たまたま恭也の笑みが目に入った女性客が、同じ様な反応を起こしたのは言うまでもない。

「ふふふ。成功。そう言う訳で、宣伝宜しく」

忍の声に数人が答え、宣伝へと赴く。
それから30分もしないうちに、喫茶新撰は客で溢れ返っていた。
しかも、その比率が男性3の女性7に変わって。
あまりの多さに、廊下まで列が出来るなど、文化祭の出し物にしてはちょっと珍しい状態になっていた。
それもそのはずで、海中、風校の生徒たちもその列に多々見られた。
余りの多さに、忍は宣伝から戻った生徒を捕まえ、どんな宣伝をしたのかを聞いたが、返って来た答えは、

「私たちは普通に、月村さんに言われた通りの宣伝してしてないんだけど」

「じゃあ、何でこんなに?予想以上なんだけど……」

「それが、いつの間にか噂が広まったらしくって……」

「噂?」

首を傾げる忍に、もう一人の女子生徒が頷く。

「そう。何でも、高町恭也が笑顔で出迎えてくれる喫茶店っていう噂が立ってるみたいで」

「はぁー」

隣の教室の向こうまで伸びる列を見ながら、忍は茫然と声を漏らす。

「まあ、最終的に勝てれば良いんだけどね。何か複雑ね」

「まあまあ。とりあえず、流石は総長という事で納得しましょう」

「そうね。あ、じゃあさ、後で打ち上げの時に私たちに接待してもらうっていうのはどう?」

「あ、それ良いわね」

忍の言葉に女子生徒たちは盛り上がる。
そんな忍たちに、赤星が声を掛ける。

「話してないで、早く手伝ってくれー!」

『はーい』

そんな赤星に一斉に元気良く答え、仕事に戻ろうとする。
そこへ彩が、

「ついでだから、赤星くんにも接待してもらおうか」

「いいわね。校内で1、2を争う二人の接待なんて」

「わー贅沢ね〜」

「私、このクラスで良かった〜♪」

一層騒がしい女子生徒を余所に、男子たちは忙しく立ち回る。
それを纏めるように、忍が咳払いを一つし、

「とりあえず、この事は他のクラスには内緒って事で」

『勿論♪』

「じゃあ、最後の一働きと行きましょう!」

『おー!』

忍の言葉に、女子生徒は一斉に手をグーにして、頭上に掲げやる気を出す。
それを横目に見ながら、

「赤星、彼女たちがやる気になるのは良いんだが、何か嫌な予感がするのは気のせいか?」

「奇遇だな、高町。俺も言い知れぬ程の嫌な予感というやつを感じている」

二人は顔を見合わせ、そっと溜め息を吐くのだった。







余談
恭也のクラスの噂は、ここ2年E組にも伝わり、女子生徒は揃ってG組へと行ってしまった。
那美は一人教室に取り残され、最後の足掻きをする気持ちと恭也の給仕する喫茶店に行きたいという気持ちの間で悩んでいた。
美由希は、盛大に転んだ後、保健室へと運ばれ、文化祭が終わるまで目を覚ます事がなかった。
目を覚ました美由希が、恭也のクラスの事を聞き、悔しがった事はここで述べるまでもないだろう。
そして、この3年G組の文化祭での集客数、売上はだんとつで過去最高のものとなり、後世に伝説として残された。
この年の風芽丘学園史に残されたこの記録を塗り替えるものは、恐らくこの先も出ないであろう。





<Fin.>




<あとがき>
うーん、久々のドタバタ短編だな。
美姫 「文化祭ネタね。何か時期的にずれているような」
はははは。そんなのいまに始まった事じゃないだろ。
美姫 「確かにね」
何となく、新撰組が思い浮かんでな。
で、書いてたらこんな話になったと。
美姫 「ほうほう。なるほどね」
ははは。ちょっとお馬鹿な話って書いてて楽しいしな。
美姫 「アンタもお馬鹿だからね」
ははははは。さて、また次回という事で。
美姫 「否定しない所がある意味凄いわ」





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